第30話 気にせず楽しむ!!

 イベントが終わり、約1カ月程続いた準備期間が終わり、ようやく、以前の様な平穏な日々が戻って来た。


 気がつけば、季節は既に7月であり、外からはセミの鳴き声が聞こえてくる季節になっていた。


 そして、テストも終わり、いよいよ夏休み直前である。


 そんな、まもなく夏休みになろうとするある日の放課後、この日の部室には、新たに入部をした香里奈を含め、部員が全員揃っていた。


「はいっ、これをあげるわ!!」


「何だよこれは?」


 ソファーに座っていた香里奈は、隣に座っている古都に1つの箱を渡した。


「フェイカーズのチャンネル登録者数が1万人を超える記念のプレゼントよ」


「おぉ、そうなのか!? お前がプレゼントくれるなんて珍しいな」


「珍しいなんて。同じ部活の部員同士じゃないのよ!!」


 先日のイベント以来、香里奈と古都の関係は初めに出会った時よりもだいぶ良くなっているように見える。やはり、共に協力をやる事により、より親しくなるという考えは間違っていなかったと思える。


 それはそうと、先日のイベントお蔭もあり、フェイカーズのチャンネル登録者数は一気に増え、この数日の間でチャンネル登録者数が1万人近くにも増えた。


 ここまでチャンネル登録者数が増えたのは、4万人以上もいるチョコチップと言うチャンネルを持っている香里奈のお蔭と言うのもあるけど、やっぱりイベントの成功の方が大きいだろう。


「お前が私にプレゼントくれるなんて、一体なんだろな?」


 香里奈から受け取った箱を、古都は嬉しそうな様子で開けていた。


「ん? なんだこれは?」


「これは、銅の再生ボタンよ!! 私の手作りなんだから、大切に部室に飾っておきなさいよね!!」


「ほ~う、よくまぁ、こんな手の込んだ物を作ったね。ご苦労ご苦労」


 箱の中に入っていたプレゼントがあまり好まなかったのか、古都は興味を持たないような表情をやりながら、香里奈が作った銅の再生ボタンを眺めていた。


 それにしても、香里奈もよく手の込んだモノを作ったな……


 古都が香里奈の作った銅の再生ボタンを眺めていると、優が興味津々な様子で見に来た。


「あっ!! これが香里奈ちゃんが作ったという銅の再生ボタンなんだ!! すっご~い!!」


「凄いでしょ!! それだけ作るの大変だったのよ」


 古都が持っている銅の再生ボタンを興味津々に眺める優に対し、香里奈は自慢をするように語った。


「まぁ、とりあえず、コレどこかに飾っといてよ」


「うん、分かった!!」


 その後、古都は銅の再生ボタンを優に渡すと、優はニコッとした笑顔で、古都から渡された銅の再生ボタンを近くの棚に飾りに行った。





 その後、優が銅の再生ボタンを棚に飾った後、全員がソファーに座り、雑談を始める事にした。


 この部室に置かれているソファーは、2人用のソファーがテーブルを挟んで2つしか置いていない為、古都は優の膝の上に座る事で、全員がソファーに座れるスペースが確保出来た。


「とにかく、私のお蔭という事もあり、この1カ月で登録者数が1万人近くになるのは凄いと思うわ」


「お前のお蔭でなくても、私達ならそれぐらい出来るわ!!」


「果たしてどうかしらね? どんなに凄い動画を作っても目立つ事がなければそれには意味なんて全くないのよ」


「そんなわけあるか!! 凄い動画を作っていたら、いつかは必ず誰かの目に止まって有名になるよ」


 ソファーで寛ぎながら雑談を始めるなり、香里奈と古都はいつもの様に言い合いを始めた。この言い合いに関しては、イベントを通じて和解をしても収まる事はなさそう。


「仮にそうであっても、有名人の力がなければ、一体何年かかるのかしらね? それに、あんた達よりも知名度のある私のチャンネル数なんて、先日のイベントのお蔭もあって、更に5千人は増えたわ。計5万まであと少しってところね」


「全く、今はお前の方が知名度があっても、動画制作の技量なら私達の方が上なんだぞ!!」


「そうよ、総合的には四季神さんの方が上であっても、各分野の技量では、私達は四季神さんよりもずっと高いのよ!!」


 香里奈が自慢の方が有名である事を語ると、それに反発をする様に古都と美紗が自分達の方が凄いと負けずと言い返した。


 それにしても、気がつけばもうすぐでチャンネル登録者数が計5万人にも達成するなんて…… 


 以前は4万人だったのに、この間のイベントの影響も含め、一気にチャンネル登録者数を獲得したな。


「そう言えば、チャンネル数と言えば登録者数が10万人を超えると、銀の再生ボタンが貰えるんだよね」


「あぁ、そう言えばそうだったわね。私もいつかは到達したい10万人達成の証。これを貰えるまでは絶対に辞められないよね」


 チャンネル登録者数の話の中で10万人達成記念でUTube側から貰える銀の再生ボタンの話を始めると、香里奈は10万ユーザーの仲間入りを果たす事を目標にしていると、自身気に語った。


「銀の再生ボタン!! 何それ!?」


 そんな銀の再生ボタンという言葉を聞いた後、優が早速それに興味を持つように反応を見せた。


「優はそんな事も知らないの? 銀の再生ボタンと言うのはね、チャンネル登録者数が10万人を超えるとUTube側から貰えるのよ」


「そっ、そうなの!! そう言えばさっき、香里奈ちゃんが銅の再生ボタンを私達にプレゼントをしてくれたけど、アレみたいなものなの?」


「まぁ、そうね。私がプレゼントした奴はレプリカだけど、銀の再生ボタンは本物よ」


「ほっ、本物!! それは貰えるようになるまで頑張らないとね!!」


「でしょう。そう思うでしょ。あんた達も次の目標は、チャンネル登録10万人達成で決まりね」


 銀の再生ボタンと言う言葉に喰いついた優は、香里奈から銀の再生ボタンに関する説明を聞いた後、10万人以上で貰えるという銀の再生ボタンに凄く興味を持った様子を見せた。


「全く…… その目標はお前も一緒だろが。最も、今回お前のチャンネル登録者数が増えたのは、私達のお蔭だというのも忘れるなよ」


「それに関しては、私も十分に理解はしているわよ。あのようなイベントだって、映画だって、全て私1人では作れなかったし、出来なかった事ぐらいは十分に分かっているわよ。だからこそ、その点に関してはあんた達に感謝はしているつもりよ!!」


 自分で言うのは凄く恥ずかしかったのか、香里奈は古都に対し顔を赤くし、少し恥ずかしそうな様子で喋っていた。


「でも、そんな私が最も輝く事が出来たのも、キョウの編集技術が素晴らしかったからよ!!」


「えっ!? そんな凄い事やったかな?」


「そうよ。動画内では1番目立たなくても、裏方を支えるその編集技術力、その凄さは本物よ!!」


「そっ、そうかな?」


「だからこそ、これからは尊敬の意を込めてキョウの事をキョウ様と呼んでもいいかしら?」


「えっ!? えぇ!!」


 キョウの編集技術が凄すぎた為なのか、香里奈から異様なまでに尊敬をされてしまう事になってしまった。


 正直言って、これに関しては凄く戸惑っている。動画内で目立たないのも、編集技術が異様に上手いのも、全て、かつてチャンネル登録者数が10万人超えを達成したグループ系UTuber『マイスターズ』というメンバーの1人だったからという事実がある為である。


 それと同時に、本当は男であるという事を隠しながらやっている為、どうしても目立つ事は出来ない。だからこその裏方キャラなんだよな。香里奈はキョウが本当は男であるという事実は知らないと思う。


 一応、フェイカーズのメンバーと姉である顧問以外にはキョウの正体は秘密という事にはなっているけど、香里奈は今は映像制作部の部員の1人。そろそろ本当の事は言ってもいいのでは?


 そう思ってしまったキョウは、しばらくの間、香里奈に真実を話そうか考え込んでしまった。





 そして、キョウが考え込んでいる間にも皆がソファーに座りながら雑談をしていると、突然、香里奈が何かを想い出したかのように喋り始めた。


「そう言えば、この映像制作部って、部員は5人だったわよね?」


「いきなりどうしたんだよ? 香里奈。5人だと何か問題があるのかよ?」


 突然、香里奈が映像制作部の部員数に関する疑問の話を始めると、古都がそれに反応をした。


「そんな事はないけど、噂ではこの映像制作部にはもう1人、男の部員がいるそうじゃないの?」


「男の部員、もしかして、京の事かな?」


 どこから噂を聞きつけたのかは知らないが、香里奈が気になっていた男の部員というのは、恐らく、もう1人のボク、男の方の本当の京の事を言っているのだと思う。


 それに察したのか、古都は香里奈にキョウの男の時である、いわゆる本名ってヤツを香里奈に言った。


 普段、部活がある時は女の恰好をしている為、誰もがキョウの事を女と思い込んでいる先入観があり、男の京と女のキョウはそれぞれが別人であるという扱いになってしまっている為、ここの扱いが部活の登録でも少しややこしくなっているのかも知れない。


「あぁ、そうね…… 京の顔写真をよく見てみたら、あのマイスターズのメンバーだった1人に似ているのよね?」


「もしかして、香里奈はその人のファンだったの?」


「その逆、すっごく大嫌いよ!! マイスターズのリーダーが突然アイドル系UTuberに転向すると言って、マイスターズとしての活動が休止になって、まるで勝ち逃げみたいじゃないの!! 私はそれが気に入らないのよ!! 正々堂々、私に負けなさいって思うわ」


 香里奈は怒った様子で、敵対心をムキ出しにしながら京を嫌う理由を言った。


 同時にマイスターズは中学生ながらチャンネル数が10万人超える将来が期待されたグループだっただけに、変にライバル心を持つ同年代もいたんだなって改めて思ってしまった。


「確かに勝ち逃げは気に入らないよね。ホント」


 香里奈の考えに納得をする様に言う古都は、チラチラとキョウの方を見ながら言って来た。


「でしょう。気にいらないでしょ!! 同じ学校に、それも同じ部活にあのマイスターズのメンバーがいるかも知れないって知った時は私に負ける為にもう一度動画を上げなさいって言おうと思っていたけど、意外と会う事ってないのよね」


「まぁ、京は同じ部員であっても、部室には来る事がない幽霊部員だから、会う気がなければ絶対に会う事はない存在だからね」


 香里奈が本当に気がついていないというのを見ていると、女になっているとホント、正体に気づかれていないのだと、改めて自分の能力の凄さに関心をしてしまった。


 しかし、それ以上に、香里奈にここまで敵対心を持たれていたという事実に衝撃を受けてしまった。正体を言おうかと少し考えていたけど、これは止めておいた方がいいのかも? 


 運よく、他の部員達もキョウの正体を言おうとはしていないみたいだし、このまま黙っておくのが無難かも知れない。


「それでいいんじゃない? 私だって別に好きで会いたいわけじゃないし。それに、何よりも、京が来ないって事は、この部室には女子しかいないって事よね。この方が気を遣わなくてもいいから、羽を伸ばす様にすっごく寛げるわ~」


 部室に男がいない事を嬉しそうに思う香里奈は、ソファーの上でリラックスをやるかのように、三角座りを始めた。


「ちょっと、いくら女子だけだからって、はしたない恰好は止めなさい。パンツが見えてるわよ」


「別に良いじゃないの。どうせ女子しかいないんだからさ!!」


 三角座りをした事により、パンツが見えている事を美紗から注意をされたが、女子だけしかいないと思い込んでいる香里奈は、そんな事を一切気にしようとはしなかった。


 キョウの正体に気がついている古都と優からも男扱いをされずに同性の様に扱われていただけでなく、これからは正体に気がついていない香里奈も入ってくるという事を考えると、今まで以上に疲れるかも? 


 男のいない女子だけのノリってのがホント、合わせるだけでも凄く疲れる……





 その後、部室での雑談も終わり、皆で学校を出て帰宅をする事にした。


「ねぇねぇ、せっかくテストも終わった事だしさ、これからみんなでカラオケに行かない?」


 学校の正門を出た後、優は突然、カラオケに行かないかと提案をしてきた。


「いいねぇ。もうすぐ夏休みだし、明日以降は夏休みの予定も立てないといけないし、今のうちに遊んでおくっか!!」


 優の提案に、早速、古都が賛成をした。


「まだまだ夏休みじゃないし、明日も学校があるのよ」


「そう言う美紗は行かないのかよ?」


「行かないとは言っていないわ。ただ、時間は少なめよ!!」


「全く、美紗は相変わらず厳しいんだから!!」


 時間の限定はしたものの、美紗もカラオケに行くことを賛成した。


「もちろん、私も一緒に行くわ!! 私の歌の凄さをあんた達に目の前で見せつけてあげるわ!!」


「そう言うと思った……」 


 そして、香里奈もまたカラオケに行くことに賛成をした。


「もちろん、キョウちゃんも一緒に行くよね?」 


 その後、優はキョウの方を見ながら、一緒にカラオケに行くかと聞いて来た。


 本来ならもちろん、ここで迷わずに一緒に行くというべきなのだが、キョウを除けば、都合よく女子4人だけのグループになる。そんなグループに男が入ってもいいのだろうか? と少しばかり迷ってしまう。


「せっかくみんな行くんだし、ここは行っておくべきよ」


「そうだぞ、こういう遊びだって、大事な部活仲間との付き合いなんだぞ!!」


「1人でも多くいた方が楽しめるわ!!」


 少し考えていると、美紗と古都と香里奈からも一緒にカラオケに行くように声をかけられてしまった。そんな声を聴いた時、改めて思った。メンバーから見ればキョウもまた映像制作部の部員、そしてフェイカーズのメンバーの大切な1人だという事に。そこには女だけとか1人だけ男とか、そんなの関係ない。キョウもいなければ全員は揃わない。全員が揃うにはキョウも行くべきだという事に。


「あぁ、ボクも行くよ!!」


 皆から見られている中、キョウは軽く返事を返した。


「これで全員が行くって決まったね。じゃあ行っくよ!!」


 全員がカラオケに行くと決まると、優は元気よく腕を上げた。


「カラオケでは絶対に美紗よりも高得点を出すんだから!!」


「果たして。私よりも高得点は出せるかしら?」


 香里奈は歩きながら、美紗にカラオケ勝負をすると言い出したが、美紗もまた自信がある様で負ける気配は見せなかった。


 そんな皆が話をしながら歩く通学路は、まだまだ暑さが残る夏の夕方の放課後であり、暑いというのを気にせず、それぞれが楽しく話をしながら歩いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る