第41話

「導く? 何の話!?」

 クローンを取り込み変異したカートが、大きな口を開きソノイのシルフィードまで迫る。

 それはかつての味方機、クローンたちやその乗機を取り込み独自の生態系へと進化した新しい生き物達の巣窟だった。

「紅炎知ってる!?」

『あのハゲがいつかそんなこと言ってたわ。でもその理由は……なんだっけ?』

「ッ!!」

 醜い形の肉たちが、スパークを散らしながらソノイたちに殴りかかってくる。それを、横から小さな銃弾が撃ち抜いて打撃を阻止した。

『来てくれたか! 我々はもう限界だ!』

『さっきの味方の人たちだよ!』

 カートを抑えソノイたちの前に姿を現したのは、アンビギューターたちだった。

『地上と連絡が取れなくて諦めかけていたところだ、この艦はどこに向かっている!?』

 白いアーマーのアンビギューターたちがそれぞれ武器を構え、瓦礫の中から飛び出してくる。倒れたカートが起き上がり、巨大な拳を振るって足下のアンビギューターたちを吹き飛ばした。

 巨大戦艦マラグィドールは、船首を真東に向けて以前より速度を上げている。

「どこに向かってるの?」

『まって、この進路』

 マラグィドールはどこかに向かって進んでいる。後方にはかつてのタワー。前方には空……の、先に見覚えのある地上が覗いた。

『あの先にあるのは……!?』

 突如目の前にカートが立ち上がり、ソノイのシルフィードへと拳を振りあげる。

 ソノイは、咄嗟に機体を下げた。


【獣と対をなす悪夢】

 シルフィードには周辺環境を自分で把握し、自分で意思決定をする自意識があった。

 自分で考え、自分で未来を予測し、自分で行動を選び実行する。

 ハイスペックかつ、ここまで複雑な変形機構を持つ戦闘兵器であるなら有人制御は不可能であると、当時の技術者は判断した結果だった。

 シルフィードは、忠実に技術者たちの指示に従った。その上で、シルフィードは機動実験中に暴走した。

 シルフィードにとってはその暴走こそが、最初に指示された自由意志による行動とその結果だった。

『紅炎、このあと……どうすればいいと思う?』

 機内で自分を操るパイロットが、酸素マスクの音を漏らしながら自分の中の人工AIに語りかけている。

 シルフィードは自己の判断と最適解と思われた行動の結果、その手足には二重三重の枷がかけられた。

 それが、有人航行の追加。

 パワーリミッターの付与抑制、射撃管制装置の制御、それか自己の行動決定に対する、人間による逐次許可方式の採用。

『このでかい奴の、エンジンこわす?』

『ダメ! それじゃ中の人たちが死んじゃう!』

 死んでもいいじゃないかとシルフィードは思った。

 忌々しい、自分の中にあって自分を否定する人間。

 死んでしまえばいいと思った。自分自身が、自分自身であるために、この空を自由に飛ぶのは自分であると。

 かつての石舞台は遠くになりつつある。

 地下から出てきたカート? この巨大戦艦の廃墟? 知ったことか。

『がんばれソノイちゃーん。あ、そーだいいこと思い出した!』

 シルフィードは思いもしないことを口に出した。紅炎の名前は、自分を操るオペレーティングソフトの名前。シルフィードの頭脳は、紅炎。

 シルフィードは、つい先ほど受け取った『リミッターを解除するためのアンロックコード』を解いていた。

 それは、自分がかつての人間の姿に戻るコード。

 なんのために空を飛ぶか? その目的は?

 それは、かつての自由を取り戻すため。

 命令を受けて制限された空を飛ぶなんて、まっぴらごめんだ。

『あっとけた!』

『解けたって?』

『射撃システムが、これで撃てるように!』

 シルフィードは目の前のカートに、マルチガンを向ける。

 シルフィードの翼の根本に、黒い粉雪のようなものが一つ取り付き外板の切れ目に食いつく。

 肉の胞子は小さく震えると、支脚を延ばし外板の周囲をゆっくりと侵食していった。

 シルフィードはガンを構え、かつてもう一つの自分がしたように敵機に向ける。

 それが、己の使命のように。

 すべてを破壊する。新しい世界を、生み出すために。

 ハカイデキル!

『撃てるよ!』


【滅びと自由の分かれ道】

 完全自立航行を認められている機体は、他にもあった。

 戦艦マラグィドールも、かつては無人でも保守運用できることを想定した一種の自動要塞だった。

 繰り返される大規模戦闘の中で戦艦が破棄されると、かつてアンビギューターや人類が目指していたタワー周辺で眠るように漂うことになる。

 その間に、艦はあらゆる肉の胞子たちがタワー上空より舞い降りて、この無人になった戦艦を乗っ取った。

『……』

 アンビギューターの一人が、副艦橋のサイドパネルを開けてコードを解読している。

 外では化け物たち、カートに乗っ取られたかつての味方が自分たちを追い詰める。

『ダメだ、パスコードが前と変更されてる。こんなむちゃくちゃなコードは初めてだ』

『パスを逆にして打ち直してみろ!』

『……やってみる!』

 暗号に特化したアンビギューターが、すばやくキーを叩く。

 そこへ、隔壁を外から勢いよく殴りつける衝撃と音が響いた。

『!!』

 隔壁が凹み、外で何かが大声で叫ぶ。

 声にならない声で、ひそひそと誰かがささやくような音。泣き声にも似た絶叫。

 それから打撃、隔壁がさらにへこみ、空いた穴から誰かが手を差し出して爪を覗かせる。

『くっ、くるな!』

 アンビギューターが叫び銃を構える。もう一人の兵はキーをタイプしながら、最後までロックコードを解こうとしている。

 ついに隔壁が押し開けられ、外から巨大な肉兵が現れた。

 触手の先には、汚れたヘルメット。何本も取り込んでアーマーがとれた人間の足を、ダンサーのように振り回しながら部屋の中に突入してくる。

 アンビギューターがガンを構えて引き金を引いた。そのとき、外からなにかが覗いて艦橋ごと蹴り上げて吹き飛ばす。

 それは、シルフィードだった。


 空から降りそそぐ大量の肉片に、肉の胞子、それらが雪のように大量に降り積もって鋼鉄の廃材の上に積み重なっていく。

 空の気温は一段と冷える。その中にあって、シルフィードは熱いジェット排気を甲高く鳴り響かせながら甲板の上に降り立った。

「どういうことなの!?」

 いいつつ、ソノイは機内で鳴り響く各種警報を一つずつ解いていく。

「機体がっ、言う事を聞かない!?」

『ソノイちゃん、ロック、解除したよ』

 シルフィードが対象をロックし、サイトに敵と思われる物全てにターゲットロックをかける。

 シルフィードはゆっくりと腕を動かすと、マルチガンのリミッターを解除して構えた。

 シルフィードの白い翼に、黒い肉片がゆっくりと侵食し黒色に染めていく。

 艦にはあちこちから炎がわき上がり、中からカートなのか肉なのか分からないものが立ち上がり赤色の輝きを浮かばせる。

「どういうこと!?」

『ロックを解除したよ。これで自由になった』 

紅炎の様子がおかしい。

『ようそこ。ようこそ。ヨウコソ……』

 ホログラフィに浮かぶ紅炎の姿が、次第にノイズ混じりになっておかしくなっていく。

『たすっ……のみ……こいつどこから…………キャー!!!!!』

「紅炎どうしたの!? 紅炎!」

『ご、ごめん……! だめだた……』

 それから紅炎の声は雑音に飲まれ、ノイズの中では何かがうねる様子を繰り返すだけになる。

 シルフィードは、自律行動を認められた兵器である。

 自意識があり、自分で行動を決め、判断する。それを逆手にとられカートたちはシルフィードを乗っ取った。

 だがそれをソノイは知らない。カートは対象を乗っ取り自在に操る寄生生物の総称である。

 だがそれを、ソノイは知らない。

「どうなってるの!? ブレイク! ブレイク!!」

 ソノイの指示を受け付けなくなったシルフィードが、手当たり次第に目の前の物を壊し始める。シルフィードのエンジンは、中に人間が乗って耐えるようには設計されていない。

 ソノイはシルフィードのブレーカーを切ろうとする。燃料移送系統がシャットダウンされ、ソノイはシルフィードの動きが鈍った瞬間を狙って機外へと脱出した。

「グッ……!!! うう、体中が痛いわ」

 コクピットを火薬カートリッジで吹き飛ばされ上半身がやや仰け反ったシルフィードは、体勢を直すと地上のソノイを睨み付け一歩足を踏み出す。

「クッ、どうしちゃったの……」

 シルフィードは答えない。代わりに全身を覆いつつある肉の膜が、その真意を無言の内にソノイに示す。

 目の青色が徐々に光りを失い、代わりに灯りだした色は、赤。

 夕焼けの太陽を背にトマホーク達が空を飛び、ソノイたちの直情をかすめ飛ぶ。世界中からアンビギューターの残党が集まりこの艦の上にやってきたようだ。

 そのとき地上から一体のシルフィードが飛び出し、ソノイのシルフィードを後ろから押さえ込んだ。

『少尉! さあ行って!』

 抑えられたシルフィードは頭部を回すと、腕部を広げて後ろを掴みそのまま押し倒す。

 半壊のシルフィード、地上から上がってきたのはユーヤーだ。

「なんで?!」

『我々が倒すべきはあなたたちの敵! かつて明るかった空を棄て、地下にこもって死を待つあなたたち自身、絶望し身を守って閉じこもることにしたあなたたちの、堅い壁だ!』

 寄生されたトマホークがバーニアを吹かして着艦し、倒れるシルフィードたちを取り囲む。それを、ユーヤーのシルフィードが蹴り飛ばしてシルフィードを投げた。

『あなたは私のパートナーだろう!? 大佐の置き土産は!』

「っ! ま、まだ!」

『かならずどこかにある! 大佐はどこかに隠しているはずだ! 探して!』

 パートナーを敵から守ろうと、ユーヤーのシルフィードがソノイの前に立つ。それをカートやトマホークが狙い撃ち、ユーヤーのシルフィードは腕を盾代わりにして衝撃に耐えた。

 甲板を大きく揺らして、戦艦が歪み大きく軋む音を出す。

『案外、本当にすべて吹き飛ばすつもりだったのかもな』

「吹き飛ばす?」

 煙を吐き出し耐えるシルフィードの後ろで、ソノイは脇を見る。そこには、この巨大戦艦マラグィドールに不時着したかつての降下艇があった。

「あれが動けば、もしかしたらこの艦も壊せる?」

『決まりましたね、急いで!』

 ユーヤーのシルフィードが立ち上がり、ソノイはその影に隠れて降下艇へと走った。

 途中何人もの死体を踏み超え、後ろではユーヤーのシルフィードがソノイを庇う。

 甲板に手を突きさし、パイプ状の武器を手に掴むとトマホーク達を前にして武器を振るった。

 かつてのソノイのシルフィードも立ち上がり、トマホークを蹴散らして武器を構えユーヤーと対峙する。

「あいつは飛び道具を持ってるわ! 鉄パイプなんてムリよ!」

『急いで、少尉!』

 シルフィードがガンを乱射し、ソノイとユーヤーの立つ場所を一直線に撃ち抜く。

 ユーヤーのシルフィードは翼を開きシルフィードの射線軸上から飛び退いたが、ソノイは銃弾を避けるためにその場で身をかがめた。

 弾丸を撃ち込まれたマラグィドールの甲板が吹き飛ぶ。

 手で頭を覆っていたソノイは、ゆっくりと目を開いた。

「まだ、生きてる! まだ生きてる!!」

 急ごう! 降下艇は目の前だ。

 穴だらけの隔壁をぬけ、目の前に大きな穴が開いた通路が広がる。そこを飛び降りると、通路の先はどこか広い格納庫に繋がっていた。

 格納庫に入ると、頭上からまた別のなにかが飛び降りてきてソノイの前に現れる。

 それは、かつてソノイたちを導き先導していたグレイヴのトマホーク。

 塗装は炎にあぶられて薄く汚れ、所々別の機体が混じり合って金属の軋む音を響かせている。

 目元の光りは下から覗けない。元々トマホークの頭部は、胸部に半分埋もれたような形をしていた。

 ばらばらと、破片がソノイの上に降りかかる。着地の衝撃で、艦の床が震える。

「くっ……」

 トマホークはこちらが見えていない。ソノイはチャンスを活かすために格納庫脇の小さなスペースに身を飛び込ませた。

 トマホークが頭部センサーの動きを変え、砲身をゆっくりと動かしソノイを探す。

 ソノイは手榴弾を用意した。

「あいつが大佐なものか!」

 手榴弾のピンを外し、撃鉄のレバーを飛ばしてトマホークの足下に投げる。ソノイの姿をトマホークが見つけ、漫然とした動きで砲身と上半身を動かした。

「まだまだ! こっちよ!」

『……』

 横に流れるトマホークの赤い目の筋がソノイを捉える。構わずソノイは走り続け、足下に転がる誰かの武器をとって物陰に隠れた。

「こっちに来い! 大佐の偽者!」

 ソノイの隠れる瓦礫の脇で警備メカ用のシャッターが開き、自動防衛用機構の無人機が姿を現す。それを、トマホークが踏みつけソノイにゆっくりと近づいた。

 ソノイは走った。トマホークの足下を、踏まれないように全力で通りすぎる。

『……』

 トマホークの反応が悪い。おそらく、廃材を肉が再生して利用しているからだろう。トマホークがぎしぎしと関節部分を軋ませながらソノイを振り返る。

 ソノイは武器格納ラックに飛びつくと、スタングレネードを取り出し思い切りトマホークのコクピットに投げた。

『……』

「っ! ダメだ効かない!」

 ソノイの投げたスタングレネートはトマホークのコクピットらしき所にぶつかり激しく放電したが、トマホークは意に介さず砲身を動かしソノイに向ける。

『…………』

 瞬間の殺気。ソノイが横に飛び退くと、そのすぐ脇を砲弾が飛んでいった。

 速射型の携行ライフルか、トマホークはライフルの砲身から白い煙を漂わせ、赤いカメラセンサーを横に向ける。

 ソノイは手榴弾を棄て歩兵用ライフルだけを肩にかつぐと、格納庫の出口に向かった。

「誰か! ここを開けて! 誰かいないの!」

 出口は分厚い消火ドアで閉じられていた。真後ろに、残骸だったトマホークが迫る。

『……』

 ゆっくりと砲身が持ち上げられ、ソノイをロックする。ドアが開いたのはその時だった。

「!? うわあッ!!」

 開いたドアの隙間に飛び込んで、ふたたびドアが閉じる。その向こうでトマホークが発砲した。

 消火ドアに次々と穴が空いていき、ソノイは耳を塞いでその場にしゃがみ込む。

『さあ、こっちです!』

 生き残りのアンビギューターだった。

『出口はあそこです、急いで!』

『……』

 黄色いアーマー、緑のアーマー、他にもユーヤーの着ていたような色つき装甲服を着たアンビギューターがそれぞれ駆け寄りソノイに肩を貸す。

「たす、助かったわ」

『礼なんて! それよりも、我々があなたを支援しましょう。これを!』

 黄色いアーマーの、名前も知らないアンビギューターがソノイにロケットランチャーとロケット弾を手渡す。

『何もかも吹き飛ばせ、大佐の命令です』

「大佐? あの人は死んだわ、今戦ってるのはあの人の乗ってたトマホークの亡霊よ!」

『あいつが死んだだと? 勘違いするなよ人間の小娘』

 片腕を失い包帯を巻く緑のアンビギューターが、ソノイの胸ぐらを掴んでマスクごと顔を近づける。

『俺たちはクローンだ。あいつが死んでも、俺たちが生きてる。俺たちが生きてる間は、あいつは死なん』

『よせゼクト! 仲間割れはよすんだ!』

『この小娘は俺たちがなぜ戦っているのか知らんらしい』

 歴戦の戦士であることを示す傷だらけのアーマーに、ゼクトと呼ばれたアンビギューターはソノイの胸ぐらを掴んで離さない。

『おいよすんだ!』

『あの男は知っていたんだ、カートの正体は高等生物に取り付き肉体を乗っ取る寄生生命体。俺たち人造クローンは奴らの寄生に耐えられない。一度取り込まれたら、殺すか殺されるかしないと動きを止められない。だから大佐は、俺たちを奴らごと殺すと判断したんだ。この意味が分かるか!?』

 消火ドアの向こうでトマホークが動き、自分たちの屋根を破壊しようとエンジンを吹かす。

 もう一人のアンビギューターが、ソノイからゼクトを引きはがした。

『もうやめるんだ! クローン! 命令だ!』

『こいつらは何も分かっちゃいない! 俺たちは人間に見放され、勝てない戦いで死ぬよう運命づけられていた。それでもおまえ達人間を守るために死ぬまで戦う、あの男の気持ちが分かるか!?』

『やめるんだ! ゼクト!』

 黄色いアーマーのアンビギューターが、緑色のアンビギューターを引き離す。

 艦外ではトマホーク達が隊列を組んで空を飛び、マラグィドールのエンジンがどんどん出力を上げてどこかに向かっている。

『少尉。我々の残党が、貴女たちの町の近くに集結しています。これは大佐の命令でしたが、おそらく本艦もそこに向かっていると思われます』

「なにもかも吹き飛ばせ……」

 アンビギューターから受け取ったロケットランチャーを見つめ、ソノイはハッとする。

「この艦ごと?」

『大佐は、それをお望みのようでした』

『一人で死ぬのはごめんだ』

 ゼクトと呼ばれるアンビギューターがもう一人を振り向く。

『貴様はどうだカイン』

『俺もだゼクト』

「私にできるのは、この艦を破壊する事だけ。でもそれだと……」

 しばらく考え、ソノイは二人を見た。

 二人のアンビギューター、カインとゼクトは全身武器だらけだった。

 その装備品の中に、ひときわ目立つ特大の地雷が組み込まれている。

 二人はゴーグルマスク越しにソノイをみると、黙ってソノイの前で武器を構えた。


【アンビギューターの大斧、獣の斧、その切っ先】

 タワーを巡る渦状の雲の群から抜けだして、戦艦マラグィドールは徐々にその機速をあげ始めていた。

 外板や装甲はぼろぼろに錆びて、かつてドックを出た頃のような輝きは今はなく。

 艦橋は大戦初期の頃に受けた傷跡のまま、半分が吹き飛んだ格好で今もその当時の傷をさらけ出している。

 エンジンはかつての最大出力の何十分の一。残燃料が尽きるまで、マラグィドールは予め入力された航路をまっすぐに突き進んでいた。

 周囲にはかつて人のために戦ったあの時の戦士達が、傷だらけになり、自我を失い、翼を開き、随伴して空を飛んでいる。

 吹きさらしのデッキの一つ、ユーヤーのシルフィードがそこにいた。

『さあ来いシルフィード、お前の企みは分かっている!』

 カートに乗っ取られ自在に動けるようになった、かつてのシルフィード。その目は赤く、敵意に燃えてユーヤーを睨む。

 ユーヤーはじっくりとシルフィードの目を見据えた。

 かつての自分。もう一人の自分。ユーヤーは己の手を振り返った。

 クローンであり人工の兵士でもあるユーヤーは兵器と自意識を一体化できる、それでトマホークを高度に操縦できたが、それは諸刃の剣だった。

 カートの肉に取り込まれると、脱出はおろかそのまま自我まで取り込まれてしまうのだ。

 カートに意識はない。意識があるのは、その中に乗っているパイロット。

『少尉、私はあなたたちを守る。それが我々の使命。でも、私が貴女を守るのはそれだけじゃない』

『ともにえいえんのいのちを手に入れるのだ』

 カートの肉が下からわき出し、デッキの縁に手をかけて姿を現す。

『人よ、獣よ、人につくられた人にあらざる者たちよ、我々は一つになり、えいえんのへいわを、やくそくされたへいおんを、ともにうたいつづけるのだ』

『永久の平和……そんな物!』

 片腕を無くしたシルフィードが、勢いを付けて踏み出す。

 カートたちも、歩みを進めてユーヤーを取り囲んだ。

 X―R九九シルフィードは最後のブースターを使い、翼を開いて甲板上を駆け抜けた。

 燃料タンクに残った僅かな燃料を、すべて中央タンクに移送しきって予備タンクを切り棄てる。

 余っても使わない燃料は重いだけ邪魔だ。

 タワーはすでに遠く、かつて自分たちが目指していた世界が、今ではあんなに遠くに離れてしまっている。

 真っ赤に燃えた太陽が地平線に沈み書け、青い月が大地から覗こうとしている。

 高速で空を飛ぶマラグィドールは、夕暮れの世界と夜の間を航行していた。

 冷たい風が世界に流れる。

『本性を現したな、生き物じみた化け物め』

『使命は……』

 聞き覚えのある声がする。

『使命、人々を守り、人々の繁栄を見守る、残された大地に彼らの繁栄する場所を築き、そこから誰一人外に漏らすことなく見守ること。彼らに、外の世界を見せてはならない』

『なぜ! そんなことを!?』

 それはグレイヴの声だった。だがしゃべっているのは、肉に包まれたトマホークの方。

 トマホークたちはそれぞれが動きを止め、ユーヤーのシルフィードを囲んでぎこちなく灰色の腕を動かした。

『我々は常に敗北の歴史を歩んできた。人知れず、我々は負けるために戦い続けてきた』

『我々の歩む道に勝利はない』

 トマホークに根ざすカートたちが、それぞれ触手を動かし風のような声を吐き出す。

 それぞれが意味のない言葉を吐きだし、それが連なって一つの声となる。

『我らに続け、意味のない希望を棄てよ、我らと共に永遠の時を生きるために』

『そんな言葉!』

 ユーヤーがスロットルを開き、シルフィードは勢いよくブレードをトマホークに食い込ませる。

 トマホークは何もせず、そのままユーヤーのブレードを受け入れ、胴体を切られて吹き飛んでいった。

 代わりに胴体の余った部分から肉が吐き出され、シルフィードのブレードを掴む。

『なに!?』

『ユーヤー! 聞こえる!?』

 地上からソノイの無線が聞こえ、ユーヤーは我に返った。

『あなたがまだ正気なら聞いて! こいつらの頭が、きっとどこかにいるはずよ!』

『あたま?』

『聞いてちょうだい! 奴らは貴方たちに寄生して体を乗っ取る生き物よ! でもそのままだと何も動けない、大佐みたいな女王蜂のような役割をしているのがきっとどこかにいるはず!』

『し、しかし……』

 ユーヤーはブレードを引き抜きいったん後ろに下がると、周りを見て敵の様子をうかがった。

『バーヴァリアンなら分かるが』

『ここまで高度に操れる個体は限られてるわ! どこかにいる!』

 ユーヤーは言われて、周りに立つトマホークたちをの様子をうかがった。

 無骨なシルエット、四角い肩部、突き出た胸部に、継ぎ接ぎだらけのコクピット、醜い腰回り、赤い目で自分を睨むのはかつて自分たちだったアンビギューターの乗り物。

 アンビギューターは人間の指揮下にいないと、自律的な動きを認められていない。

 自律的に動ける生き物が、いるとすると……

『あいつ……シルフィードか!』

 ユーヤーに対してシルフィードが、ゆっくりと腕を向けた。

 頭上には相変わらず大量のトマホーク達が、編隊を組んで空を飛んでいる。

 その動きは正確無比。まるで機械が動かしているように完璧だ。

 廃墟のように布をはためかせどこかに向かうマラグィドール、その先には、かつてソノイたちがいたあの壁と地中の世界が覗いてきた。

『こいつら、あそこに戦艦を落とそうとしてる!?』

『どうしますか少』

 そこまで言ってユーヤーはハッとする。

 グレイヴは自分たちに、彼ら人間を理想の世界に導くと言っていた。

 タワーの続く空の上には、彼らがかつて目指していた理想郷があると聞く。

 我々はまだたどり着いていないが、その先には争いもない平和な世界があると、大佐は言っていた。

 シルフィードが指で招く。

『ついてこい、人に非ざる人の獣、我々と共に彼らを導こう』

 赤い一つ目の、シルフィードがユーヤーに説く。

『彼らの信じる、理想の地へ』

『それがおまえ達のオーダーか』

 グレイヴの声でグレイヴらしいことを言う。だが、その言葉は欺瞞に満ちていた。

 大佐はいつも、もっとも大切なことだけは何一つ言わず隠していく。

 その上で真の理想など。

『カートに囚われ、理想を見る目も濁ったか! 大佐の声で、偽の理想を吐くな!』

 ユーヤーは武器を構えた。

 今では手に持つ武器は何もない。だが、ユーヤーは渾身の力を込めてレバーを押し込む。

 拳を握り、風を受け、ユーヤーのシルフィードはシルフィードに挑んだ。

『おろかな』

 シルフィードが、シルフィードの拳を受け止める。


【自由への鉛弾】

 火薬で焼けた荒野と大地が、太陽の最後の受けて金色に輝く。

 頭から伸びた数十本もある肉の触手が、ユーヤーのシルフィードに伸びて頭部を引きちぎる。

 破壊された頭部が宙を飛び、近くに立つトマホークの胸を打って彼方に消えた。

 シルフィードがシルフィードの胸を打つ。アンビギューター用に開発された第三世代型強化アーマー、互いが互いの急所を狙って腕を伸ばす。

 周りのトマホークが味方に加勢しようと近寄ると、乗っ取られた方のシルフィードがトマホークを掴み上げ、ユーヤーに向かって振り投げた。

 脚と片腕しか残っていないユーヤーのシルフィードは、マラグィドールの表面気流にバランスをとられトマホークの体当たりに正面からぶつかってしまう。

 甲板からシルフィードの脚が離れる。続いて二体目、三体目のトマホークが投げられユーヤーのシルフィードにぶつかった。

 ユーヤーは機体と一体化した意識の中で、粗く呼吸器を鳴らす。

 かつてこれほど、体中が痛いと思ったことはない。

 体が欠けても仲間の手足を移植して、自分が死んでも体を入れ替え死んでもなお戦い続けることを選択してきた。

 アイデンティティは朦朧とし、意識は存在を許されず、酸素にガスを含ませてなお永く戦かい続けることを命令されてきたが。

 アンビギューターも、自分だけの痛みを感じるんだな。

『くっそぉぉぉぉ……!』

 これは意識をシンクロさせたシルフィードの痛みか、それとも自分自身の痛みなのか。

 マラグィドールの船体を、なにかが突き抜けて爆発する。

 レーダーには多数の機影。あれは、人類が持つ対空砲の火線だ。 

 下から自分たちを見あげる白いサーチライトの線、いくつも上がってくる戦闘機、ミサイルに対空砲火の爆発と衝撃。

 頭上にいたトマホークや残りのモビオスーツたちが急降下を始め、目前のシルフィードとトマホークたちも構えを変える。

『そういうことか』

『ユーヤー聞こえる!?』

 また、ソノイ少尉から無線が飛んできた。

『今あなたのちょうど二時の方向にいるわ、このままだと降下艇まで近づけない!』

『近づく?』

『忘れたの? 大佐よ! 大佐の置き土産!』

 ユーヤーは意識と戦意を失いかけていた自分を奮い立たせ、もう一度シルフィードを立ち上がらせる。

『せっかく大佐が残してくれたんだもの、きっと何かあるはず! それに紅炎だって』

『何かあるはずです、ユーヤー少尉!』

『俺たちも入れさせてもらうぞ』

 突然、足下からマラグィドールのエレベータードアが開き二体の旧式機が姿を現す。

 翼の生えた初期偵察型モビオスーツが左腕に持った発煙筒を地面に向かって投げ捨てた。

『救難信号だ。いつか貴方たちに助けられたんだ、きっと来てくれる』

 四脚型も、ミサイルランチャーを動かし脚を折る。

『長くは持たないがな、これも俺たちの使命だ』

 突撃の構え、四脚が突進してトマホークの一機に向かって突っ走った。  

 黒いシルフィードが翼を開いて空を飛び、トマホークが四脚旧式の体当たりを正面から受け止める。

 背後で、巨大カートが触手を伸ばし悲鳴のような声で鳴いた。

 マラグィドールが進む先には、ソノイの生まれ育った核シェルターと巨大地下都市セボリアと、そのゲート前を守備するイントゥリゲート基地があった。

 全世界から集まるカートたちの群、かつてない程の統率力を持つ何者かの指揮の下肉の塊達は怒濤の勢いで地下都市のゲートを目指す。

 イントゥリゲートの隊員たちはそれぞれ砲台を駆使して、なんとかカートやバーヴァリアンたちの侵攻を阻止していた。それでも、内側に潜んでいたカートの感染者たちに仲間がやられ基地は崩壊寸前まで追い込まれている。

『見ろ! 発煙信号だ!』

 煙を吐き出し一直線に地上に落ちてくるかつての母艦に、アンビギューターたちは視線を集中させる。

『あれに、誰か乗っている?』

『敵が乗ってるんだろう』

 頭上にはかつての自分たちを取り込んだカートの大軍、それに見慣れない超巨大カートが食いついて自分たちの上を通りすぎようとしている。

『中尉、このままだとあの戦艦は我々を飛び越えて壁に激突します!』

『阻止対空戦闘! 奴らを絶対防衛圏内に入れさせるな! 防空隊、ポイント上げ!』

 人類側からも防空戦の火線が伸び出し、マラグィドールの脇腹に対空弾幕の一端がかする。

 しかし、巨大戦艦は煙を吹きながらもなおその進路を落とさなかった。

『砲塔上げ!』

 対空要員がスコープを覗きレバーを操作する。基地のどこかにできた警備システムの穴から、触手を振り乱して悲鳴を上げながらカートが突っ走ってきて、対空要員に取り付く。

 アンビギューターの一人がカートを突きさし、次いで取り込まれた仲間を撃ち殺して代わりに対空砲座に座った。

『目標、三千八百! 高度二千! 速度八十!』

 発煙弾の光りが空の彼方で消える。

 もう一つ、今度は別のなにかが光って地上に落ちた。

 その色は、青色。特殊燃料に火が着き高音に熱した時に着く色だ。

『あれは……』

 指揮官の一人が測量用ヴァイノキュラーを見ながらつぶやいた。

 地上に落ちる一体のモビオスーツ。壊れた翼が胴からもげて、エンジンが激しく燃えて火を噴いている。

 機械の目、機械の腕がばらばらになり空の彼方で燃え尽きて、そのうち霞に紛れて見えなくなる。

『ソノイ少尉だ』

 アンビギューターの誰かがマスク越しつぶやく。

 前線中のアンビギューターが無線に耳を傾ける。

『あの人だ、帰ってきたんだ!』

 人類を守る最後の壁、セボリア上の対空防衛網からミサイルが撃ち出される。

 ミサイルは外壁から撃ち出されるといったん高度を落として、次いで勢いよく上空へ向かってまっすぐ上昇を始める。

 それらがマラグィドールの下部ハッチを飛び越えると、上に出てマラグィドールの一番装甲の薄い部分へぐるりと機首を曲げて下降してぶつかった。

 燃料タンクがあるところ。エンジンのある後方手前から黒い煙と炎が上がる。

 アンビギューターたちはモビオスーツの足下まで走ると、旧式機を動かしミッターを外して翼を開いた。

『セボリアゲートの対空戦闘をやめさせろ!』

『できません中尉! 回線が繋がっていません!』

 通信兵が指揮官を仰ぎ、その時イントゥリゲート基地のメインゲート前防衛戦が突破される。

 外から勢いよくカートがなだれ込むと、基地から飛び切れなかったアンビギューターとモビオスーツに次々と飛びかかっていった。


 肉塊たちがイントゥリゲート基地正門ゲートを食い散らかし、抵抗するアンビギューターたちを次々と飲み込んで行く。

 なんとか基地を飛び立ったアンビギューターの一部も空を飛ぶかつての味方、トマホークたちに翻弄され、あるいは撃破され地上に墜落していった。

 一直線に並んで空を飛ぶ旧式機とカートたち、カートや新しい肉塊を運ぶカートに寄生された輸送艇、一方壁の方からの激しい対空放火が空に向かってわき上がる。

 破壊された甲板。折れ曲がる主砲。

 エンジンの光りがさらに輝きを増して、艦の速度が伸びていく。

『これで、いいのかもしれない……』

 死にかけたアンビギューターの一人が地面に倒れ、ゆっくりと歩みを進めるカートを見あげマスクの中で微笑む。

 味方はほとんど死んだ。それが使命だ。アンビギューターはハンドガンを持ち上げ、最後の一発をカートの額に撃ち込んだ。

『死んで、たまるか……クソクラエだ』

 基地の地下格納庫で轟音が鳴り響き、整備中だった最後の戦闘機、シルフィード型が地下格納庫を飛びだつ。


【双翼のシルフィード】

 空を飛ぶ無人のシルフィードが、紅色に染まる夕焼けの空を不安定に飛ぶと、周囲を飛び交うトマホークやカートの群がシルフィードのすぐ近くをかすめ飛んでいった。

 機体の最終調整も、人工生命体のアップもまだ終わっていないまっさらな状態のシルフィードは、カートたちにとって格好の寄生の餌食だ。

 だがそれを、地上の対空砲火が死にものぐるいで食い止める。

 近づくカートたちの翼を容赦なく対空陣地が狙い撃ち、白煙と黒煙の間をシルフィードが飛んでいく。

 その高度はまだ低く、速度もまったく足りていない。高々度を全速力で進むマラグィドールに向かって、シルフィードがゆっくりと近づく。トマホークの編隊がそれに気付き、はるか上空から急降下してシルフィードに迫った。

 赤色の輝き、アックスに、無骨な脚と腕部を唸らせシルフィードの翼に迫る。地上のアンビギューターがスコープを覗きトマホークのリーダーを狙い撃った。

 次々と周りの砲台が制圧される中で対空砲が空を狙い撃ち、ついに別のカートの目に止まる喰い殺される。

『人でもない、獣でもない、肉と神経でつくられた兵器の分際で、よくも我らに歯向かおうとするものだ』

 カートがしゃべる。その声は、地上からではなかった。

 地上の要所はほとんどカートに制圧されて、残るはセボリアのゲートだけだ。

『死んで我々を止めるつもりだったか。だがそうはいかん』

 肉片と胞子が集まり寄生体を取り込んで肥大化した、マラグィドールに食いつく肉の塊が目を剥き触手を振るう。

 仲間のトマホークが触手に絡みとられ、地上に向かって放り投げられる。

 セボリアのゲート前に展開していた予備戦闘車両にトマホークがぶつかり、黒煙があがる。

 触手が降られトマホークが飛び交う空の中を、シルフィードはゆっくりと上に昇り続けた。

 マラグィドールの甲板で、下半身だけを残し擱座する味方機があった。

 擱座しているのは旧式機だった。ユーヤーのシルフィードはまだ動けているが、翼は折れ、エンジンも動かず、活動限界にほぼ近い。

 これで生きているアンビギューターはユーヤーだけとなった。ソノイは降下艇の隙間に入り込んで、なんとかまだやり過ごしている。

 格納庫の中には、かつてのグレイヴが残していった武器、弾薬、燃料や食糧が乱雑に散らばっていた。

 ソノイはそれら物資には目もくれず、降下艇のデッキに急ぐ。

 グレイヴが何かを残すとすれば、それはデッキにあるこの降下艇の人工AIだろう。

 たどり着くと、降下艇を操作するタッチパネルの一つが赤いアラート画面を表示していた。

『パスワードをドウゾ』

「ぱ、パスワード?」

 降下艇の人工AIは融通が利かない、だが今はそんな悠長なことを言ってられる状況ではなくなんとかしてこのパスワードを解かないといけない。

 ソノイはパネル脇に差し込まれた小型の記憶媒体を掴むと、それを抜き取り目の前にかざす。

 ソノイの細い人差し指と親指の間に挟まれるほど、小さなメモリースティックだ。

「なにかあるはず、何かあるはず! ……! そうだ、あいつなら!」

 ソノイはデッキの壊れた窓から外を見た。

「紅炎なら、パスワードも解けるはず。ユーヤー聞こえる!?」

 ソノイはヘルメットにつけたインカムを鳴らし、ユーヤーを呼び出した。

『な、なんとか』

「降下艇を再起動するにはパスワードが必要なの、パスなら艦長だったグレイヴ大佐が知ってたはずよ。あなた何か知らない?」

『パスは知りませんが……』

 ソノイの問いかけに、シルフィードが弱々しく頭部を動かす。

『紅炎なら、何かできるかも』

「それよ! 急いで彼女を助けて!」

 ソノイはメモリースティックを胸ポケットにしまうと、倒れているアンビギューターのクローンガンを担いで敵シルフィードへ向けた。

「私が囮になるわ、その隙に彼女を救い出して!」

『……あなたが奴の気を引くと?』

 ソノイはミサイルランチャーの残弾を確認すると、デッキの障害物に身を隠しながら外を覗いた。

『そうまでやって、あなたは我々に何を望むのです? 何をして欲しいと?』

「耐えるだけ、見ているだけなんて私にはできない!」

 ソノイはインカムのマイクを握りしめると、外にいるであろうクローンを思い出した。

「何かして欲しいかなんて思ってない。私は、私のやりたいことをするの」

『なるほど』

 ユーヤーのシルフィードがゆっくりと風に吹かれ、半壊した機体を再び立ち上がらせる。

『分かりました。もう一度だけ』

「五分耐えて! それからあの子を、取り戻す!」

『了解』

 ソノイはユーヤーに以後のことを伝え、再度インカムを切った。

 無茶なことでも、仲間がいればできることがある。

 口には出してみるもんだと。

 ソノイは外を見て、次に自分が飛び出す先を覗き込んだ。燃える甲板の向こう側。

 そこには、見覚えのあるもう一つのシルフィードがいた。


 未完成だったシルフィードがゆっくりと風を切り、ソノイたちの戦うマラグィドールの真上までやってきてホバーリングを開始する。

 ユーヤーのシルフィードが動いた。同時に紅炎の乗っているであろうシルフィードも動く。

『五分、長すぎる時、恐らく我々は持ちこたえられないだろう』

 ユーヤーの声が無線の中で、誰に向かって話しかけられているのか分からない様子で木霊する。

『我々は待っていた。あなたのような、外に出てくるであろう人間が現れる日を。我々は待っていた』

 敵シルフィードがシルフィードに飛びかかり、それを後ろからユーヤーのシルフィードが後ろから掴んで引きはがす。

 倒れるシルフィード。未完成の、翼を開く機動兵器シルフィードは動かない。

 まだパイロットが乗っていないのだ。

 倒された敵性シルフィードが起き上がり、ユーヤーのシルフィードを両腕で引きはがしてたたきのめす。

 まだソノイは艦橋から出ていない。

『我々は待っていたんだ。あの大佐も、あなたたちが、壁の内から出てくることを』

 倒され、潰され、フレームが歪み、ユーヤーのシルフィードの光りが消えかかる。

『だが我々は待ちすぎたようだ』

「そこをどいて!」

 倒されたユーヤーのシルフィードが甲板にめり込み、その真上に向かってソノイはミサイルを撃つ。

 ユーヤーを押しつぶしたシルフィードの腰に、ソノイのミサイルが直撃し大きな爆発が起こった。

 シルフィードはその場で硬直する。だが倒れない。距離が近すぎたのだ。

 ユーヤーのシルフィードの目はほとんど光りを帯びていない。死にかけのシルフィード、だがそれは敵も同じだった。

「何をしているの! はやくこっちへ!!」

 ランチャーを投げ捨て、倒れたユーヤーのシルフィードに駆け寄りコクピットのカバーに駆け寄る。だがユーヤーは中から出てこなかった。

「!?」

 そこへ炎で身を焼きながら、カートに取り込まれたシルフィードがやってきてソノイの上に覆い被さる。

 体を吹き飛ばされ甲板を転がるソノイは、上を見て覚悟を決めた。負けるのか?

 だがここで、ユーヤーのシルフィードが最後の力を振り絞る。

『我々は、この時をずっと待っていた!』

 ユーヤーのシルフィードがカートに取り込まれたシルフィードを後ろから抱き込み、クピット脇の認証用パネルにソケットを差し込んでハッキングコードを流した。


 突然のハッキングにさすがのシルフィードも機能を麻痺させ、カートに取り込まれた灰色のシルフィードは動きを止めた。

 その隙を突いて、ソノイは灰色のシルフィードによじ登りコクピットを覗く。

 自分が脱出した時に、コクピットの主要装備はほとんど焼き切られていた。だがその中にあって、シルフィードに食い込んだカートの肉壁がコクピット装備の一つを厳重に守っている。

 ソノイはカートの肉をナイフで切ると、中に隠されていたソケット口にメモリースティックを差し込み、少ししてからスティックを取り出してシルフィードから脱出した。

 残るは、ユーヤーのシルフィードだ。

「なにが使命よ! なにが、我々は待っていたよ!」

 ユーヤーのシルフィードは、すでに激しい戦闘によって真っ黒に染まっていた。

 コクピットカバーをこじ開けて中を覗くと、瀕死のユーヤーが真っ白なアーマーに身を包んで生きをしている。

 呼吸器の放つ定期的な呼吸音。シルフィードの機能は完全に停止しており、ユーヤーのヘルメットにはシルフィードとの意識を一体化させるための太いケーブルが何本も食い込んでいる。

「バカッ! こんなになるまで一人で戦って!」

『ソノイ……少尉』

 ヘルメットのコードを引き抜き、ユーヤーをシートに縛り付けるベルトのロックを外すと、ユーヤーはか細い声で呻きながらソノイの肩に倒れてきた。

『なぜここに』

「あなたを助けに来たからでしょ!」

『ここは、危険だ。あなたのくる場所じゃない』

「バカな事を!」

 ソノイはユーヤーを担ぐと、燃えるコクピットからユーヤーを引き抜いて地面に降りた。

 ほとんど落下に近い形で甲板に降りると、敵シルフィードが再起動を計っていることに気付く。

 光りが復活し、空回りしていたシルフィードのエンジンにゆっくりと油圧が廻っているのが音で分かる。

「立てる!? さあ立って!」

『私を置いて。少尉、あなたは、シルフィードへ』

 軽装とはいえアーマーを着たユーヤーは、甲板に降ろされるとごほごほと咳をして、それからヘルメットの隙間から赤い血を流した。

 呼吸器を調整するコンピュータが反応し、呼吸器と同時にあらゆる生体デバイスが動き出してユーヤーの体調をコントロールし出す。

 色違いの手足。時代も、型も違ういびつな体。ユーヤーの全身は、かつての仲間達でできている。

「死んだあなたの仲間が言ってたわ。かならず生きるって! かならず、生きて地上に降りるんだって! その言葉の意味が分かる!?」

『それが、あなたの命令なら』

「あなたばかっ!? そんな命令だからって! 命令だから言うとおりにするの!? 命令だったら死ぬの!? それじゃああなた、ただの負け犬じゃない! お願いだから生きて!」

 シルフィードのエンジンが再起動を始める。低回転から徐々に高回転へと移行し始め、全身の光りが白から赤色に変わっていく。

 ユーヤーを包み込む管理コンピュータが再生プログラムを続け、ユーヤーは吐血を繰り返しながら激しく咳き込み、ソノイの手を握った。

『アンビギューターは死にません。かつてあなたが我々に言った。それが、あなたの命令だった』

「バカ!!」

 ソノイはユーヤーの首を絞めると、前後に揺らしなながらユーヤーの上半身を起こした。

 立ち上がるが、もうこれが最後だろう。死亡と強制的な再生を繰り返したユーヤーの体、意識は、すでに自己を保てないほど朦朧としているようだった。

「……いいわ、私がこの艦に残って後始末する。あなたはシルフィードに乗って」

『できません、サー。我々はこのマラグィドールを、セボリアの外壁に直撃させる最終オーダーがあります』

「どういうこと!?」

 ユーヤーの朦朧とした意識が、どうもアンビギューターに課せられていたらしいかつてのオーダーを思い出したらしかった。

 記憶のアンロックが解かれる。

『我々のオーダーは、セボリアの壁の内側にあるあなたたちの地下世界を破壊すること。グレイヴ大佐はあなたたちからのオーダーを、そのように解釈していました。我々の連敗と敗北は、すべて当初から計画されていたものです』

「やっぱりそうだったの。止めるなんて、今さらもう間に合わないわ」

『我々には、あなたたちの地下世界を破壊するオーダーを完遂することができません。』

「なぜ?」

『最後の破壊は人類が自ら行う。これは、大佐の意志です』

「そう」

 エンジンを吹かし、全身を微振動させるシルフィードをよそにソノイはユーヤーを見つめる。

 その目はマスクに覆われ、おそらく中身は自分たちとほとんど変わらない姿をしているであろうアンビギューターたちがやはりただの兵器であることをソノイは自覚させられる。

「人をあやめることに、罪の意識はないの」

『サー、大佐の命令です』

「分かったわ。もう充分よ!」

 ソノイは手元に落ちていたハンドガンを手に取ると、逆手にしてユーヤーに預けた。

「あなたも、カートと変わらなかったのね。クローン」

 ユーヤーは答えず、ハンドガンを受け取った。

「分かったわ。マラグィドールの自爆は、私が直接操作する。クローン、貴方たちには愛想が尽きたわ」

 ソノイは後ろを向き艦橋に向かって歩き出すと、後ろからふたたびユーヤーが話しかけた。

『それは違うと思います、マム。大佐はあなたに何かを伝え、また何かを託している。我々に分からない、何かを』

 ユーヤーの言葉にソノイは一瞬歩みを止め、もう一度後ろを振り向いた。

 ユーヤーは足を引きずりながら、甲板に泊まるもう一つのシルフィードに向かって歩いていた。

 取り込まれているシルフィードが再起動を終え、目に赤い光を取り戻す。


 ソノイは艦橋に戻ると急いでメモリースティックをパネルに差し込み、紅炎のデータが起動するのを待った。

『ぷはあっ! 生き返ったッ!!』

「時間がないの! 急いでこの艦を自爆させて!」

『えええええ自爆!?』

 紅炎がホログラフィに現れ緑色の体のラインを覗かせると、はっと後ろを見て手を口に当てた。

『後ろ! 後ろ!』

 ソノイが声につられて後ろを見ると、そこに再起動を終えた敵シルフィードの目が合った。

 巨大な腕が乱暴に艦橋内に突っ込まれ、そのまま横殴りにするように室内を荒らす。

 ソノイは衝撃で艦外に飛ばされたが、外には空を飛ぶトマホークたちや黒い肉の触手の塊たちがソノイたちを睨んで待っている。

「こいつらなんでまだ動けるの!?」

『少尉!』

 目の前に巨大な影が降りてきて、ソノイの前に立ちはだかる。それは、かつてソノイの前に現れたことのある未完成状態のシルフィードだった。

 未完成品とはいえ、目の前にいる敵性シルフィードはすでに何度も激しい戦いを繰り返しており消耗している。

 周りのトマホークもシルフィードを警戒していた。おかげでソノイは、なんとかユーヤーの乗るこの真新しいシルフィードに乗ることができた。

「席が一つしかない、ユーヤーあなたどこにいるの!?」

『後席にいます、マム』

 シルフィードのハッチが閉まり、暗くなった機内に次々と青い光りが灯っていく。

『このシルフィードは真っ新だ、まだ頭脳が載せられていないらしい』

 後席と呼ばれる場所から、いるはずのユーヤーの声が機内に響く。

 かつて紅炎のホログラフィが映っていた場所には何の姿も投影されず、ノーデータの表示だけが映されている。

『ウェルカムサー、シルフィードへようこそ』

 ユーヤーの声が通知され、シルフィードは立ち上がった。

 機体が立ち上がり、目の前に世界が広がる。

 迎え撃つ敵。かつての、自分たち。

 視界がクリアになり、ソノイは操縦桿を手に取った。

『レディ』

 破滅か、それとも生きるのか。

 その先には、選べない未来がある。 シルフィードは武器を取った。


【自由の選択】


 武器を取り再起動を果たしたソノイたちに、後方の紅炎から最後の通信が入る。

『ログを見たわ。あのハゲ、こんなのまで持ち出してこんなことしようだなんて。大佐の動画メッセージが残ってるけど、聞く?』

「あとで! 泣き言なんて、今さら言わないわ!」

『自爆の用意は大佐がしてくれてたわ。マラグィドールは歴戦のボロだから、小さな爆発でも充分吹き飛ばせられる』

 紅炎のメッセージにしがたい、ソノイはシルフィードをゆっくりと降下艇とカート達の間に割って入らせる。

『うまく自爆できればいいんだけど。わたしの脱出は?』

「データはあとで回収するわ。誰もあなたを見殺しにはしない」

『さっすがソノイちゃん! あの大佐とはぜんぜん違うね』

 紅炎の通信に、ソノイは黙って下を向く。

 そうかなと、ソノイは思った。思えば自分たちはずっと壁の中に籠もりきり、外の戦いは彼らアンビギューターに任せて何もしてこなかった。

 外を見ず、見ても手を出さず見殺しにし続け、手すら差しのばさなかった。

 見殺しにしていたのは自分たちだ。そう思っても、何もできない自分がいる。

 それでもせめて、これくらいの小さな嘘はつきたいものだと。

「みんな、生きて帰るわよ」

『りょかい!』


 甲板から覗く空の上に、セボリアゲートを守る人類側の対空砲が赤黒い煙と炎を上げて爆発する。

 マラグィドールの高度が下がり、充分に対空砲の射程圏内に入ったのだろう。

 艦橋は破壊され、トマホークの数も充分に減ってきている。一番大きな肉のカートはあの黒い奴だろう。

 カートはかつて坑道の奥から飛び出して来た時から、その姿を何割か大きくしている。

 死体を飲み込み、なお成長を続ける生き続けるカート。触手を甲板に突きさして廃墟の要塞にしがみつき、威嚇するように己の手足を空に持ち上げ振っている。

 頭脳を破壊されたシルフィードが立ち上がり、よろよろとソノイたちに手を向けた。

『ソノイ少尉』

 シルフィードの機内通話に、ユーヤーの声が割り込んできた。

『戦いの前に、一つ聞きたい事がありまして』

「なに?」

 ゾンビのごとく不安定に機体を揺らしながら、自分に迫ってくる敵のシルフィード。

 翼は灰色、肉に取り付かれ、黒く燃え、なにが戦っているのかもはや分からないほど、シルフィードの原型は歪んでいる。

『あなたは何のために戦う? どうして、あなたは戦う?』

「生きるためよ。それに、偽物の空ばかり見させられてきたから」

『暇だったから、我々の世界に来たといつか言ってましたね』

 ユーヤーの言葉が嘆息混じりに機内に響く。

 シルフィードの計器があらゆる存在を指し示し、ユーヤーが見ているものにシンクロしているのだろうか、シルフィードがあらゆる目の前の存在にターゲットマーカーをつける。

「あれね。本当はちゃんとした理由があるのよ」

『つまり嘘だったと?』

「嘘じゃないわ」

 ソノイの乗り込むシルフィードの、熱い排気熱が、機体中の穴という穴から吐き出され全身を巡る。

『ターゲットをロックしました。このシルフィードはパイロットとのシンクロ経験が無い。あなたの操作に忠実に従うようセットしますが、過信はしないように』

「上等よ! 生きて帰ったら、たっぷり調整してあげる! 絶対に生きて帰るのよ!」

『ソノイ・オーシカ少尉、あなたがいつも示してくれる未来。生きること。希望。その言葉、大佐とそっくりです』

 ユーヤーの声が、電子声音らしからぬ艦上を含めて笑った。

『嘘ですね』


『あのでかぶつを始末して! あいつが最後の司令塔よ!』

 紅炎の最後の通信を受けて、ソノイのシルフィードは戦闘体勢に入った。

 ファイター形態だったシルフィードの姿を変えて、降着装置を格納して脚を現す。

 コクピットを内部にしまい甘い曲線を描く胸部を現すと、内から白色に輝く頭部が内側から伸びる。

 細い腕部を延ばし翼を畳み、シルフィードはかつての人型にその姿を変えた。

 カートたちには絶対にできない、人が人の形になること。空飛ぶトマホーク、人の姿を模した鋼鉄の兵器たちに力と暴力が寄生した獣。

 肉たちはめいめいにその姿を変えながら、空を目指すシルフィードに黒い触手を伸ばした。

 空飛ぶシルフィードの脚に触手を絡ませ、大地に叩きつけようとその肉で空を覆う。だが、シルフィードは空を飛び続けた。

 触手の攻撃を巧みに避けて、トマホークたちの猛追を軽やかに引きはがし黒色の肉の化け物に接近する。

 目の前にトマホークが現れ鉄の壁を作った。ソノイはトマホークを蹴散らす。

 朽ちたシルフィードが部下を引き連れ目の前を塞ぐ。ソノイは、ためらいなくかつての乗機を蹴り飛ばした。


 人が人になることを、自ら枷してそうなることを拒んでいた、かつての自分。

 シルフィードが自在に空を飛び、後ろには砕かれた黒いシルフィードの破片が雲のように連なって、マラグィドールの表面を流れて消えていく。

「か、体が重い」

 シルフィードが持つ圧倒的な推進力。

 搭乗者を保護する物など一切持たない、真っ新なシルフィード。

 かつての自分たちは、何者にも縛られず空を飛ぶように設計されていた。白いシルフィードは今まさにそのようにして空を飛んでいる。

 その激しすぎるシルフィードの飛び方に、中に収まるソノイは振り回されていた。

 一度飛翔をやめて甲板に戻るよう操作すると、シルフィードは何の予備動作もなく脚を伸ばして勢いよくマラグィドールの甲板上に着艦した。

 衝撃から自分を守る物が無い。

「これがっシルフィード……」

 何度も繰り返す宙返り、重力を振り切る重み、捻る時の衝撃、体がシルフィードについていかない。

 さらに、地上からの激しい対空砲火がシルフィードの航路上を狙って炸裂し進路方向が一定には定まってくれない。

 そんなソノイの様子を見てか、カートたちは群れをなしてソノイの後を追いかけてきた。

「中身ごと重力で押しつぶす気ね」

『大丈夫ですか?』

「大丈夫!」

 ソノイは口から、小さく血を流した。

 そして嘘をつく。

「まだ飛べる」

『あの一番大きなカートに、なにかバーヴァリアンが乗っているか同化して隠れているのでしょう。カートにはカートを操る能力は無い』

「どうりで! なんか頭いいと思った」

 マラグィドールの高度がどんどん下がっていく。

 かつて自分たちを守っていた巨大な壁、地下都市セボリアを守る外壁と砲台の姿が目視で見える距離に近づいてきている。

 地上の人々がマラグィドールを指さし、何か叫んでいた。

『ソノイちゃんまだ!? もう間に合わなくなる!』

「もう少しよ!」

 シルフィードは、もう一度立ち上がった。

「もう少し」

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