同居人、太刀風楓子

「げっ……」


 空き地から歩くことおよそ十分。段々と飲食店やスーパーの数が減っていき、小さな住宅街染みた風景に切り替わっていく。

 そのうち遠巻きに我が家が見えてきたところで、匠真は思わず苦い顔をした。


「楓子のやつもう起きてんのかよ……」


 携帯を確認すると現在の時刻は午前四時三十分。一部の特殊な職業を除き、起床時間にしては早すぎる時間帯だ。

 しかし今、カーテンを閉められた家の窓からは薄明かりが漏れている。家を出る時は確かに消灯してきたはずなので、同居人が点けたと考えるのが自然だ。


「…………いや、どうせ隠し通せるものでもないんだ」


 すやすやと眠る少女の体温を背中に感じながら、匠真は覚悟を決める。

 匠真の暮らす家はそれなりに立派な一軒家だ。二階建てで車一台分の駐車場があり、手狭ではあるがガーデニング用の庭もある。

 周囲と比較してもなかなかの物件と言えるマイハウスである。

 ただ、その表札にはデカデカと『太刀風』と書かれており、空いたスペースに小さく『逆木』と申し訳なさそうにマジックペンで記されている。

 いい加減自分用の表札買わなければと思ってはいるが、生来の物ぐさがたたり実現に至っていない。


――さて、もしかしたら寝たまま電気を消し忘れただけかもしれないからな。


 一応同居人が寝ていた場合の気遣いを見せ、少し慎重になりながら音を立てないようノブを回し、玄関へ入る。

 廊下は薄暗いままだが、リビングへと続く扉の向こうから光が漏れている。一緒にごそごそと物音も聞こえるので、どうやら同居人は現在そこにいるようだ。

 

――やっぱ起きてるか。このままスルーは……できないよなぁ


 もしここで少女を二階の自室に連れ込み、後からバレればもっとややこしいことになりそうだ。おとなしくリビングへと向かう。


「ただいま」


 匠真がリビングへ入ると、暖房の暖かな空気と微弱なシーリングライトの光に包まれる。流石に早朝ということもあり、近所の迷惑を考えて微弱光に設定されているようだ。

 そんなご近所様に気遣いのできる素敵な同居人はというと――


「おかえり。朝帰りとはやるねー」


 ――とてもご近所様にはお見せできないような恰好をしていた。

 ソファにごろんと横になり、アームレストを枕替わりにしながら足を投げ出して仰向けに携帯ゲームを操作している。

 ちなみに右手に携帯ゲームを、左手に人気マスコットのコティーちゃんの大型クッションを抱くという、中々器用な恰好だったりする。

 可愛らしさが目立つピンクのネグリジェを来たこの少女の名は太刀風楓子たちかぜふうこ

 一人暮らしをするには大きすぎるこの家で唯一の同居人であり、匠真と同じ年の少女である。

 艶のある黒髪を肩に軽くかかるまで伸ばしていて、今はそれをハートピースのヘアゴムでまとめている。

 美肌というよりは不健康そう、という印象を見る者に与えそうなほど白い肌、それと不釣り合いにスタイルは年相応のものなので、可愛らしいピンク色のネグリジェが子供っぽさと年相応の魅力を引き立たせていた。


 ――今日はピンクの寝巻か。


 今日も初めて見る寝巻だった。昨日は黒、一昨日は白だったはずだ。

 寝巻は二着のジャージをローテ―ションするだけの匠真と違って、楓子はネグリジェを何着も持っている。

 匠真としては何で部屋で着るものにそんなに種類がいるのかと思ってしまうが、本人の金で買っているものなので口を挟む必要は無いと思う。

 実は以前に一度尋ねたことがあるのだが、その時は「どれが一番反応いいかなと思って」とにやにやしながら言ってくるのみだった。

 反応というからには肌触りとか寝心地という意味か、と尋ねるとげんなりとした顔で「もういい」と言われてしまい、結局分からず仕舞いだった。

 このように、匠真はあまり彼女の考えていることが分からなかったりするものの、こちらに深く干渉してくることも無く、かと言って無関心でもなく気楽に接してくれる彼女は匠真にとって有難く、居心地のいい存在だ。

 

「……というかお前なんでこんな時間に起きてんだよ。今日学校あるだろ」


 今日はれっきとした平日。匠真と違い、しっかり高校生をしている楓子は学校に行かなければいけない日のはずだ。

 今から起きていては寝不足で授業中に寝てしまうのではないか。

 そういう心配を他所に楓子はけらけらと笑う。


「あははっ、たっくんその言い方なんかママっぽいねー。今日は学校の創立記念日で休みだよん。このゲーム発売日から全然できてなかったから今日は一日ゲーム三昧なのだ」


 それにしてもこんな朝早くからやらなくてもいいではないか。

 そう思うが、これ以上言うとまた母親みたいだと言われかねないので口をつぐむ。

 しかし学校が休みだというのはむしろ好機だ。さっき起こったことを説明して情報を共有しよう。場合によってはこの子の面倒も見てもらえるかもしれない。


「楓子、ちょっといいか」


「んー? その背中の女の子のことー?」


「……さすがだな」


 こちらが言おうとしていた本題を先に言われてしまった。いや、そんなことは当たり前なのだ。なぜなら彼女は研究機関が誇る、なのだから。

 通常、クラフター同士であれば、個人差はあれどお互いが接近すれば匂いで気が付くことができる。

 理由はいまだ解明されていないが、研究機関の編み出した仮説では、クラフターになった時に、体内で特殊なホルモンが分泌され、同じクラフターのみにそれが感知できるのだと言われている。

 とは言え匠真を含め、ほとんどのクラフターは二~三メートルの範囲までと狭く、実用的ではない。精々おまけのような能力なのだ。

 しかし中には、先ほどの刀男のように離れていても感知してくる者もいる。そういった感知能力は組織単位で重宝されるものだ。

 その中でも楓子は特に範囲が広く、半径一キロ以内であればどこに何人のクラフターがいるのか感知可能なのだという。

 刀男との接触も楓子は知っていたのだろう。それでもなおいつも通りの態度をとってくれているのは、信頼の表れか。

 楓子がゲームをテーブルに置いて、座りなおした。

 

「途中でもう一人クラフターと会ってたよね? たっくんがロリコンに目覚めたというわけじゃないなら事情、聞いてあげるよ」


 こう言われると、ロリコンに目覚めたのだと伝えたらどういう反応を返すのか気にはなるものだが、楓子から妙なオーラが出ているのでやめておく。

 匠真は眠る少女をソファに寝かせると、手短に先ほど会った刀男の話、そいつにこの子が追われていた話を楓子に伝えた。

 黙って聞いていた楓子は「あっ」と何か思い出したように手を打ち、テーブルの上に無造作に置かれていた雑誌を手に取る。


「ねえたっくん、その刀男の刀は刃渡り百センチくらいってことで間違いないんだよね?」


「ん? ああ、具体的にと言われたらちょっと分からないけど、大体そのくらいだったかな」


「じゃあ、もしかしてこのページの人じゃない?」


 楓子が雑誌をペラペラとめくり、とある特集のページを開く。

 そこには、『最新版凶悪クラフターランキング特集! 危険につき近づくべからず!』と大きく見出しが躍っており、その下におどろおどろしいフォントで人物の異名のようなもの、その解説が載っていた。

 中には匠真でも聞いたことのある事件を起こした人物もいた。例えば、第一位の“死の暴風事件”を引き起こした佐々木啓は首都圏の無差別爆破テロ事件の主犯として半年前に逮捕されているはずだ。

 当時でも噂になっていた佐々木啓のクラフター疑惑。それに焦点を当てつつ、独自の見解を述べており、読者の興味を惹くものとなっている。

 他にも“狂躁破壊サイレンサー”、“血塗れ狼”等、最近起きた狂気の事件の犯人をクラフターと仮定してランキングに纏めており、その危険度を紹介している。

 しかしなんともまあ、最近の物騒な世の中を体現したかのようなランキングだ。

 ランクインしているのはほとんどがここ三年以内のものばかり。なぜ日本はこんなに危険な国になってしまったのだろうか。

 理由は数あれど、その一つがクラフターの出現というのは、あながち間違っていないと思う。手軽に取り出せる凶器。さらには不安定な精神面への干渉も立証されているクラフターは、事件に関わることが多いのだ。

 その事実に若干憂鬱になりながら、楓子が示した指の先を追う。

 その記事はランキングの第五位に位置する、“ 辻斬剣聖つじぎりけんせい ”と書かれた人物だった。

 説明文には以下の通り。


 刃渡りおよそ百センチの刀を出現させる武装系のクラフター。今のところ“変化”は確認されていないがその戦闘能力、感知能力は高く、江戸時代の辻斬の如く、クラフターのみを付け狙うシリアルキラーだ。この記事を読んでいるクラフターの読者諸君、次に襲われるのはあなたかもしれない。

  

「……たぶんコイツだ」


 直感だがおそらく先ほどの刀男で間違い無いだろう。

 刃渡り百センチ。クラフターの少女を誘拐目的ではなく命を狙ったと思われる発言、距離を離しても追ってくる感知能力の高さ。

 匠真は無意識にそのページを指で挟み、雑誌の表紙を確認する。


「月刊クラフトワーカー?」


 聞いたことも無い誌名だったが、楓子は「やっぱり知らないんだ」という反応をする。結構有名な雑誌なのだろうか。


「元々知名度の低いオカルト情報誌だったんだけど、ここ最近クラフター記事の大幅増加と、誌名を今の名前に変更してから結構人気出てるんだー」


「オカルト情報誌ね……」


 他のページをめくってみてもなるほど、最近の心霊スポットだのミステリーサークルの紹介だのオカルト情報誌らしいものも載っているが、一番ページを取っているのはクラフターについてのページだ。

 いや、それに関してはどうでもいい。問題はその内容だ。


「それにしても、どうして“武装系”だの“変化”だのの言葉が出てくるんだ? これって研究機関の言葉じゃないのか? それにクラフターの情報もやけに自信をもって書かれている……」


 そう、かつて自身が属していた研究機関では主に武器を出現させるクラフターを“武装系”、それ以外を“非武装系”と分けていた。その分け方をどうしてこんなマニアックな雑誌が知っているのか。

 それだけでは無い。刀男のこともそうだが、情報が正確すぎる。まるで実際に見てきたかのような描写だ。


「……さあ? スパイがいるのか、感知能力者がいるのか分からないけど、最近のクラフター達の間では有名な雑誌だよ。たっくんが知らないのが意外なくらいだし」


「……見逃していいのか?」


「不利益になるような情報は無いし、写真も載っていないし、今のところは見て見ぬふりって感じらしいよ。あとここだけの話、ウチの機関もこの雑誌からクラフターの情報仕入れているみたいだから、消すに消せないんだって」


「なるほどな、損が無いうちは泳がせておくわけか」


 確かに“辻斬剣聖”のような異名はこういった大衆的な雑誌特有のもので、ちょっと痛々しいが呼びやすくていい。

 もしかしたら自分の異名とかもあるのだろうか。


「ちなみにたっくんの異名は“剣闘士グラディエーター”だったよ」


「…………もしかして俺の身元バレてたりする?」


 これでも一応深夜班として秘密裏に活動していたし、人目も気にしていたはずなのだが。明らかに能力バレしてる異名ではないか。


「ほら、たっくん去年の今頃派手に暴れてたじゃん」


「それはそうだけどさ、ほら、機関の職員の能力バレしそうな異名って不利益になったりしないのか? 不味くないか?」


「うーんでもどこに属しているかまでは書かれていないし、正体不明の戦闘狂としか書かれていなかったから多分大丈夫かな。私みたいに表に出ないクラフターにはノータッチだし」


「そうなのか」


「というかウチで記事書かれてたのたっくんだけだよ」


「…………そうなのか」


 なんというか、暗にお前がトロいだけだと言われた気がして軽く凹む。いや、楓子に限ってそういう気は一切無いのだろうが。

 それに、確かに一年前は深夜とはいえ大いに暴れまわっていた気がする。その節は同期の仙司にも迷惑をかけたものだ。

 しかし改めて自身の異名を聞くとなんともむず痒いものだ。というよりも先ほどから楓子が笑いを押し殺したような顔をしているのが腹が立つ。


「あー、ちなみにこの子のは無いのか?」


 話題を変えるためにソファに寝かせた少女のことも聞いてみる。


「うーんさすがに能力も分かってないんじゃ特定もできないかなー」


 困ったように楓子が言う。それもそうだ。この雑誌の異名もほとんどがクラフター能力に因んで付けられたものが多く、写真も無いのでは特定は難しいだろう。


「となるとこの子が起きるのを待つしかないか」


 ここまで結構騒いでいるというのに一切起きる気配を見せなかったこの少女。よく見ると目の下に大きな隈が出来ておりせっかくの可愛らしい顔が台無しだ。

 

「この子、あんまり眠れていなかったのかもね」


「ああ、俺が見つけた時もその場でぶっ倒れるように眠ってたしな」


 コンビニに向かう道中、深夜に響く足音が気になったのがことの始まりだった。

 人気のない深夜二時前。そんな中をランニングするのも珍しいなと思い立ち寄った小道で、息も絶え絶えに電柱に手をつくボロボロの幼い少女。

 只事ではないと近づいた匠真は匂いでその少女がクラフターだと認識。その背後から迫るカラン、という金属がコンクリートにこすれる物音。


『助けて……』


 少女がそう口にして倒れるのと、匠真が決心するのはほぼ同時だった。


「たっくん、そういう言葉に弱いもんねー」


「そんなことは無いって。俺は無理なことはしない現実主義者だ」


「どの口が言うんだか……」


 楓子が呆れたように溜息を吐く。

 確かに火災現場に突入したり台風の後の荒れる河から溺れる人を助けたりしたことはあったが、それは無理なことじゃない。人としてできる範囲で頑張るのは当然のことじゃないか。


「さて、とりあえずこの子の様子見ていてもらってもいいか? 俺もちょっと眠いから少し寝てくるからさ」


 結構長く話していたこともあり、時刻は既に六時になろうとしていた。もはや早朝と言える時間だ。流石に眠気が押し寄せてくる。


「はいはーい。ここで寝かせちゃってもいいの? 私の部屋に運ぶ?」


「いや、子供が知らない場所で目を覚ますならできるだけ広い場所の方がいい。誤解や不安を与えなくて済むしな」


「……ふーん、よく考えてるんだ。じゃー私もここでゲームしてるから、昼頃には起こすねー。買い出し付き合ってよ、そろそろトイレットペーパー切れそうだったし」


「ゲーム三昧なんだろ? よければ俺一人で買ってこようか?」


「いーのいーの! 共同生活なんだからお互い支え合わないとね!」


「そうか? じゃ一緒に行くか」


 慌てて言う楓子。こういうところ雑用でも平等に行っていこうという態度は楓子のいいところだ。同居人として最高の相手とも言えるだろう。


「……何か変な誤解が生まれている気がする」


「そうか? 正しく感謝の意を示しただけだぞ」


 匠真の純粋な感謝の言葉に、楓子が不満そうに口を膨らませる。なぜ不機嫌そうにしているのだろうか。


「……まーいいけどねー。おやすー」


「おう、また昼にな」


 再度手を振り、軽くあくびをしながら二階の自室へと戻る。ここまで長い時間起きていたのも久しぶりなので昼にちゃんと起きれるのか不安だ。

 何はともあれ、あの刀男も捕まったことだ。もう危険が迫ることは無いだろう。あの女の子も起きたら事情を聴いてご両親の元へ帰せばいい。

 精一杯伸びをして、匠真は自室のベッドに寝転がった。



 ◇◇◇


「ふぅ……」


 頭に走る痛みをこらえながら男、枚賀善正まいがぜんしょうはどこへともなく歩いていた。

 頭に走る裂傷。出血は浅いものの、脳が引っ搔き回されたかのような気持ちの悪さが支配する。

 目的地の無い足取りは重く、今ここが現実なのか夢の中なのか、そんなことも分からないような状態だ。

 いや、それ以上に深刻なのはものがある。


「私は――何をしていたのだ」


 自分が今まで何をしていたのか思い出せないのだ。

 とは言え昨日までの記憶はある。様々な場所を渡り歩き、クラフターというクラフターを殺して廻っていた。

 そこには確かな理由があり、その信念は消えてはいない。

 しかし先ほど、冷たい空気に目を覚ましてからハタと気が付いたのだ。今日一日の記憶が一切無いことに。

 体温の低下具合からして気絶していたのは五分程度。傷が痛むこと以外に体に不具合があるところは無い。しかし朝からの今日一日の出来事だけがどうしても思い出せなかった。

 なぜあんな空き地で倒れていたのか、なぜ頭に裂傷があるのか。その理由が不明なままもやもやとした気分を味わっている。


「記憶が無いというのは、気持ちが悪いものだな」


 記憶が無くとも推測はできる。頭の裂傷と酔いのような感覚。激しい衝撃を脳に受けたことによって、一時的に記憶が飛んだのではないか。

 脳震盪で直前の記憶が無くなったという事例を聞いたことがある。自分もそれに似た症状に陥ったのではないか。

 となると導き出される答えは一つ。


「ああ、私は負けたのか――」


 気を失うほどの衝撃を頭に受け、その上命を助けらたというのが、自身の出した答えだった。


「情けない話だ。私を打倒した当人の顔すら覚えていないとは」


 自嘲気味にフッと笑う。目撃者でもいれば別だが、もはやその人物を見つけ出す手段などない。善正の嗅覚は大体百メートルといったところ。この感知能力はかなり広範囲なのだが、あまり他のクラフターと会話したことの無い善正にとっては知りえないことだ。

 しかしその嗅覚をもってしても個人の特定を図ることは不可能だろう。近くにクラフターの臭いはしない。

 恐らく戦闘行為に至ったであろう相手にわざわざ近づいてくるとも思えないので、もう会うことも――


「なっ……!」


 その時、善正はありえない感覚を覚えた。

 自身の真後ろから突如クラフターの臭いを感じたのだ。

 いや、臭いを感じたなどという生易しいものでは無い。突然その場に出現したかのようにさえ思えた。

 決して油断していたわけでは無い。しかし彼の持つ嗅覚をすり抜けてこんな背後まで接近されること等、ありえないはずだ。こんな経験は初めてだった。


――いや初めて……ではない?


 違う。以前にも同じようなことがあったような気がするのだ。一般人と思い近づいたら、突如クラフターの臭いを放った者……。


――くっ! 今はそれどころでは無いというのだ!


 そうだ、記憶を思い起こすのは後でいい。今は目の前の脅威への対処が先だ。

 頭の痛みも忘れて後ろに立つ人物から距離を取る。その過程で右手を振り、刃渡り百センチに渡る刀を出現させた。

 頭の中が無風の水面のように落ち着いていく。この刀を出現させるときはいつもそうだ。どれほど気分が高っていても沈められる。

 頭の中を落ち着かせ、動きを見せない相手に問いかける。 


「何者だ」


 問いかけたことで相手もようやく会話をする気になったのか、こちらに歩み寄りながら口を開く。


「そう邪険な態度をとるな。別にお前に危害を加えるつもりは無い」


「近づくな。何者だと聞いている」


 善正の態度にも一切表情を変えず、草色のコートを羽織った男は歩みを止めず近づいてくる。

 街灯の光に照らされた顔はおそらく二十台の中盤から後半。自分とそう変わらない年齢だと分かる。自分より少し背の高いその男は、顎に手を当て、得心したようにうなずいた。


「……なるほど、確かに目的ははっきりしておいた方がいいな。ならこれからはこう名乗ることにしよう。『とある研究機関に属する国家反逆テロ組織』だ。俺に協力しろ、“辻斬剣聖”」



 この三日後、世間を騒がせる“死の暴風”、佐々木啓の脱獄が報道されることとなる。

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