第26話 夜中の怖い校内を歩く

 つい数日前、私と香里奈の言い合いのせいでキョウの手と足がケガをしてしまった。その日以来、キョウ以外の残りメンバー4人で日夜イベントで上映をする映画の編集作業に追われ、部室での寝泊りの日が続いている。


 泊まり込みを始めた日から、優の友達の千百合からお菓子の差し入れを貰えたお蔭で、夜中の空腹は凌ぐ事が出来、また夜中は一応寝る時間がある為、授業中に寝落ちをするという事はなかったけど、ひとつ悩みがあった。


 それは部室に泊まり込みを始めてから一度も風呂に入れていないという事である。流石に風呂に入れていないのは少しばかりキツイ気がする。


 そんな日が2日ほど続き、いよいよ明日がイベント当日となった週末の日の夜、私達は残りの編集作業の追い込みに追われていた。


 まさか、動画編集がこんなに大変だったなんて、改めて思い知った。


 現在の時間は夜の10時を過ぎた頃であり、そろそろ休憩が欲しいと思った私は、ここで休憩をとる事を提案した。


「そろそろ休憩にしない?」


「もう少し我慢しなさい。イベントは明日なのよ。休憩している暇はないわよ」


「全く、美紗ったら、厳しんだから」


 まるで私の話を聞こうとはしない美紗は、自分のノートパソコンで忙しそうに編集作業をやっていた。


「そう言えば、少しばかり休憩はしたいわよね」


「確かに、夕方からずっと座りっぱなしだったから、疲れちゃったよ」


 一方、それぞれのノートパソコンで編集作業をやっていた香里奈と優が、私の言った事に耳を傾ける様に手を止めた。


「やっぱり、休憩は欲しいと思うだろ?」


「うん」


「じゃあ、休憩ついでにジュースを買いに行かない?」


「いいよ!! 行こっ!!」


 私の声を聴くなり、優はソファーから立ち上がった。


「せっかくだし、私も欲しいジュースを買いに行くとするわ」


 優の後、香里奈もまたソファーから立ち上がった。


「じゃあ、私達はジュースを買いに行くから、休憩をとらない美紗は1人で部室で作業をやるんだね。ジュースを買ってくるけど、何が良いかな?」


 私は部室の入り口に立ち、休憩もとらず1人で編集作業に打ち込む美紗に欲しいジュースはないかと問いかけた途端、美紗もまた編集作業を止め、ソファーから立ち上がった。


「変なのを買われたくないから、私もついて行くわ」


「美紗は休憩をとらないって言ってたのに? 別に変なジュースなんて買ってこないよ」


「別に休憩をとらないとは言っていないわ。それに、自分で飲むジュースは自分で決めたいし」


「そう言っちゃって、本当は真夜中の学校の部室に、1人でいるのが怖いだけなんだろ?」


「そっ、そんな事ないわよ!!」


 夜の部室に1人でいるとなると誰だって怖いもの。隠さなくたって怖いという事ぐらい分かるよ。


 そして、美紗を含め4人で夜の暗い校舎を歩き、外にある自販機までジュースを買いに行くことになった。





 私達が今歩いている夜の校内は、賑やかな昼間の明るい校内とは違い、暗く物音ひとつない静まりとした、1人で歩くのは怖いとさえ感じさせられる様な雰囲気に包まれていた。


 そんな、物音ひとつない夜の校内をライトを付けずに歩いていた為、周りが昼間の時ほどハッキリとは見えない。


「こんな暗い中を一人で歩くとなったら、怖くて歩けないわね」


「暗い中を歩くのは怖くて当たり前よ!!」


「そうね。だからこそ、みんながジュースを買いに行く時に行っておかないと、1人だと買いに行くにも行けないからね」


 ちょうど、私の後ろを歩いていた香里奈と美紗が歩きながら話をしている声がした。


 どうやら香里奈があっさりと付いて来たのは怖いからだったようだ。まぁ、暗い校内を1人で歩くのは、誰だって怖いのは当たり前か……


 それはさておき、私は少し香里奈を驚かそうと思い、少し恐怖心を煽る様な話題をし始めた。


「そう言えばさ、夜の学校って出るんだよね?」


「出るって、何がよ!?」


「根拠のない嘘話は止めなさいよね!!」


 私が喋り始めた途端、後ろを歩いていた香里奈と美紗は少し怖がる様な感じの声を出した。


「嘘話なんかじゃないよ。学校っていうのは、夜は出るんだよ。幽霊が」


「ゆっ、幽霊なんているわけないでしょ!?」


「そっ、そうよ!! 私達を怖がらせようとして、そんな話をやるのは止めなさいよね!!」


 美紗と香里奈が怖がるので、私は面白くなり、そのまま話を続ける事にした。


「じゃあ、どうして学校には七不思議があると思う?」


「そんなのはただの作り話でしょ!!」


「そうよ!! 子供を怖がらせようとして大人達が面白がって作った作り話よ、そんなの!!」


「そんな事ないよ。その様な話があるって事は、少なくともそれらのモデルとなった出来事があったからこそ作られたんだよ。要は火の立たないところからは煙は立たないってね」


 自分で言うのもアレだが、学校の七不思議全てに実在の事件やモデルがあるとは考え難い。私は単に暗い夜の校内を歩く美紗と香里奈を怖がらす為に大袈裟に言っただけなのだから。


 でも、どんな話にしても、火の立たないところから煙は立たないのはあながち間違いではないか。


 その後、しばらく歩き、そろそろ1階に着いた頃、私はこの不気味で暗い夜の校内を歩きながら香里奈と美紗を驚かそうとしたお蔭で、新しい動画の企画を思いついた。


「まぁ、こんなところで言うのもアレなんだけどさ、もうすぐで夏休みじゃん」


「それがどうしたのよ?」


「そうよ。また変な事を言う気なの?」


「夏だし肝試しなんてやってみたら面白いと思わない?」


「全然思わないわよ」


「そう思うのはあんただけよ」


「そうかな?」


 この時、咄嗟に思いついたネタは、美紗や香里奈を驚かそうと思って言ったわけではない。単に夏に受けそうな企画を思いついただけだったのだが、どうも怖がりには不評の様だ。


「夏と言ったら、怪談系や肝試し系の動画が結構再生数も取れると思うし、せっかくだしやってみようよ!!」


「私は絶対に嫌よ!!」


「そんな事は、フェイカーズだけでやったらいいわよ!!」


「怖がりってのは、つまんないな」


 フェイカーズではない香里奈はともかく、同じメンバーの美紗からは完全に却下されてしまった。


 夏に怪談ネタをやると、絶対に再生数が伸びるとはずなのに、このチャンスを捨てようとするのは勿体ない!!


 そんな中、美紗と香里奈を怖がらせようと色々話をしていたせいなのか、先程から優の気配が全く感じなかった事を今になって気づいた。


「あれっ? そう言えば優はどうしたの?」


「そう言えばさっきから見ないわね?」


「多分、トイレにでも行ってるんじゃない?」


 優の行方を美紗と香里奈に聞いてみても、ハッキリとした答えは分からなかった。全く、優は勝手にどこに行ってしまったんだろ?


 そう思いながら暗い廊下を歩いていると、突然、後ろの方から少しずつ小さな明かりが迫って来た。


「ちょっと、何!? もしかして火の玉!?」


「えぇっ!! ちょっと勝手に走り出さないでよ!!」


 小さな明かりが背後から迫って来たのと同時に、一番後ろを歩いていた香里奈は一気に逃げる様に走り出した。その様子を見た美紗もまた走り出した。


「オイッ!! 勝手に走るなよ!! 私だけを一人にするな!!」


 勿論の事だが、暗い校内で一人だけとり残されるのは凄く怖い。誰かがいた時は面白がって相手を怖がらせていた私でも、周囲に人がいなくなるとさすがにそこまでの余裕はない。その為、私も香里奈と美紗の後を追う様に走り出した。


「あぁ、待ってよ~」


 後ろの方から、かすかに聞こえてくる声を聴いた私は、まさか本当に学校の七不思議にある様な幽霊が出現したのかと本気で思ってしまった。


 そして、校舎の入り口まで無我夢中で走った。


「ちょっと、美紗ったら、早く開けなさいよ!!」


「そうだよ!! 早く外に出ないと、アイツにつかまるだろ!?」


「そんな事言われなくたって、今開けているわよ!!」


 背後から迫ってくる謎の明かりから逃げる為、美紗は外に出る為のカギを外しているが、恐怖心のせいなのか、なかなかスムーズには行かない。


 美紗がカギを外すのが遅いせいで、謎の明かりはついに私達の真後ろにやって来た。


「わぁっ!! 追いつかれちゃったわ!!」


「おっ、おばけだぁ!!」


「お化けじゃない!! 私だよ」


 その謎の明かりを照らしている主をよく見てみると、先程から姿が見えなかった優であった。


「優なのか? なんでこんなところに?」


「なんでって、廊下があまりにも暗かったので、部室に戻ってスマホを取って来たんだよ」


「そうなんだ……」


 謎の明かりを照らしていた主が優であると分かった途端、私達の恐怖心が一気に解かれた。それにしても、暗い廊下の中を1人で引き返すなんて、優の奴、なかなかやるな……





 その後、外に置かれている自販機でジュースを買い、本来の目的を終えた為、部室に戻って編集作業を行う為、再び暗い廊下を歩き始めた。


「しかし、香里奈って意外と怖がりなんだな。真っ先に逃げ出していたし」


「なっ、なによ!! 一番後ろにいたら、あの状況だと誰だって真っ先に逃げるわよ!!」


 部室までの帰り道は、優が持って来たスマホのライトのお蔭で、行きよりは明るい道を話をやりながら歩いていた。


「ねぇっ、ねぇ……」


 そんな中、私達の後ろを歩いていた美紗の様子が少しおかしかった。


「どうしたんだよ? 明かりがあるのにまだ怖いの?」


「こっ、怖いとか言うよりは……」


 私が後ろを振り返り話しかけると、美紗は恥ずかしそうに股を抑えモジモジとし始めた。


「ん? どうしたの? やっぱり、怖いんじゃないの?」


「だから、そうじゃなくて!! トッ、トイレに行きたいのよ!!」


「だったら、行ったらいいじゃない?」


「この後は動画の編集に集中をしたいから、部室に戻る前に、みんなでトイレに行った方が良いかと思うわ」


 どうやら美紗は真夜中の暗闇の中、1人でトイレに行くのが怖いのだろう。それでも怖いからついて来てと言うのは恥ずかしいので皆と一緒に行きたいだけなんだろ。


「それもそうね。今夜は長くなりそうだし、先にトイレに行っておいた方がいいわね」


「そうだね。先にトイレに行っておこう!!」


 香里奈もまた1人でトイレに行くのが怖いのか、美紗と一緒にトイレに行こうとした。優に関しては単にその場のノリだろう……


「まぁ、1人で先に戻るのもアレだし、私もついて行くよ」


 1人で先に戻っても暇なので、ここはみんなについて行く事にした。





 別に今すぐにトイレに行きたいわけではなかった私は、1人でトイレの入り口で待っておく事にした。


 しかし、ただ待っているだけでは退屈なので、ここはひとつ、面白半分に美紗でも驚かそうと思った。


 理由は、内心では怖がっていても怖くないふりをして強がっているように見えるので、この場でその答えを暴こうかと悪だくみを企むように思いついたからである。


 そして、トイレに入った私は、美紗が入ったと思われる個室の隣のトイレに入り、便座の上に乗り、高い壁に手を伸ばした。持つ場所が出来、そのまま顔を出し覗かせていくと、そこには便座に座っている美紗がいた。


 便座に座っている美紗をトイレの壁にしがみつきながら見下ろしている私は、美紗を驚かそうとして、目の前の壁を蹴り始めた。


 ドンドンッ!! 


「えっ!! 何!?」


 突然の物音に、便座に座っていた美紗は物音と共に、驚いた様子で周囲をキョロキョロとし始めた。この突然の出来事に驚いている様子を近くで見るのは意外と面白い。


「ばぁっ!!」


「キッ…… キャアッ!!」


 キョロキョロと周囲を見渡していた美紗が私のいる方を見始めた為、私は更に調子に乗り驚かしてみた。


「一体何事!?」


「トイレの花子さんが出たの?」


 美紗の悲鳴を聞き、近くの個室に入っていた香里奈と優が何事なのか問いかけてきた。


「よっ、洋人形のおっ、お化けが出たの!!」


「洋人形のお化けじゃないよ!! 私だよ!!」


 まさかの美紗は、トイレを覗き込んでいた私の事を洋人形のお化けと勘違いしていた様だ。怖さのあまりに冷静な判断が出来なかったのか、単に私の容姿が洋人形と似ているから間違えたのだろう…… 


 どちらにせよ、美紗の内心が怖がりだったのは間違いなかったみたい。





 その後、トイレから出た私達は、再び部室に向かって歩き始めた。


「う~ 痛てて……」


 トイレから出てきた美紗からキツいゲンコツを喰らった私は、タンコブが出来るかの様に痛い頭部を抑えながら歩いていた。


「バカな事をやった罰だと思いなさい」


「そうだよ。いくら古都ちゃんと言っても、トイレを覗くのは最低だよ」


 頭部を抑えている私を見ていた香里奈と優は、少々呆れ気味な様子であった。


「全く!! トイレを覗くなんて最低よ!!」


「ただ、驚かそうと思って、つい出来心で」


「そう言って、また動画のネタで使えそうなシチュエーションのリサーチをしていたのでしょ?」


「確かに言われてみるとそうかも知れない。うん、美紗の怖がる反応を見て思ったのだが、夏に怪談系の動画をやると絶対にウケるよ。だからやろうよ!!」


「恐怖系とか絶対にやらないわよ!!」


 美紗は怪談系の動画を撮る事に否定的だが、ジュースを買いに行くまでの道のりでの恐怖体験を思うに、怪談系は体験者側は怖くても動画を観ている側には面白いと思うので、多分ウケると思うんだけどな。


「それに、明日のイベントで上映する映画の完成が先でしょ?」


「分かってるよ」


「分かってるなら、今日は完成するまで徹夜よ!!」


「えぇ!? それ本当なの!?」


「当たり前でしょ。その為に休憩をとってジュースを買いに行ったのだから」


「そんなつもりじゃないのに……」


 どうやら今晩は寝かせてもらえそうになさそうだ。これから始まる地獄の徹夜作業の事が頭に入り、気持ちが沈んだ状態で私は部室までの暗い廊下を歩いた。

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