第6話 鼓動がはじまるとき

 繰り返される勝てない戦いのはてに、人類は負けない戦い方を覚えた。それは、広大な壁を作り閉じこもることだ。

 イントゥリゲート基地の近隣に、ソノイの生まれ育ったセボリアの城塞都市がある。

 その出入り口が、この荒野には向けられていて、ソノイが立ったイントゥリゲート基地はこの出入り口を守るための出島の役割をしていた。。

 今朝のように風が穏やかな時は、赤い砂埃の向こう側に壁が霞んで見えることがある。

 反対側には、赤い空の彼方へまっすぐ伸びる、高いロレンツィニタワーの姿が見えた。

「ソノイ少尉はなぜここに来ようと思ったのですか?」

 基地外周の小道を歩きながら、先頭を歩くユーヤー少尉がマスク越しに話しかけた。

 ソノイは額の汗を腕でぬぐいながらこの無愛想な白い装甲服の歩兵の、あと耳に付くうるさい呼吸音にイライラしながらふうとため息をつく。

「壁の中はね。退屈なのよ」

「退屈」

 ユーヤーの歩幅は歩き始めた頃から一切変わっていない。単調に、大股で、早すぎず遅すぎないテンポで外周を歩く。

「退屈だからこの基地にやってきた?」

「そうじゃないわ、聞いて。壁の中はね、退屈なのよ。でもその退屈さって、何か違うの」

「違う」

 がしゃがしゃと装備をうるさくならしながら、ユーヤーは無駄口を叩かず基地外周の小道の一端に立つ。

 小道の中では一段高く、上から見ると基地の全貌と周辺一帯が見下ろせる格好の丘にソノイ達はやってきていた。

 無人の監視塔が空堀を監視し、基地の自動防衛システムが無人機を走らせている。

「ここがイントゥリゲート基地です。基地の全長は約三キロ、周回距離は約二十キロ。基地全体を水の入っていない掘で囲み、七百二十メートルの滑走路二本と基地防衛用のトーチカ、対空トーチカ、掩体壕を配備しています。主要なゲート三本と裏門が二門、無人警戒システム二十四時間体制で監視しており、基地の防備は万全です」

「掩体壕って、さっきの墜落したスペースシップの残骸?」

「地下にも広がっています。前任の指揮官は、ここで狙撃されて死にました」

 ユーヤーの抑揚のない言葉が呼吸音混じりで唐突に放たれ、ソノイはびくっと身構えてその場で体を縮ませる。

「どこから!?」

「ほら、あそこの岩陰から。安心してください、今は向こう側の砂山までが警戒監視エリアに置かれています。奴らの潜り込む隙間はもうありません」

 腰に下げた双眼鏡でユーヤーが外を覗きだし、ソノイも落ち着いて背筋を伸ばすと小さくコホンと咳をした。

「貸して」

「電子ヴァイノキュラーです。網膜を焼かないよう気を付けて」


 光度がかなり高めに設定されている電子双眼鏡のようなものを、ソノイはまぶたを半開きにしながら覗き込んだ。

 電子ノイズ混じりに砂だらけの荒野と地平線、砂丘から続く長い影と、その手前に小さな岩陰を距離計の数字も含めて捉える。

 ヴァイノキュラーを離して肉眼で見ると、岩陰と基地はかなり離れていた。

「ずいぶん遠いのね。スナイパーも相当の凄腕ね」

「カートとバーヴァリアンは別種だと考えるのが正しいでしょう。カートは粗暴で数と力で攻めてくるが、どれも短絡的で複雑なことをするのには向いていない」

「スナイパーはバーヴァリアンって奴だったの?」

「我々が確認した時は、すでにただの焼けたひき肉でした」

 不穏な言葉を呼吸音混じりに答えるユーヤーと、ソノイは一瞬イラッとしたがもう一度電子ヴァイノキュラーを覗いて周囲を見回す。

 その時基地外周小道の向こう側から、モーター音と無骨な機械が地面を蹴ってくる音が聞こえてきた。

「少尉! センサーに反応があって見に来たのですが、何かしましたか?」

「いいや何も!」

 ソノイはヴァイノキュラーを覗き込みながら、今やってきた逆間接型の機械化軽偵察車両と数人の警備兵たちを盗み見る。

 背格好はユーヤーと同じ、アーマーも細部の違いこそあれど典型的なクローン兵の見本品のようなもの。

 クローン警備兵たちは乗機した偵察車両の脚を止めると、センサー位置と地図を確認しだした。

「おかしいな、ここは一番警備が厳重な場所のはずだが」

「何かあったのか」

 ユーヤーはクローンたちを見あげながら地図を譲り受けた。

 ソノイはソノイで、基地の外側が気になるのでしばらくヴァイノキュラーを覗き続ける。

 代わり映えのしない荒野。そろそろ午後も遅くなって低く陰りだした太陽。

 燃えるように赤い砂地に広がる影たちが、少しずつその長さを延ばしだす。

「ん?」

 その影たちの中に、ソノイはなにか動くものを見たような気がした。

「ユーヤー少尉? いま、あそこで何か動いたんだけど」

「動いた?」

 警備兵クローンと地図を見ていたユーヤーが振り返り、ソノイと一緒に荒野を見る。

 確かに、荒野の向こう側に動く物体が見えた。

 横広に伸ばした二本足に、大きく膨らんだ腹部を後ろ側へだらしなく伸ばしている。

 典型的なカートの姿だ。ここら辺ではよく見かける寄生生物の最底辺、触手のようなものを頭先からちらちらと覗かせている。

「カートだ。数で攻められるとやっかいだが、一体だけなら問題ない。おそらく食事の時間なんだろう」

 ユーヤーはそういうと、警備兵クローンの方に向き直って地図を開き治す。

 だがソノイにはそのカートが、何か気になった。

「センサーが敵を見つけたら撃つんでしょう?」

「そうだな。そろそろ防衛システムも反応するはずだが」

 だが、堀の内側に配備された自動ガンターレットシステムは動く気配を見せない。

「センサーの異常か」

「待て、指揮所の方でもあのカートは把握してなかったぞ」

 警備クローンたちが互いに向き合い、ユーヤーは肩に担いだクローンガンをとりだして構える。

 空堀の下で、掘の小岩が崩れて踏まれる音がした。

 ソノイはハッとして、その場で身構える。電子ヴァイノキュラーを手に持ったまま。

「今、下で音がした……」

「少尉あぶない!」

 クローンが叫んで腕を伸ばし、ユーヤーも飛び跳ねて銃を掘りの下に向けて構える。

 だが運が悪いことに、ユーヤーが飛んだ先にはソノイがいた。

「あっ!?」

 バランスを崩し二人で倒れ込むと、掘りの下から緑色の腕が伸びてきて二人の足を掴んで握る。

 ソノイは訳も分からず掘りの中に引っ張られたが、その時になってようやく自動防衛機構が反応し掘りの内側に対してガンターレットを向けた。

「伏せろ!」

 掘りに引きずり込まれたソノイの頭をユーヤーが抑え込み、緑色の化け物が口を開いて威嚇の叫びを上げる。

 基地のガンターレットは縦横に銃撃を打ち込んだが、その射線軸上には敵のカートと、ソノイたちも含まれていた。

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