花と霧とラーメン

ゆきお たがしら

第1話 花と霧とラーメン屋

 ここは、重井西港。

 しかし、重井西港と言っても、分かる人はほとんどいないだろう。だいたい因島を知ってる人が、何人いるだろうか?!

 因島出身で世に知られていると言えば湊かなえ、ポルノグラフィティ、東ちづるさんくらいだろうか・・・。実業家とか教育関係者でも有名な人がいるのかもしれないが、あいにく私は知らない。

 因島を、どう伝えれば・・・? そうか! 赤ヘルの広島の言えば分かるだろうし、尾道と言えばもっと分かりやすいのかも知れない。とにもかくにも、因島は造船と農業の島だ。橋で本州とつながったため、それはそれで良かったが、以前から島民の足であった船は衰退の一途をたどっている。

 島に住む人のみを相手にしたような、何の変哲もない重井西港は切符売り場兼待合室がポツンとあるだけの港で、そこからフェリーボートと高速船が三原に出ていた。


 港の護岸に立つと、島また島の多島美が目に飛び込んでくる。そして、島と島の間を埋めているエメラルドグリーンの海は長閑で、荒れ狂った海を目にする事は、そうそうない。その海に、真っ青な空が映っていた。

 船が重井西港を出ると、十五分ほどで鷺島さぎしまに着く。鷺島さぎしまの春は美しい。桜の季節ともなれば、港の護岸にある桜が満開となって海面に映り、今までの冬の重苦しさを吹き飛ばす華やいだ景色が、乗船客や島の人々の目を和ませた。

 また花が散り出すと、海にはピンクの花筏はないかだが、漂いはじめる。淡いピンクの花たちは波に弄ばれて、寄り添い、時に散り散りになるも、桟橋の一画で筏のように留まった。鷺港を出ると、次は終点の三原だ。

 

 終点の三原は思うほどには大きな街ではないが、以外とラーメン店が多い。尾道ラーメンと言われ尾道にラーメン店が数多く有るのは当たり前になってきているが、三原にもかなりの数のラーメン店がある。

 評判の高い店、また無名の店と、それなりにあるが、私の贔屓ひいきはこぢんまりとして、そこそこだが流行っている二件のラーメン店だ。一つ目は「さつまラーメン三原中央店」で、女性が一人でやっている店だ。私は前から時々食べに行っていたが、ここ何年かご無沙汰をしていた。民家と見紛う入り口の暖簾を潜り「こんにちは!」と声をかければ、「あら、お久しぶり」。まだ、私のことを忘れてはいなかったようだ。

 私がここでもっぱらら食べるのは、その名の通り“さつまラーメン”で大盛りである。ハムステーキかと思われるような分厚い“チャーシュー”に、小高い丘のように盛られた“もやし”、麺は平麺で少々では食べても食べても減らない。サービスの“紅ショウガ”とスライスされ“醤油漬けのニンニク”は、いくら入れても文句を言われない大満足の店であった。

 もう一軒は、「ラーメン処、あさひ軒」。夫婦でやっている店で、マスターは熱狂的なカープファンだ。店の至る所にカープのグッズが飾ってあり、訪れる客も大半が野球狂いだ。

 そんな雰囲気の中で食べるのは、野球に興味がない人にとって、もしかすると苦痛かもしれないが・・・。この店の私なりの一押しは、土佐の味噌ラーメン。ニンニクをタップリと利かせたスープが麺にからみ、ニンニク好きの私にはたまらない味加減である。いつも大盛りを注文するが、もう一杯食べられるような気がしてしまう。

 

 春を過ぎると島の山は新緑に萌えて、穏やかな海が、その新緑の色と形を余すことなく水面に映した。青い空に、白い雲がゆっくりと流れている。

 そして季節が移ると、重井西港の桟橋から右手に見える小高い丘の斜面が、白い花で埋められていた。マーガレットに似た花で、初夏に咲く除虫菊だ。別名をシロバナムシヨケギクと言い、六十センチほどの背丈があって、遠目には白い絨毯が敷き詰めたようにも見えた。咲き乱れた花の一つ一つが、小さすぎず大きすぎず、何か己の存在を主張しているようにも見える。

 因島の市花でもある除虫菊は蚊取り線香の原料だったが、第二次世界大戦以降は化学製品の普及と共に市場を失い、今では観賞用、観光用として栽培されている程度だ。

 重井で育った古老に除虫菊のことを聞くと、かつては高値で買われていたとのことで、売った代金が入ると倉庫を建てるわ、屋敷を新築するわで大変な賑わいだったとのことである。

 

 冬が来ると、見なれた海は大きく様変わりをする。まず海水の見え方が変わり、いつもは緑と青を混ぜた微妙な色をたたえているのだが、冬の時期には日差しの中でも黒というか濃紺に見えた。

 そんな寒々しい景色の中で船が鷺島さぎしまを出ると、少し行った小鷺島こさぎしま辺りから状況が一変する事があった。条件が整っていればという前提付きだが、フェリーの客席から海を見ていると、三原の方から雲のようなものが流れるように押し寄せてきて、海面を覆い隠してしまう事がある。雲海? いえいえ、それはないだろう。三原の朝霧だ! 島の山だけが覗き、高い山に登って雲海を見るように、海面が霧で覆われてしまう。

 理由は簡単で、三原を流れる沼田川ぬまたがわから冷たい水が流れ込み、そのため比較的暖かい海水から霧が沸き立つのだ。小船では霧に包まれて、その素晴らしさを展望できないが、三百トン弱のフェリーボートの上から見る景色は、雲海そのものであった。


 瀬戸内の四季は美しい。機会があれば、一度は訪れて欲し地である。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花と霧とラーメン ゆきお たがしら @butachin5516

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ