寂れていく地方都市での青春

@tetsu_akari

第1話

長野県長野市。

僕が産まれてから東京に出てくるまでの二十数年間を過ごした街。

東京から新幹線なら二時間もかからないけれど、全国的に知名度があるのは善光寺くらいかな。

七年に一度の御開帳のときは山のように観光客がやってくるけれど、それ以外の時期は平々凡々な観光地のお寺。


長野市って夏はクソ暑くてさ。

冬はクソ寒い。

おまけに雪もアホみたいに降る。

真冬は窓ガラスにお湯をかけないと開かないこともあるからね。

夏場の避暑地のイメージ?

それ、軽井沢のことだろ?

長野市はそんな快適じゃない。

暑くて寒くて、異常に暮らしにくい盆地の田舎街。


1998年に長野で開催された冬季オリンピック。あれの開催が決定するまであの街には何もなかった。

週間少年ジャンプだって月曜日発売じゃなかったんだぜ。

今は立派にそびえて生意気に小綺麗な東口まで整備されている長野駅は当時は小さくオンボロな駅舎が寂しく立っているだけで、駅の周囲にも何一つ若者の興味を惹く物はなかった。

オリンピックのおかげで急ピッチで新幹線やら高速道路やらが整備されたけれど、若者が喜ぶ物、健全に安全に滾る青春の力を発散させてくれるような物はなかった。

勉強?部活?恋愛?

ああ。

仲間内の九割は高校なんて行ってなかったからな。

そんな街で青春を謳歌せざるを得なかった当時ティーンエイジャーだった僕らの娯楽といえば、先輩や兄貴からのおさがりのボロいバイクかバイト代を注ぎ込んで購入した安物の原付スクーターに乗ってみんなで深夜徘徊することだった。


夜の街に集まって、夜の田舎道へ。

ライトに照らされた善光寺を遠くから眺めながら、知らない誰かにむりやり与えられた膨大に有り余る時間をやり過ごすために、行く必要もない戸隠山へ向かう山道を登って行く。

暗い山道を低速で走りながらどうでもいいくだらない話をして笑う。

健全な不良だったから女の影なんて全くなく、清く正しい男だけの集団で山道を笑いながら走って行く。


真っ暗な深夜の山道を照らすライト。

ライトに照らされる鹿や狸の野生動物。

何故か深夜の山道を一人で歩いているおじいちゃんに感じた恐怖(単に近所の方だったんだろうけれど)

バイクで走っていても入り込んでくる肺の中まで緑色に染まりそうな濃い草の香り。

途中に小さな神社があったから毎回みんなでそこで休憩していた。

神様の前で座り込んで、自販機で買ったコーラを飲みながらする馬鹿な話。

駅前で知らない奴らとケンカした話。

○○が高校を辞めた話。

○○先輩が出来ちゃった結婚をする話。

毎日楽しい、俺たちには何も不安なんてないと自分たちに言い聞かせているかのようにハイテンションで楽しげな話題しか出ないパーティー。

自分が生まれた街は大都会に比べたらちっぽけな負け組だと気づいているように、ここにいる自分たちも負け組だとみんな気づいていた。

みんな何かから逃げていた。

真面目に学校に通うことすら出来ない脱落者だってきっと自分たちでも解っていた。

それに気づいてそれを見つめ、ではどうやって生きていくのかということを考えなくてはいけないのに、足踏みをして逃げていたたくさんの夜。

強がる負け犬の集まり。


モラトリアム期間を持て余していた馬鹿なガキどものくだらない真夜中のパーティは朝陽が昇るのを合図にお開きになる。

長野市ってさ。

周囲を全て、360℃山に囲まれてるんだ。

どちらを見ても山。

山しか見えない。

まず山が目に入る。

見渡すだけで囚人になった気分。

そんな小さな街を照らす太陽を、橙色の生まれたての太陽に照らされる街の姿。

鮮やかで悲しい橙色の街並み。

誇ることなんて皆無な街なのにあの時間に山の上から見る姿は本当に綺麗だった。

育ててくれた祖母が亡くなって東京に出てきた今でも、あの橙色に染まった故郷の街のパノラマは脳裏に焼き付いている。


故郷って何なんだろう。

天涯孤独になった今でもそれって大切に思うべきなんだろうか。

でも不思議なことに、ろくな思い出がなくても、今では年に一回も帰らなくても、それでもあの寂れた小さな街が一番綺麗に見える瞬間はきっと死ぬまで僕の脳味噌に刻まれている。

他にも美しい風景なんてたくさん見ている筈なのにね。

ああ。

故郷の風景っていうのは、単純に美しいというだけではなく、その当時の心境をそのまま想起させてくれるのか。

過ごした時間をそのままフラッシュバックさせてくれる風景。

甘く苦くノスタルジックな気分に浸れる場所。

今こうして書いていても何となくあの場所に行ってみたくなってしまう。

こうした気持ちにしてくれる場所のことを故郷って呼ぶのかな。

故郷を再発見できた気がする。

時間ができたら久しぶりにあの寂れた小さな街に帰ってみよう。

冬の長野の殺人的な寒さの中を歩いて、くだらなくて恥ずかしくて無駄な思い出をたくさん掘り出してくるんだ。

田舎町で意気がる馬鹿なガキだった自分を見つけたら今なら苦笑いできるだろうか。


幸せなきもちにしてくれる呪いみたいだな故郷って。

きっとみんなそれに永遠に縛られる。

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