道中①

現在の時刻は夕刻

辺りは僅かな木々があるだけの草原だ

程よい日光の気温と、心地よい風が俺と咲耶さくやを通り抜けていく

早朝に家を出たから既に半日近く経っている

このペースなら山海さんかいの森まで2日ほどで着くだろう

但し、道中妖怪と遭遇しないとは言い切れない

それも踏まえて3日はかかると考えた方がいいだろう

ただし、それは二人で行動した場合、だ

もし、咲耶だけならそんなに日数はいらないだろう

俺のために咲耶はその分ペースを落としてくれているんだ

そっと、ばれないように・・・

「ごめんな咲耶。俺がいるために時間と手間をかけさせちゃって」

「謝らないで下さい神威。私は結構楽しんでいるんです」

楽しんでる?

ただ歩いてるだけなんだけどな

「こうして二人だけで話したり、出掛けたりするのは久しぶりじゃないですか。なんだかワクワクしてるんです」

そういって咲耶は屈託なく笑う

けど・・・

「・・・まさかそのために敢えてペースを遅くしてる?」

「ま、ままままさか」

「こっち見て言おうか」

目がグワングワン泳いでるよ・・・

でもまぁ、咲耶の気持ちも分かる

咲耶が東雲家うちに引き取られてすぐの頃は、二人でよく遊んでた

最初こそ塞ぎこんでた咲耶も次第に打ち解けていった

だけど、神楽が生まれて、俺が修行を始める歳になると、当然二人だけの時間は減っていった

それを考えると・・・うん、俺もちょっとワクワクしてきた

「そういえば、咲耶が俺の護衛になったってことは、咲耶はもう実戦経験があるってことか?」

「ありません」

「嘘だろ!?」

「嘘です❤」

あっれ~?

咲耶ってこんな冗談言う性格だっけ?

もっとおしとやかで真面目な・・・

でも、昔のような距離の近さを感じるし、悪くないかな

「それで、いつの間に実戦経験を積んでたんだ?」

以前神音かぐね様が帰られた際に、ちょうど妖怪が出まして、『咲耶ちゃん!実戦経験のチャンスだ!!』と言って半ば強制的に・・・」

「なにしてんだうちの姉さんは!?」

時期もへったくれもないな!!

「あ、でも無事退治することはできましたし・・・」

「流石だな!?」

うちには天才しかいないのかよ・・・

実戦どころか術も扱えない俺がまじで惨めだ・・・

「ふふふ」

ふと、咲耶が隣で笑いだす

「な、なんだよ急に・・・」

「いえ、やっぱり神威と話すのは楽しいなって」

咲耶は満面の笑みを溢しながら言う

この笑顔は最近の咲耶からはみられなかったものだ

そして、俺が待ち望んでいたものでもある

・・・はずなのに、なんでだろう・・・直視できない

「・・・?神威、どうかしましたか?」

顔を逸らしている俺に気付いた咲耶は、やがてなにかに思い至ったのか、一瞬にして泣きそうな顔つきになる

「あ・・・す、すいません・・・私と一緒にいても楽しくないですよね・・・」

「そんなわけないだろ!」

考えるよりも先に言葉が出た

それも、叫ぶような大声で

突然の大声に咲耶は驚いていたが、やがて心底安定したように大きく息を吐いた

対して俺は、どこかモヤモヤした気持ちを払えないでいた

どうもここ最近、咲耶を見てると落ち着かない

原因も分からない・・・

もしかして咲耶に嫉妬してるのか!?

いや、そうじゃないんだよな・・・たぶん

なんなんだろうか・・・

そんな事を考えながら歩いていると、急に咲耶が立ち止まる

前方から妖気を感じて、ようやくその理由に気がつく

やがて木陰からゆったりと妖怪が姿を現す

背丈は人の2倍以上はあるだろうか

加えて真っ赤な肉体は、人間とはかけ離れた筋肉質であり、所々から血管がみえる

頭髪はないが、代わりに人の腕の長さくらいの角が一本生えている

目は一つ目で、服装は下半身に布のようなものを一つ巻いてるだけだ

例えで言えば、鬼が一番近いだろうか

けど・・・

「あまり強い妖力は感じませんね」

そう

外見の割に、この鬼からは強い妖力は放たれていなかった

つまり、この鬼は力のない末端の妖怪か、もしくは

「もしかして、名無し・・・か?」

「おそらくそうだと思われます。妖力だけでなく、理性や知性も感じられません」

名無し・・・これは主に生まれたばかりの妖怪のことを指すことが多い

生まれるといっても、妖怪は人のように子を成す訳じゃない

妖怪は、現象だ

人間に善悪関係なく影響を与えることで立つ噂や畏れがたち、それに応じて妖怪は成長し強くなる

ここから判断するに、この鬼は生まれたばかり、つまりほんの少しの噂から妖怪に成ったばかりの名無しの妖怪だと推測できる

ここで問題になるのは一つ

この鬼が人に害を成す妖怪かどうかだ

陰陽師は、なにも手当たり次第に妖怪を目の敵にするわけじゃない(そういう輩がいることは否定できないけど)

人間に害を及ぼさないような妖怪には、基本的に干渉することなく、手出しもしない

つまり、この鬼も平和的解決ができるのなら、それで済むのだが・・・

「グ・・・オ・・・アァアアアァァァァァァ!!」

あ、ダメだなこりゃ

鬼は大きな声で叫び始める

俺等を敵と認識したようだ

「神威、下がっていてください」

「下がる?いくら俺でも生まれたばかりの妖怪にやられるほど弱くはないぞ!?」

流石に無能だと思われすぎじゃないか?

軽くショックだ・・・

「いえ、そうではありません。神威はこの後に本当の試練が待っているんです。こんな所で、無駄な疲労を積ませたくないんです」

咲耶の言い分は正しい

けど、女に戦わせて男が下がってるというのは、やはり男として・・・

そんな誇りで悩んでいると、鬼は俺ら目掛けて動き出した

「分かった・・・今日は大人しく守られます」

咲耶は小さく一礼して、鬼に向き直る

「東雲家が一人、早乙女(さおとめ)咲耶、参ります!!」

咲耶は腰にかけてあった二つの刀を取り出す

そして組手の時同様、

左手は刃を上に

右手は刃を逆手に持ち、

円を描くように構える

咲耶の対妖怪用武器、『千鳥ちどり』と『雷切らいきり』だ

左手の『千鳥』を高く構えて

「『千鳥』霊力付加・『天翔包具てんしょうほうぐ』」

『天翔包具』は刀に付加させることで、全身に身体強化を行うことができる。

体外全体に発動させる『天翔包外てんしょうほうがい』よりも無駄を省くことができるため、効率がよく、負担も減る。

そして無駄のない『天翔包具』は、当然俺が発動した『天翔包外』よりも、強力だ

ーーーーーーーーーーーーーーギュン!!

『ガウ!?』

咲耶の姿が消え、代わりに鬼の右腕に斬り傷ができていた

恐らく、鬼には何が起きたか分からないだろう

それほどの速さだったんだ

咲耶の『天翔包具』は普通の人の目じゃ追えない

気付いたときには、もう斬られてる

けれど

「「((浅い))」」

勢いよく、そして素早く咲耶の刀は鬼を斬りつけたが、鬼の斬り傷はほんの少し指先を切った程度のもの

「(たぶん、相当外部が硬い。通常の攻撃だけじゃ足りないかもな)」

咲耶も同じ結論に至ったのだろう

更に術を発動させる

「『雷切』霊力付加・『万断包具まんだんほうぐ』」

咲耶の右手に逆手で握られていた『雷切』に、青白い光が集約していく

光は刃の上に被さるように型どっていき、やがて刃をそのまま長くしたようになる

『万断包具』

霊力を武器に集中させ、間合いを広める

更に霊力を研ぎ澄ませることで、武器そのものを強化することができる

咲耶の『雷切』で言えば、切れ味だ

武器組からすれば初歩の術らしいが、間違いなく水準以上の難易度の術だろう

つまり、効力は強力だ

『天翔包具』を『千鳥』に付加させたまま、咲耶は再び高速移動を行う

驚いたことに、鬼は二度目にしていきなり対応してきていた

僅かに捉えた咲耶の姿目掛けて、拳を振り下ろした

しかし、咲耶は微動だにしない

体を回転させ、左手の『千鳥』で腕を弾くと

ーーーーーーーーーーーーーーーーーズバッ

そのまま回りながら、右手の強化された『雷切』で、弾かれた鬼の腕を切り裂いた

『グアァアアアァァァァァァ!?』

鬼の悲痛な叫びが響き渡る

この辺りは、人であろうとなかろうと、嫌な気持ちになるな

鬼の腕から出血は・・・ない

斬り落とされた腕はサラサラと灰になり散っていく

これでこの鬼が生まれたばかりの妖怪であることが確定した

生まれたばかりの妖怪は、まだ体がきちんと形成されていない

具体的な物がイメージされきれていないからだ

牛鬼ほどの有名な妖怪ならば、血も出るし、おそらく腕が灰になることはないだろう

それほど具体的で完成されているからだ

逆に言えば、この鬼は崩れれば脆いと言うことになる

咲耶もそう判断し、一度距離をとる

必殺となる一撃を放つために

「『雷切』霊力付加解除

術式相乗付加・『洗禊太刀あらいみそぎのたち』」

右手の『雷切』から霊力の刃が消える

代わりに、どこか神々しい淡い光が刃を包み込み、その周りを光の粒子が舞っている

妖怪の負の気を洗い流し

妖怪の負の念を清める

この効力を持つ二つの術を、『雷切』に付加することで、術は相乗効果を生む

その光は、人からするととても落ち着く光だ

つまり、妖怪からすると

『グオォォォオオオォ・・・アァアアア!!』

不愉快極まりないものだろう

咲耶は鬼の大声にも反応しない

ただただ、己の刃の一振りに集中する

鬼に向かって走り出す

鬼は残された腕を振り下ろす

咲耶は腕を・・・斬らない

最小限の動きでそれをかわすと、腕の上を駆け抜ける

鬼は慌てて腕を引っ込めるがもう遅い

咲耶はすでに、鬼の顔の目の前だ

浄化えなさい、名も無き妖怪よ

願わくば、きものに生まれ変わらんことを」

そう呟き、刃を突き刺した

鬼が苦痛に歪んだのはほんの一瞬

すぐに穏やかな顔つきになると、あれほど嫌がっていた光を受け入れ始めた

そしてどこか幸せそうな顔で、少しずつ灰となり、消えていった

生まれたばかりの名無しの妖怪は、初の一人での実戦を行った、銀髪の陰陽師によって、浄化された


陰陽師の戦いかたには、主に3つの種類がある

一つは完全に滅するもの

そのままの意味で、妖怪が完全に消滅するまで、様々な術式を用いて攻撃するもの

武器組、無手(札)組関係なく、ほとんどの陰陽師がこれにあてはまる

二つ目は封印

手に負えないほど強力な妖怪や、特殊な能力などを持つ妖怪等に使われる

姉さんがフードの妖怪に使った『栓封せんぷう』もここにあてはまる

そして三つ目が浄化

消滅という点では一つめと同じだが、妖怪の持つ根底の負の怨念を完全に浄化させるため、より素早く退治することができる

但し、浄化の術はどれも最高難度に位置付けられている

扱えるものは、もともと浄化持ちの力を秘めている者か、鍛練を積んだものに限られる

聞いた話では咲耶は前者によるものが大きいらしいが、それを踏まえても難しいはずの浄化を咲耶はやってのけた

・・・なんか泣きそうだよ

だけど、浄化を終えた咲耶の「やりました!」と言わんばかりの笑顔に、そんな気持ちはどっかいってしまった

「神威、やりました!」

「いや言うんかい」

思わず突っ込んでしまった

咲耶は「?」と首をかしげていたが

俺が「なんでもない」と返すと訝しげに思いながらも流してくれた

「それにしても、貴重な経験をしたな」

「そうですね。生まれたばかりの妖怪と出会うなんて・・・ごく稀ですよね?」

そう

妖怪と出会うことはなんら珍しいことではないが名のない状態の妖怪に出会うことは本当に珍しいことらしい

そんな経験を、陰陽師としては新米の二人が経験してしまったんだ

「でも、その割には動揺することなく、淡々と退治してたな」

「必死だったんですよ。初めて一人で戦ったものですから」

確かに

あまりにも自然に戦うものだから忘れてしまい勝ちだけど、咲耶だって陰陽師としてはまだまだ新米なんだよな

それでも・・・

「ちゃっかり決め台詞まで言ってたよな

『願わくば、良き妖怪に』・・・」

「わぁぁぁぁぁ!!」

さっきの言葉を俺が言おうとしたが、

咲耶の大声がそれをかきけした

「忘れてください!無意識のうちに言ってしまったんです!」

顔を真っ赤にし、両手を顔の前でブンブン振り回している

いやそれよりも無意識にあんなかっこいい台詞を言えるとかすごいな

「・・・『願わくば、良き妖怪に生まれ変わらんことを』か。母さんがまだ現役だった頃に言ってた言葉だよな」

「ぁ・・・ご存知でしたか・・・」

「当然。母さんは俺が尊敬している陰陽師なんだから」

そして、この言葉は俺への教えでもあったんだ

「『どんなに凶悪な妖怪であろうと、人に害を成す妖怪であろうと、死後まで咎め続けられることはない。次は人として、人と仲良くなれるような者に生まれ変わってほしい・・・』まだ俺が5歳くらいの時に話してくれたんだ」

最初は意味がわからなかった

けど、5歳の俺にも母さんの優しい思いはひしひしと伝わってた

その優しさが、さっきの言葉に象徴されている

俺が目指す陰陽師も、そうでありたいと、ずっと思ってきたんだ

「逆に、咲耶はどこでその言葉を?」

「私は・・・修行を始めて間もない頃でした。人を襲い悲しめる妖怪に慈悲を与える、つまり浄化のような術は必要なのか・・・そんなことで頭を悩ませていた時に、お義母さまから教わりました」

随分と次元の高いことで頭を悩ませてらっしゃったようで・・・

「『人が全て善ではないように、妖怪も全て悪であるとは限らない。人に死が訪れるように、妖怪にも死が訪れる・・・だからこう思うの。せめて平等に訪れる死くらいは、安らかであってほしい・・・』と」

俺に言ってくれた言葉とは違うもの

けれど中身は同じだ

母さんはきっと長い間、その信念の基に戦ってきたんだろう

その想いは間違いなく受け継がれてる

少なくとも、咲耶と俺には

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