<阿久斗×紛失=パンツ>
魔法少女チョココロネは世界を救った。
隕石騒動の結末を、世間はそう評価する――その点において、阿久斗に異論は全くなかった。
悪の超能力者が、世界を救ってはいけない。
悪党連盟にも「チョココロネにしてやられた」という報告のみ。借金は帳消しどころか、嫌がらせで増えた。
すべては元通り……というわけにもいかない。
問題は解決していなかった。
洗濯機の前、阿久斗は無言でころねのパンツを凝視している。
「ふむぅ……」
黒いレースの下着。大人すぎると思うが、背伸びをしたい年頃なのだろう。母親に相談する必要はない。
しかし、妹の下着を凝視していたことには別の理由があった。
「お、お兄ちゃん!? わ、わたしのパンツを持って、どうしたの!? い、一枚くらいなら、好きにしても……いいよ?」
ひょっこりと現れたころねが、阿久斗の奇行に目を白黒とさせる。
「ふむぅ? ころね、実は前から気になっていたことがある」
「き、気になってた!? わたしを!? それとも、おパンツ!?」
「おパンツだ」
至極まともに阿久斗は答えた。
「ええ!? おパンツ!?」
「ころね、はっきり聞かなければならないことがある」
阿久斗はパンツを握りしめつつ、ころねと正面から向き合う。
「ひゃい! なんでしょーか、お兄ちゃん!」
「僕の下着が、いくつか見当たらないんだが、知らないか?」
「…………………………」
十秒ほど、ころねの時が止まった。
「ころね?」
「えっ!?!? 知らないよ!?!? お兄ちゃんのおパンツなんて、わたし全然知らないよ!?」
脂汗をダラダラと掻いているが、お腹でも悪いのだろうか。
「そうか、疑ったりしてすまない。戸崎から、女性でもトランクスを愛用するという話を聞いてな。もしかしたら、と思って聞いてみただけだ」
冷静に考えてみれば、このような下着を選ぶころねが、男臭いパンツを好んで穿くはずがない。
ころねは俯き、スカートの裾を摘んでいた。
「ゴクリッ……! お、お兄ちゃん、だったら、確かめてみる?」
ゆっくりと、スカートを持ち上げていく。
「いや、もう疑わない。……ん? スカートを持ち上げてどうした? 痣でも出来たのか?」
「ちっ、今日は勝負下着だったのに……」
小声で何かを言っていたが、よく聞こえなかった。
再度聞き返してみたが、ころねは「何でもない」と答え、そそくさとリビングに戻っていく。
阿久斗は洗濯物を仕舞い込み、ころねの後を追った。
リビングでくつろぐころね。その視線の先には、昼間のニュースが流れていた。
隕石消失の原因を、専門家が持論を用いて説明している。全くもって見当違いな結論を導き出すが、果たしてテレビを見ている人間のどれくらいが彼の言葉を信じるのだろうか。
「……隕石騒動、から回って良かったね」
ころねが、にっこりと微笑む。
その笑顔を、阿久斗は素直に受け止めることが出来なかった。
世界は救われ、元の平穏を取り戻せた。だが、阿久斗には残された疑問がある。
――僕は、ころねに悪いことをしたような気がする。
チョココロネとの決戦後の記憶が曖昧で、思い出すことができない。
すべてが過ぎ去った後、謂われもない罪悪感だけがシコリのように残されていた。
「僕は……なにをしてしまったんだ……」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
綺麗な瞳は阿久斗を自責の念に追いつめる。
「……ころね、隕石が落ちてくるとき、僕はおまえに何かしたか?」
「え? 何かって?」
「その……どうも記憶が曖昧なんだ。おまえに酷いことをしたような気がして……」
「変なお兄ちゃん。でもお兄ちゃん相手なら、わたしは何をされても大丈夫だよ」
混じり気も毒気もない、純粋な笑顔。
この笑顔が見られただけでも、世界を救った価値がある。
掃き出し窓から空を見上げる。
台風一過のような青空が広がっていた。
「これから出かけてくる」
「どこどこ!? わたしも行きたい!」
「すまない、僕一人で行きたいんだ」
「むーっ」
ころねは頬を膨らます。
「……ころね」
頼み込むように名を呼ぶと、愛くるしい笑顔が返ってきた。
「嘘だよ、お兄ちゃん。いってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」
ころねに見送られ、阿久斗は家を出る。
目的地は最寄りの駅だ。
歩きながら、すれ違う人々の顔を眺めていく。
「ふむぅ、今日も平和だ」
絶望を糧として世界を救えた。
決して褒められることではないが、それでも阿久斗はころねの笑顔を糧に、アクダークとして戦い続けることを胸の奥で決意していた。
ポケットに隠していた仮面を被る。
「さて、悪事を始めるか」
悪の超能力者は地を駆けた。
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