4月(2)柏木産業の産業廃棄物処理場
昼休みの時間帯に入り、その日美幸は初期研修中に意気投合した面々と一緒に昼食を食べる約束をしていた為、一階ロビーに向かった。
「あ、来た来た、美幸~、ここよ!」
名前を呼ばれて視線を動かし、美幸は出入り口付近に立つ男女三人に駆け寄った。そして待たせた事を謝る。
「ごめん、お待たせ」
「大丈夫よ、じゃあ行きましょうか」
男女四人で社屋の外に歩き出して幾らも行かないうちに、美幸が素朴な疑問を口にする。
「ねえ、皆、配属初日で色々忙しないんじゃないの? 研修中みたいに社員食堂で食べれば良いのに、どうしてわざわざ外に出るわけ?」
「あのね、社員食堂だと周りで誰に聞かれるか分からないでしょ? 少しでもあんたの顔が知れ渡るような、危険性は避けたいのよ。社内で白眼視されたくないでしょう?」
「危険って、何が?」
些かうんざりとした口調で晴香が説明したが、美幸がキョトンとして尚も尋ねた。すると後ろから、総司が如何にも言いにくそうに口を挟んでくる。
「あのさ、藤宮……。お前が企画推進部二課を希望してるって聞いた時は、事情を知らなかったから『お互い頑張ろうな』とか言ったけどさ」
「今日先輩に聞いたら、相当ヤバそうだぞ? あそこ。大丈夫だったのか!?」
「大丈夫だったのかって、だから何が?」
総司に続いて隆まで血相を変えて問い質してきたことで、美幸は益々怪訝な顔で問い返した。その反応を見て、晴香が疲れたように溜め息を吐く。
「本当に無頓着って言うか強心臓って言うか、美幸って一般人とは違うわね」
「失礼ね。私はごくごく普通の一般人よ?」
「取り敢えず食べながら話しましょう」
そこで三人は色々言いたい事を飲み込み、近くのベーグルのカフェへに入った。それぞれ好みのベーグルサンドと飲み物を注文し、トレーを受け取って四人がけの席に落ち着く。まず一口食べて咀嚼してから、美幸が話を再開させた。
「それで? 二課って何か問題が有るの? 課長は美人で有能だし、係長以下部下の人達は揃って親切だけど?」
「課長と係長と、お前が入るまで一番下だった今年三年目の人は大丈夫だ。それ以外が最悪なんだよ」
「えぇ~? 皆、優しそうなおじさんばかりだったけど?」
午前中の事を思い返しながら、美幸は真顔で反論した。すると正面に座っている隆が、いきなり吠える。
「それは見かけだけだっ! 大体、課長や係長より年配者がぞろぞろ揃ってるってところで、年齢構成がおかしいと思わないのか?」
「それだけ課長と係長が有能で、追い越しちゃったって事よね? 柏木産業って年功序列じゃなくて、実力主義って本当だったわね。さっすが私の課長!」
ウキウキと真澄を自慢しつつ、美幸は能天気にベーグルにかぶりついた。それを見た三人は、揃って溜息を吐きつつ項垂れる。
「……あのね」
「誰がお前のだって?」
「課長と係長が有能なのは認める。だけど他のおっさん達は、揃って会社のお荷物で面汚し連中なんだよ」
「何それ?」
隆が吐き捨てるように告げた台詞に、思わず美幸が瞬きして視線を向けた。すると、横から晴香が言い難そうに説明を加える。
「あまり以前の事を蒸し返したくないけど、今言った人達は過去に問題を起こした人達ばかりなのよ。私も、今日知ったんだけど」
「問題ってどんな?」
「社内不倫や贈収賄とか取引会社へのリベート強要とか、資金の使い込みとか接待時の傷害事件とか……。ちょっと耳にしただけでもこれだけ」
「へえ……、実際にそういう事をする人って、いるのねぇ」
「『いるのねぇ』じゃないだろ!?」
「もっと他の感想はないのかよ……」
晴香に視線を合わせながら、美幸はしみじみと感心したように呟いた。それに隆が呆れて声を荒らげ、総司は思わず遠い目をする。晴香は美幸の反応など一々気にしない事にして、冷静に説明を続けた。
「陰で会社が動いて、どれも表沙汰にならずに済んだらしいんだけどね? 本社内や全国の支社でそれなりの役職に就いていた有能な人達ばかりだったのに、当然役職を解任された上窓際リストラ社員リストに載って、自主的退職を待たれていたそうよ」
「それなのに、どうして二課にいるの?」
「柏木課長が二課の課長に就任した時に、元々居た二課の社員を一課と三課に振り分けて、自分の下に引っ張ったんだそうよ」
「どうして?」
その美幸の素朴な疑問に、晴香は小さく肩を竦める。
「それは課長さんに、直接聞いてよ。とにかく、そんな前科ありありの人達の中に放り込まれて大丈夫かと心配していたんだけど、大丈夫みたいね」
「と言うか、藤宮以外にあそこに入って平気な人間、存在しない気がしてきた」
晴香の呟きに、総司が諦めたような口調と台詞で応じた。しかしただ一人、隆だけは諦めずに美幸に翻意を促す。
「藤宮! 今からでも遅くないぞ! 転属届を出さないか? やっぱり色々拙いと思うぞ!? そんな産業廃棄物処理場みたいな職場! 柏木産業の掃き溜めだぞ!? 別名面汚しリストラ課だぞ?」
「加えて、柏木課長は社長令嬢だけど、仕事上は冷酷非情でそんな部下をこき使って業績を上げているって噂されて『柏木の氷姫』の異名を持っているし、それをフォローしてる係長もガタイが良くて目つきが鋭くて『ブリザード発生器』って呼ばれているしな」
取り敢えず総司も、隆の説明に付け加えた。しかし予想に違わず、美幸は微動だにしなかった。
「そんな人達を使いこなしてるなんて、柏木課長はやっぱり凄いわぁ~。益々尊敬しちゃった~」
そう満足気に呟きながら、美幸は中空を見据えつつ再びベーグルを頬ばった。そんな美幸に対して、総司と晴香はもう何も言わず、一人むきになっている隆を宥めにかかる。
「駄目だ。隆、お前、もう黙ってろ」
「本人が納得しているんだから良いじゃない」
「いや、だけどなぁっ!」
「だって絶対あんたの話、右から左に抜けてるもの」
「良いんじゃないか? 周りの環境がどうでも、本人にやる気があって幸せなら」
「さぁっすが、私の課長~」
「……………」
周囲の心配を余所に、ひたすら能天気に食べ続ける美幸を見て、他の三人は本気で彼女の行く末を案じていた。
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