第14話 湖畔を越えて さらにその先へ
人類とカートの戦いがはじまって、時は半世紀ちかく経っていた。
過去の栄光は過ぎ去り、戦線は拡大し続け、人類は未だかつての生存圏奪取に成功していない。
しかし物言わぬ侵略者、カートたちの生息圏だけは確実に広がっている。
眼下に広がる広大な廃墟、丘陵、伐採された森林地帯や蛇行した青い小川。
ソノイたちの降下艇の向こうに、数体の飛行カートが並行して飛んでいた。
「さっきのは辛かったわ」
「シャワーでも浴びてきたらどうですか」
「もう浴びさせてもらったわ。降下艇って言っても、かなり大きいようだから」
ハンガーに懸吊された三体のモビオスーツ、その前に降下する兵や物資を載せるカーゴルームがある。
ユーヤーと他のクローン達は、当たり前のようにそれぞれ持ち場に収まっていた。
「昼間からこんなところを飛べるとは思ってもみなかったな」
クローンの一人が窓の外を覗いて、マスク越しに独り言を呟いている。ソノイもそれに習って外の世界を覗き込んだ。
ソノイにとっては、これが初めての壁の外の世界だった。
「ソノイ少尉、一つ聞いていいですか」
「なにか?」
「少尉は壁外への異動を希望した理由ですが、本当に暇だったからと?」
ダーン! とカーゴルーム内に銃声が響く。見るとクローンの一人が開け放たれたドアから身を乗り出して、併走するカートを銃で撃っていた。
二発、三発と銃声が繰り返される内、クローンは振り返ってソノイを見た。
「暇つぶしにはちょうどいい世界だ」
ソノイは何か言いたげな顔をしたが、そのまま口をつぐんで本当の理由を話すことをやめた。
「ええそうよ。暇だったから」
「暇だからこんなクソッタレな世界にやってきて、みんなで楽しくピクニックでもするつもりだったか」
ダーンとスナイパーライフルが火を噴き、艦と併走している飛翔大型カートの背中に向かって曳光弾が飛んでいく。
「撃って大丈夫なの?」
「撃たなかったらどうなる」
クローンのスナイパーライフルがカートを捉え、銃声がルーム内に鳴り響く。
「このまま何もなければいいんだけど」
「何もないだと!? 何かあるように動くのが俺たちだ、貴様ら喜べ! 戦争だぞ!」
カーゴルームに、ヘルメットを持ったグレイブ大佐がやってきた。
「今から敵勢力圏内にある、我々の前哨基地に突入する! 先鋒は、ソノイ、おまえだ!」
「いきなり私が!?」
「この中で一番足が早い機体に乗っている! 嫌なら残るんだな!」
『残念だけどっ、それはいただけないわー』
艦内放送がかかって、紅炎の声が聞こえた。
「紅炎! キサマ今どこにいる!?」
『どこって、ここだけど?』
「艦をハックしたな!」
『そうだけど?』
足下に整備マシーンがやってきて、見慣れたホログラフィの少女を映し出した。
ラックにはソノイが乗っていたシルフィードが懸吊されて、艦の動きに合わせて小さきゆれている。
『この船、だいぶおんぼろなんだもん』
「勝手に中に入るな!」
『AIは私の侵入を許可してくれたよ? 仕事が減るのはうれしいって』
「ボロコンの言う事をイチイチ真に受けるな! いいか! よく聞けニュービー!」
グレイブは振り返ると頭を掻いて、ヘルメットを片手にソノイを指さした。
「先陣はお前だが、お前は手を出さず情報収集に徹しろ。お前の到着から一分後に我々が基地に降下突入する。地上戦の先鋒は、俺とユーヤーだ、残りのクローンは降下艇と共に降下、お前は上空からの支援だ!」
「また、私だけのけ者ですか!?」
「ニュービーは黙って言う事を聞け! お前には実戦経験がない。それとだな、貴様ら人間は、根性無しのクズのふぬけだ!」
「なにッ!?」
「そのせいで俺たちアンビギューターは、失わなくて良かった兄弟、失わなくて良かった物、あらゆるものを失ってきた。俺たちの戦いは、おまえ達の尻ぬぐいだった! だが壁から出てきたおまえ達には敬意を表す! 表してやる! だが傍観者は傍観者らしく、最後までしっかり見ておくことだ! 野郎共、出撃の準備をしろ!」
グレイブが火の着いた葉巻を床で踏み消し、クローンたちはめいめいに武器のチェックを始める。
「気にしないでください少尉」
圧倒されたソノイの後ろに、いつの間にか立っていたユーヤーがいてソノイの肩に手を置いた。
「大佐はいつもあのような事を言っていますが、おそらく本意ではないでしょう」
「本意? 言っていいことと悪いことがあるわ!」
「大佐は言葉ではああ言っていますが、話の本質は別他にあるのかと」
『よく聞け新米! 新米のお前に俺は厳しく見えるだろうが、俺も好きで言っているわけじゃない!』
突然グレイブの声がどこからとも無く聞こえて来て、ホログラフィの紅炎がまったく同じ口調で口を動かし始めた。
『だが俺様は見ての通り寂しがり屋なんだ! 俺より先に新兵のお前らが死んじまったら、誰が戦場で俺の面倒を見てくれるんだ? お前らの目と鼻の先で俺の頭が光っているのは伊達じゃない、これはお前らのためのビーコンだ! おまえらがいないと、俺は一人でおちおち戦場にも立てやしないからな!』
「何か言ったかこのピコピコ女!」
『べっつにーっ!』
グレイブが銃をスライドして振り返り、紅炎は整備ロボットと一緒に駆け足で逃げていった。
その紅炎のホログラフィが消えると同時に、ソノイの乗機、X―R九九シルフィードの目に青い光りが灯った。
「分かりました、情報収集に徹します」
ソノイは振り返るとクローンからメモリースティックを受け取り、ひらりと翻した。
「ただし、不測の事態があった場合は対応します。それくらい当然でしょう?」
「ふん、お前の乗機の逃げ足は世界一だ。お前に追いつけるカートはいない」
「ソノイ、出撃します!」
紅炎の操作でエンジン始動を始めたX―R九九のコクピットに収まり、ソノイはカウルを閉じさせる。
ラック下部のドアが下方向に開きだし、ソノイは追い風を受けつつエンジン回転数を調整して「キックドア」のボタンを下げた。
「降下! トランスフォームを」
『はいよろこんでー』
『イッテラッシャイ、サージェント、ソノイ』
カタパルト射出の動作と同時にAIが送り出しの言葉を言い、ソノイの乗るX―R九九はラックを飛び出るとファイターモードへと変形した。
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