4月(4)名門の伝統
「しかし、本当に凄い執念だよな。課長と一緒に働きたいからって、柏木産業にまで追い掛けてくるとは。うちはそれなりに、競争率あるんだぜ?」
「だってあの盗撮犯を捕まえた時の凛々しさもそうでしたけど、課長の事をあの時一緒にいた先輩に『五代目冠名の君の《紅薔薇の真澄様》よ』と教えて貰って、過去のDVDを見て惚れ直しちゃいましたから。大学時代に、色々資格も取って頑張りました!」
そう言って上機嫌でビールを煽った美幸に、高須が眉を寄せつつ問いを発した。
「ちょっと待て、何だ? その《紅薔薇の真澄様》って」
聞き慣れない単語を耳にして、高須以外の者も反射的に美幸に目を向けた。すると室内全員の視線を集めた美幸は、冷静に話し出す。
「私と課長の母校の桜花女学院では、毎年文化祭が開催されています。その非公開の前日祭で《桜花の君選抜大会》が開催されるんです」
「何だそれ。……要するにミスコンとか?」
「意味合いはちょっと違いますね。各組から一名選出された代表が、特技を披露したりして自分をアピールして、全生徒が一番良いと思った人間に投票して、得票一位の人がその文化祭での《桜花の君》になるんです」
「はぁ……、確かに女の子同士で投票するなら、ミスコンとは違うかもな。それで?」
半ば納得しながらも、まだ疑問を覚えながら高須が話の続きを促した。
「その中でも特に三年連続で《桜花の君》に輝いた人は、特別に殿堂入りして花に因んだ冠名が与えられた上、生徒会室に永久に写真が飾られます。課長は《紫蘭の碧子》様、《白椿の暁子》様、《睡蓮の香苗》様、《芙蓉の真沙美》様に続く五人目の方なんです。桜花女学院創立以来百二十年の歴史の中で、まだ冠名を持つ方は六人しか居ないんですよ?」
「へぇ……、何か、色々な意味で凄いな」
鼻高々で真澄の自慢をした美幸に、高須は僅かに顔を引き攣らせながら何とか言葉を返した。そこで年長者達は、経験の差で美幸の説明に突っ込みを入れる。
「あれ? 今、六人って言わなかった?」
「課長で五人目って事は、もう一人花の名前が付いた人が居るんだよね?」
するとそれを聞いた美幸は幾分恥ずかしそうに頬を染め、俯き加減で付け加えた。
「その……、自分で言うのは恥ずかしいのですが……。私が六代目の《鈴蘭の美幸》の冠名を拝領しました。それで課長との運命を、再認識した次第です」
その場全員が(聞くんじゃなかった)と後悔したが、好奇心に負けた高須が恐る恐るその意図する所を尋ねる。
「藤宮。どうしてその名前で、課長との運命を感じるのか聞いても良いか?」
「だって鈴蘭って毒がありますから。課長がその棘で邪魔者をザクザクと刺して弱った所で、私の毒でトドメを刺す。はら、完璧じゃないですか?」
「…………」
満面の笑みで美幸から同意を求められたが、高須は固く口を閉ざした。そして目で(誰かこいつをどうにかして下さい……、お願いします)と、周囲に懇願する。それを受けて、林がひとまず話題を逸らそうと、美幸に声をかけた。
「因みに藤宮さんは、その《桜花の君選抜大会》とやらで、どんな特技を披露したのかな?」
「一年の時は水芸をして、二年の時は二十畳程の大きさの紙を使った紙切りで、校舎とクラスメートが並んでいる姿を切り抜いて、三年の時は薙刀で藁人形をバッサバッサと切り捨てました」
あまりの規格外の返答に、再び室内が静まり返った。
「…………マジ?」
「はい。毎年クラス総出で準備して貰いました。三年の時はただ切り捨てるだけじゃつまらないので、藁人形の中に紙吹雪を仕込んだり、衣装のレオタードの腰の左右に、ヒラヒラ広がる様にギャザーを寄せた布を縫い付けて貰ったり」
それを聞いた面々は、揃って引き攣った笑みを浮かべる。
「はは、クラス代表だからか」
「団結力が凄いねぇ」
「高三って……、受験とかはあまり関係無いんだね」
そんな反応をものともせず、美幸の説明が続いた。
「当日はロックのリズムに合わせて、左右から藁人形を放り投げて貰って、散らかしたゴミを回収して貰って。その合間にバトントワリングの要領で、複数の薙刀を空中に飛び交わせて貰って。『忘れられない一生の思い出ができて良かったわ』って、皆喜んでいました」
「それは……、忘れられないだろうね」
「名門女子校って……、中で何をやってんだよ」
半ば呆れながら溜め息を吐いた者が殆どの中、ここで枝野が素朴な疑問を口にした。
「そうすると、参加者は全員そんな風に大掛かりな事をするのかい?」
「いえ、私は力量不足を皆の団結力でカバーして貰っただけで……。勿論多かれ少なかれクラスメートのサポートを受ける方が殆どですが、単身で挑む方もいらっしゃいます。《芙蓉の真沙美様》の独唱はお見事でした。その道に進んでも見事に名声を博しておりますし、流石です。ご存知ありませんか? 如月真沙美の名前で、オペラ歌手として活躍されておられますが」
それを聞いて、今度は殆どの者が掛け値無しに驚きの表情を浮かべた。
「あ、あの如月真沙美!?」
「確か留学先でデビューして、今も本場の第一線で活躍してる彼女の事か!?」
「彼女も、桜花女学院出身だったのか」
そんな茫然自失状態の面々を尻目に、美幸が些か陶酔気味に続ける。
「課長の《あれ》も、お見事でした……。間違っても私に《あれ》はできません。だからより一層、課長に付いて行こうと固く心に誓ったんです」
「藤宮さん、《あれ》って何だい?」
何気なく加山が尋ねると、美幸はまるで「待ってました!」と言わんばかりに身を乗り出しつつ、嬉々として説明を始める。
「うふふふふっ……、あの時の感動を誰とも共有したくなくて、今まで秘密にしていましたが、同じ課長の部下になった訳ですから、特別皆さんに教えちゃいますね? それはですね……」
そして満面の笑みで美幸が語り始めてから約十分後、やっと業務を終わらせた真澄がその場に合流した。
「ごめんなさい、遅くなったわね。皆、今日は私の奢りだから遠慮なく飲んでね?」
個室の襖を開けるなり、申し訳無さそうに声をかけてきた真澄に、美幸がすかさず反応する。
「あ、課長! お疲れ様ですっ! こちらにどうぞ!」
「ありがとう」
「すみませ~ん! 中ジョッキ一つお願いします!」
「………………」
空いている席を勧めつつ、如才なく真澄を案内してきた店員に追加注文を入れた美幸に苦笑しながら真澄が席に着いた。すると他の者達は黙って、真澄の顔を生温かい視線で見やる。主役である美幸と二・三の言葉を交わしてから流石に真澄も室内の異常に気付き、不思議に思って問い掛けた。
「皆、どうかしたの? 黙りこくって」
その問いに、全員不自然に真澄から視線を逸らしながら、ボソボソと呟く。
「いえ、何でも……」
「人は見掛けによらないと言うか、ある意味納得と言うか」
「名門女子校ライフって、結構ハードなんですね」
「お気楽そのものと思ってて、申し訳ないです」
「はい? 皆、具合でも悪いの? 何となく顔色が悪いし変よ?」
益々怪訝な顔になった真澄だったが、ここで美幸が解説を入れた。
「あ、大丈夫です。皆、課長の高校時代の勇姿を聞いて、感動のあまり言葉を失ってるだけですから」
「高校時代って、藤宮さん? まさか……」
激しく嫌な予感に襲われた真澄が、強張った顔で腰を浮かしながら尋ねた。それに美幸が、鼻高々に告げる。
「はい! 課長が《桜花の君選抜大会》で三年に渡って披露した《あれら》を、皆さんに委細漏らさず説明して差し上げました! 現物の画像を見て頂けないのが、本当に残念です!」
すると勢い良く立ち上がった真澄が血相を変えて美幸の元に走り寄り、その両肩を鷲掴みにしながら問い質した。
「何で、どうして年の離れた藤宮さんが、《あれ》を知っているの!? 毎年の記録媒体は、生徒会室の金庫で保管されていて、一般生徒は閲覧禁止の筈でしょう!?」
「どうしても課長の勇姿を直に見たいと思って、生徒会長に立候補して就任したんです。就任後、真っ先に歴代の皆様の華麗、かつ荘厳さ溢れる記録を見させて貰いました!」
「…………」
力強く宣言した美幸の肩を掴んだまま、真澄は無言で項垂れた。それを見て、美幸が不思議そうに尋ねる。
「課長? どうかしたんですか?」
「……それで? 皆に一部始終を語って聞かせたと?」
「はい」
俯いたままの真澄の静かな声に、他の者達はこれまでの付き合いで危険な物を察知したが、美幸はまだそこまで判断できなかった。そんな美幸に向かって、真澄は低い声で言い聞かせる。
「良いこと? 私の高校時代の事は、以後口にする事は厳禁よ? これは業務命令です。分かったわね?」
「えぇ? あの、でも、私、課長の勇姿を是非とも他の人に自慢」
「他の部署に飛ばされたい?」
いきなりドスの利いた声で最後通牒を告げられた美幸は、弾かれたように何度も頭を上下に振り、涙目で誓った。
「わっ、分かりましたっ! 口が裂けても言いませんっ!」
「宜しい。皆さんも、先程聞いた事は、綺麗さっぱり記憶から消去して下さい」
美幸の反応を取り敢えず良しとし、周囲の者達を真澄は振り返った。薄笑いを浮かべた彼女の目が全く笑っていないのが丸分かりの面々は、揃って殊勝に頷く。
「……分かりました」
「何も聞いてないです」
「お待たせしました! 中ジョッキご注文の方?」
「あ、私よ、ありがとう」
その時タイミング良く、店員が真澄のジョッキと次の料理を運んできた。真澄は愛想笑いでそれを受け取り、その後は何事も無かったかのように歓迎会は続行された。
しかし現実から目を逸らしながらも、美幸以外の面々の心の中では(これから、本当に大丈夫なのか?)という漠然とした不安が燻り続けていた。
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