〈ころね×風船=希望〉

『世界救出大作戦・会議内容』

・隕石を消滅、もしくは軌道修正するには呪願機が絶対に必要。

・必要な絶望の量――不明。

・絶望の集め方その1:更なる悪事を働く? ――人類滅亡以上の絶望などない。

・絶望の集め方その2:隕石を落としたのが自分だと嘘の公表する? ――意味なし。

・絶望の集め方その3:いっそのこと隕石の生実況しちゃう? ――すでに絶望している人々には薄い。

・結論――


「どん底の絶望の中で、どうしたら更なる絶望を与えられるのか? その問題を越えなければ……世界は終わる」

 阿久斗はそう言い切り、ペンの先でホワイトボードを小突く。

 周囲の反応は鈍い。

「難しいでござるなぁ……。民衆に絶望するよう、お願いするわけにも行かないでござるし……むむむぅ」

 眉間にしわを寄せ、美鈴は呻いた。

「呪願機の存在を誰かに預けるのは、どうだろうか? 悪党連盟なら、どうにかしてくれるかもしれない」

 あまりにも不甲斐ない提案だが、この唯一の可能性を誰かに譲渡させることも考えなくてはならなかった。

『にゃーん、悪党連盟は信用しちゃ駄目にゃあ。あそこは一枚岩じゃにゃいから、呪願機にゃんてハンパにゃいモノを渡したら、内部抗争が始まっちゃうにゃあ』

 悪党連盟と度々連絡を取り合うレオだからこそ、その否定には説得力があった。

『それに、にゃん。どこに渡そうが、情報が漏洩しちゃうにゃあ。世界を救える方法がありますよーって世界に知れ渡ったら、誰が絶望するにゃあ?』

「そうか……。しかし……いや……ふむぅ」

 阿久斗は、レオの言葉に何か引っかかりを覚えた。しかしそれを上手くまとめることが出来ず、思考を放棄する。

『にゃんにゃん。必要なのは、膨大な量の絶望にゃあ。世界中の人間をもう一度丸ごと絶望させるにゃんて、難しいにゃん』

 レオの発言には、諦めに近い感情が含まれていた。

 会議室の空気が重くなり、美鈴の唸り声だけが響く。

「ちょっと休憩しようぜ」

 永い沈黙を割いて、戸崎が進言する。

 誰も反対はしなかった。

 会議室の空気から逃れるため、阿久斗は廊下に出る。

 廊下は、シンと静まり返っている。

 手持ちぶさたの阿久斗は、何気なく携帯電話を取り出した。

 電源が落ちた携帯電話。

 阿久斗は、久しぶりに携帯電話に光を灯した。

 ――ころねの声が聞きたい。

 情けない話だが、阿久斗は何かに縋りたかった。

 携帯電話が、待ち受け画面を映し出す。

 着信201,455件。

 メール1,839件。

 SNSのメッセージ数は表示がバグっている。

「おおぅ……?」

 珍妙な声を上げてしまった。

 すべては確認できないが、発信元は妹からだ。

 さすがの阿久斗も薄ら寒いものを感じつつ、メールを開いてみる。


『お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんどこ? お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……』


 パンドラの箱を開けてしまった。

 携帯電話から目を反らし、視線を上げる。

 すると、いつの間にか廊下に出ていた戸崎と目が合った。

 戸崎も箱の中身を見てしまったようで、苦々しい表情をしている。

「「……」」

 互いに無言で頷く。

「電話してやれって」

 肩を軽く叩いて、戸崎が言った。

「そうだな。一大事かもしれん」

「いや……それを見た後で、よくもまあ涼しい顔をしてられんなぁ」

「たまにあることだ。それほど珍しくない」

 しかしながら、着信数が万を越えることは初めてだった。

「ったく。あー、そーかい。電話が終わったら、さっさと戻れよ」

 戸崎が会議室に戻ったところで、電話をかけた。

 阿久斗は、ころねが出るまでの僅かな時間に、電源を切っていた言い訳を考えようとした――が、

『ぼにぃいいいいいいいいいいちゃぁあああああああああん!』

 ワンコールが鳴る代わりに、ころねの大声が耳に叩きつけられた。

 一瞬レオに発信してしまったのではないかと疑ったが、しっかりと発信先にはころねの名前と顔写真が表示されている。

「心配をかけたな、ころね」

『ぶわああああああああああああああああああああああああん!! ぼにぃぃちゃんだぁあああああ!』

「そうだ、僕だ。体の具合は、どう――」

『ぶわああああああああああああああああああああああああん!!』

「悪くはないよう――」

『ぶわぁ! ぶわぁああああああああああああああああああああああん!!』

 まるでダンプカーと会話しているようだった。

「ころね……どうしたら泣き止んでくれる?」

『愛してるって言って。そうしなきゃ、死ぬまで泣くから』

 先ほどの喧しさが嘘のように淡々と言い放つ。

「愛している」

 間髪を入れず、要望を呑む。

 阿久斗にとって、ころねは大切な家族なのだから当たり前だった。

『よしっ、録音完了っと』

「……?」

『わたしも愛してるよ、お兄ちゃん!』

 先ほどのダンプカーとは比較にならないほど、美しい声音に変わっていた。

「そうか」

 ころねが平常心を取り戻して、安堵する。

『ね! もう一回! 言って!』

「そうか」

『違う! そっちじゃなくて! 愛してる!』

「愛している」

『あぁん!』

「……ころね? どうした? 傷が痛むのか?」

 突如、変な声を出されて阿久斗は困惑する。

『うん! そう! 凄く痛いから、もう一回愛してるって言って! そしたら、我慢できるから!』

「愛してる」

『ああんっ! さい、こう……!』

「最高……? どういうことだ? どんな風に痛んでいる!?」

 痛みが最高に達している、ということなのだろうか。

『いいの! もう一回! あいらぶゆー! ゆって!』

「愛している! ころね、本当に大丈夫――」

『んほぉおおおおおおおおおおお!!』

「いいから、電話を切ってナースコールを押せ! ころね!」

 一向に阿久斗の言葉に耳を傾けず、愛しているコールを求めるころね。

 そのやりとりを十回以上も繰り返した後、次第に痛みが引いたのか、ころねは平静さを取り戻した。

『……ふぅ』

「ころね、大丈夫なのか……?」

『らいじょうぶ』

 よほどの激痛だったのか、ろれつが回っていない。

『しょんなことより、おにーちゃん。はやく、かえってきて』

 ころねのためならば何でもするつもりだったが、その願いだけはまだ叶えられなかった。

「隕石を、どうにかしたら僕は帰る」

『もう、どうにもならないよ。世界はね、終わっちゃうんだよ』

「諦めるな。希望は、まだ残っている」

 阿久斗は、自分のことが嫌いになりそうだった。

 まだ、打開策の一つも思いついていないのに、ころねにハリボテの希望を与えようとしている。世界を救えなかったとき、その希望は比類無き絶望を生むだろう。

『ねえ、お兄ちゃん。もう諦めて、わたしと一緒にいようよ』

「それは……出来ない」

『お兄ちゃん、わたしのこと嫌いなの……? やだよ……。わたし……お兄ちゃんに会えないまま、死んじゃうなんて絶対イヤ……』

 電話越しに、すすり泣く声が聞こえてくる。

 また、泣かせてしまった。

 何度同じ過ちを繰り返せば学習できるのか、と阿久斗は猛省する。

 ――昔も、ころねを泣かせてしまったことがあったな……。

 小学生低学年の頃、阿久斗はころねを連れて、カンミデパートの屋上で行われる特撮ヒーローのイベントを見に行ったことがある。

 そのとき、着ぐるみの人から風船を貰った。

 同じ色の二つの風船。

 お揃いだ――と、ころねは喜んでいた。

 だが不注意で、阿久斗は自分の風船を割ってしまった。

 びぃびぃと泣き始めたのは、阿久斗ではなく――ころねだ。お揃いじゃないとイヤ、そう言って駄々をこねたが、同じ色の風船はすでになかった。

 阿久斗は途方に暮れ、ころねが泣き疲れるまで傍にいた。

 あの泣き顔がフラッシュバックする。

 ――誰もが笑顔になれる魔法があればいいのにな。

 あの魔法少女なら出来たのかもしれない。

 しかし阿久斗には、胸中の想いを吐き出すことくらいしか出来なかった。

「……愛している、ころね」

『え……?』

「僕は、ころねが大好きだ。ころねのいない生活なんて有り得ない」

 自分の気持ちを吐露していく。

「父さんがいて、母さんがいて、サンド・ウィッチがいて、ころねがいる。――これ以上の幸せはない」

『おにい、ちゃん?』

「おまえのためなら、僕は何でもするつもりだ」

 だから――

「泣き止むまで、僕は何度でも言う。ころね、愛してるよ」

 阿久斗は言いたいことはすべて伝えた。

 昔も今もまったく成長していない。

 ただ、昔のように何もせずに立ち尽くすのだけは嫌だった。

 しばしの沈黙が続いた後、わずかに息を吸う音が聞こえ、そして、


『もう、何もしないで』


 辛らつな言葉が返ってくる。

「ころね、僕は……」

 想いは伝わらなかった――ように思えた。

『わたしが!! あの石ころをぶっ壊す!!』

 ころねの声に、活気が戻ってくる。

「……ころね?」

『お兄ちゃんは、頑張る必要はないからね! わたしが世界を救ってくるから、待ってて! あと、愛してるッ!』

「いや、待て。僕が…………切れた……」

 一方的に電話は切られてしまった。

 また大怪我をしないか不安だが、ころねに元気が戻ったことは嬉しい限りだ。

 これで少しは成長できたのだろうか。

 過去の幼きころねの姿を思い浮かべ、そして――

「……?」

 ふわり、と。

 風船の幻視が現れた。

 それは、ほんの一瞬で姿を消したが、強いメッセージを含んでいる。

「そうか……!」

 風船――それこそが、世界を救う答えだった。

「子供にとっての、風船か」

 膨らんだ風船は、刺激的な未来を与える。あの風船を持ったら、広くて高い空に飛べるような気がした。

 しかし、風船が破裂した場合、子供の抱く感情は想像に難しくはない。

 阿久斗は急いで会議室に戻った。

「レオ! いるか!?」

 パソコンに向かって叫ぶ。

『にゃーん、にゃんでございますかにゃあ?』

「動画を作る! その手伝いをしてくれ!」

 戸崎が、目を白黒とさせている。

「おい、どうした?」

「戸崎はアクダークの台詞を一緒に考えてくれ! とびっきり陽気な感じでだ!」

「はぁ??」

 事細かに説明しなければならないのだが、今の阿久斗は珍しく興奮していた。

「美鈴は、悪党連盟に伝達を頼む! ついでに父さんにも連絡を取ってくれ!」

「阿久斗殿……? どういうことでござるか? 拙者は、何を伝えればいいのでござるか??」

 この場にいる全員が、困り果てている。

「世界中に、希望という名の風船を膨らませるんだ」

 阿久斗の説明に納得する者は、誰一人としていなかった。

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