<ころね×取得=パンツ>

 阿久斗を見送った後、純粋の笑みは一瞬にして邪な色に染まった。

「じゅるり、じゅるり、じゅるり……いけない! 涎が、止まらない!」

 湧き水のように止まらない涎を拭う。

「お兄ちゃん、酷いことって何? やだやだ、妄想が止まらないよぉ!」

 ころねはニヤケ面のまま、家を徘徊する。

「わたし、どんな酷いことされちゃったの!? ああん! 思い出せ思い出せ思い出せー!!」

 家の壁に両手をつき、何の罪もない壁に向かって幾度も頭突きを繰り出した。

「気色が悪いのぅ……」

「ああん? クソ犬、どこ行ってたんだよ?」

「散歩がてら、浅深の野暮用を済ませてきた」

 サンド・ウィッチはころねの足下まで移動し、顔を見上げてくる。

「記憶が……戻る様子はないのか?」

「全くねーし。あの日の朝食も思い出せてねーよ」

 ころねは、アクダークとの戦いを覚えていない。戦いが終わった後、ころねは再入院し、再び目を覚ましたとき、その日の記憶だけが空白で埋められていた。

「体を酷使した反動かもしれんのぅ。もしくは凄惨すぎる体験で、脳が記憶を忘れたがっているか……」

「記憶を呼び戻せる魔法とかねーのかよ、クソ犬」

「貴様には絶対に教えん」

 サンド・ウィッチは鼻を鳴らす。

「あん? もしかしたら、誰かに顔を見られてっかもしれねぇぞ?」

「安心せい。加護で、素顔を見た者は記憶が飛ぶようになっておる」

「それなら、どこでも変身できるじゃん。早く言えよ、クソ犬」

「阿呆か、その加護は一度きりじゃ。すでに加護は消えておる。二度目はないぞ」

「けっ、つかえねー」

 眉間にしわを寄せ、ころねは舌打ちをする。

「ころね、改めて……ご苦労じゃった」

「あん? なんだよ、気色わりぃ」

「隕石は消えた、ということは、貴様がどうにかしたと考えて良い。貴様の功績じゃ」

 サンド・ウィッチに褒め讃えられるが、当のころねは欠伸を噛み殺していた。

「ふーん」

「興味が無さそうじゃな……」

 半眼を作るサンド・ウィッチ。

「知らないうちに世界が救われて、わたしのおかげと言われても嬉しくとも何ともないし」

「激しい戦いじゃったからのぅ。強制送還された後、貴様はずっとうなされておったぞ。しかも、阿久斗の名を何度も呼んでおったなぁ……」

「愛よ、愛! ……そういえばさ、わたしが再入院して、しばらく意識が戻らない間、お兄ちゃんが病室に入った?」

「ん? 入ったが、それがどうかしたのか?」

「そのときかぁ……くふふふ」

「言っておくが、他の者もいたぞ……聞こえておらんか」

「くふふふ…………あっ……やばっ、妄想しすぎて鼻血が……」

 一筋の血が、ぽたりと床に落ちる。

 ころねは、お気に入りのハンカチで血を拭った。

「すーはー……あぁ、最高……」

 そして、ハンカチと自分の血が混じった匂いを嗅ぎ始める。

 唐突な奇行に、サンド・ウィッチはドン引きして表情を歪めた。

「……気色悪いのぅ」

「うるせぇ。ぶっ殺すぞ、クソ犬」

 強く睨みつけて、サンド・ウィッチに対して中指を突き立てる。

「貴様は、そのハンカチを後生大事にしておるが、阿久斗からのプレゼントなのか?」

「は? 違うけど?」

 ころねは当然のように否定する。

「違うのか?」

 サンド・ウィッチの乏しい想像力では、ハンカチの正体は一生わからないだろう。

 仕方なく、ころねはハンカチを広げて、正解を告げた。

「これはねぇ……なんと、お兄ちゃんのおパンツなのでしたー!」

「こんな変態小娘に人類が救われたなんて、情けなくてしょうがない」

「あぁん、幸せっ」

 ころねは、再びハンカチの匂いを堪能した。

 至福の悦に浸り、恍惚とする。

 世界なんてどうでもいい。阿久斗さえいれば、ころねの世界は完成している。

「……む? ころねよ、魔法探知機に反応あったようじゃ。アクダークが競馬付近で勝ち馬を予言しておるぞ」

「あぁ!? お兄ちゃん成分を補充してるときだってのに、あのクソショボ低能力者! ぶっ殺してやる!」

 怒り狂ったころねはスウィートコンパクトを手に取り、変身をする。

「くるくるちょこちょこ、甘くてカワイイ以下略!」

「略すな、戯けが!」

 サンド・ウィッチが怒鳴りつけてくるが、ころねは無視をして空飛ぶ箒に跨がった。

「こら、ころね! 待たんかー!」

 制止しようと近づいてくるサンド・ウィッチを一蹴。

 ころねは、雲一つ無い青空に飛び立った。

 飛行中、眼下の町を見下ろす。

 気だるそうな若者、仲睦まじい老夫婦、犬の散歩をする中年女性、部活動帰りの学生、買い物を終えたばかりの主婦……数え切れない人々。

 サンド・ウィッチの前では、世界を救ったことに興味がないと突っぱねていたが、眼下にいる人々を自分が救ったと思うと、少しばかり誇らしく思える。

 ――魔法少女も悪くないかも。

「ふむぅ、今日も平和だな」

 兄が正義の味方ならば、こう言ったのだろうか。

 すぐに自分がしていることが可笑しくなり、笑みがこぼれる。

「さてと! 今日もがんばろっと!」

 正義の魔法少女は空を駆けた。




「来たな、魔法少女チョココロネ! 悪の超能力者アクダーク様が今日こそ息の根を止めてやる!」

「くるくるちょこちょこ、甘くてカワイイ女の子! 魔法少女チョココロネ! アクダーク! 今日こそは観念しなさい!」



FIN

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兄×妹=VS関係 <絶望エンド> 南かりょう @karyo28

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