<絶望×絶望=絶叫>

 薄暗い大部屋に座るアクダークの背は、小さく見えた。

 ころねの来訪に気付いているはずなのだが、アクダークは振り返りもせず、何かに取り憑くれたように呪願機を眺めている。

「よくぞ、ここまで来た……」

 気の抜けた声だった。

 すべてを成し遂げて燃え尽きてしまったのかもしれない。

「アクダーク! まだ終わってない……! あんたをここで倒す……!」

 ステッキを握りしめる力が増す。

 しかしアクダークは、ころねの気概に応じる様子はなかった。

「チョココロネが来てしまっては、もう手詰まりか……。僕一人の絶望では、100万には全然足りんな……」

 不可解な言葉を漏らしながら、アクダークは頭を垂れる。

「何を言ってるの……?」

「駄目だ。世界はもう本当に終わりだ、チョココロネ」

 訥々とアクダークは語り始めた。

「呪願機は、人の絶望を糧に願いを叶える。だから、僕は必死に絶望をかき集めた」

 背を丸める彼の姿は、悲壮に満ちている。

「なのに……駄目だった! 僕では――世界を救えなかった!!」

 狂言のようにしか聞こえないはずの言葉は、ころねには別の意味に聞こえた。

「アクダーク……もしかして、あんた……世界を救うために……?」

「当たり前だ!」

 アクダークは、ようやくこちらに顔を向ける。

「おまえを倒せば世界は絶望し、あの隕石を消し去ることが出来るはすだった……! なのに……呪願機を満たす絶望を、僕は集められなかった……!」

 普段見せる愉快犯のような雰囲気は、彼にない。

 素の感情を露わにするアクダークの姿は平凡な男にしか見えなかった。

「アクダーク……? あんたって本当は――」

「くそっ! ころねと約束したのに……僕は……酷い兄だ!」

「……………………えっ?」

 アクダークは自棄を起こして、仮面を乱雑に外して地面に叩きつけた。

 露わになる素顔。

 ころねは目を疑った。


 ――お兄ちゃん???


「おおおおぅ?」

 強烈なショックを受け、ころねの言語中枢が狂い始める。

「すまない、ころね……僕はあまりにも無能だ」

「……あ、ああ……アあA亜ァaぁ合あ@ァ……」

 ――お兄ちゃんが、アクダークだったなんて!!

 兄に憎しみを抱き、口汚い罵倒を浴びせた上、殺人級レーザーを何度もぶっ放して殺しかけた。

 地上の誰よりも愛している兄に対して、だ。

 自分の人生をすべて捧げても良い相手。死ねと言われたら死んでもいい。要らないと言われたら、この世からいなくなる。

 ころねの原動力――それが阿久斗だ。

「わたしが、おにいちゃんを……いじめてた……」

 死にたい。この世のありとあらゆる苦痛を伴って、惨たらしく死にたい。

「あ、あぁあああああああ……!」

 呪願機の培養液が水嵩を増していくが、今はどうでも良かった。

 ――もし魔法少女の正体が、わたしだと知られたら……!

 ちらりと阿久斗の様子を覗き見る。

「……?」

 不思議そうに、こちらを凝視している阿久斗。

 危険な状況だ。

 魔法はいつ解けるか分からない。

 次の瞬間にでも解けてしまうかもしれな――


 ぽんっ


 気の抜けた音と共に、チョココロネの擬装が剥げる。

 素のままのころねが露わになり、そして、

「ころ……ね?」

 見られた。見られてしまった。

 ころねは大きく口を開き、

「ぴぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 人類滅亡とは比にならないくらい、彼女は絶望した。

『この膨大な魔力……っ! 見事な絶望なり!』

 呪願機の華が咲き、老婆の声が頭に直接聞こえてくる――が、今は些末なことだった。

 ぐるん、と瞳が上瞼の裏に隠れ、白目を剥く。

 ころねはショックのあまり気を失ってしまった。

 同時、隕石撃墜時に施された魔法の加護――自宅に強制転移する魔法――によって、その場から忽然と姿を消した。


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