第29話 ひとまず和解
フェイカーズとチョコチップの初コラボとなったイベントは、大好評の中幕を閉じた。
イベントの流れは、オープニングの挨拶から始まり、その後はメインの映画上映と歌とダンスの披露と比較的軽いイベントではあったが、実際にファンを呼んでのイベントは今回が初めてであった為、イベント中は緊張の連続であった。
そんなイベント終了後の翌日の夕方、私達は昨日のイベントの打ち上げの為、優の友達の千百合の家の店に来ていた。
「それではみなさん、イベントの成功を祝して、私からのプレゼントです」
テーブルには、千百合の家の店で出されている和菓子の数々が置かれていた。そんな和菓子を目の前にしながら、それぞれ昨晩のイベントの事を振り返りながら楽しそうに話をしていた。
「初めは凄く緊張したけど、イベントを楽しんでくれたファンの人達の笑顔を実際に見ていたら、これからも頑張ろうと思えてくるわ」
「確かに、それは言えてるね。実際に美沙の人気は凄かったもの。やっぱりNN動画時代からのファンが来てくれたんだね」
美沙とキョウは同じテーブルに座りながら、千百合の店のオリジナルブレンドの抹茶を飲みながら、昨晩のイベントの事を振り返りながら話をしていた。
確かにキョウの言う通り、昨晩のイベント終了直後の握手会では美沙の列には人がたくさん並んでいた。その人気ぶりは、イベントの主役であった私と大差がないくらいであった。まさに、美沙はフェイカーズの人気を支えている存在だと、イベントと通し改めて感じた。
「そういう夏川さんは、一番人気がなかったわね」
「余計なお世話だよ!! フェイカーズの中でも、ボクは目立たない役割なんだから、そりゃあ、人気順位だって一番低くなるよ。でも、本気を出せば、ボクが一番人気になるけどね」
「果たしてそれは本当かしら?」
「本当だよ」
そう言えば美沙の言う通り、確かに昨晩の握手会ではキョウの列には人が少なかった。動画内では特別目立つことのないキョウだけど、動画の裏側では無くてはならない存在であるキョウは、完全に裏側の人間ね。この1ヶ月の間、共に過ごしてきたからこそ分かる事である。
そんな美沙とキョウの楽しそうな会話を聞きながら、私は1人、落ち込んだ様子でいた。
「香里奈ちゃん、昨晩のイベントでのミスをまだ気にしているの?」
「そりゃあ気にするわよ。まさか私だけがやり直しのきかない本番に一番弱かったなんて……」
私が1人で座っていると、その事を心配したのか、優が私に話しかけに来た。そんな優と話をしていた私は、昨晩のイベントでのミスを一日経った今でも気にしていた。
「そんな事ないよ!! 香里奈ちゃんはダンスの時に私達に出来ないバク転をやって、会場を大盛り上げさせたじゃない!!」
「あの程度なら簡単に出来るわよ。最も、私は新体操部からスカウトを受けるぐらいの実力持ちだもの」
「そんなに凄いの!? だったら、どうして入部しなかったの?」
「私にはアイドル系UTuberとしての活動もあるわけだし、関係のない部活なんかに入ってしまったら、動画の投稿時間だって減らさなければならなくなるくらい両立は難しいし」
「そうなんだ」
優が言う様に、出来ない人から見れば確かにバク転が出来るという事は相当凄いのかも知れない。しかし、今の私にはそれを自慢に思えないくらいの状態であった。昨晩のイベントでのミスは、それくらい私にとって大きなショックであった。
「そんな事よりも、長年UTuberをやって来て、まさかアドリブでのトークが上手く出来なかったなんて、凄くショックよ」
「そんな事ないよ。例えトークが上手くなくても、香里奈ちゃんは歌やダンスが上手かったじゃない!!」
「そういうアンタこそ、アドリブでのトーク、完全に私よりも上だったじゃないの。それに、練習では一番ダメだったにも関わらず、本番では誰よりも歌やダンスが上手かったじゃないの。そう、私よりもね」
「そっ、そうかな?」
「そうよ。本番で上手く出来るのなら、練習でももっと上手く出来るようになりなさいよね」
「そっ、そう言われたって、練習でも誰よりも上手く出来る様に頑張っているつもりだよ」
まさかの練習の時は誰よりもダンスや歌が上手くなかった優が、イベントという本番で最も誰よりも上手く出来たという事そのものが、一番の予想外であった。
話をやっていると、優はわざと練習の時に下手なふりをしていたわけではなさそうだし、もしかしたら、単にまだ完全に才能が開花していないだけなのかも?
もし、この才能が完全に開花すれば、いずれはあの伝説のアイドル系UTuberのD=$をも超える逸材になるかも知れない。フェイカーズはとんでもない人材を確保したわね……
それにしても、UTuberとして生トークが上手く出来なかった事は本当にショック。
普段の動画の時だと、編集で誤魔化すことが出来ても、本番だとそれが出来ない。定期的に生放送もやっていたので人前でも上手く行けると思っていたけど、そんな事はなかった。
まだまだ自分に足りないところがある事を今回のイベントで改めて思い知った。
そう思いながら、千百合特性の抹茶を飲んでいると、私と優のいるテーブルに古都がやって来た。
「確かにお前は自分で言う様に、トークをしようとして緊張をし過ぎたせいなのか、なかなか上手く喋れてなかったな。それに、本番だと歌の歌詞は間違えるしさ」
「ちょっと!! それは言わないでよ!!」
「別に良いじゃない。真実なんだからさ」
「そうであっても、言われたくない事ってあるのよ!!」
私の顔を見るなり古都はニヤニヤとした表情で昨晩のイベントでのミスについてつつく様に触れてきた。
「言われたくなかったら、ミスをしないようにする事だな!!」
「何自信気になって言っているのよ。最も、私の人気がなかったら、イベントなんて誰も来なかったわよ。イベントの大成功の件に関しては、少しは私に感謝してほしいわ!!」
「何を言うか、私が書く脚本がなければ、イベントの目玉となる映画は作れなかったんだぞ? 本当に感謝されるのは、この私なんだよ!!」
「何言ってんのよ!? 映画はみんなで作ったモノでしょ? あんた1人で作ったモノじゃないじゃないのよ!!」
「なにをー!! 脚本を書いた私が一番凄いんだ!!」
「確かにあんたの作った脚本は凄いと思うわ 一番凄いとは言わせないけど」
「いきなりどうしたんだよ?」
今までならここで否定をする様に言い合いを始めていたが、この1ヵ月の間の行動を見て、古都を始め、フェイカーズのメンバーの実力の凄さを目の当たりにした為、実力に関しては認める事にした。
あっさりと認めた為なのか、古都は突然、キョトンとした表情になった。
「あんたの日頃の行動そのものが、遊び心のある面白い物語を作っていたのねって思っただけよ!!」
「まぁ、確かに私は常に面白くて楽しいと思うようなネタを考えて生きているのかも知れないな」
「あんたのそんな身勝手な行動のせいで、どれだけ迷惑がかかったのやら……」
この1ヶ月の間は、リアルで初めて古都と一緒に過ごした1ヶ月でもあり、同時にネットだけでは見えなかった部分を知る事が出来た。
特にイベント直前の学校に寝泊まりをしていた時は、古都の素性という部分を嫌という程見せられた。それを知ったからって、別に古都の事を更に嫌いになるわけではなかった。
「そんな迷惑があってこそ、リアルの反応を直で見ることが出来て初めて面白い脚本を作ることが出来るんだぞ。私の行動は常に無駄ではないのだよ!!」
「そうは言っても、どれだけ面白い脚本があっても、それに似合うキャストがいないことには、その脚本は輝かないでしょ」
「まぁ、それは確かに間違っていないかも知れないな。最も、昨晩のイベントだって、お前のチャンネル登録者数という知名度の人気度があったからこそ、あれだけの人が来てくれた事にはかわりはないというのは認めている」
「確かに私の人気度で成り立ったイベントだけど、やった後だと、私1人ではとても出来なかったイベントだったと思うわ」
「そりゃそうだろうね。私1人でもあの様なイベントは出来ないよ。私が書いた脚本を活かしてくれるメンバーがいたからこそ、出来たイベントだと思っている。それこそが、グループでやるUTuberであって部活でやるUTuberの強みなんだよ」
いつものように一方的に自分を過大評価しない古都は、イベントの成功に関しメンバー全員の協力のおかげだという事を十分に理解していた。
「そう言えばこの1ヶ月の間、あんた達のフェイカーズという弱小グループ系UTuberと一緒に行動をしてきたけど、グループ系UTuberの全員が実力のない者同士の集まりってわけではなかったのね」
「全く、フェイカーズの凄さを目の当たりにした今でも弱小呼びかよ!!」
「確かに!! 弱小なのはチャンネル数だけだったわね。実力に関しては全然弱小なんかではないわよ。もう、弱小は撤回ね」
以前からフェイカーズの実力だけは本物だと思っていたけど、共に行動をした1ヶ月間と昨晩のイベントを見て、本当に実力に関しては本物であったと確信をした。
「当たり前だろ!? 私は凄いのだから!!」
「凄さだけで言ったら、私のほうが上よ。最も私はグループではなくて1人で撮影から編集までこなしているんだから」
「なにを!! 例えグループとは言えども、各分野の技量に関してなら、お前よりも上なんだからな!!」
どんな話でも、少し火がついてしまうと、すぐに激しい言い合いになってしまう。それぐらい、お互いが動画制作に関して熱い想いを持っているという証なのかも知れない。
最も、私と古都の場合は、この様な感じで話をやるほうがお似合いのように思ってしまった。
そんな私と古都のやり取りを隣で見ていた優は、ニコッとした表情で古都の方を見始めた。
「どうやら、フェイカーズとチョコチップの共同イベントは、効果があったみたいだね!!」
「まぁ、多少は。今まではただ嫌なヤツだとばかり思っていたけど、振り返ってみると1ヵ月の間、共に協力をやって、嫌いだけではない悪くないと思える一面だって見れた事だし、以前に比べたらコイツが部室にいても悪くないかなと思えてきた」
「そうなんだ。やっぱりみんなでひとつの動画を作ったのは正解だったんだね!!」
古都の照れ隠しをする反応を見た優は、余程嬉しかったのか凄く嬉しそうに喜んだ。
「確かに、みんなで作る動画は1人で作る動画とはまた違う楽しさがあって、悪くないと思ったわね」
「香里奈ちゃんも楽しめたんだね!!」
「まあね。だから、次以降は今回の様な大規模なイベントではなく、普通の動画でコラボをしてあげてもいいわ」
「やったぁ!!」
またしても、優は嬉しそうに喜んだ。
その後、しばらくの間奥の厨房に入っていた千百合が、2つの大きなジョッキを持って、私達がいるテーブルに戻ってきた。
「はいっ、これは私からの両者の和解の意を込めたプレゼントよ‼」
「えぇ、これは⁉」
「私のオリジナルブレンドの特製抹茶よ‼ これを飲んで、今までの事は忘れて、新しい気持ちで行きましょ!!」
千百合がプレゼントと言ってテーブルの上に置いたジョッキの中には、透明のグラスのおかげで確認する事が出来、その中には大量の抹茶が入っていた。
「四季神さんと春浦さんとの2人分の抹茶がありますので、一緒に飲んでね」
そう言うと、千百合は再び奥の厨房へと戻って行った。
千百合から特別に頂いた抹茶は、大きなジョッキという抹茶を入れるには似合わないと思いつつ、眺めていた。
「せっかく千百合から頂いた抹茶なんだし、量は多いけども飲みましょうか」
「そうだな。とりあえず、乾杯でもしておくか?」
「ジョッキだしね。ジョッキらしく行きましょ!!」
「「じゃあ、乾杯っ!!」」
ギンギンに冷えたジョッキを私と古都が軽くあてた後、その中に入っている冷たい抹茶を飲み始めた。ジョッキと抹茶という組み合わせはミスマッチなものの、千百合が作ったというオリジナルブレドの抹茶は甘口で凄く美味しかった。
乾杯をした後、私は改めて古都と和解をしたという事をより実感する為に、私は古都にある提案を持ち掛けた。
「ねぇ、古都」
「なんだよ?」
「せっかく私達、和解をしたんだからさ、これからは古都の事をハルコって呼んでもいいかしら?」
私が古都にやった提案とは、古都が動画内で呼ばれている名前である『ハルコ』という名前で呼んでもいいかという頼みであった。ニックネームで呼び合えば、より親しみ感が出るかと思い提案をしてみたのだけど……
「ダメに決まってるだろ!!」
「えっ⁉」
「第一、私、ハルコって呼ばれ方好きじゃないもん!! だから動画外でその名は禁止な!!」
「その名前、嫌ってたの⁉」
私の提案は、あっさりと古都に拒否されてしまった。
ほんのちょっぴり仲良くなったとはいえ、私と古都の関係は明日以降には以前のような色々と言い合う関係に戻ってしまうかも知れない。しかし、その言い合いは、以前のような敵対関係ではなく、ライバル関係に変わる事は間違いないと思う。
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