第2話 動き出した陰、動き出す陽①

家に帰り、神楽かぐらを寝室に寝かせた後、

母さん、姉さん、咲耶さくや九禅くぜんさんが1つの部屋に集まる

「まずは無事で良かったわ、神音かぐね神威かむい

重苦しい雰囲気を打ち払うように母さんが優しく話しかける

「陰陽師としてのプライドボロボロだけどね」

「俺は身体的にボロボロだけどね」

こういうところで減らず口を叩く所は、やっぱり姉弟なのかもしれない

ちなみに俺の足の傷は、すぐに咲耶に治療をしてもらった

おかげで普通に歩く程度には問題ないくらいには回復していた

治療をしてもらうのは昨日の今日で恥ずかしかったんだけど、咲耶はどこか嬉しそうだった

「まずは情報を整理するとしましょう。神威様、お話願えますか?」

九禅さんがまとめる形で、話は本線に戻る

「話すこと、って言われてもなぁ・・・」

俺は頬をポリポリかく

森に入ってからの出来事があっという間過ぎて、話すことが思い付かなかった

「町から帰ってくるまでは、今までとなんら変わらなかったんだ。違うのは日が暮れかけてたこくらいかな」

母さんがボソリと「だから日が暮れる前に帰って来てと言ったのに」と呟いた気がするが聞こえなかったふりをした

「それで、森に入ったら突然牛鬼と会ったんだ。俺が術を使って陰陽師だと分かると、すぐに神楽を狙いはじめて・・・」

「・・・妙ですな」

俺の話を、九禅さんの疑問の声が遮る

「なぜ、牛鬼は神楽様を狙ったのでしょうか」

「それは、神楽が強力な霊力を持ってるからじゃないのか?陰陽師のなかでは有名だし・・・」

「『東雲しののめ』の名が妖怪にも知られているのは当然でしょう。しかし、神楽様の内情まで知られていると考えるのは難しいでしょう」

「なんで?あり得ない話じゃないんじゃないか?」

理由がわからず、九禅さんに問いかける

「では神威様、神楽様のお話しを巷などでお聞きになられたことがございますか?」

「そりゃ・・・」

そう言われて思い返すも、確かに1度も神楽のそういった類いの話を聞いたことがなかった

さっき町に行ったときも、みんな子供の神楽をあやすように、つまり普通の子供と変わらないように接していた

俺らが陰陽師であることは分かっていたみたいだが、その程度の差だった

特別扱いされなかったのは嬉しいが、疑問が出てくる

「ないでしょう?それは陰陽師間において、情報の制限がされているからなのです」

「情報の・・・制限?」

そんなの・・・初耳なんだが・・・

「神威、修業を始める年になったとき、『開業かいごうの儀式』をやったでしょ?」

俺の疑問に対して、姉さんが説明を始める

「あ、あぁ。なにも書かれていない白い札を持って、誓いを捧げた・・・」

「あの札には術がかけられていたのよ。誓いを捧げた陰陽師のいくつかの行動を制限する強力な術が、ね」

「・・・あのなんの意味の無さそうな儀式に、そんなえげつない意義があったのか」

ただの形式的な儀式だとばっかり思ってたわ

「・・・それで、具体的にはどんな効果があるの?」

「嘘をつくと舌が吹き飛ぶわ」

「閻魔大王より過激だな!?」

陰陽師って実は過激派な組織なのか!?

「神音、嘘言っちゃダメよ」

一瞬でも信じた俺がバカだった

「もう姉さんの言うことは信用しない」

「一回の可愛い嘘で、最愛の弟からの信頼を失ってしまった」

姉さんはわざとらしくヨヨヨ、と泣き始める

本当にあの牛鬼と戦っていた人と同一人物なんだろうか・・・

「正しい効力は、陰陽師にとって不利益となる事物が発生した場合、その度合いに応じて変わってくるわ」

「度合い?」

「そう。私達に働きかけてるのは無意識への働きかけ。簡単に言えば自分達にとって不利益にしかならない情報そのものを話そうとしなくなるの」

確かに・・・俺も神楽について陰陽師の人以外に話そうと思ったことがないな

これは術のせいだったのか

「ただしこれは無意識に働きかけるもの、強い意思を持っていたら効果は薄れるわ。そう簡単なことではないけれど・・・」

「そこでさっき言ってた度合いが出てくるのか」

母さんは頷く

「この効力の第二段階は、身体制限よ

弱いものなら、口内を麻痺させて呂律を回らなくさせ、情報漏洩を防ぐ。強いものになると、強制的に意識を奪うことになるわ」

・・・なんかさっきの姉さんの言ってたこととドッコイドッコイな気がするな

「そして第三段階。もし悪意をもって情報を流そうとしようとした場合、術は呪術に変わるわ」

「呪術?」

確か・・・その名の通り相手を呪う術だよな?

「そう。呪術は対象者、つまり私たちの体を一瞬にして蝕み死に至らしめるわ」

対象者を・・・死に?

同じ陰陽師の仲間を、仲間にそんなものをかけてるっていうのか!?

「そんなことが、許されてるのか・・・」

「陰陽師が生まれたときからあったとされている業です。あって然りのものでしょう」

死・・・という言葉に不安と憤りを感じて思わず呟いた俺の言葉は、九禅さんによって一断される

モヤモヤした気持ちではあったが、すぐに反論する言葉も出てこなかったので黙る

「さて、いま説明しました通り、陰陽師の情報は外部に漏れないよう強力な術がかけられています。神楽様については当然最高位の秘匿情報に位置付けられており、妖怪は当然、一般の人々にも情報は行き届いていないはずなのです」

そうか・・・確かに皆が知らないことを妖怪である牛鬼が知ってるのはおかしいんだ

でも、じゃあなんで・・・

「その事なんだけどね、私、牛鬼と戦っているときにちょっと気になることがあってね」

姉さんが(いつのまにか)ウソ泣きをやめて、挙手しながら発言する

「気になること?なにかしら神音」

「うん。牛鬼を後一歩のところまで追い詰めたとき、変な・・・フードを被った奴が乱入してきて、そいつのせいで牛鬼に逃げられてさ」

「まぁ言い訳にはなんないけど」と付け足して、姉さんは続ける

「私の術をまぁ良いように利用してくれたわ。あんな屈辱初めて」

姉さんは間違いなく現陰陽師の中でも実力者に入る

その姉さんをああも簡単にあしらったのだから、あのフードの妖怪はそれ以上の力の持ち主ということになる

「まぁ気になったのはソイツじゃなくて、ソイツのやったことなんだけどね。牛鬼に逃げられた後、私はソイツを逃がさないように即結界を張ったんだけど、見事に一瞬で破られちゃってさ・・・」

俺も目の前でその光景を見た

姉さんの結界は迅速で、それでいて完璧だった

それをほんとに触れただけで・・・

「ここからが重要なんだけど、ソイツが結界を破る瞬間、僅かだけど霊力を感じた」

「霊力ですって?つまりそのフードの人物は妖怪ではなく陰陽師だったということ?」

「いや、ソイツが放っていたのは間違いなく妖気だったよ。だから妖怪なのは間違いないはず」

「なるほど、つまり妖怪が霊力を使ったことが問題ということですか」

九禅さんが要点をまとめる

しかし、それでも内容はまとまらない

むしろ分からなくなってしまう

フードの人物が放っていたのは間違いなく妖気

しかし、妖怪からは本来感じるはずのない霊力を感じ取った

的確な答えがでてこず、部屋のなかには重い沈黙が続く

沈黙を破ったのは、ここまで黙って話を聞いていた咲耶だった

「神音様、一つお聞きしたいのですが、その妖怪は人型だったのですよね?他に特徴などはありましたか?」

「そうだねぇ~・・・声とか身長とかは成人男性のソレだったかな?あとはフードに隠れてて分からなかったな」

咲耶は姉さんから少ない情報を聞いて、僅かに考え込んだあと

「妖怪が霊力を扱った・・・人が妖怪に成った、とは考えられないでしょうか」

そう口にした

「人が、妖怪に?そんなバカなこと」

そんなことがあったらこの世界のバランスが崩れかねない大問題だ

「そうです。人が妖怪となったと仮定すれば、妖怪が霊力を持っていることも有り得ると思います」

咲耶はそんなことを気にせず、自分の考えを述べきる

「仮定としてはそうかもしれないけど、そんなことが・・・」

「いえ、神威、咲耶の仮定は否定できないわ」

咲耶の仮定を否定しようとした俺の言葉を、

母さんは更に否定する

「否定できないって、まさか・・・」

「そう、人が妖怪になることは、有り得るのよ」

俺は激しく動揺する

そんなことになったら世界は妖怪で溢れ帰ってしまう

それだけじゃない、陰陽師は守るべき人々を手にかけることになる

いや、そもそも人が妖怪になるんだったら、陰陽師が人を守る意味なんて・・・

「落ち着いて神威。今からちゃんと説明するわ」

動揺している俺に母さんは優しく諭してくれる

「人が妖怪に成った、という事例は過去の文献に僅かながら記されてたわ。その方法は2つ」

「一つは?」

「妖怪側がなんらかの方法で無理矢理変える方法よ。妖気を流し込んだり、肉体を改造したり、ね」

聞くだけで吐き気がする

わざわざそんなことまでして人を妖怪にしたいのか?

「もう一つは、人の恨みによるものよ」

「恨み?」

母さんは頷く

「人の恨みは時に妖怪よりも恐ろしいものとなり得るわ。恨みは少しずつ成長し、強くなり、やがて人を襲い、喰らい、また増幅する。そして、やがてその人物は人であり人でなくなる、怪異という現象へとなる」

怪異・・・妖怪の回りにおきる現象のこと、だよな?

そうか・・・人から恐れられる噂や現象は十二分に怪異になり得るということか・・・

「それが、妖怪に成るということなんだ・・・」

再び母さんは頷く

「もちろん、どちらも口で言うほど簡単なことではないわ。手間隙もかかる上に、成功することも少ない。それに人が人でいられなくなるほどの負の怨念なんて、そう簡単に得られるものではないのだから」

そうだよな・・・そうなったら、それこそ大問題だもんな・・・

よかった・・・皆が妖怪に成ることはないんだ

「逆に言えば、そのフードの妖怪が人から成った者なのだとしたら、それほどの負の怨念を持っているということになるわね」

今の説明について、姉さんが逆説的に返す

更に姉さんは続ける

「しかも、もしかしたら私たちが思っているよりも厄介な敵かもしれないよ」

「どういうこと神音」

「私がフードの妖怪から霊力を感じたのは、結界を破られたとき。つまり、あの妖怪は霊力を操っていたことになる。ということは・・・」

「その輩は、元々は陰陽師であった可能性がある、ということですな」

姉さんの説明に導かれ、九禅さんが答える

「陰陽師が、妖怪に!?」

頭の理解が追い付かない

いや、理解することを拒んでいた

本来妖怪から人を守ることを生業にしている陰陽師が、妖怪になるなんて・・・

「もしその事が事実なら、これは東雲の内だけに留めておくことはできないわね。九禅さん」

「はい、直ちに四柱家全家に通達いたします」

名前だけで指示を理解した九禅さんは、即座に立ち上がり、部屋を後にした

「やれやれ・・・めんどくさいことになってきたわね・・・最近やたらと妖怪が強くなってきてることとなんか関係あるのかしら」

「可能性は高いわね。その点についても調べる必要があるわ」

母さんと姉さんは、現状の妖怪の動きについて話し合いはじめる

この辺りは修行中の身である俺と咲耶には入り込む余地のない領域だ

「そういえば・・・姉さん」

「なんだいかっこいい弟よ」

可愛いからかっこいいに格上げされとる

いや、そんなことはいいんだ

「姉さんのおかげで、俺も神楽も命拾いしたよ。助けてくれて、ありがとう」

今まで言えなかったお礼を、誠心誠意心を込めて言った

予想だにしていなかったのだろう

突然のお礼に姉さんはポカンとしていたが、

やがて嬉しそうに満面の笑みを浮かべて

「何言ってんのよ!!家族なんだから助けて当然でしょう!!可愛いなぁもう!!」

ギュッと俺を抱き締めた

く、苦しい!!

何かとてつもなく柔らかいものに挟まれて

い、息ができない!!

何とか姉さんの絞め技(?)から脱出すると、

姉さんはあからさまに「残念」と言った顔をしていた

ていうか母さんは微笑んでないで助けてよ!!

それからなんで咲耶は嬉しそうな、悔しそうな、複雑そうな顔をしてるのさ!?

「でも、一つ誤解してるわ神威

神楽を守ったのは私じゃなくてアンタよ神威」

「いや・・・でも俺だけじゃ牛鬼からは逃げ切れなかった。最後まで逃げ切れたのは、姉さんが絡まってた糸を消して助けに来てくれたから・・・」

「待って」

俺の言葉を遮り、姉さんが訝しげな顔をする

「糸を消す?なんの話?」

「え?いや、だから俺の動きを止めてた牛鬼の糸が消えたんだよ。姉さんの術でしょ?」

姉さんは本当に分からないと言った様子で首を振る

「私が神威達を助けに行けたのは、神威の足を槍が貫いた直後くらいからだよ?その時に糸なんて絡まってた?」

確かに・・・

じゃあなんで糸は消えたんだ?

俺は完全に姉さんの術かと・・・

「神威、その話詳しく聞かせて貰えるかしら」

すると、先程まで静観していた母さんが、真剣な面持ちで寄ってきた

「詳しくって言われても・・・姉さんが助けに来る前に、俺は一度牛鬼の糸に捕らわれてたんだ。その後、目の前で神楽が喰われそうになって、とにかく必死になってたら急に糸が消えて、代わりにどこからか槍が牛鬼貫いて・・・てっきり姉さんの術かと思ったんだけど」

母さんは姉さんに目で確認するものの、姉さんは身に覚えがないと言った様子で首を振る

「まさか・・・もう?」

母さんには何か思い当たることがあるのだろうか

どこか苦しそうに考えはじめる

「・・・少し考える時間が欲しいわ・・・神音、そのフードの妖怪について調べるから残ってちょうだい。神威と咲耶は悪いけれど席を外して貰えるかしら」

結局結論が分からず少し躊躇ったものの、咲耶が素直に頷いて部屋を後にしたため、俺もそれに続いて部屋を後にした

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