第10話 それぞれの戦い

 ソノイが司令部にやってくると、グレイブはすでに出撃の用意を終わらせて自分のパイロットスーツを着込んでいた。

「基地はどうだったかね? 少尉、おまえは私のサポートだ。これから我々の戦争を教えてやる」

 グレイブ大佐がヘルメットを投げて寄こし、ソノイは両手で受け取って目を丸めた。

「我々の戦争?」

「そうだ。お前は非力な人間で、しかも頭の中身も空っぽだ。もっと使える人間を寄こしてこなかったおまえ達が悪いんだろうが、今はお前のようなひよっ子の方が……」

 言うと、グレイブはヘルメットをかぶって顎紐を締める。

「……俺にとって都合がいい」

 グレイブはそう言って、マスクをかぶる。

 ソノイは警戒しながらも自分のヘルメットをかぶった。

「戦闘処女はお終いだ。おまえの機体とデートコースを用意した、たっぷり仲良くするんだな」


 鋭利なノーズカバーに二枚のブレードアンテナ、後退気味の可変翼に機体と一体化したスラスター。カラーリングは白。

 脚はノーズ付近から出ている内蔵式のソリ。後ろ二つは排気ノズルが着いて機体を安定させている。

 エンジン付近には複数の燃料ホース、ケーブル。

 コクピット付近を静かに明滅さて、X―R九九シルフィードは待機状態を維持し続けていた。

シルフィードはもう一機あった。こちらは、紫のカラーリングをしている。

 地下格納庫に作業員はいない。


 ソノイが案内された場所は半地下型の格納庫だった。

「この機体の出撃を敵に関知されてはいけない。もちろん今回は、孤立した友軍基地の援護に向かうための出撃だったが、途中のタスクが二つほど増えた」

「分かりました。できるだけがんばります」

「頑張らなくていい、ミッションの基本は彼女がしてくれる』

「私はこれに乗るの?」

『いいや違う』


グレイヴはソノイの差した方を見ようともせずに否定した。

もちろんソノイが差した物がなんであるか分かっているからだが。

ソノイの指の先には、白い翼のシルフィードが格納されている。

『あの機体にはまだ頭脳が搭載されていないい。おまえは奴の動くことに指揮官として許可を与えるのが仕事だ。シルフィードは自分で判断し、行動する半自動兵器だ」

「私が許可を与えるだけ?」

『そうだ人間らしいだろう』

 ソノイはグレイブを振り返り、それから自分の乗り込むX―R九九シルフィードを見た。

こちらのシルフィードは紫色にカラーリングされていた。

機体と翼の先端を、暗い格納庫の中で静かに明滅させている。

「この戦場では、普通の人間は俺たちのように戦えない。だが人間は、俺たちが勝手に戦うことを恐れている。兵器の暴走は、使い手がもっとも恐れることだ。俺たちはおまえ達人間の生きたコマだ、だが安心しろ」

「安心? だからって、私には何もさせないで見ているだけにしろって言うの?」

「そうだ見ているだけでいい!」

 グレイブは葉巻を吸い込み、大きく胸を膨らませた。

 ヘルメットの下から葉巻が覗く。この構造は他の兵士にはできないようだった。

「それも、見て判断するだけだ。人間に危険な仕事はさせない、そのために作られたのが俺たちアンビギューター・サテロイドフォースだ」

 グレイブは人差し指を伸ばすと、ソノイの胸にゆっくりと立てた。

「戦場に口先だけの理想論はいらん。早とちりするなよ、これはミッションを成功させるために人間が決めたことだ。何かしたいなら役に立てるようにまず仕事を覚えることだな。俺は俺の相棒に乗る」

 立てた指を引き、葉巻を捨てた。

「お前はコイツとだ、二人のデートコースに案内してやろう」

 グレイブが案内したのは、やっぱりというか、目の前に鎮座している紫の方のX―R九九シルフィードだった。


 スライド式のコクピットカバーが上面に開き、中のパイロットシートがせり上がる。

 ソノイはシートに収まると、地上で自分を見ているグレイブの顔を見た。

「ソノイ、乗ります」

「さっさと乗り込めソノイ少尉、あとは彼女の邪魔にならないようにな」

「くっそ! さっきから言いたい放題いってェ!」

 ソノイはヘルメットの中で誰にも聞こえないようつぶやいた。

 シートをスライドさせ機体立ち上げの準備を始める。

 計器チェックを始めようとすると、シルフィードの起動シーケンスが自動で始まりコクピットは蒼色の光りに包まれた。

「ん!?」

『さっきからずいぶんと反抗的じゃないか少尉! 俺の階級がなんだか言ってみろ!』

「ぐれいっ……た、大佐?」

『上等だ、少尉! さっさと機体を立ち上げろ! もたもたするな! おまえのような半人前が、無事にこの基地にこれただけでも神の成し遂げられた奇跡ってやつだろう! 無事に出られたなら世界は救われたも同然だ! さっさとエンジンを始動しろ!』

「りょ了解! ところで……さっきから言ってる」

『なんだまだ質問かひよっ子のコパイロット!』

 光りの点ったディスプレイに、地下整備場を歩くグレイブ大佐の後ろ姿が見えた。

 X―R九九のコクピットは外と完全に隔離されていた。カメラセンサーが外の様子をすべて捉え、パイロットは画面越しに外の様子をモニターすることができる。

「デートって誰と?」

『デート? デートだと!? あのデコハゲそんなこと言ったのか!?』

「でっでこッ?」

『い、いやあんたのことを言ったわけじゃんんんッ! ぁーウオッホン!』

 グレイブのハスキーな声が中途半端に途切れて、しばらく無音と小さなノイズが入る。

 今度はディスプレイに映し出されたOS画面と連動する、よく澄んだ少女の声だった。

『シルフィード、OS起動、セルフチェック開始、エンジン始動を開始します』

「大佐? 大佐???」

『機体チェック終了、シルフィード離陸を開始します』

 どういうことなの。

 ソノイは突然切れた無線を気にしながら、ヘルメットのイヤホンをとんとんと叩いた。

 スロットルが前に進み、スティックとペダルが自動で動き出す。

 ソノイはマイクをたぐり寄せ、小さく話しかけた。

「大佐?」

『……どーも。あたしの名前は紅炎。このシルフィードのメインパイロットよ」

「えっ?」

『あたしが、紅炎ですっ。シートベルト締めたよね?』

「紅炎? だれ?」

『ひどい! 人がせっかく挨拶してあげてるってのに!』

機内のディスプレイ下部から人型の小さなホログラフィックが伸びた。

紫色の背景と緑の体を揺らしながら、小さな映像の紅炎は不機嫌そうに腕を振った。

『よろしくって言ったら、よろしくって言うものじゃないの?』

「よ、よろしく」

『人間のぶんざいでこのあたしに命令するなんて百年早いわよ。とにかく、あたしが紅炎ね。この機体のパイロットがあたし。いいわね、よろしくっ!』

「わ、私がソノイ・オーシカよ」

『システム異常なし。機体セルフチェックも異常なし。エンジン始動前チェックも異常なしなんだけど』

紅炎は仮想パネルを横に開くと、キーを叩いてシルフィードの起動シーケンスを打ち込んだ。

『始動してもよろしい?』

「ムッ、いいわよ」

ソノイは新しいパートナーの言葉に頷き、ヘルメットのファイバーグラスを目にかけてシートに背を当てた。

ちょっとムカッとする。

「始めて」

 ソノイのかけ声と同時にスピーカーから聞こえる紅炎の声と、シート下にあるエンジンが少しずつ震えはじめた。

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