第6話 嫉妬
海人の告白から、二日が過ぎた。
ひまわりは図書館へ行き、タイムトラベルに関する書物を借りれるだけ借りてきた。海人は、あいかわらず庭の仕事に精を出している。海人は戦争の結末を知ってしまった後、少し無口になった。
そして、ひまわりは、そんな海人を励ますことができずいた。戦争という言葉を簡単に口にしたくなかったし、その戦時下にいた海人の苦しみは、ひまわりが想像すらできないほどの恐ろしいものに違いなかったはずだ。だから、ひまわりは海人を優しく見守るしかできかった。
ひまわりは借りてきた本を部屋で読んでいると、突然、携帯が鳴った。東京にいる母の好子からだ。
「ひまわり、大丈夫? 元気にしてる?」
好子は、矢継ぎ早に言った。
「うん、元気だよ」
「さっき、あきちゃんから電話があって、そこの家に男の人がいるらしいって言うのよ」
ひまわりは顔をしかめた。あきちゃんというのは、隣町に住む母の従姉であり、唯一、私達母娘が仲良くしている親戚である。
「あ~、ママ、これには事情があって、確かに男の人はいるんだけど全然大丈夫なの。全く心配いらないの。話せば長くなるんだけど…」
ひまわりが言い終わらない内に、好子は口を挟んできた。
「さくらをそこに行かせるって、あきちゃんが言ってたから。ママは今、仕事中でゆっくり話せないのよ。とりあえずさくらに見に行ってもらうからね。
どんな人でも男の人を家に入れるって、誰だって心配するでしょ。また、夜にでも電話するから」
そう言うと、好子は電話を切った。
さくらというのは、好子の従姉のあきちゃんの娘であり、ひまわりとは正反対でとても活発で元気な女の子だった。さくらはひまわりより二つ年下で、小さい頃からひまわり達が帰省すると、よくここへ遊びにきた。さくらは、ひまわりの事が大好きだった。しかし、ひまわりは、ひまわりの持ち物を欲しがったり、真似したりするさくらの事が、少し苦手だった。
そのさくらが家に来る? 海人のことを、上手くごまかさなければならない。記憶喪失ということにしておいた方が、何かと都合がいいはず。
ひまわりは、海人とそのことについて話を合わせておこうと思い立ち上がった瞬間、インターホンの音がした。
「ひまちゃ~~ん、いる~~?」
さくらが来てしまった。ひまわりが慌てて玄関へ行くと、さくらはスニーカーを脱いで上がろうとしている。
「さくら、久しぶり。
あきちゃんに聞いたと思うけど、確かにここには男の人がいるんだ」
ひまわりは、さくらをグイッと引き寄せて、小さな声で言った。
「まじなんだ、その話。その人って、ひまちゃんの彼氏なの?」
さくらは、早く奥へ行きたくてうずうずしている。
「うん、そう、彼氏なの。でも、これだけはちゃんと聞いて。彼は今、一過性の記憶喪失になっちゃってたいへんなの。だから、あまり長居はしないでね。
分かった?」
ひまわりは、とっさに、海人が記憶喪失で彼氏の方が、もっと二人にとって都合がいいと思った。さくらは大きく頷くと、そわそわしながら居間へ向かって歩き出した。
「ひまちゃんに彼がいたなんて信じられないよ。だって、いつも大人しくてさ、男の人になんか興味がないんだって思ってた。
お兄ちゃんが聞いたら、ショック受けちゃうぞ。だってひまちゃんのこと大好きなんだから」
さくらには、三つ上の兄がいる。ひまわりにとっても、兄同様の存在だった。、でも、今は、関西にある大学に通っているためここにはいなかった。
さくらは居間に入るとソファに座り、辺りを見回している。
ひまわりは意を決して彼を呼んだ。海人は、庭の隅の方で草むしりをしていた。
「海人さん、ちょっといい?」
海人は庭にある水道で手と顔を洗い、縁側に腰かけ、そして、濡れた顔をタオルで拭いながら、そこにいるひまわりとさくらを交互に見た。
「あの、私は、青木さくらといいます」
ひまわりが紹介する前にさくらはそう言うと、ひまわりの隣に飛んできて耳元でこう言った。
「ひまちゃん、かっこいいじゃん。私もあの顔好き」
さくらは、不思議な魅力を持つ海人に見入っていた。
「海人さん、この子は私の親戚で隣町に住んでいるの。今日は、近くまで来たから寄ったんだって」
ひまわりがそう言うと、海人はさくらの方を見た。
「はじめまして。木内海人といいます。
今、ひまわりさんにお世話になってて、本当に助かってます」
海人は律儀に頭を下げて挨拶した。
「海人さんっていくつなんですか? ひまちゃんとはどこで知り合ったの?」
物怖じしないさくらはすぐに彼の隣に行き、そして、人見知りすることもなく海人にそう質問した。
「さくら、さっき言ったこと忘れたの? 質問攻めは、海人さんに迷惑でしょ」
ひまわりがそう言うと、さくらは舌を出して、苦笑いをした。
「ひまちゃん、海人さんに、麦茶を持ってきてあげて。 すごい汗かいてるよ~」
何も知らない海人は、ひまわりを見て困ったように微笑んだ。
さくらは、小さい時から男の子によくモテた。可愛い顔をしているし、明るい性格がとても魅力的だった。ひまわりは、自分の海人に対する気持ちの大きさに、改めて気がついた。なぜなら、二人が話す姿を見るだけで、息が苦しくなって涙がこぼれそうなる。
やきもちなんてはじめて知った。それもかなりの重症だ。
ひまわりは、二人の前に不機嫌に麦茶を置いた。無意識の内に、心と体は嫉妬の感覚にとらわれている。初めての経験にひまわりは困惑し、何故だか、ますます不機嫌になった。
海人は、さくらの突然の訪問に驚いていた。そして、ひまわりの親戚ということで、さくらにどこまで話していいものか考えていた。海人は麦茶を飲み干すと、さくらが自分の顔をずっと見ているのに気づいた。
「ひまわりにさくら。
二人とも花の名前なのは偶然なんですか?」
居心地が悪くなった海人は、雰囲気を変えようと二人に問いかけた。
「ひまわりという名前は、ひまちゃんのお父さんがどうしてもつけたかった名前なんだって。だから、ひまちゃんは冬に生まれたんだけど、ひまわりになっちゃたの」
ひまわりを見ると、黙って下を向いている。
「私のさくらは、ひまちゃんが子供の時にめちゃくちゃ可愛かったから、うちのママが同じ花の名前にしたって言ってた」
「さくらさんは春生まれ?」
「そう3月生まれ」
海人の質問に、さくらはそう答えた。
「ひまわりさんが、子供のころすごく可愛かったっていうのは想像がつくな。今でもとても綺麗だし…」
海人は、本当にそう思った。
「さくらの方がもっと可愛かったのよ。天真爛漫で、みんなにとても可愛がられてたんだから」
ひまわりは謙遜しているのだろうか?
顔が沈んで見える。
「ひまわりさんの名前の由来は、僕に少し似ているかも。
僕の母がとても海が好きで、僕の故郷は山奥で海はなかったのに、母が、どうしても、海人という名前だけは譲らなかったって、父が言ってた」
そう言って、海人はひまわりに笑いかけた。
海人にひまわり…
親の大きな思いによってつけられた名前…
冬生まれのひまわりに、海のない場所に住む海人…
「海人さん、いつまでここにいるの? 私も庭の掃除を、手伝っていい?」
さくらの問いかけに、海人は困ってひまわりを見た。
「さくらは受験生でしょ。勉強しなきゃ、あきちゃんに怒られるよ」
「私が東京の大学に行きたいってママに言ったら、ひまわりに色々と話を聞いておいでって。だから、大丈夫なの」
さくらは悪びれずにそう言った。
「でも、海人さんが迷惑だと思うし…」
ひまわりは、海人の方を見ずにそう言った。
「僕は、全然構わないですよ。でも、暑いから大丈夫かな。」
海人はそう言ってひまわりを見ると、ひまわりは、何故か今にも泣きそうな顔をしている。
「やった~
じゃ、明日も遊びに来ます。それと、ひまちゃんのママには私の方から上手に今の状況を説明しとくね。心配無用だよ」
さくらは海人の耳元で、小さな声で「ありがとう」と言って帰って行った。
海人は一息ついてひまわりの方を見ると、ひまわりは海人と目も合わさずに、自分の部屋に入ってしまった。
僕は、何かまずいことをしたのかもしれない…
私はどうすればいいのだろう…
こんなにも海人のことが気になるなんて…
愛してる?
きっと、愛してる。
ううん、絶対に、愛してる…
今日のひまわりは、ただのヒステリーだった。勝手に怒ったり、涙ぐんだり、馬鹿みたいだ。ひまわりは自分の部屋に閉じこもっても、この切ない思いからは逃れることはできないのは分かっている。窓を開けて、外の空気を部屋へ入れ込み、ベッドに腰掛けてため息をついた。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「ひまわりさん、大丈夫ですか?
具合が悪いかと思って、麦茶を持ってきたんだけど」
海人は、ひまわりのことを心配していた。ひまわりはドアを開けて、気まずい表情を浮かべ、海人から麦茶を受け取った。
麦茶を渡した海人は、開けたドアに寄りかかり、ひまわりの様子をずっと見ていた。
「今日は、僕が夕飯を作ろうかなと思って。料理は得意じゃないけど、野菜炒めくらいは作れると思うし。
ひまわりさんは、ゆっくりと休んでて」
海人は、ひまわりに軽く目配せをして微笑んだ。
ひまわりはこのあふれそうな思いを、海人に伝えたいと思った。
でも伝えてどうなるの?
いつかはここから出ていく人なのに…
そう思っただけで、また涙がこみ上げる。
「海人さん、今日は心配をかけて本当にごめんなさい。
私、たぶん、海人さんのことを一人占めしたかっただけなの…
あの日から、海人さんと出会った日から、ずっと二人だったし、二人でいるのがすごく楽しくて…」
海人は黙って聞いている。
「そして、今日、急にさくらが来て、なんだかとても悲しくなって…
さくらは何も悪くないのに、私、どうかしてるよね… 本当、馬鹿みたい…」
なんで、こんなに涙が出るんだろう。
ひまわりは、持っていた麦茶を全部飲み干して、海人に無理に笑ってみせた。
すると、海人はひまわりの隣にきて、持っていた空のコップを受け取り、机の上に置いた。そして、ひまわりの涙を指でぬぐった後、海人はひまわりを引き寄せ、抱きしめた。
「泣かないで」
海人はそう言うと、もう一度、ひまわりを強く抱きしめた。ひまわりが泣き止むまで、海人は優しくずっと離さなかった。
「やっぱり、ひまわりさんの手料理が食べたいな。僕も手伝うから一緒に作ろう」
ひまわりの頭を撫でながら、海人はそっとひまわりの手を握った。ひまわりは息をすることさえ忘れていた。
愛する人を見つけた…
もう、海人なしでは何も考えられない…
ひまわりは海人が過去からやって来たとか、家族の元へ帰りたがっているとか、そういうものが全部なくなればいいと思った。
ずっと私のそばにいてほしい、このままずっと…
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