第2話 動き出した陰、動き出す陽②


部屋を出てからは特にすることもなかったため、俺は一度神楽かぐらの様子を見に行った

ケガなどがないことに安心すると、おこさないようにそっと部屋を出る

今は中庭の方へと向かっていた

中庭からヒュンッ、ヒュンッっと風を切る音がしたからだ

そこには案の定

「451・・・452・・・453・・・」

素振りをしている咲耶さくやの姿があった

「咲耶」

タイミングを見計らって咲耶に声をかける

「あ、神威!」

咲耶は最初(何故か)嬉しそうな顔で寄ってきた後、何かを思い出した瞬間、顔を赤くして睨むように再び距離をとった

その光景を前に、俺は自分自身が投下した爆弾発言を思い出してしまった

「あ~・・・あの、咲耶さん・・・先日は大変失礼な発言をしてしまい申し訳ありませんでした・・・心より謝罪致しますと共に、あのようなことは一切思っておりませんので、どうかこの物理的な距離を縮めて頂けるようお願い申し上げます」

心から謝罪した

もう心のそこから謝罪した

そもそもあんなこと言うつもりはなかったんだ

でも・・・なんかいじりたくなっちゃって・・・

咲耶はジト目でこちらを見たあと、

許してくれたのか近寄ってきてくれた

「こほん・・・それで、どうなされたんですか?」

「いや、神楽の様子を見に行ってたら、外から咲耶の素振りの音が聞こえたからさ、一緒にやろうかなって」

咲耶は納得したように頷く

そして僅かに何かを考えたあと、顔を上げて

「では、せっかくですし組手形式にいたしませんか?」

「組手?」

「はい。より実践向きのほうがよい修行になると思うんです」

修行一つに細かな気配りと効率のよい方法を咲耶は導きだす

実力だけじゃない

咲耶は頭もキレる

陰陽師としての才能は計り知れないな

俺の足の様子を確かめるのにもちょうどいいと思い、納得して頷く

「規定とかは?」

「殴る、蹴るなどといった暴力は禁止にしましょう。ただし武術の行使はありにします。

降参、または攻撃の必打で勝敗を決めましょう」

「了解した。それで行こう」

ルールを決め、二人は距離をとる

そして持っていた木刀を構える

俺は一刀、咲耶は二刀流

咲耶の持ち方はやや独特だ

片手の木刀は逆手に持たれており、両手で円を描くような形になっている

互いに隙をつこうと少しずつ距離を詰める

「ふっ!!」

先に攻めようとした俺が僅かに木刀を動かした瞬間ーーーーーーーーーーーーーーーーバァン!!

逆手に持っていた方の木刀に弾かれ、俺の手から木刀が離れる

弾かれた木刀は宙を舞い地面に突き刺さった

咲耶の攻めは続く

木刀を弾いた勢いをそのまま利用し、一回転

攻撃が来る前に俺は一気に距離をとり、息をつく

咲耶もキレイに回転を止め、再び構え直す

回転によって咲耶の銀髪が天の川のように輝きながらたなびく

仮にも戦闘中であるにも関わらず、思わず見惚れてしまう

咲耶は珍しく武器を利用して戦う陰陽師だ

もちろん、ただ武器を駆使して戦うのではなく、武器に霊力を付加して戦闘を行う

武器を扱うのは戦闘が苦手だから、などといった理由ではない

むしろ逆だ

武器に霊力を付加させるには、より繊細で高度な技術を必要とする

武器を使う陰陽師は数えるほどしかいないが、全員が実力者なんだ

そして咲耶も順調にその域に達しつつある

やっぱり・・・咲耶はすごいな・・・

咲耶が地を蹴り距離を詰める

そして洗練された刀さばきで攻め立てる

「やっ!!」

「ふっ!!」

対して俺は、咲耶の木刀を素手で

さばく、弾く、流す

「っ!?」

木刀を流されたことにより、勢いを止めきれず咲耶はバランスを崩す

俺はその隙をついて反撃出ようとするが

「シッ!!」

咲耶は止まらない勢いを逆に利用し、一回転することで攻撃を重ねた

ギリギリのところでかわし、再び距離をとる

「ホントに身軽だな・・・完全にバランス崩してたろ今の・・・」

「ギリギリでした。神威が徒手による近接戦闘の実力者であることは分かっていたのに、油断した私の失態ですね。とはいえ、先程は一応全力で打ち込んだのですが、全て防がれるとは思いませんでした」

やっぱ全力だったよなアレ

当たったら大ケガするところだったよ・・・

・・・まぁそんな失態はしないだろうし、ケガをしても治してくれるんだろうけどさ

俺と咲耶は仕切り直し、組手に戻る

「はっ!!」

先に攻めてきたのは咲耶

全力と言っても、やはりどこかで手加減していたのだろう

先程よりも速く鋭い刀さばきが襲いかかる

それでもさばけると判断し身構えた瞬間

咲耶が視界から消える

「っ!?後ろ!!」

直感的に俺は体を屈めた

直後、先程まで俺の頭があったところを木刀が通りすぎる

「(くっそ、完全に引っ掛かった)」

最初の攻めは囮

直前に攻撃を止めて背後に回った

先程よりも強烈な一撃だと認識したために、当てに来ていると思っていた俺は、完全に虚を突かれてしまった

横振りした勢いをそのままに、咲耶はそのまま一回転して縦に振り下ろしてくる

対して俺は両手を地面につけ、側転するように体を捻り上げ、足で木刀を弾く

「(防戦一方・・・攻めきれないな)」

俺は近接戦闘においては相当鍛えこんできた自信がある

術が扱えようと扱えまいと、最後に頼りになるのは、自分の体だと考えたからだ

それに身体強化の術は、自身の身体能力に比例して強くなる

だから様々な武術とかを学んできた

だけどそれは咲耶も同じなんだ

咲耶の太刀筋は、日頃の努力が分かるほどに洗練されていた

「(油断してたのは、俺かな)」

気を引き締め直し、今度は俺が先手をとる

咲耶は間合いに入るギリギリまで引き付け

「ふっ!!」

振る、のではなく突いてきた

「(それを、待ってたんだ!)」

予め予測していた俺は、突きをかわし、木刀を掴む

そして地面を蹴り、木刀を握ったまま体を回転させる

「うっ!?」

咲耶はたまらず片方の木刀を手放してしまう

更に俺は一気に咲耶に近付き、投げ技に移る

そのまま抑え込むつもりで、手や体が咲耶に触れた瞬間

「きゃっ!!」

およそ戦闘中とは思えない可愛らしい声を聞いて一瞬怯んだ俺は

「やばっ!?」

技のかけが甘くなり、一緒に倒れこんでしまった

「いったたた、大丈夫か?咲・・・や・・・」

すぐに咲耶にケガがないかを確認しようと下を見る

そして、今自分達がどんな体勢なのかに気付いた

咲耶は仰向けに倒れている

上手く受け身は取れたのだろう、ケガはなさそうだ

けれど顔は真っ赤になっている

その顔を俺は目と鼻の先くらいの距離で見つめている

更に俺の体は咲耶に覆い被さる形となっていて、両手は咲耶の顔の隣に

端から見れば、まるで咲耶を押し倒しているように見え・・・る

「ご、ごめん!」

状況に気が付いた俺はすぐに咲耶の上から退いた

だけど咲耶はなかなか起き上がらなかった

ずっと固まったまま動かない

やっぱりどこか痛めたのかな

心配になって咲耶を起こそうと手に触れた瞬間

「ひゃあ!!」

咲耶はバッと手を引っ込め起き上がった

とりあえずケガはないみたいだけど・・・なんか心が痛い

「あ、す、すいません!!」

今のは流石に失礼だと思ったのか、即座に頭を下げて謝罪する

「い、嫌だった訳ではないんです!!むしろ、温かくて優しくて、嬉しくて・・・はわわ!!違いますそんなふしだらなことは考えてません!!」

どうやら咲耶はテンパってしまってるみたいだ

よく分からないことを口走っている

そんや咲耶は新鮮で、それでいてどっか可笑しくて

「ぷっ・・・ははははははは」

思わず笑ってしまった

「な、なんで笑うんですか!」

ただでさえ赤くなっていた咲耶の顔が、更に羞恥で赤くなる

「ははは・・・いや、ごめんごめん。咲耶の慌てる顔がなんだか新鮮でさ」

「むぅ~」

咲耶は拗ねた様子だったが、自覚はあったんだろう、「もう、知りません」と言ってソッポを向いてしまった

その様子がまた可笑しくて、再び笑ってしまう

やがて自分でも可笑しくなったのか、つられて咲耶も小さく笑いだした

キレイな月明かりの夜に、二人の笑い声が木霊していた


翌日の朝、母さんに呼ばれ部屋の前に来ていた

昨日の話の続きだろうけど・・・

夕べの母さんの様子から、妙な不安感を覚えていた

いつものやり取りを経て、部屋の中に入る

中ではいつもと違う、身命な面持ちの母さんが座って待っていた

不安が確信に変わり、緊張が体を支配する

「座りなさい神威」

いつもは安心するはずの母さんの優しい言葉が、今は逆に不安を煽った

「もう分かってるわよね?話は昨日のことよ」

「うん」

「まずは・・・そうね。妖怪側について分かったことを話しておくわね」

まずは?

その部分に引っ掛かりを覚えたものの、内容を早く知りたかったため、黙って聞くことにした

「あのフードの妖怪は、ほぼ間違いなく元陰陽師であることが解明されたわ」

「どこで確信を?」

俺自身もどこかで確信はしていたが、それでも何を根拠にしているのかを知りたかった

「神音の札の一つを確認したの。そこから僅かに『反霊(はんれい)』の術式の残滓が残ってたの」

『反霊』・・・確か発動した術式に対して、まったく逆の効果を持つ術式を打ち込むことで術を相殺する、超高難度の術だ

「それってつまり・・・」

「ええ、あの妖怪はかつて相当の実力者であったということになるわ」

驚き半分、納得半分

それほどの実力者でなければ、姉さんの術を破れるとは思えない

「逃亡した妖怪と牛鬼は、四柱家全家で後を追っているわ」

普段はあまり協力することを渋る四柱家が・・・

それほどの存在だと言うことか

「さて・・・現状妖怪側について分かっていることはこれで全部よ。次は、あなたのことについて」

「俺?」

俺が話せることは昨日のうちに全部話したつもりなんだけどな・・・

「神威、あなたには一度、東雲家(ここ)を出ていって貰います」

「・・・え?」

頭が真っ白になる

俺が・・・出ていく?

それって、追い出されるってこと・・・?

俺の様子を見て、母さんは自分の言い回しが悪かったことに気付く

「ごめんなさい。私の言い方が悪かったわ。

あなたには一度修業のためにここを出て貰います」

「・・・修業?」

修業ならここでも・・・

「もしかして、今回のことで俺に見切りを・・・」

「そうじゃないわ!」

母さんは素早く、そして力強く否定した

「そうじゃないの神威。あなたが持つ陰陽師としての力は特別で、ここではその才能を開花させることができないわ」

「俺の・・・陰陽師としての力?」

俺に陰陽師としての力が?

「あなたは普通の陰陽師とは違う、特別な力を秘めているわ。その力を開花させるには通常の修業ではだめなの。だから・・・」

「ま、待って母さん!!」

思わず話を止めてしまう

「母さん・・・母さんは、最初から知ってたの?俺に特別な力があることを」

母さんは僅かに迷いを見せたあと、ゆっくり頷いた

「・・・ええ、知ってたわ。そしてその影響であなたが術を扱えないことも・・・」

それを知ってて・・・今まで・・・

「なんで・・・黙ってたの?」

「それは・・・無理に陰陽師になることはないと思ってたから・・・」

感情が、爆発した

「俺は!!陰陽師である母さんを尊敬してた!!」

「っ!?」

「活躍してる姉さんに憧れてたし、皆から期待されている神楽が羨ましかった!!そして・・・そんな家族の中に入れない自分を・・・ずっと憎んできた・・・」

「神威・・・」

泣いてるのか、怒ってるのか

叫んでるのか、呟いてるのか

分からないまま俺は続けた

「それでも・・・俺は陰陽師でいたかったんだ・・・母さんに、姉さんに、神楽に、それから咲耶にも・・・ずっと、ずっと追い付きたかったから!

だから・・・教えて欲しかった・・・少しでも、みんなに近付けるのなら」

自分でも、こんなに感情が爆発するとは思わなかった

周りが何て言おうと、自分は成長してるんだと言い聞かせ、誤魔化して努力を重ねてきた

けれど、今の母さんの言葉からは、それが全て無駄だったのだと言われたようなものだ

それでも、

「母さんなら・・・きっと分かってくれてると・・・思ってた・・・」

「・・・ごめんなさい」

ホンとは分かってる

母さんが意味もなくこんな重要なことを話さない人じゃないことを

言わなかった、言えなかった理由がちゃんとあるのだと

それでも、すぐには納得できなかった

「・・・神威」

「分かってる・・・ごめん、取り乱して」

大きく息を吸って、吐く

まずは落ち着こう・・・そして話を聞こう

ちゃんと納得するために

「あなたの力のことについて、私が力になれることはないわ。だからこれから行く修業の場で、聞き、理解し、得てきなさい」

「・・・その場所は?」

「山海(さんかい)の森よ」

「山海の森!?」

妖怪の多さから、陰陽師が立ち入り制限区域に指定している場所じゃないか!!

更に山海の森は、迷いの森とも呼ばれている

一度入れば出てこれないとさえ言われている

そんなところに・・・

「道中、人は付けるわ。けれど、森に入ればそこからあなたは一人になる」

・・・母さんがこの話を今まで伝えなかった理由が、分かった気がした

あまりにも・・・危険なんだ

それこそ、命をおとしかねない

特に術を使えない俺がそこに行こうものなら、それは自殺行為ともとれる

自分の息子に死の宣告をするようなものなのだから

でも、それでも俺は・・・

「母さん、俺行くよ。今度は妹(かぐら)を、家族を守れる男になりたいんだ」

「あなたなら、そう言うと思ったわ」

母さんは嬉しそうな、悲しそうな笑みを浮かべた

「だからこそ・・・私はあなたに伝えたくなかった・・・危険な目にあって欲しくなかったから・・・そんな目にあってまで、陰陽師になることはないって、ずっと思ってわ・・・大事な、大事な息子だもの」

母さんの頬に、涙が滴る

母さんも、ずっと悩んできたんだ

俺が悩み苦しんでる姿を見て、ずっと・・・

そして、母さんは嗚咽に交えながらそっと呟いた

「普通の子として、生んであげられなくて・・・ごめんなさい・・・」

また、俺の心は強く反応した

「母さん!!確かにずっと俺は悩んできた!!苦しんできた!!陰陽師を、辞めようと思ったこともあった・・・けど、母さんの息子であったことが苦痛だったことなんて一度もない!!」

「神威・・・」

「今までやって来たことは無駄だったのかもしれない。それでも、俺は後悔してない!!母さんが・・・姉さんが、神楽が、咲耶が!皆が俺を支えてくれたから・・・」

俺の目にも、涙が溢れる

「これから、やっと俺も皆と肩をならべて戦える未来が見えてきたんだ・・・母さんのお陰で。だから・・・自分を責めないで」

涙は止まらない

今までずっと溜めてきたものが、全て流れていく

「頑張るから・・・母さんが誇れる、息子になるから」

「神威!!」

母さんが俺を抱き寄せ、力強く抱き締める

「あなたはもう、私の立派な誇れる息子よ!」

二人の涙は止まることなく、そのまま時間が経っていった


翌日の朝、出るなら早い方が良いと思った俺は旅支度を終え、部屋を出た

門まで歩くと、そこには見送りにきた母さんと姉さん

そして、同じく遠出の格好をした咲耶が待っていた

「(はは、そういえば昨日もこうやって見送りしてくれてたっけ)」

心の中でクスリと笑いながら、皆のところへ寄っていく

「おはよう神威。眠れたかしら?」

母さんがいつも通り微笑みながら挨拶してくれる

「おはよう母さん。流石にちょっと寝付けなかったかな。でも大丈夫だよ」

「ふぁあぁ~朝が苦手な私がまさか二日連続で早起きするなんて・・・」

姉さんは眠たそうな顔で大きくあくびする

「それでも、嫌な顔一つしないで送りに来てくれてありがとう姉さん。嬉しいよ」

「弟が素直にデレた!?これは効くわ!!」

姉さんは顔を覆いながら、「ウヒョー!!」と叫びながら体をくねらせている

こんなんだから俺は姉さんに対して素直になれないんだよな・・・

最後に、咲耶の方へと向く

咲耶も普段の道着姿ではなく、動きやすそうな戦闘向きの巫女服に着替えている

「短い期間だけど、よろしく頼むよ咲耶」

「はい、お任せください神威」

なぜ咲耶がこんな格好をしているのか

他でもない、咲耶が山海の森まで付き添ってくれる人物だからだ

男が女に守ってもらうなんて、情けない話だけどな

けど、これが今の俺の立ち位置

今は、それを受け止めよう

「それじゃあ、行ってくるよ」

「待って神威」

挨拶を終えて歩き始めようとする俺を、

母さんは呼び止め、そっと抱き締めた

「頑張るのよ神威。あなたの帰りを待っているわ」

「今度は姉ちゃん助けにいけないからね。

立派な男になって帰ってこい!!」

母さんがいつも以上に励まし、姉さんがいつも通りに激励してくれる

これが今までどれだけ俺の支えになってきたことか

「ありがとう。頑張るよ。行ってきます」

別れを告げ今度こそ出発する

陰陽師となるために

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