〈少女×隕石=勝負〉

 ガラスの音が止む。

 ころねが目を開くと、そこには黄土色の地面が見えた。

 とっさに、ころねは急ブレーキをかけ、箒の推進力を殺す。

 転移に失敗した――その考えに至る前には、ころねの眼前にある地面が、隕石であることを悟った。

 ニュースでは直径3kmと言われていた隕石だが、ころねの目には十倍も大きく感じられた。

 これほど巨大な岩が地球に落ちたら、地球は割れてしまうだろう。そんな気持ちを抱くほどに。

「……」

 無音が広がる。

 ころねは、自分がいる異世界を改めて確認させられた。

 音が、光が、彩が、地球が――何もない。

 闇に囲まれた異世界を、ころねは漂っていた。

 耳鳴りがするほどの静寂が孤独感を煽り、不安が芽吹く。

『ころね! 時間は限られておるぞ!!』

 通信機からのサンド・ウィッチの叱咤が、わずかに揺れていた心を治めた。

「っ! うるさい、クソ犬! 分かってる!」

 ころねは隕石と距離を取り、魔法のステッキを構える。

 スウィートステッキ・カスタム。出力を制限していたリミッターを解除し、ころねの魔力を何倍にも増幅させるように改良されている。

 距離を取ることで、対峙する隕石の全貌が克明に広がった。

 世界を壊す、石つぶて。

 ころねは、ステッキを握る手に力を込めた。

「お星さま☆ばーすとぉ!」

 宇宙の闇を裂く閃光が迸る。

 目がくらむほどの光量が、隕石の地面を垂直に突き刺さした。

 勢いが衰え、光の残滓が尾を引いて消えていく。

『なん……じゃと!?』

 モニタリングをしていたサンド・ウィッチが、驚嘆の声を漏らす。

 山をも抉る威力がある閃光は、小さな凹みを生み出すだけだった。

「……」

 ころねは構わず、スウィートステッキを隕石に定める。

 第二の法撃が突っ走った。

 地を打ち、そして焼く。

 だが。

 凹みはクレーターにも満たない。

 ころねは繰り返す。

 第三射、第四射、第五射……その放射は単調でありながらも徐々に威力を増していく。

「はぁ……はぁ……!」

 隕石は――砕けない。

 やがてころねは気づく。自分が抉った穴が、隕石にとって僅かな傷でしかない、と。

「っ!」

 手数を増やしても意味がない。

 一撃の出力を上げる。

 更に魔力を増幅させ、ころねは閃光を放った。

 途端、スウィートステッキが異質な音を上げる。小さなヒビが入り、そこから電気のように現象化した魔法のエネルギーがころねの腕をなぞった。

 袖から肘にかけて、魔法少女の服が破裂する。腕をなぞったエネルギーを追うように皮膚が裂け、激痛が襲いかかった。

「――!!」

 視界が白ばむ。

 しかしステッキを握る力は緩めなかった。

『もういい! やめるんじゃ! 想定以上に負荷が大きい!』

 サンド・ウィッチを無視し、ころねは激痛に耐える。

 その目は隕石を捉える――が、結果は不変。

「足りない……! まだ、ぜんぜんっ、足りない!」

 更に出力を上げ、ころねは法撃を放つ。

 新たな裂傷が、ころねを蝕む。

 結果は不変。

「まだ……!」

 更に、更に、更に。

『それ以上は、体が持たん! いくつも加護が破損しておる! ――そのままでは帰れなくなるぞ!?』

「こんなもんじゃ駄目! もっと! もっと強く!」

 殊更強く。

『貴様、死ぬ気か!』

「まだっ! まだまだぁああああああ!」

 弓を引き絞るように、ステッキの先に閃光をとどまらせる。

 ステッキはすでにボロボロに壊れていた。

 破損した隙間から、行き場を間違えたエネルギーがころねの体に食らいつく。

 額が割れる。血飛沫が舞う。

 鮮血が顔の左側を覆い、ころねの左目を赤く染めた。

 世界を救うためならば、痛み程度いくらでも我慢できる。

 ころねを突き動かす想いは一つだけ。

 ――家族を守る。

 だから。

「砕けろぉおおおおお!」

 両目を見開き、トリガーを引く。

「フルっ! ばぁああああすとぉおおおおおお!!」

 宇宙の闇をも溶かす光の柱。

 高エネルギーの魔力が、隕石を呑み込み、やがて一筋の光は宇宙の闇に紛れていく。

「…………あぁ」

 ころねは、一瞬だけ気を失っていた。

 刻まれた傷から血が止めどなく流れ、痛みが意識を呼び覚ます。

 ころねは首だけを動かし、隕石の残骸を探した。

 だが、ころねの目に映るのは、非情な現実だけだった。

「そんな……」

 どんな巨大なビルだって消せる。

 どんな山だって更地に出来る。

 至高にして唯一の一撃。

 結果は――不変。

 あざ笑うかのように平然とそこにある小惑星を、ころねは睨む。

「……いっ! はぁ……はぁ……!」

 体の震えが止まらない。

 足が動かない。左目が見えない。呼吸がしづらい。頭が痛い。吐き気がする。口の中は血の味がした。

 だけど、それがどうしたというのか。

 右腕は動く。右目は見える。生きている。

 まだ魔法は撃てる。

 絶対に、世界を救う。

「もう、一回……! まだ――っ!?」

 布の切れ端が視界に入り、ころねは言葉を飲み込んだ。

 破れたハンカチの残骸。

「あ……あぁ……」

 ステッキが手から離れ、ころねはハンカチを握りしめる。そのハンカチは阿久斗との唯一の繋がりだった。

「おにい、ちゃん……」

 ポロポロと涙が流れ出る。

 必死にたぐり寄せていた心の手綱が、いとも簡単に手元から離れていく。

「うっく! うぇえええええええええええええええええええん!」

 ころねは胎児のように体を小さくさせ、泣き続けた。

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