〈小悪党×覚悟=人殺し〉

「僕は、無関係な人間を殺し回る」

 アクダークの基地・会議室にメンバーが揃ったところで、阿久斗は告げた。

 全員が驚きの表情を作っている。

 しかし阿久斗は戸崎や美鈴が感情的に発言をする前に、再びしゃべり出す。

「無作為に、無秩序に、無関係に、多くの人を殺す。そうすることで、アクダークが恐怖の象徴となって、『絶望』を集める。それが最大限の『絶望計画』だ」

「ふっざけんじゃねぇ! てめぇ、その意味分かってんのか!?」

 テーブルを強く叩き、戸崎が怒鳴り散らす。

 阿久斗は彼にあえて目を向けずに、話を続けた。

「シカトしてんじゃねぇぞ!」

「戸崎……なら、他に方法があるのか?」

「……っ! それが、最善ってわけじゃねぇだろ!」

「そ、そうでござる! 阿久斗殿、気が早すぎるでござるよ!」

「そもそもだけどよ! てめぇは、人殺しなんか出来る玉じゃねぇだろ!」

「見くびるな。世界を救うためなら、僕は人殺しも厭わない」

 低くドスの利いた声音で威圧する。

「戸崎、美鈴。……僕は考えたんだ。今まで悪事をしてきたのは借金返済が目的だった。だが、今は違う。家族を守れるのなら、僕は何でもする」

 今にも泣きそうな美鈴の顔。その表情は、ころねとの別れを思い出させ、阿久斗には直視できなかった。

「僕は悪の一族なんだ。悪ならば誰かを殺すなんて、当然だろう?」

「でも……!」

「分かってくれ。僕は弱い人間だから、それを避けていた。父さんだって、僕の知らない誰かを殺している」

 先ほどから一言も発しない玄麻に、発言を催促させた。

 引退した身ではあるが、玄麻が首を縦に振らなければ、作戦の結構は難しくなる。

 玄麻は腕を組み、大きく口を開いた。

「よしっ!! それで行こうっ!!」

 まさかの快諾に、提案した阿久斗本人も驚きを隠せなかった。

「だがぁ!! アクダークは父ちゃんがやるっ!!」

「なっ!?」

「どうせ、家族とも疎遠になってんだぁ!! 父ちゃんには今更失うもんなんてないぞぉ!!」

「駄目だ!」

 当然ながら出来ない。

 守るべき家族が犠牲になることは、阿久斗にとって本末転倒だった。

 そしてなにより、玄麻の超能力は阿久斗よりも劣っている。適役は自分であると、阿久斗は自覚していた。

「父さんには無理――」

 最後まで言い切る前に、突風が阿久斗を襲った。

 椅子から後ろに倒れそうになるほどの強風は、玄麻の超能力によるもの――ではない。

 阿久斗の鼻先で止まる拳。正体は、拳の風圧だった。

「父ちゃんはよぉ、超能力の才能どころか、扱いさえもド下手でなぁ。だからよぉ、代わりに肉体派で通してたんだ」

 拳が解かれ、デコピンを食らう。

 玄麻はニィッと笑った。

「青二才、父ちゃんを止められるか?」

 積み重ねていた経験が違う。

 超能力を使って、玄麻を倒せるイメージが全くしなかった。この感覚は、プリティだんべると対峙したときと似ている。

「がははははっ!! これで世界が救われたら、悪党連盟の借金は帳消しだぞぉ!!」

 普段の調子で笑うが、阿久斗の表情は硬くなる一方だった。

「父ちゃんが駄目だったら、次はおまえに任せるっ!! よしっ!! これで決まりだぁ!!」

 誰も玄麻を止められず、言葉一つさえ発せられなかった。

 沈黙を肯定と受け取った玄麻は、作戦準備のために会議室から出ていく。

 真空状態のような静寂が、会議室を包む。

「俺は……イヤだぜ」

 その重い空気の殻を破ったのは、戸崎だった。

「このような愚作! 拙者だって絶対に認めないでござるっ!」

『にゃーん。レオにゃん、豆腐メンタルだから、怖くてにゃにも言えにゃかったけど……この方法は駄目だと思うにゃあ』

 ノートパソコンから聞こえるレオの声は、震えていた。

「おい、阿久斗! てめぇはどうなんだよっ!」

「分かっている。だが……止めても仕方がないことだ」

「てめぇ! それ本気で言ってんのか!?」

 ガタン、と椅子を荒々しく倒し、戸崎は一直線に阿久斗に歩み寄り、襟首を掴み上げた。

「玄麻さん、いなくなってもいいのかよ! あぁ!?」

「いま、父さんを止めようとしても無駄だ。父さんは一度決めたことは絶対に曲げない」

「――っ!」

 戸崎が拳を握りしめる。

「待つでござるよ」

 振り抜かれようとした腕を、美鈴が止めた。

「まだ阿久斗殿は、すべてを語り切っていないでござる。阿久斗殿、そうでござろう?」

 責め立てるように美鈴は言う。

 確かに阿久斗は次の言葉を用意していた。しかし、それは戸崎からの怒りをぶつけ終わった後で話すつもりだった。

 美鈴は、真摯な眼差しを阿久斗に向けている。それは、阿久斗に一切の甘えも許していなかった。

「……すまない……みんな……」

 深々と頭を下げ、阿久斗は謝る。

 自分の独走が招いた結果に対して。そして、これから厚顔無恥な頼みをすることに対して。

「僕に……力を貸してくれないか?」

 父親を止めるために、世界を絶望に落とす方法を一緒に考えるよう、阿久斗は頼み込む。

 三重の、二つ返事が阿久斗に寄せられた。

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