第5話 悲壮なほどドラマチック それぞれの思惑

 ソノイが立ったイントゥリゲート基地は、セボリア国家がまだ国家だった頃は国境辺境にあるどこにでもあるような小さな村だった。

 ユーヤーとアーマーを着た兵士たちが我が物顔で村を占拠し、物資を持ち込んでせっせと村を要塞化している。

 村には元々住人がいたはずだったが、村人達はすでに村を出て行っていったようだった。

 家に人影は見えない。

「ずいぶん堅牢な造りね。それでもカートに勝てないって言うんだから、どうしようもないんだけど」

「ソノイ少尉、我々は全力を尽くしています」

「分かってるわ、でもそれは私の上に言ってちょうだい」

 ユーヤーがソノイの荷物を背負い、その後に続いてソノイも歩いていく。

 墜落したスペースシップは村の中央にあってその大半が地面に潜り込んでおり、村の半分近くはこの墜落したスペースシップで潰されていた。

 あとの敷地は、村の郊外、葡萄畑、放牧地、水源その他を含めてすべてコンクリート化されている。

 人類に敵対するカートたちは常に有機物あるいは無機物を欲していた。

集団で襲いかかり、取り込んで寄生し、寄生された物体の持つ能力を最大限まで高めて人間と戦うためだ。この葡萄畑もいつか潰されるだろう。

 世界最強の兵士集団、人の形をして人ではない者、アンビギューターはそのカートたちと戦う。

 アンビギューターは人類に絶対的な忠誠と無条件の服従、圧倒的な力、未来を約束する。

 砂に汚れたマスク越しに、無口なアンビギューター下士官がソノイ少尉に敬礼する。

 隣に立つユーヤーも敬礼した。

「最前線へようこそ、ソノイ少尉。いやわざわざこんな汚らしいところへお越しくださりアンビギューター一同光栄です」

 アンビギューターの中で一人だけ、ヘルメットを脱ぎ、だらしなく足を広げて椅子に座っている大男がいた。

「私の名前はグレイヴ。この基地の最高指揮官代理をしている」

「あなたが今の指揮官ね」

「この基地と、サテロイドフォース全軍の指揮は人間がとることになっている」

 大男は立ち上がる。背の高い、日に焼けた肌、彫りの深い無精髭、サングラス、グレイヴと名乗った男はニイと笑った。

「歓迎しますよ、少尉。私たちはこれから基地の北方にいる、孤立した友軍部隊を助けに行かなければならない」

「指揮は今誰がとっているの?」

「私だ。だが私はアンビギューターのプロトタイプであって属性は人類に近いが、規定ではやはり私に指揮権限は認められていない。我々は指揮官を要請していたのだ」

「残念だったわね。でもこれでも仕官なの、あなた階級は?」

「大佐です。彼は少尉だ」

「サテロイドフォース内部での階級は、私たちに通用しないわ」

 アーマーを着込みあくまでも冷静を保ち続けるグレイブの前で、ソノイは澄ました顔で答えた。

「でももうすぐ援軍が来る。そのときまでの指揮官代理なら私でもできます」

「それは光栄なことだ。やっと規定通り人間の指揮下に置かれることになって、我々も戦いやすくなることでしょう」

 グレイブが皮肉たっぷりに言い、隣でアンビギューターたちがひそひそと囁きだす。

 少尉の肩章を持つユーヤーは黙ったままソノイの隣に立ち続け、ソノイは司令室を見回した。

「基地の現状は?」

「カート、バーヴァリアン共の散発攻勢をしのいでいます」

 バーヴァリアンとは、カートの中でも特に知能の高い種族のことを言った。

「友軍救助のための準備にはもうすこし時間がかかります。少尉、あんたがどれだけ実戦経験豊富なのかは知らないが」

 グレイヴは、テーブルに置かれた葉巻をくわえながら、ソノイの小さな肩に手を置き軽く握る。

「この基地は、これでも敵勢力のどまんなかに位置する。いわば四方八方が敵だらけだ。友軍の支援は受けられない、些細なミスが命を落とす理由になる。だが……」

 グレイヴは手を置き、ゆっくりと視線を落としてソノイの胸を見た。

 嫌な予感がして、ソノイは急いでグレイヴの手を振り落とす。

「……学生か」

 左胸の上に、所属を示すバッヂが着けられていた。

「学生でも、これでも上級仕官候補過程を修了してるのよ」

「学生は新米だ。戦争の意味も分からずここに飛ばされてきたか?」

「私は志願してここに来た!」

「少尉! 彼女にこの基地と、戦場のことをその足で歩いて案内してやれ」

「イエッサー」

 少尉と呼ばれたアーマー兵士ユーヤーが敬礼し、ちらりとソノイを横目で見る。

「案内します、ソノイ少尉」

 ソノイはこの不穏な空気に圧倒されながらも、周りを見て、それからグレイヴをきつい目で睨み返し今来た通路に戻った。

 ここは戦場だった。

 人がいない、化け物と人外が戦い続ける不毛の荒野。

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