第35話

『遺跡坑道の奥に大きな熱源がある! おそらく、やつらのビッグ・ママがいるんだろう』

「カートの製造工場でしょう?」

『そうだ! だがやつらは、どうやら俺たちの生まれ故郷にあったものとよく似た物を利用しているらしい』

 ぬるい湿った風が、シルフィード一行を通りすぎていく。同時に聞こえるのは、何か生き物の漏らす低い声。

『カートのやつらの製造工場は、俺たちの製造工場と限りなく似ている。だが安心しろ、俺たちはおまえ達人間に、奴らの指一本も触れさせない!』

「ええそうね。でも、もう触られてるわ」

『ハハハそうか! それは、お前が先に奴らに手を出したからだろう』

『大佐、少尉、気を付けて! 奥からなにか来る』

『俺に任せろ少尉!』

 グレイブのトマホークがアックスをとり、遺跡坑道のでっぱりに上がった。

 巨大なトマホークが遺跡内に立ちふさがっても、坑道はその数倍ほどの高さを持っている。

 遺跡坑道の深さは計り知れない。それでも、足下のクリスタル状の殻とタマゴは遺跡を隙間なく埋めていた。

「これ、中に入ってるのはもしかして……」

『もしかしなくても』

 ユーヤーがソノイのシルフィード前に立ちふさがる。

『心拍数上がってるけど大丈夫? あと、声が震えてる』

「大丈夫なわけないでしょうっ」

 ユーヤーに守られ、紅炎に心配されているソノイを前方のグレイブが振り返る。

 ずるずるとどこかで音がする。クリスタルのタマゴ達が何かにひきずられて揺れる。

 その先に、赤く巨大な一つ目が見開かれた。

『いた!』

 肉の花びらによく似た外見、内側が白く外皮は黒い触手に似た肉の腕を振り回し、巨大なカートが壁面をおしやる。

 クリスタルのタマゴたちが一斉に揺れてひび割れ、中身をこぼしながらそこら中で破裂した。

坑道中に割れた卵の光が広がる。

『こいつがこの場所の……ッ』

『ユーヤー援護しろ! ソノイ少尉、お前は下がれ!』

「イヤですっ!」

 坑道内のタマゴ達が触手に触れて中身をこぼし、洞窟内に蒼、緑、赤色の光りが浮かび上がっては消える。

 それが、いくつもいくつも続いた。肉の花びらからずるずると新しい触手が伸びて坑道内に広がる。

『さっき死にかけたのを忘れたか!?』

 グレイヴは言って触手の一つを断ち切った。

「死にかけた? だから何もしないで見てろって言うの!?」

『二度も言わせるな、おまえ達が自分で課したのがそれだ! 臆病者の腰抜けの、自分で殻にこもり身を守ってきた人間共を俺たちアンビギューターが護るとしたオーダーがある!』

 トマホークが狭い坑道内で翼を開き、噴射炎で周囲を明るく灯す。

『カートには指一本触れさせないと! そのために、俺はカートと戦う! ユーヤー少尉、彼女を守れ!』

 グレイヴの言葉に、前方のトマホーク、ユーヤー機が一歩退いてソノイのシルフィードの前に立ちはだかった。

『少尉、下がってください』

「なぜ!?」

『なぜだと!? なぜだか分からないのかこの新米!』


 グレイブのトマホークが怪物の触手に絡まれ、トマホークはその触手をアックスで切り裂き飛び退く。

『それは、お前らが、お前ら自ら選んだことだからだ! 俺たちアンビギューターはオーダー通り、貴様らの望み通りに戦い果てる! 自滅したいなら自滅をえらばせる! それが、俺たちアンビギューターの答えだ!』

「そんなこと誰も望んでいない!」

『でなければなんだ? 戦うか? 腰抜けがリミッターごと、この化け物と戦うか』

 狭い坑道内に、トマホークが翼を開いて飛びその足をカートの触手が掴んで引き倒す。

『フフフ……オーダーを達成し、死ぬことでおまえ達人間の望みを叶える。お前たちのようにアンビギューターは自らにリミッターを課さない。アーマーは敵の攻撃を受け止める、それが俺たちクローン、アンビギューターだ』

 坑道内に輝く、割れたタマゴたちの光りが強くなった。

 出口に向かって、生暖かいカートの吐息が流れる。

『おまえたちに すすむ道の先はない。あのタワーは偽りの希望』

 突然、聞き覚えのある声がした。生ぬるい風と共に、大地を震えさせる地響きのような音と声。

『おまえたちののぞみはなんだ』

『喰われることさ!』

 一面に生えるタマゴ達がざわめき、その足下を覆う岩肌が一斉に色を変えた。

 触手に足を取られたトマホークが、足を掴まれ、翼をもぎ取られ、反転し締めつけられてソノイの前に吊るされる。

 狭い坑道ではトマホークの動きも制限される。それほど坑道は狭くなかったが、それでも飛ぶには狭すぎた。

肉の表面に大量の口が浮かび上がり、それぞれが白い歯、赤い舌を覗かせ音を漏らす。

『すべてのものにへいおんを』

 岩肌なんてものじゃない、すべてを乗っ取った肉たちが語りかける。

 口たちが、それぞれ意味のない声を漏らし全体で坑道内に言葉を生む。

『いきたえる』

『みずからののぞむ道』

『しをおそれず』

『いきる道を』

『それが、えいえんのへいわ』

 いつしか声の大合唱は、遺跡の上下左右から呻き漏らされソノイたちの存在を大きく包み込んでいた。

 気付けばソノイは、自分の手がガタガタと震えているのに気付いた。

「な、なんなのこいつら」

『愛すべき人類よ! 我々はおまえたちの望みを叶えるためにお前たちに力を与えられた、我々はおまえ達の尖兵である! 我々は力、我々は忠誠、そして我々は、おまえ達人類の生きる道を示すための兵士である!』

 肉の触手に締め上げられながら、グレイブのトマホークがもがいた。

 翼をもぎとられ、手足はからめとられ抜き取られ、内部から大量のオイルを漏らしながら装甲を一枚一枚剥がされていく。

 地面に刺さり動かないマニピュレーターとアックスは、もうトマホークの本体に取り付けられていない。

 シルフィードはガンを構えた。それを、ユーヤーが抑える。

『やめなさい。撤退しましょう』

「なぜ!?」

『大佐は私に、あなたを守れと言った。我々の使命はあなたを守ることだ』

「っ!? それがあなたの使命なの?」

『そうです』

 ユーヤーはソノイのガンを肩越しにどかし、カートとグレイヴの戦いを見守った。

『我々は兵士だ、命令には忠実であれと、それが我々の使命だ』

「それで仲間が死んでもいいの! 自分たちが、そのまま死んじゃってもいいの!」

『それがオーダーです、あなたたちからの』

 グレイブのトマホークが、苦しそうに最後の脚を動かし触手を蹴る。

 一振り、触手が壁に激突して破裂した。

「見ているだけでいいなんて!」

 触手に潰されたタマゴ達が一斉に割れ、周囲に向かって波紋を広げ、震えて連鎖的に破裂して光りを満たす。

『ではどうしろと?』

 第二第三の触手達が伸びてグレイヴのトマホークの、コクピットを破壊した。

『愛すべき人よ、人類よ! 聞け! 俺は己の使命を果たした。おまえ達の望みはよく分かっていたつもりだ』

「グレイブ!?」

『だがいざ、このようにお前たちを騙し討ちする時となると若干の気の迷いのようなものが生まれる。すまんが今まで俺が戦ってきたのは、お前をここに連れてくるためだった』

 装甲を剥かれ、血だらけのパイロットの体が露出したトマホークは完全に機能を停止していた。

 触手が伸びて、グレイヴのアーマーに手をかける。

『嘘をついてきた罪の意識はある。お前たちをこの地獄世界に連れてよいのか迷いはあった。だがお前は俺について、よく学び、実によく俺たちの後に着いてきてくれた。もうすぐ、見るだけの戦いは終わるだろう。だがもがき苦しむのは、これからだ』

 グレイブのアックスが触手にしめあげられて形を変える。二巻き、三巻きとトマホークを締め上げる触手先端が、グレイヴのアーマーを解いてその顔を露わにした。

 ソノイはユーヤーの肩越しにサイトをカートに合わせようとしたが、その時ソノイは信じられない物を見る。

『使命は果たした。俺の苦しみは直に終わる』

「め、目がッ!?」

『騙して悪かったが』

 破壊されたコクピットカバーが地面に落ちて、中に乗っているグレイヴの顔をサイトが捉えた。

『カートやバーヴァリアン共には指揮官がいると言ってきたな。それは、俺のことだ』

 みしみしと骨格が押しつぶされ、トマホークの全身が震えて液体燃料が漏れる。

『おまえの本当の敵は俺だけじゃない……お前自身の枷、シルフィード、人類も、な。いい戦いだった。これからは、存分に、悩め! ハハ、ハハハハハ!!』

 触手に力が入りバリバリと音がすると、グレイブと共にトマホークは砕けた。

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