第3話 異世界に行ってみない?
この日のキョウは、昨日に撮影をした海外製のボードゲームで遊んだ時の動画の編集作業をしていた。
動画の編集作業を行う時は、部室内にあるパソコン机の上にある、自分で用意した高価で高スペックなパソコンを使って、動画の編集作業を行っている。
同時に今日は、既に他の部員達も部室に来ていた。
美沙はいつも通り、イヤホンを耳に当てて音楽プレーヤーから出る音楽を聞きながら、新しい曲制作を行っていた。
優に関しては、動画編集の勉強のつもりなのか、動画編集のやり方が書かれた本を読んでいた。
そして、古都に関しては、次の動画のネタでも考えているのか、スマホで何かを見ていた。
そんな感じで、動画撮影の行わない日の映像制作部の部室では、それぞれの時間を過ごしていた。
そんな中、ソファーで寝転がりながらスマホを見ていた古都が、キョウの方を見ながら話しかけに来た。
「お~い、キョウ。動画の編集作業は進んでいるか~い?」
「見ての通り、順調に進んでいるよ」
「そうか。今回の動画はそんな長い再生時間の動画でもないし、すぐに編集は終わるだろ?」
「そんな事ないよ。いくら脚本はあっても、キリの良い再生時間の動画を作ろうと思ったら、どうしてもカットをしなければならないところが出てくるからね」
「何でカットするんだよ!! 私が最も面白いと思って考えに考えて厳選をした場面なんだから、もっと大切に使ってくれよ」
「そう言うけど、撮影をした場面全てを全て使っていたら、無駄に再生時間の長い動画になってしまって、それこそ再生数だって少なくなるだろ? カットするのは、視聴者により分かりやすくするためだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。それに動画を盛り上げる場面を作るのや、字幕を作るのだって凄く大変なんだから、動画の編集って結構時間がかかるんだよ」
「なるほどね。私は編集の事は詳しくないから、せいぜい遅れない様に頑張ってくれ」
古都はソファーで寝転がりながら別の机で編集作業をしているキョウを見ながら、動画編集の進行状況を確認してきた。
今回の動画の編集が遅いと感じたのか、退屈しのぎに古都がキョウの編集作業の行方を心配していた。
古都はフェイカーズのリーダーであるにも関わらず、動画の編集が出来ない。その為、キョウが古都に変わり、動画の編集を行っている。その逆に、古都は面白い動画のネタを作る事が出来る才能があるみたいで、この才能に関してはキョウにはない才能である。
編集が出来る人、動画の脚本が作れる人、共に得意分野で相手の苦手を補う事でフェイカーズは成り立っている。それは漫画家に例えると、原作と作画に分かれている様なものだ。
苦手を補いつつ、グループで1本の動画を作っているせいなのか、1本の動画を作るのにも時間がかかってしまい、現時点では週に平均2~3本が精々である。
そう言えば古都は、日々の日常から次の動画の脚本を考えていると言っていたから、今の時点でも次の撮影予定の動画の脚本も思いついているのかも知れない。
「ところで古都は、次の動画の脚本は出来上がっているの?」
「すぐ次に撮る動画の脚本ならもう頭の中で思い付いているよ」
「そうか……」
古都は、自信気に答えたが、肝心の動画の脚本は家でまとめているのだろうか?
部室で脚本を書いている光景をほとんど見かけない。単にスマホで脚本を書いているからこそ、その様な光景をあまり目撃しないのか?
なんにせよ、古都が脚本書きで四苦八苦の苦労をする場面を見た事がない。
キョウがそう思いながら動画の編集作業をしていると、突然、古都がソファーから起き上がり、キョウがいる場所まで来た。
「そんな事よりさキョウ、これを見てよ」
「なんなんだよいきなり」
古都は来るなり自分のスマホの画面をキョウに見せつけに来た。次の動画の脚本の出来を見せに来たのか?
そう思いながらキョウは、古都が見せつけてきたスマホの画面を見てみた。
「いやっ、さっきからこのウェブ小説を読んでいたのだけれども」
「なんだ。ただのウェブ小説か」
古都が見せに来たのは、スマホでも読めるウェブ小説であった。
「そのウェブ小説がどうしたんだよ」
「なんというか、意外と面白かったので、キョウも見てはどうかなっと思って進めてみたの」
「そんなのは、美沙や優にでも進めればいいだろ? 僕は編集の作業に忙しいんだから」
「だって、美沙も優も、今は忙しそうに1人の世界に入っちゃっているし、だからキョウの方が良いかなっと思って」
古都はふさくれた表情で言って来た。
確かに今は美沙も優も自分の事に集中している状態であり、うかつに話しかけやすい雰囲気でもなかったのは古都の言う通りである。その為、古都はキョウに話しかけに来たのだろう。
だからと言って、この時のキョウは、美沙と優以上に忙しい状態なのだが……
何を思って、話しかけやすいと判断したのやら……
「わかったよ。少しの間なら見てやるよ」
「そうこなくちゃ。それでこそキョウだよ!!」
別に忙しくても少しの休憩は必要という事もあり、休憩感覚でキョウは古都が進めてくるウェブ小説を読んでみる事にした。
古都が進めてきたウェブ小説は、今流行りの異世界転生物の小説であった。最も、流行り以前に、ウェブ小説の世界では異世界転生物しか流行らないケースがほとんどなのだが。
そんな異世界物であるが、今現在読んでいるこの異世界転生物は、流行りの異世界転生物のテンプレを取り入れただけの物語でしかなかった。
「これのどこが面白いんだよ。ただの異世界物じゃないか」
「ただの異世界物でも、この世界観は面白いじゃないか」
「そうか?」
「だって考えてみろよ。異世界と言ったら剣と魔法、そして、現実世界にはいない亜人種やドラゴンも登場するファンタジー世界。そんな世界のどこに面白くない要素ってあるんだよ?」
古都は、異世界転生物の面白さを語り始めた。
「それだけの設定だったら、ファンタジー小説と変わらないじゃないか?」
「キョウは何も分かっていないね。ウェブ小説の異世界転生物の面白さを」
「どう違うって言うんだよ?」
「普通の異世界物と違って、転生という言葉が付く。つまり、現実世界で何かしらの事故に巻き込まれた主人公が、特殊な能力や現在で得た知識を持って、異世界で無双をやるって展開が面白いんだよ」
「それだけで面白さなんて変わるのかよ?」
「変わるに決まってるんだろ!! なにせ、異世界と言ったら、中世ヨーロッパの世界。そんな非近代的な世界で、現地の世界では近未来的と言える現在の知識を使って活躍をするんだぞ!!」
古都は、キョウに異世界転生物の面白さを、机にしがみ付く様に熱く語っていた。
そしてしばらくの間、キョウは古都が夢中に語る異世界転生物の面白いところを、耳を傾けながら聞く事にした。
キョウに対し、夢中になってウェブ小説の異世界転生物の面白さを語る古都を見ながらキョウは、ウェブ小説で流行っているジャンルである、異世界転生物が果たして本当に面白いのか、なぜ、その様なファンタジーが主流になったのかが、少しばかり気になって来た。
古都の話を聞いていると、ウェブ小説での異世界転生物の多くの主人公は、転生前は引きこもりやニートばかりだと聞く。
そんな現実世界ですらロクにやって行けない様なヤツが、よくまぁ、異世界という未開の世界で成功出来るんだなっと、話を聞いていれば聞く程、そう思えて不思議でない。
最も先程も古都が言っていたように、異世界に来た主人公は、元のいた世界での知識を応用して、異世界に転生された時に得た特殊能力を使って、現実世界では味わう事のなかった理想の異世界ライフを送る様な物語も多いのも事実である。
ウェブ小説サイトに書かれている異世界転生物の全てがそうではないみたいなのだが……
一応、古都が語るほとんどの異世界転生物の作品は、こんな感じのテンプレを持っている…… っておい、さすがに都合良すぎるだろ!!
何で引きこもりやニートだった奴が、異世界で充実した生活を送る事が出来るんだ!?
最も、現在の知識で無双をするとか言っているけど、ニートや引きこもりの分際で、知識が交付にあるじゃねーか。それだけの知識があるなら、普通、現実世界でもそこそこやって行けるだろ? それともアレか。異世界に入ってしまった引きこもりやニート達は、『明日から頑張ろう!!』という考えで生きていたのか?
どちらにせよ、普通、現実世界でもロクにやって行けない様なニートや引きこもりが、異世界に来た途端、隠れていた才能が発揮したり、都合よく充実した生活を送る事が出来るとは到底思えない。
結局、現実世界でニートや引きこもりだった奴って、異世界に入っても変わらずニートや引きこもりになるのでは? とも思ったりもしたのだが、それに関しては、異世界という未開の世界では、現在の世界の様に安全かつ何でも揃っていて生活に便利な世界とは異なる為、何かをやらなければ生きては行けないという考えが出て来るのだろう。
その結果、元々ニートや引きこもりだったヤツが異世界に行った事により、今まで眠っていた隠された才能が開花して、異世界という未開の世界で理想的かつ充実した生活を送れるようになるのだろな。きっと……
とまぁ、そんな考えでもやりながら古都の語る異世界転生物を聞いていたのであった。
今はともかく、中学の時なら、設定で引かれて夢中になって読んでいたかも知れない。
そして、長かったウェブ小説の異世界転生物の話が終わると、古都は京の顔を見ながらニコッと笑った表情をやりながら、感想を聞いて来た。
「どうだった、キョウ? お前も異世界転生物を読んでみたくなっただろ?」
「そうだな、気が向いたら読んでみようかな?」
「そう言うのって結局は読まないんだよな」
「失礼だな。いつか読むって言ってるだろ」
「そう言うセリフは読まないって意味だって、昔から決まっているんだよ!! だからこそ言う、すぐに読め!!」
いつも同様、またしても古都のワガママが始まった。こっちは動画の編集作業があるんだよ。ウェブ小説をじっくりと読む余裕だって欲しいよ。
そう思っている最中にも、古都はスマホの画面を操作しながら、オススメの異世界転生物のウェブ小説のページを見せてきた。
「ほらっ、これなんてオススメだから。今すぐとは言わない。明日までには読んで来いよ」
「分かったよ。いつもながら無茶を言うな……」
「当たり前だろ? 面白いネタと言うのは、どこに転がっているか分からないからね」
「だからと言って、UTuber活動のネタに、異世界転生は関係ないだろ?」
「そんな事はない!!」
古都は、自信気に胸を張ってそう言った。
「えっ!?」
「えっ!? じゃないよ。この異世界転生ネタを今度の動画のネタに取り上げようかと思っているところだもん」
「異世界転生ネタを取り入れるって、まさか?」
「そうだよ。一度、異世界に転生してみようかと思って」
古都は何を言い出すかと思ったら、まさかの異世界転生をやろうと言い出したのである。
オイオイ、早速影響を受けたのか?
「キョウだって、異世界に行ったみたいだろ? 実際に行くのは不可能だけど、空想の物語だったら、理想の異世界にだって行けるんだぞ!!」
「つまり、異世界転生をしてみたとか言う動画でも作る気?」
「そうだよ!! ウェブ小説で受けているジャンルなら、UTubeでやっても面白いに決まっている!! だからさ、次の撮影は転生先の異世界で大活躍をするドラマ系の動画を撮ろうよ!!」
どこからそんな自信が出てくるんだ? と思いながら、理想を語る古都に付き合うキョウであった。
「夢を見るのは良いけど、今の撮影ですら大変な上に、ドラマ系となるとセリフも覚えないといけないし、制作に凄く時間がかかるよ。それでも良いのか?」
「それでも良いよ!! それをやる事によって、絶対に再生数も伸びてチャンネル数も増えるんだよ!!」
「確かに、異世界転生物は人気が出そうだね。でも、今は下手に難しく面倒な事をやらずに、簡単な撮影をメインにこなしながら、日々の経験を掴む事の方が大事だと思うよ」
キョウはそう言いながら、ムスッと頬を膨らましていた古都の頭を撫ぜる様にポンッと抑えた。
「なっ、なんだよ!! キョウのくせに!!」
「いいじゃないか、それで。ドラマ撮影はまた今度ね」
とりあえず、今回は古都の無茶なワガママを抑える為、キョウは古都の頭を撫ぜながら優しそうな素振りで強引に古都を説得させてみた。
その後、一応古都は説得させる事に成功したものの、キョウにはたくさんのやるべき事があった為、暇はなかった。
先程から続けていた動画の編集作業を始め、新たに古都から強引に進められた異世界転生物のウェブ小説を読まなければならなくなった。
キョウはまたしてもやるべき事が増えたのであった。
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