第36話

 壁面中のクリスタルがバリバリと割れて、中から次々と、何かが飛び出てくる。

 それは未熟な人の形をした生き物だった。

 出てきた生き物はまだ胎盤さえとれておらず、ぬめる液体に糸を引かせながらしばらく苦しんで、動かなくなる。

『来ます! 少尉、撤退を!』

「これ以上、どこに逃げればいいというの?」

 壊れたタマゴのうちいくつかは生きた幼体を吐きだして、それらがいっせいにゆっくりと頭をもたげてソノイたちに目を剥いた。

「なぜ、こんなことを。あなたたちの仲間なんでしょう!?」

『カートが我々の? いいえあいつらは……』

 ユーヤーの声が無線内でしばらく止まり、それから、なにかに気付いたように声を震わせる。

『カートが、我々と同じ?』

「ごっごめんそんなつもりじゃ」

『いいえもしかしたら……いいえ、まさか!』

 ソノイは口に出した言葉を訂正しようとあらゆる言い訳を頭の中で考えた。

 しかし、出てくる答えはどれもあいまいな言い訳ばかり。

『まさか。我々がカート』

「……ま、守るとか言っておいて」

『いやまさか。まさか、大佐はそんな人じゃない!』

 ユーヤーのトマホークがソノイに背を向け、迫るカートの群を銃床で殴りつけていく。

『大佐は何か、考えがあったはずだ』

「寄生されてるだけなんでしょう!?」

『いいや違う。大佐は、最初から我々をここにおびき出すことを考えていた』

「なぜ?」

 カートの幼生たちが次々とタマゴの殻を破り、糸を引いて輝きながらソノイたちに襲いかかってくる。

『我々になにか考えがあって……でもいったい何を』

「考えていたって、何を考えてたの、もしかして私たちを最初から裏切るつもりで?」

『大佐は人間を裏切ったりしない、なにかオーダーがあったからのはずだ』

「オーダーがあるからこんなことを? 信じられない、何がオーダーよ、使命よ! 私たちを追い詰めることがなにかのオーダー!?」

『私には分からない。しかしあなたは……もしかしたら、我々には成し遂げられない何かを大佐に託されているのでは?』

 狭い坑道内を縦横無尽に這って出てくるカートたちを前に、紅炎の声がシルフィード内と無線に響く。

『あのハゲオヤジが死んじゃったら、生き残ったのはあたしたちだけよ!?』

『私たちは!』

 目の前では、肉に押しつぶされ地面に倒れるトマホークが見える。

 原型はほとんどとどめていない、遺跡の奥から触手が伸びて、壊れたカートを飲み込んで行く。

『私たちは、死んであなたたちの理想を叶えるというオーダーが与えられている。だがオーダーを達成するための具体的内容は示されていない。だから大佐は、何かを為すために』

『でもあの目は見たよね!』

 紅炎はシルフィードの目を操作し、ユーヤーに自分たちが見たグレイブの画像を共有させる。

『あの目、あれはあんたたちの目とは違う。いつからあんなだったの!? いつから敵に?』

 ぶん! と目の前を石斧が飛びすぎていく。シルフィードはガンを手に取り威嚇射撃の構えをとった。

 撤退の声を出したが動けていないユーヤーのトマホークが、シルフィードとの間に距離をとる。

『まさか大佐は、最初から私たちを殺すために……』

「少尉! ユーヤー!」

 ソノイは口元のマイクを掴むと、自分の動悸を抑えながらゆっくりと言った。

「立ち止まらないで、歩いて! 今は考えても無駄よ、このまま先に進むしかないわ!」

 ユーヤーのトマホークが小さく振り返り、それからゆっくりと脚を動かした。

 ソノイたちは、はるか彼方にある遺跡の出口を目指した。

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