第13話 戦士の登場
シルフィードは翼を畳み自機を変形させると、三角型のフィン、薄い装甲板で覆われた長い脚と腕部を覗かせ肢体を開いた。
白い翼に光りが灯る。
「いくわよ! シルフィード前進っ!」
粉塵をまき散らしてシルフィードがゆっくりと上昇を始め、低速で前に進みながらカートの頭上を捉える。
「さあこいつの出番よ!!」
シルフィードが兵器として稼働するのは、かつて実験棟で動いていたあの日から数十年ぶり。シルフィードのFCSに生体兵器カートの姿がロックされる。
「食らいなさいっ!」
『私が撃つんだってば!』
二人の少女が声を合わせてトリガーを引き合い、シルフィードは即座に反応してマルチガンを発射する
『この機体は、あたしが動かすように調整されてんの! そんじょそこらの素人が出てきていきなり動かそうったってそうは……』
トリガーを引いてしばらく、シルフィードは空中でびくりとも動かなかった。だがワンテンポ置いて少し動くと、今度はスムーズに照準を合わせ敵の眉間をとらえる。
試験用に開発された携行マルチガンの銃口が渦を巻くように高速回転し、空気を切り裂く。
しかし、赤目の巨大カートは倒れなかった。
弾は全弾外れている。
「撃てたじゃない!」
『当てなきゃ意味ないでしょお!!?』
ウオオオオォォォォォォーーーーーーン!
赤い肉、白い牙を覗かせ恨めしそうに呻き、カートは拳を振るって空中に向かって無差別に殴りあげる。
シルフィードは機体を翻すと銃口を構え直し、敵を捉えて見下ろした。
『ほら言ったじゃん! 狙って撃たないから仕留められなかった!』
「それでも私が撃つ! 私が動かす!」
『ムーリーッ! これはあたしのあっコラッ!!??』
藻掻くカートの上空でシルフィードが姿勢を崩し、入れ替わるようにして基地内からモビオスーツが出てくる。
先ほどミサイルを撃って機能停止した、整備不良のゴーゴンだ。
再起動をこなしたゴーゴンがカートの体に正面からぶつかって、巨体と装甲を活かしてカートを外に押し出そうとしている。
クローンが歓声をあげ、ついにブリッジから落下していたモビオスーツにユーヤーが乗り込む様子が見えた。
「こちらユーイーマルニーナナゼロゼロナインスリーケーゼロエイト、ユーヤー。シートに乗り込んだ、エマーリフトアップまであと三十秒」
銃弾が飛び交う戦場の真ん中でユーヤーが機体に乗り込む。残った二体のカートが鈍い足音を響かせて、ゴーゴン撃破と同時に砂嵐を引き連れて姿を現した。
『ほらみろッ! あれがプロの軍人よ!』
「ぐぬぅー!!!」
ソノイはシルフィードを操作するとブリッジ上に降ろした。
「食い止めればいいのよね紅炎?」
『そういうのあたしがすることなんだけど!』
「何にもしないでただ見てろだなんて、言われてハイなんて言えるかっ」
シルフィードが腕を上げ、まだ煙を吹いているマルチガンをカートに向ける。カートは赤い一つ目を大きく広げると、肉食獣のそれと同じ縦の瞳孔を広げてシルフィードを見た。
物を言わない者から発せられる無言の圧力、シルフィードのFCSがターゲットサイトを外してしまう。
「こっこの!」
ターゲット再ロック。シルフィードはソノイの指示通りに銃口の再調整をとると、先ほど撃った弾の照準調整もこなしながら弾を撃った。
一発、二発、三発と、弾がカートの赤い肉を矧ぎ削いでいく。今度は倒れた。だがカートは死んでいない。
それに他のカートたちもまだ大量に残っていた。
『ソノイちゃん前!』
「!?」
二体目のカートが拳をあげ、倒れたカートを乗り越えシルフィードめがけて腕を振り下ろしてくる。
激しい衝撃と機体を揺さぶる衝撃が、シルフィードのフレーム全体を軋ませる。ソノイはフットペダルを踏み込むとシルフィードに後退の指示を出した。
シルフィードはソノイの言うとおりに機体を動かし、マルチガンを盾代わりにして敵の拳を受け流す。鉄球のような拳だ。指がない。
翼を広げブースターを広げると、シルフィードは一歩飛び退きカートと対峙した。
「紅炎! 今のダメージは!?」
『ちょっと待って、右腕に軽度の……って、これあんたコパイの仕』
「まだいけるわよね! 次、いくわよ!」
『あたしがパイロットだーっ!!!』
ソノイと共にシルフィードが機体を持ち上げ、そこでついにユーヤーのトマホークが立ち上がった。
「リフトオン。最終調整チェック……」
量産型モビオスーツ・トマホークが翼のフィンを動かしバーニアに光りを灯す。
「正面に大型カートが二、背後に五」
シルフィードを後ろにして、トマホークがマシンガンを構え威嚇射撃をする。基地正面ゲートにいる敵と同じく、基地南側にも敵勢力と、味方の小隊が攻撃を受けていた。
トマホークはマシンガンを上空へ投げた。
「オーダー、敵を排除する」
熱く小さなそよ風が、砂とともに舞い上がる。ゲートと基地とトマホークの翼に、赤い太陽の光が映る。
赤さびと黒煙の漂う世界でほんの束の間。一瞬の静寂。
銀色の閃光が、赤い世界に輝いた。
トマホークが抜いた小さなブレードソードだった。
カートが音もなく左右に割れて血しぶきを上げ、続いて後に続くカートが一歩足を引く。
トマホークもカメラアイを搭載している。
冷酷に状況を分析し、敵を見抜いて青白く輝く機械仕掛けの一つ目。赤く不毛な世界を冷酷に睨む。
ふたたび小さな横風が吹いて、世界が動いた。
トマホークの翼に光りが入る。
開かれたブーストが悲鳴を上げて、一瞬でカートとトマホークの間が詰まる。カートは腕を伸ばして防御の構えを見せた。
青白い光りが渦状に腕を絡め取り、次いで銀の光りがカートを切り裂く。
ほんの一瞬間を置いて、カートが絶叫を上げて身を捻らせた。カートにも口はある。叫び、音を漏らし呼吸をするだけの、生きるための器官はある。
空を舞っていたマシンガンが落ちてきて、トマホークはマシンガンを受け取るとカートに銃口を向けて構える。
銃撃は一瞬が三回だった。三連射を数度に分けて頭に受けて、肉の塊は崩れて死んだ。
『次のターゲット』
「ユーヤー?」
『ターゲットを殺す』
地上戦は、すでに決着がつきつつあった。
クローンたちが残った小物のカートの掃討戦にうつり、敵は倒れた大型カートを残して逃げていく。
地平線の向こうで白煙が上がり、何かが飛び上がって白い飛行機雲を延ばし始めた。
「ミッションコンプリートだ! カート共は撤退を始めた」
グレイブの操るトマホークが、しばらく空を飛んだあとに翼を畳み降りてくる。
「上出来だ! カート共は我々サテロイドフォースの、圧倒的な戦力を前に敗走を始めた。我々の勝利だ」
間接を延ばし、砂地に足を接地させた赤色のトマホークがシルフィードにカメラを向けた。
カメラの色はユーヤーのトマホークと同じで、青白い。
荒野に散らばったカートの残党を、基地から出てきた物言わぬクローン達が追い詰めて一つずつ、処理していく。
それ以外に、荒野に動く者はいない。
地平線の向こうでは、生きてゲートを越えられなかった友軍の車列から黒煙が昇っていた。
「仕方がなかった。だが悔やんでも仕方がない、我々には、生きて迎えなければならない明日がある。さあ、次の仕事だ」
「次の仕事!? 大佐、あの、私たちはこれからどこに……」
「聞いていなかったのか! 俺たちは人間共の代わりに、負け続けのこのクソッタレな戦争に勝つためにこの山を越えなければならない! 向こう側で足止めを食らっている、味方を助け出すためにな!」
『味方を助け出す前に、こっちが助けてもらうことになりそうだけどー』
「何か無駄口叩いたかおしゃべりティンカーベル! お前の仕事は早くこのひよっ子を、一人でもちゃんと飛べる一人前の兵士にすることだっただろう」
『教える前に勝手に動いてくれたんだけどー。でもってあたしのシルフィードを危険にさらしてくれたっ』
「それは大変だったな! 今日からお前が子守をされる番か!」
『冗談!』
グレイブのトマホークがシルフィードを振り返り、腕を肩の上に乗せた。
「初めてにしては、よくやったな。だが戦場はいつも誰かが死ぬ場所だ。次は敵が死ぬか、お前か仲間の誰かが死ぬ番だ」
「は、ハイっ」
「ユーヤー少尉!」
迎えの大型降下艇がやってきて、頭上で機体受け入れ用のラックを解放する。
「何かあったか」
「いいえ何も。異常はありません」
「そうか! では、出発する! 搭乗開始!」
「ソノイ少尉」
グレイブのトマホークが軽く翼を開き、降下艇のラックに肩を預けるその間にユーヤーのトマホークが地面に落ちていた何かを掴んで、ソノイのシルフィードに手渡してきた。
「先ほどはありがとうございました」
「さきほど?」
「生きる命令です。あと、これを」
トマホークがシルフィードに渡したのは、ソノイの小さな拳銃だった。
青い一つ目がゆっくり動き、ソノイのシルフィードを見る。
「乗れ二人とも! 時間は待ってはくれんぞ! 次の場所まではこいつが案内してくれる、さっさと飛ぶんだ!」
三機のモビオスーツをラックに固定した降下艇が、ゆっくりと赤い空の下に飛び立っていく。
前方にはそびえ立つ高い山。太陽。砂混じりの風に揺らめくタワー。
タワー上空には、無限に広がる宇宙と新しい世界が。
降下艇は三機のモビオスーツをラックに収めると、高度を上げた。
敵の哨戒線を抜けて、タワー足下にある小さな偵察基地へ向かうために。
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