〈ころね×心=傷だらけ〉

「ころね! ころね!!」

 阿久斗は市内の病院にいた。

 浅深から、ころねが入院したことを聞かされ、玄麻に伝えずに単身で病院に乗り込んだ。

 伝えられていた病室の扉を乱雑に開く。

「お兄ちゃん、病院は静かにしなきゃ駄目だよ」

 個室に一人、ころねはベッドで横になっていた。

 血の滲む包帯に覆われた頭部、眼帯に塞がれた左目、吊された右足、左腕や胸に繋がれた管――直視することさえ躊躇われるほどの状態だった。

「ごめんね、お兄ちゃん……こんなに体……ぼろぼろになっちゃって……可愛くない、妹になっちゃって……ごめんね……」

 儚く消えてしまいそうな声音に、阿久斗は息を呑む。

「喋らなくていい。傷が痛むだろう」

 しかしころねは、わざと痛む仕草を望むように、かぶりを振る。

「お兄ちゃんと……お話ししたいもん」

 ころねが左手を差し出す。

 傷だらけの手。爪には血が染み着き、小指の爪は剥がれていた。

 阿久斗はその手を優しく包み込む。

「みんなに、心配かけちゃった……。ダメな妹だよね、わたし」

「そんなことはない。おまえは僕の自慢の妹だ。悪いのは、相手だ」

 浅深の話では、ころねは轢き逃げに遭ったらしい。

 人通りの少ない場所だったために目撃者がおらず、犯人はまだ見つかっていなかった。

「犯人は、僕が絶対に見つけ出してやる」

「そんなの、いい……」

「しかし――!」

「お兄ちゃんが傍にいてくれたら、何にも要らない」

 ころねの声が震えている。

「ころね……?」

「ごめんね……お兄ちゃん。わたし、失敗しちゃった……!」

 大粒の涙がころねの頬を伝っていく。

「やらなきゃいけないのに……成功させなきゃいけないのに……! いっしょうけんめい、やったのにね……! ……ぜんぜん、うまくいかなくて……! せかい、すくえなかった……!」

 嗚咽混じりの声で必死に言葉を作る。

「どうして……なの……!? なんで……! なんでぇ!」

 ころねの伝えたいことは、阿久斗には理解できない。だがそれでも、その気持ちだけは伝わった。

 こんなにも小さい手で壮大な何かを抱え、戦っていた。

 怪我の原因は、轢き逃げではないのだろう。

 ころねは彼女なりに世界を救おうとしている。

「僕が、隕石をどうにかする」

「むりだよ……! もう、だれにも止められない……!」

 息も絶え絶えにころねは言う。

「お母さんも、クソ犬も、がんばった! でも、ぜんぶダメだった! ただの人間の……お兄ちゃんには無理だよ!」

 奇妙にも玄麻と同じ言葉が阿久斗に突きつけられ、心の奥底から憤りに似た感情が込み上げてくる。

「そうだな、僕はただの人間だ。だが普通の人間ではない」

「どう、いうこと……?」

 きょとんとするころねに、阿久斗は力強く言い放った。

「僕は行く」

 ころねの手を一度強く握った後、立ち上がる。

 時間が惜しい。

 阿久斗が立ち去ろうとしたとき、その袖をころねに掴まれた。

「お兄ちゃん、行かないで……」

 まるで命綱を断たれるような必死な様に、阿久斗は動じそうになる。

 だがそれも一瞬の迷いだった。

「やだ……お兄ちゃん、ここにいて……お兄ちゃん! おねがい! わたしを一人にしないで……!」

「すまない、ころね」

「おにいちゃん……っ!」

 ころねの手を振り払った。

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