第37話

 突如現れた大型カートたちを前に、ソノイたちは坑道脱出を決意した。

 激しくぶつかり合う、シルフィードのセラミック複合材の外板とカートの幼生達の牙、カートたちは脆い牙をシルフィードの合板に突き刺そうと群になって飛びかかってきた。

 シルフィードの外板は硬くない。カートの幼生たちは一体となって、全身を波のように揺らめかせながらシルフィード達に体ごとぶつかっては砕けていく。

 飛び散る肉片、輝きを増す遺跡坑道。ソノイにはなぜアンビギューターたちが、ここまで「使命」のために命を捨てられるのか分からなくなっていた。

「こんなッ、こんな悪夢みたいなのが!」

『脱出を支援します!』

「あなた戦いなさいよ!!」

 ソノイはユーヤーのトマホークの支援を受けながら、脱出する遺跡の出口を目指した。

「ユーヤー、あなた!」

『私の使命は、あなたの安全を守ることです。人間であり、我々の司令官の安全を命に代えてでも守りきるのが、我々アンビギューターに対するあなたたちのオーダー』

「それが使命だとでも!?」

『そうです』

「重りだわ、そんな使命!」

 飛びかかってくるカートの群に、トマホークが渾身の打突を与える。予備の弾倉を使い切り、燃料も銃弾も持たないこの閉ざされた状況では無闇な発砲もできない。

 ソノイはキーを叩いて坑道脱出口までの最短距離を計算した。

「紅炎、しばらく任せるわ! 私は補佐する、今はあなたがうごかして!」

『アイヨー!』

 紅炎の声が機内に響き、シルフィードの操縦権がソノイから紅炎に映った。

 シルフィードが細かく機体を振動させ、脱出口目指して頭をもたげる。

「あなた、まさかカートじゃないわよね」

 歴戦のトマホークが、うねるカートの波に揉まれながら押し返しシルフィードを振り返る。

『なに?』

「あなた、グレイヴと同じカートとかじゃないわよね」

『私はアンビギューターです。貴女たちが造り上げた、貴女たちを守るクローン!』

「分からないなら信じるしかないわね」

 トマホークのエンジンに光りが再度灯り、脚を掴んだカートの肉塊を引きちぎるように出力を上げて上昇する。

 まさに、遺跡内部で翼を広げる白鳥のようだ。

 だがカートの方も負けていない。過去、あらゆる戦いで討ち取ってきたトマホークの残骸が肉の海から現れて、それぞれ赤い瞳を灯してユーヤー達の前に立ち塞がる。

 敵カートの黒い翼と、ユーヤーの白い翼。それを、シルフィードとソノイは見守ることしかできなかった。

 目の前には、坑道の出口が見える。

『ソノイちゃん出口よ!?』

「ええいわかってる!」

 ソノイは後ろを立ち止まり、戦い続けるユーヤーとトマホークを振り返った。

『さあ来い!』

 ユーヤーのトマホークが肉に絡みつかれ、コードと共に左腕が引き抜かれる。

 大量の黒いオイルが地面に迸る。

『同胞の痛み! 私の痛み』

 ユーヤーの声が無線に響く。洞窟壁面を黒い肉が覆い、所々から湯気が吐き出され坑道深部からは囁き声のような音と吐息が漏れてくる。

 トマホークが、抜かれた腕部を抑えながらゆっくりと歩いた。

『貴様らに殺された同胞は、私自身。まとめて来い、ぶっ殺してやる!』

「少尉!」

『あっ!?』

 ソノイは気付けば操縦桿を握りしめ、すばやくスイッチを切り替え操縦権を取り戻していた。

 紅炎の文句が機内に響く。

 しかしシルフィードは、ソノイの操作に忠実に従った。

『!?』

 トマホークの背部バックパックに取り付けられたとってをシルフィードが掴み、遺跡坑道の出口へ全速力で向かう。

『ソノイ少尉……!』

 トマホークを掴んで、シルフィードは光りの中へ飛び上がった。


 そのときは気付かなかったが、シルフィードは人型へと三段変形を行っていた。

 再び帰ってきた石舞台の間に、シルフィードは人型となってトマホークを引き連れ現れる。

 頭上のマラグィドールは静かに宙を飛び続け、しかし増援のくる気配はない。

 シルフィードはゆっくり空を飛ぶと、半壊したトマホークを連れて地上に降り立った。

「これはッ!?」

『ロックが解けた!』

 視界が一段と上になり全身が高くなったシルフィードは、先ほどまでのファイターモードに脚がついていた時とは違う姿になっていた。

 シルフィードは、もともと人型に変形し戦う歩兵用空戦装備だった。

 自在に動く手足。風を切る翼。美しい紫色の胴体。バックにまとめられた二枚の翼。

 だがその姿は、かつて自分を追い詰めたあのシルフィードとまったく同じだった。


 そして地下から現れる、無数のカートやバーヴァリアンと、敵にやぶれ翼を破壊されたかつてのトマホークの残骸たち。

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