第17話 生きるために死ぬのか

「カートの数が増えている」

高度を保ち巡航速度を維持する降下艇に、翼の生えた大型カートが近づくとユウヤはつぶやいた。

クローンのスナイパーがスライドを引き、次弾装填と同時に的を絞って引き金を引く。

発砲音と同時に翼面上のカートがぽろりと落ちたが、大型カートに乗り込んでいる小型カートたちの様子に別段動きはない。

「乗り込んでくる気か」

「総員、第一種戦闘配置だ!」

グレイブがヘルメットをかぶり、機内を赤色の非常灯が照らす。

アンビギューターたちが互いにアーマーをたたき合い、銃のスライドを引いて弾を装填した。

ユーヤーは決めていたことがある。

仇を討つこと。

この腕、この体、この足は、すべて死んだ兄弟たちの物だ。

「ユーヤー、部下を連れて上のレベルに行け! このレベルは俺がつく!」

「イエッサー」

グレイブが指示を出し、ユーヤーは兄弟とも言える別のアンビギューターを引き連れて降下艇の二階へと駆け上がった。


しばらくすると降下艇の自動防衛砲台の発砲音がやんだ。

階段を駆け上がり配置に着くと、艦が風を切りさき飛んでいる音が、窓枠の外から聞こえるようになる。

ユーヤーは黙って通路を指し、アンビギューターが物陰に入ってゆっくりと銃を構え安全装置を解除した。

別のアンビギューターも物陰に隠れ、いつでも撃てるようスタンバイ、ユーヤーも頷き銃を構えた。

外で、トカゲのカートの鳴く声がする。

尖った鼻、白い牙、根付けと古い鎧をならす音。

窓枠の外に大きな影が写り込み、次いで艦が乱気流に巻き込まれたように上下に激しく揺れだす。

「ぐっ!?」

「敵、前方に来ます!」

上部ハッチの隙間に何かが差し込まれ、破裂音と同時に白色光線と白い煙があたりに立ち視界を覆う。

アンビギューターたちはありったけの武器を構え持ち場に籠もると、冷静に照準を合わせてグリップを握った。

「敵は強い」

誰ともなしに声が響く。降下艇が激しく上下に揺れて、床に固定されていないレール上の滑車が滑った。

「敵はすばしっこいだろう」

「いやパワー型だ」

「カートのクズ共め!」

「どっちでもいいから撃ち殺せ!」

ハッチが爆発し、武器を持った獣共が押し寄せてきた。

アンビギューターは死を恐れずに、敵に照準を合わせると引き金を引いた。

カートが吹き飛ぶ。二体目のカートが死体を乗り越え原始的な銃を構える。

別のアンビギューターが火線を交差させるように敵を撃つ。三体目が死体を乗り越え武器を構えた。

撃つ。倒す。撃つ。倒して乗り越えられる。撃つ。掴まれる。横殴りに吹き飛ばされる。

「クソッ弾が出ない!」

カートが投げ斧を構えバリケードを乗り越える時、足下で必死に装弾を繰り返すアンビギューターがいた。

カートが足下のそいつを引き上げ、首を絞めあげ殺そうとする。

アンビギューターはあがきカートの腕から離れようとするが、力が足りず思うように動けない。そのとき至近距離から誰かが、手榴弾を思い切り投げてカートの頭に直撃させた。

カートは驚いた拍子に後ろに倒れ、甲高い奇妙な声を張り上げてアンビギューターを手放す。

放り出されたアンビギューターは意識朦朧としてその場に立ち上がろうとしたが、別に飛び出てきたアンビギューターがクローンの頭を持って床に抑えつけた。

手榴弾が爆発し、カートが吹き飛ぶ。

「引け! 遅滞行動を続行する」

赤い肩章、旧タイプのクローンの生き残りであることを示す赤いヘルメット、古いアーマーに、あべこべの識別用カラーライン、ユーヤーがクローンガンを構えると味方クローンに指示を出す。

死守することを旨とした物言わぬ駒たちは、ユーヤーの指示に従ってゆっくりと後退する。何体か傷ついたクローンが瓦礫下から銃撃を続行したが、ユーヤーが力づくで彼らを後方へと引き上げさせた。

「なるほど敵は強いな」

瓦礫を乗り越え、バリケードを崩し、倒したクローンの手足を棍棒のように振り回し武器すら流用して使ってくる。

物言わぬ獣の寄生体ども。

ユーヤーがお返しにクローンガンを数発撃つと、カートの一部が吹き飛び一瞬だけ中身が見えた。

病気としか思えないほど透き通った肌色に、痩せた体、浮き出た欠陥に血走った目と、牙。

それを、どろどろに溶けた灰色の肉が覆って包み込んでいく。

かつての自分たちの親友であり、かつて自分たちの兄弟でもあり、友であり、仲間であり戦友だった、かつての自分がそこにいる。

それはかつて、どこかで死んだ自分たちの知らないアンビギューターだった。

肉に覆われ、肉腫に包まれ、醜い獣と化したかつての同胞たちが銃を向ける。

警報が鳴る降下艇の廊下は、すでにカートの攻勢で溢れていた。

倒れた死体をさらに飲み込み、死んでもなお戦いを続ける不死身の死体はまさしく恐怖。

なお、攻勢を衰えさせない動く屍を前にアンビギューターたちは決死の反撃を続けた。

これほどまでに無意味な戦いはあるだろうか。

味方がじりじりと格納庫まで追い詰められていく。

死か獣か、それともこれが敵なのか。

「クソッ! クソッ! クソッ!!」

新米のアンビギューターがクローンガンを乱射しカートの列を打ち砕く。

カートとは、あらゆるものを飲み込み動く物体と化して使役する灰色だった粘菌のような肉だった。飲み込まれた死体の方は、ただ肉の粘菌に操られているにすぎない。

取り込まれた物は知性のあるなしに関わらず動物のように這い、うごめき、物をいわず朽ちて干からびるまで戦い続ける。

撃たれた骨が砕けて飛び散り、内側から見覚えのある姿が覗いて目を開く。物言わぬ口をあけて牙を剥くが、そののど元からはうめき声しか聞こえない。

砕かれた肉の仮面から苦しそうな顔が覗いて、苦しそうに藻掻いて倒れる。その足下から、新手のカートが立ち上がって猛然とガンを撃った。

「撤退しましょう!」

「バカ野郎! これ以上どこに逃げるつもりだ!」

「少尉! エンジンルームの隔壁が内側から突破されました!」

「内側!?」

殴りかかってくる肉の塊を拳で跳ね返しつつ、ユーヤーは味方を振り返りその言葉を聞き返した。

「内側からだと?」

「感染者が艦内に紛れていたようです」

艦内の重要区画は、すでにカートたちに飲み込まれつつあった。


隔壁ドアが自動で落とされ、蠢く肉の塊を二つに分断する。

ちぎられた肉片がうねうねと動いて苦しそうに藻掻くが、そのうち新しい死体を手に入れるとゆっくりと全身を持ち上げた。

「警告、ココハ制限エリアデス、セキュリティシステム、起動」

艦の防衛システムが自動で立ち上がり、蠢く肉片を捉えて銃座を降ろす。しかし取り込まれた死体が着けていた識別チップに翻弄されてうまく敵をロックできない。

「このッ、ポンコツが!」

ユーヤーは肉に取り込まれ動く装甲服と成り果てた仲間を撃った。しかしゆらゆらと揺れる肉片に照準がうまく合わせられない。

そのとき後方から誰かのスナイパーライフルが火を噴いた。

「俺に任せろ! まずは一つだ!」

名もないアンビギューターが速射を決めて、肉片に取り込まれた仲間たちを装甲服ごと吹き飛ばす。

飛ばされたヘルメットが消火装置のトリガーにあたり、床一面に消化剤がぶちまかれた。

肉片は止まらない。なおも肉を食らって増殖を続けると、次の獲物に狙いを定めて勢いよく前に跳んだ。


肉が跳んだ先にはアンビギューターがいる。必死に銃を乱射して肉を撃ち落とそうとするが、肉の塊は悲鳴一つあげずにターゲットを落とす。

藻掻く同胞に、アンビギューターはなすすべがない。アーマーの隙間に肉が食い込み、喰われたアンビギューターがあああと悲痛な声を上げて小さく痙攣して、静かになる。

ユーヤーは仲間の頭を撃ち抜いた。

「これしかなかったんだ」

撃たれて静かになったアンビギューターを見下ろし、ユーヤーは死んだ仲間のヘルメットの顎紐をそっと結び直す。

カートはこうやって次々と増殖していく。自分たちに勝ち目はない。

だが無限に増殖していくカートたちが無敵であることはなかった。

「やつらが持つのは本能だけだ。考え無しに動くやつら。組織の頭を狙え、カートではない奴がどこかにいるはずだ」

「敵の指揮官ですか」

「そういうことだ」

「カートの指揮官とは?」

通信士が味方の指示を仰ぎ、その後ろから全身が白いアーマーのアンビギューターが身を乗り出してユーヤーに問いかける。

「そんな敵、見たことありません」

「おまえはまだ作られて若いのか」

「イエッサー! 戦歴はあなたと同じです」

「そうか。シミュレーターと実戦は違う」

「ユーヤー少尉!」

隣で話し込んでいた通信士が振り向いた。

「ターゲットが反対側から来ます。最悪な展開だ」

隔壁ドアが乱暴に殴られ、中央部に大きなへこみができる。

ユーヤーは腕を振ると味方にハンドサインを出した。

「いったん味方がいる場所まで引く、奴らをハンガーまで誘導しよう」

「了解です」

アンビギューターの通信士を先に廊下へと逃がした後、新兵に守られながらユーヤーも後に続く。

ノーマル肩章を付けた新兵は死んだ仲間からスナイパーライフルを受け取ると、スライドを引いて弾を装填した。

「安らかに眠れ、兄弟」

火災消火装置が誤作動を起こし、スプリンクラーから大量の水が廊下に振りまかれる。隔壁ドアに穴が空き、吹き飛ばされたのはその時だった。

「オオオオアアアアアアアアアアアーーー!!!」

激しい咆哮と獣らしい鋭い犬歯を覗かせて、巨大な生き物が姿を現す。

ユーヤーは壁際から手榴弾を投げた。バーヴァリアンは投げられた手榴弾を見て拳を引き、足先で蹴って手榴弾をはじき返す。

手榴弾が飛ばされた先はもう一つの穴だった。そこからは、カートが出てきてアンビギューターたちの撤退路を塞ごうとしているところだった。

手榴弾が爆発する。カートたちは吹き飛ぶ。なおも後から沸いて出てきて死体の山を築いていくカートたち。

「カイン、ゼクト、やつらを食い止めろ!」

「言われなくたって!」

「どうせすぐ後を追うことになる」

カイン、ゼクトと呼ばれた古参のアンビギューターが前に出て、ロッドから火炎放射をはじめる。

水に消えない火の塊だ。

白い消化剤が巻かれる廊下に赤黒い炎が飛び出し、バーヴァリアンは燃えながら拳で巨体を守ろうとした。

「やったか!?」

「あぶない!」

炎と消化剤で何も見えなくなった一瞬の隙に、何かが真横に伸びて腕を突き出す。

「!」

カインと呼ばれるアンビギューターが拳で吹き飛ばされ、勢いよく壁に叩きつけられる。

人間の身長の約二倍の高さ、肉食獣の口と牙、指が退化し敵を叩きつぶすためだけにあるような拳。

バーヴァリアンは、捻った上半身をゆっくりと元に戻した。

腰から垂らしたボロ布は、この生き物に僅かながらも知性があることを意味している。

「ここで楽にしてやろう!」

アンカーケーブルを駆使してバーヴァリアンの背後に回ったもう一人のアンビギューターが、腰の短剣を手に持ち首筋に刃を立てる。

ゼクトは勝利を確信した。だがその腕を、何者かが素早く叩いて通りすぎていく。

「なに!?」

ゼクトの腕は切れていた。

白いアーマーの断面に、赤色の肉、薄黄色い骨が露わになる。

「うおおおおーっ!? このっ! よくもオレの腕をおおヲヲヲ!!!」

目の前には新種の生き物、小柄で華奢だが手足が長い女性型のバーヴァリアンが立っていた。

澄んだ蒼眼に決して豊かとは言えない硬い表情、ゼクトが足下の武器を拾い反撃の構えをとると、女性型バーヴァリアンはニイと笑った。

分かっている。これが俺たちの戦いなんだ。

「援護だクローン! 奴の足を食い止め、味方の支援を要請しろ!」

「少尉!」

通信士がクローンガンを肩に担ぎ、ユーヤーを見る。

「通信が混乱しています。内部から新たな敵の攻勢が」

「内部からだと! 敵は誰なんだ!?」

ガシャリと、目の前にアンビギューターの中身のなくなったアーマーが落ちてくる。ユーヤーはガンの照星を冷静に敵に合わせるとトリガーを引き絞った。

それぞれの思惑がそこら中で交差し、定まらない情報と言葉の錯綜、目の前では敵に取り込まれた味方が錯乱した様子で銃を撃ちまくって悲鳴を上げる。

「クソッ、狂っちまいそうだ! これが壁の外なのかよ! まるで悪夢だ」

「俺たちらしいじゃねえか」

腕から血を流しながら、緑のカラーリングをしたアンビギューター・ゼクトが顔を上げる。

「命がけの空のデートだ。楽しもうぜ獣ども」

腰に武器の短剣を回し、切られた腕を後ろにして組み手の構えを取る。

「いっそこのまま死ねると思ったのに」

脇で叩きつぶされていた黄色いアンビギューター・カインが立ち上がった。

「さあこいバケモノ共! 兄弟の仇だ! 全員まとめてひねり潰してやる!!」

「少尉、指示を!」

新兵のアンビギューター、通信士のアンビギューターもともに武器を取りユーヤーの前に身をさらす。

ユーヤーは己の武器を構えていつもの指示を出そうとしたが、ふと前に自分自身が受けた命令を思い出して自身の口を止めた。

「……生きろ」

「は?」

ユーヤーは自分で、自分の口から突いて出てきた言葉に一瞬戸惑いを覚えた。

だが疑問は確信に変わっていく。

「生きろ。生きてこの地獄から抜け出すぞ、これが小隊に課せられたオーダーだ」

「死んでも命令を守れ以外の命令を聞くとはね」

壁際からアンビギューターの嫌味が聞こえた。

バーヴァリアンが口を歪ませ、倒れていた巨体のバーヴァリアンがゆっくりと体を持ち上げる。

「死ヲ恐レルヨウニナッタカ、死ニ損ナイノ、機械ノ兄弟」

「ケッ、臆病風が吹き出したか。だがそれも悪くない」

「誰か忘れてないか? 俺のことだ!」

アンビギューター・ゼクトの剣が鋭く光り、バーヴァリアンのブロンドの髪を切りつける。

バーヴァリアンが短剣を、同じくナイフで受け止めた。

巨体が再び立ち上がり、通路中に破片をまき散らしながら大きく咆哮を上げる。

ユーヤーは照準を絞り、相手の眉間を狙った。目が真っ赤な、カートと同じ、赤色の獣。

「死ね!」

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