〈チョココロネ×アクダーク=VS関係〉

 チョココロネとの決戦の日。

 尾段午(おだんご)山の中腹、祖父が実験場として切り開いた広場に、阿久斗の姿があった。

 アクダークの衣装に身を包み、世界を救う主役が来る時を待つ。

『おい、豚猫。カメラは、こんなもんでいいだろ?』

『にゃーん、ばっちしにゃ。これで生中継の準備は完了ですにゃあ』

『もしもしでござる! こちら、服部美鈴でござる! テレビ局の報道陣も準備は終えているでござるよ!』

 戸崎とレオ、それに美鈴の声が通信機から聞こえてくる。

 大々的に宣伝をしたおかげか、アクダークとチョココロネの戦いは、世界規模で注目を集めていた。

 世界を破滅に追いやる悪党と、世界を救う正義の使者。単純明快な構図だ。

「すいませーん! 日の丸テレビです! アクダークさん、お話よろしいでしょうか!?」

 広間の隅には、テレビ局の関係者たちが生中継を始めていた。そのうちの一局、女性リポーターがカメラマンと共に近寄ってくる。

「何用だ?」

 阿久斗は煩わしい気持ちを抑えつつ、これも必要なことだと割り切って答える。

「アクダークさんが、隕石を引き寄せた張本人だという情報は本当ですか!?」

「いかにも。私が新たに発現させた超能力が一つ【虚星烙流撃(スターダスト・カタストロフィ)】によるものだ」

「それでは、アクダークさんを倒せば、そのスター何とかを阻止することは出来るんですね!?」

「倒すだけならスターダスト・カタストロフィは止められん」

「なら、どうやったら止まるんですか!?」

「鬱陶しいぞ。それは動画で説明してあるはずだ」

 わざと要領の悪い質問を投げかけて、誘導尋問か何かに引っかけようとしているのかもしれない。

 超能力で追い払おうかと考えている間にも、リポーターの突撃インタビューは続く。

「では! もう一つ! 動画でのアクダークさん渾身のギャグは、ご自身で考えられたものでしょうか――ひゃあ!?」

 リポーターが、突如現れた巨漢の男に担ぎ上げられる。

「がははははっ!! 質問タイムは終了だぁ!! さあ!! 危ないから、あっちに行くぞぉ!!」

 覆面を被った玄麻は、のっしのっしと大股で歩いて、リポーターを報道陣営のところまで連れて行った。

 阿久斗は、玄麻の背を眺め続ける。

 この作戦を説明したとき、玄麻から一つの条件を出された。

 虐殺計画を後回しにする代わりに、この作戦が失敗した場合、阿久斗は二度とアクダークを名乗ってはならない。

 阿久斗は二つ返事で条件を呑んだ。

「……守られているわけか」

 子供を守ろうとする玄麻の気持ちは嬉しいが、阿久斗は甘んじるつもりは一切なかった。

『にゃーん! ご主人様、来ましたにゃー!』

「来たか……」

 視線を空に転じる。だが、魔法少女らしき陰は見当たらない。

『悪党連盟から連絡が来たにゃあ! 「おねがい! 隕石止めてちょ!」だってにゃあ!』

「……借金帳消しにしたら考えてやる、と返信しておけ」

『にゃん!』

 紛らわしいこと、この上ない。

 強ばった緊張を解そうと、深呼吸をしておく。

『がははははっ!! 阿久斗ぉ、やれそうかぁ!?』

 耳が痛くなるほどの大声。思わず、阿久斗は身を仰け反らせた。

「奴も無敵ではない。手荒な方法だが試したいことはある」

『いいぞぉ!! 実を言うと、父さんなぁ!! 現役時代、チョココロネに傷一つ与えることが出来なかったんだぞぉ!! がははははっ!!』

 最終決戦を前に、一番知りたくない事実だった。

「僕は必ず世界を救う」

『がははははっ!! 頑張れ頑張れぇ!!』

 通信は唐突に途絶えた。

 何か気の利いた言葉でも贈られるかと思っていたが、不器用な父親に期待するのはお門違いだった。

 ――むしろ、精一杯の声援だな。

「……応えなければな」

 世界を救うために、チョココロネを倒す。

 勝率は限りなく0に近かった。だが、それでも彼女を越えなければ未来はない。

『阿久斗殿、来たでござる……!』

 空に、一点の人影が穴を作った。

 何十年も岡市を守り続けた誇り高き英雄――魔法少女チョココロネ。

 箒に跨がり、飛行する。そのまま阿久斗の前に降りてきた。

「ふん。さすがの貴様も、あの隕石相手ではどうしようもないようだな」

「……」

 皮肉を込めて挑発するが、チョココロネの反応はない。代わりに、ギラギラと輝く双眸が敵意を剥き出しで、こちらを睨んでいる。

「いつもの決め台詞はどうした? くるちょこ娘?」

「時間の無駄」

「そうか。まあ、それも良かろう」

「始める前に聞きたいんだけど……本当に隕石を止められるの?」

 阿久斗は一枚の写真を取り出す。

「これは呪願機と呼ばれる、いかなる願いも叶える装置だ。この装置に願えば、世界は救われる」

 報道陣にも聞こえるように、大きい声で伝えた。

「簡単じゃん」

「ふっ、どうかな? 今日の私はひと味違うぞ?」

「はっ。瞬殺してやんよ」

 ようやく挑発に乗った。

 阿久斗は薄い笑みを浮かべ、マントを翻す。

「我が野望の前座を担ってもらおうか、魔法少女チョココロネ!」

 チョココロネは箒を捨て、魔法のステッキを構える。

「我こそが絶望の使者、最強の超能力者アクダーク! 世界を絶望の淵に叩き落とす者なり! ――さあ、始めようか人類の運命を決める戦いを!」

「お星さま☆ばーすと」

 阿久斗が言い切るや否や、チョココロネは閃光を放った。

 普段よりも太い閃光が突っ走る。

 開幕早々に決着を付けようとする――そんなことはお見通しだった。

 転移。

 チョココロネの背後に回る。

 こちらの姿を失っている内に、一撃を――

「っ!?」

 信じられない光景に、阿久斗は鳥肌が立った。

 チョココロネの鋭い眼光が、こちらを見つめている。

 ――動きが予測されている?

 阿久斗の動きが一瞬だけ止まる。

 次の瞬間、阿久斗は不可視の衝撃波に襲われた。

 視界がぐるりと回り、体が地から離れる。

 広場の隅で生い茂る巨木に、背をぶつけた。

「がっ!?」

 念動力にも似た攻撃。木々の枝や葉が、不自然に煽られていた。

「……か、風か……?」

 阿久斗を吹き飛ばした力の正体は――風圧だ。

 そのような攻撃は、一度も見たことがない。

 ――使う必要がなかっただけか。

 チョココロネのステッキが、銃口のように定められた。

 再び、転移。遠くに飛び、距離を取る。

 チョココロネの瞳は――やはり阿久斗の姿を映していた。

「貴様……『視えて』いるのか?」

「あんたのアホ面が、丸見えだよ」

 正面、砂埃が舞う。

 それが風圧の接近だと気づいた阿久斗は、素早く障壁を展開した。

 ボフン、とマットレスに飛び込んだような音がし、空気弾は霧散する。

 不可視ではあるが、その威力は低い。障壁で対処が出来る。

 だが問題は、転移先が完全に見破られていることだった。

 どういう原理だか分からないが、今のチョココロネには阿久斗の転移場所が『視えて』いる。

 転移は出来ない、と阿久斗は決めた。

 次の瞬間、チョココロネの新たな攻撃。

 彼女の頭上に、円錐状に象られた氷塊が発生する。

 その矢尻は阿久斗に向けられていた。

 風圧と同様、未知の攻撃だった。

 軽自動車よりも大きい氷塊が、射出される。

 阿久斗は真横に走り、氷塊を回避。

 氷塊が地面にぶつかると、まるで水風船が割れるように形を変えた。

 氷が液体のように地を伝い、広がっていく。

「しまっ――!?」

 阿久斗の脚は氷に捕らわれ、地面と縫いつけられてしまった。

 くるぶしまで覆う氷は、ちょっとやそっとのことでは砕けそうにない。

 チョココロネがステッキを構える。

 光の砲撃を撃たれたら――避けられない。

「死ね」

 ステッキの先に光が灯った。

「お星さま☆ふるばーすとぉ!!」

 阿久斗に取れる選択は一つしかない。

 障壁を斜めに展開。

 全身に力を込めて、耐ショックに備える。

 視界が光に包まれ、台風の中に身を投じたような衝撃に襲われた。

「……っ!?」

 メリメリと異質な音。絶対的な強度を誇っていたはずの障壁に、ヒビが入っていた。

 このままでは――障壁が持たない。

 ヒビ割れた隙間から、光が帯状となって入り込んだ。

 その光はカッターナイフよりも鋭い刃となり、頬を焼き、わき腹を貫く。

「ぐっ……!」

 退路がない。

 このまま障壁が砕ければ、光に呑まれて髪の毛一本も残すことなく、この世から阿久斗は消える。

 死が、すぐ隣に迫っていた。

 軽い目眩を覚え、肝が冷える。

 ここで潔く負けを認めれば、一時は助かるだろう。

 だが、その先に待っているのは――人類の死だ。

「……諦めてたまるかっ」

 亀裂が障壁を蝕む。光の帯は次第に増えていく。

 障壁のヒビは、無造作に丸めた紙を広げたような模様を象る。いつ砕けてもおかしくはない。

 パラパラと障壁が端から塵へと化していく。

 死が近づいてくる。

「死んで、たまるかぁああああああああ!」

 障壁が、砕け散った。

 同時、光の奔流は――その勢いを衰え、霧散した。

「……!?」

 視界がクリアになる。

 大地はY字に焼かれ、黒煙が立ちこめる。

「はぁ……はぁ……!」

 息を切らしていたのは、阿久斗だけではない。

 チョココロネは、わき腹を押さえ、その場にうずくまっていた。その額から、ぽたりぽたりと血が滴り落ちる。

 こちらは何もしていない。そうであるのにも関わらず、阿久斗よりもチョココロネの方がダメージを負っていた。

「くそっ……! あと、もうちょいだってのに……!」

 苦悶の表情を浮かべ、チョココロネは立ち上がる。

 ――ここで攻める!

 二度とない好機だ。

 足を拘束する氷を、高温の炎で炙る。気持ちが急き、足を焼く。勝つためならば、些末な傷だ。

 転移。相手の背後に飛ぶ。

 チョココロネは転移に反応していた。

「こんがり☆ばぁなぁ!」

 牽制としての炎をまき散らす。

 炎が舞い踊り、阿久斗の視界を塞いだ。

 しかしそれはチョココロネとて同じ状況だった。

 転移。再び、後ろを取る。

 チョココロネは、こちらを『視て』いない。

 ――やはり視覚か。

 転移の察知が視覚に頼っていたものならば、目で見えない状況を作れば良いだけのことだ。

 がら空きの首を背後から掴む。

「くっ……!? いつの、間に……っ!?」

「チョココロネよ、森羅万象には限りがあり、この世界にも終わりがくる。それは必然のことなのだ。この世に無限や永遠という不条理は、在ってはならぬ」

 常識から懸け離れた魔法にも、それは該当する。

 いかに強固な盾でも、阿久斗の障壁のように、一度の攻撃に許容量はあるはず。

 この世に無限など存在ない。

「貴様の、その邪魔な加護も無限とは言えんのだろう?」

 手のひらから電の枝が弾けた。

 首筋から直接電撃を放つ。

 まばゆい光が、チョココロネを覆った。

「――!!」

 ダメージは、まだ通っていない。

 電撃の衝撃に驚きながらも、チョココロネはステッキをこちらに向けてきた。

 ステッキから細い光の筋が放たれる。

 鉄仮面の一部を抉るも、軽くカスる程度。かすり傷だ。

 次の反撃が来る前に、決着をつけなければならない。

 放電のイメージをさらに強く。

 ――加護を貫く刃のように!

「届けぇえええええええええええええええ!」

 雷の弾ける音が一際大きくなる。

 途端、ガラスが割れるような音が響いた。

「――あああああああああああああああああああ!!」

 チョココロネの体は跳ね、苦悶の悲鳴を上げた。

 通じている。

 加護が剥がれたのだ。

 ――ここで押し切る!

 阿久斗は電撃を放ち続ける。相手の悲鳴が止まるまで、執拗に。

 電撃は四肢を蹂躙し、蛇のように食らいつく。

「ぁ……」

 小さな声を上げ、彼女の悲鳴は途絶えた。

 ステッキが手から滑り落ちる。

 阿久斗が手を離すと、その矮躯は力なく地に倒れた。

 静寂が辺りを支配する。

「……勝った」

 自然と言葉が出た。

 魔法少女チョココロネを倒す――その偉業は、果たされる。

 阿久斗は、すぐに行動を起こした。

「この勝負……! 私の勝ちだ!」

 テレビ局のカメラに向かって宣言する。

 絶望への筋道は出来た。

「さあ、絶望しろ! 貴様らの希望は潰えた!」

 希望は時間をかけた分だけ、膨れ上がる。そして希望を抱いた分だけ、絶望する。

 子供と風船の関係だ。

 風船を持って、空を飛べるかと錯覚した子供がぴょんぴょんと跳ねている。そこで風船を、もし割ったら――その結果は簡単に想像できる。

 ここからは簡単な代入だ。

 風船はチョココロネとして、子供は人類。

 チョココロネという絶対的な希望が砕けたとき、人類は絶望する。

「未来に絶望しろ! 人生に絶望しろ! 無能な己に絶望しろ!」

 ――その絶望は希望と化す。

「世界は、終わりだ!」

 阿久斗は、念動力でカメラを壊す。

 身を翻し、呪願機へと向かった。

 ――絶望しろ、絶望しろ、絶望しろ。

 これほどまでに人の不幸を願ったことはない。

 絶望が、世界を救う――そんな物語があっても良い。

 だからお願いだ。心の底から絶望してくれ。

 阿久斗は会議室を抜け、呪願機のある部屋の扉を開いた。

 歪な形をした華。その華を内包する培養基。


 紫色の培養液は――満ちていた。


「呪願機よ! 人類を脅かす隕石を跡形もなく消滅させてくれ!」

 呪願機にすがりつき、阿久斗は叫ぶ。

「……?」

 だが、呪願機は妖しい沈黙を保ったままだった。

「隕石を今すぐ消してくれ! 地球に近づいている隕石をだ!」

 反応はない。

 不安が、黒い染みのように浮かび上がる。

「何をしている! 絶望は満ちたはずだ! 早くしろ!」

『まだ、足りぬ。絶望が足りぬ』

 老婆のような嗄れた声は、耳から聞こえるものではなかった。

 脳内に響く声。それはテレパシーによるものだ。

 テレパシーを送ってくる相手は、呪願機に他ならない。

『我は呪法道具が一つ、絶望玩具。汝の願いを叶えたくば、100万の人間に値する絶望を捧げよ』

 満たされているように見えていた培養基。

 阿久斗は後ずさることで気付いた。

 天井部分、握り拳サイズにも満たない隙間が存在する。

 呪願機は満たされていなかった。

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