<浅深×玄麻=後日談>
軽やかなクラシック曲が流れる喫茶店。
浅深は、窓際近くの席に腰掛けていた。
「まるで台風一過ね」
昼間の快晴を見上げながら、浅深は呟く。
「そうじゃのぅ」
答えるのは浅深の足下で、日向ぼっこをしているサンド・ウィッチだった。
「世界の終わりなんて騒がれてたのが嘘みたいね」
「それについてじゃが……一つ、伝えておかねばならん。隕石の消滅、あれは現界のいかなる技術でも不可能じゃ」
「まさか……魔法だというの?」
「いや、呪法じゃ」
浅深には久しく聞いた響きだった。
呪法とは、人の負の感情を糧として発動される魔法を意味する。従来の魔法と比較にならないほどの効力を持ち、禁忌として扱われていた。
「正確には呪法道具じゃな」
チョココロネのスウィートコンパクトのような魔法道具があるように、呪法の道具も存在する。
「長年、ワシが現界に留まり続ける理由は、あのへっぽこ『魔法使い』を倒すためではない。現界に運び込まれた、すべての呪法道具を壊すためじゃ」
「知ってるわ。……あの子は知らないだろうけど」
まだ魔法少女になったばかりの娘には、すべてを教えていない。
「しかし、この町にもあったとはのぅ……」
「灯台もと暗しとは、このことね」
「どういう経緯かは知らぬが、所有者がアクダークで良かったのかもしれん。もっと頭の働く悪党に使われていたら、現界は滅茶苦茶になっていたじゃろうよ」
世界を滅亡させようとして、自分が用意した装置で世界が救われた。マヌケを通り越して、人類史上最大レベルの馬鹿なのかもしれない。
「いい加減、アクダークの素性は掴めないの?」
アクダークとチョココロネの付き合いは、下手な夫婦よりも長い。互いの正体を知らないまま数十年も経っていることは、何か運命めいたものを感じざるを得ない。
「わからん。今回の一件で、奴の正体が魔法使いである可能性が出たから、試しに魔力探知機で探してみたものの、全く引っかからん」
神田家が引っかからないように設定したせいで誤作動が出ているのかもしれない――そう、サンド・ウィッチは付け加えた。
「わかるのは、背丈くらいだけじゃのぅ」
「カンミデパートで手合わせしたときに知ったけど、だいたい阿久斗と同じくらいね。私の時代はもっと大柄だったけれど、流石に老いてるのかしら」
「声の質も阿久斗に似ておるのぅ」
「そう言えば……あの子、アクダークが現れる日に限って怪我をしてるわ」
何気なく阿久斗とアクダークを照らし合わせてみると、偶然がいくつも重なっていた。
「「…………」」
朝深とサンド・ウィッチは互いに目を合わせる。
しかしそれも永くは続かず、緊張の糸はあっさりと切れた。
「「あっはっはっはっはっ!」」
周囲の目も気にせず、声を高々に笑った。
「ありえないわ」
「そうじゃわい。ないない」
「あの子は悪いことをできるタイプじゃないもの」
「阿久斗は芯のある男じゃ。男でなかったら、あやつが魔法少女になってもらいたかったくらいじゃわい」
考えてみれば、容姿などは簡単に擬装できる。チョココロネが加護によって偽りの姿をしているように、アクダークも同じことをしているはずだ。
「ふふっ、それにしても久々に笑ったわ。今度、からかってみるわ」
「やめい、いくら類似点が多いといえど、あのアクダークじゃぞ? 傷つくかもしれん」
サンド・ウィッチに咎められ、浅深は一考する。
「そうね、やめておくわ」
表情の乏しい阿久斗が、どのような顔をするのか興味があったが、嫌われたくはない。
その後も、サンド・ウィッチとたわいもない会話を続けていると、喫茶店に新たに来訪者が現れる。
来訪者は浅深に近づいてきた。
「久しぶりね」
浅深は来訪者に向かって、言う。
「あ、ああ……」
歯切れの悪い返事をする来訪者は――玄麻だった。
いつもの豪快な笑いはない。
それを少し寂しくも感じつつ、浅深は冷め始めたコーヒーを口に運んだ。
「……それで、今までどこにいたの?」
「あー、えっとだな……」
戸惑いながら玄麻は向かい側に座る。
「……ほ、ホテルだ」
「ラブホ?」
「ち、違うっ!!」
周囲の視線が集まる。
「信じてくれ、浅深ぃ!! 俺は、不倫なんてしてないっ!! あのときの奴は、その……なんだ……そうっ!! 同僚なんだぁ!!」
「あなたは大人になっても嘘が下手ね」
――前もって言い訳の一つくらい、用意してくればいいのに。
ただ、そこが可愛いところでもある。
玄麻に見られていることも気にせずに、浅深はクスリと笑う。
気が緩み、胸ポケットに入れてあったタバコの箱を手に取る――が、その途中でタバコを玄麻に取り上げられた。
「ここは禁煙だ」
先ほどまでベソをかいていたはずの玄麻は、今では真剣な面もちに変わっている。
「ありがとう。忘れてたわ」
玄麻からタバコを受け取り、そして、
「それで? ……不倫はしていないが、やましい気持ちはあった、と」
「うぐぅ!!」
まるで胸を撃たれたかのように、玄麻は背を丸める。
「不倫について、もう恨んではいないわ」
「そ、そうかぁ!!」
白熱電球のように表情に明かりを灯す。
「でも、あの子は絶対に許さないでしょうね」
すぐに彼の光は弱々しくなった。
「ころねは……まだ許してくれないか……」
思春期の女の子が、父親を嫌うことは珍しくない。不倫疑惑は最悪のタイミングだった。
「あの子が許さない限り、家の敷居は跨げないわね」
「うぅ……一生無理だぁ!! うわぁあああああん!!」
大の大人が人目はばからず泣き始めた。
「……浅深よ、貴様は何の話をしに、こやつを呼んだのだ?」
足下のサンド・ウィッチが小声で問いかける。
「私だって女よ? 惚れた男を振り回したい気持ちは人並みにあるわ」
「そのうち、本当に他の女のところに行っても知らんぞ?」
「大丈夫よ。この人にそんな甲斐性はないし、私にゾッコンだし」
そう言って、浅深は癖でタバコを手にしていることに気付いた。
タバコを見つめ、少しだけ考える。
「でももし、そうなったら……魔法にでも頼ろうかしら」
泣きべそを掻く夫の頭を撫でながら、浅深は妖艶な笑みを浮かべた。
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