〈悪党×優勢=敗北フラグ〉
「だん! べる! だん! べる!」
プリティだんべるコールの渦の中、阿久斗は脳味噌をフル回転させていた。
相手との距離を保ちつつ、相手を戦闘不能にする方法を必死に模索する。
炎――不可。衣装に包まれて焼き殺してしまう可能性が高い。
念動力――不可。相手はこちらの始動モーションに感づいている。
電撃――不可。電撃は不確定要素が多く、事故に繋がる為に、対人に適さない。
様々な能力を脳内でシミュレートし、時折実行する。
しかし、どれもプリティだんべるを死に至らせることなく戦闘不能の状態に陥らせられなかった。
魔法少女に勝てない威力でありながら、生身の人間には致命傷を与えてしまう――そんな超能力の不器用さに嫌気が差す。
「少々癪だが、悪党らしくやるしかあるまい」
阿久斗は、新藤カナミの傍らに転移した。
「動くな、プリティだんべる! ダンベル一つでも動かした場合、この女が痛い目に遭うぞ!」
手のひらに炎を纏わせ、新藤カナミに近づける。
「変態マスク! やめろぉ!」「お願いだから、かなりんだけは勘弁してくれ!」「卑怯者ぉ! かなりんをやるなら……俺を、俺を焼き殺せ!」
ファンからの野次が飛んでくる。
『にゃーん、ご主人様。かなりんに傷一つでも負わせたら、レオにゃんは総力を挙げてご主人様の敵ににゃるにゃん。つまり――ぶち殺すぞ、クソ野郎』
なぜか仲間からも通信機越しに非難された。だが今は構っている余裕なんてない。
「さあ、どうする! プリティだんべる!?」
プリティだんべるは両手を上げ、すんなりと降参のポーズを取った。
「それで良い。ついでにその正体を拝ませてもらおうか」
悪党マニュアルに書かれている、人質を取った場合の定番。
言った直後に阿久斗は思い出したが、この台詞後の作戦成功率は極めて低くなるジンクスがあった。
プリティだんべるの動きは完全に停止している。
「新藤カナミがどうなってもいいのか?」
炎の勢いを増し、相手の感情を揺さぶる。
観念した様子で、プリティだんべるは着ぐるみの頭に手を添えた。
「そこまでよ! アクダーク!」
阿久斗の不意を打つように、チョココロネは空からやってきた。
丁度、新藤カナミと阿久斗の間に割って入るように降下し、スウィートステッキを警棒のように荒々しく振り回した。
「チッ! 来たな、お邪魔虫!」
心中で、ジンクスのある台詞は二度と言うまいと決める。
普段は絶対にしてこない接近戦を挑まれ、阿久斗は距離を取るしかなかった。
転移。プリティだんべるとチョココロネから離れる。
「くるくるちょこちょこ、甘くて可愛い女の子! 魔法少女チョココロネ! 今日の今日は許さないから!」
「ええい、間の悪いくるちょこ娘め!」
「それはこっちの台詞よ!」
「やかましい! 焼け死ぬが良い!」
妙に会話がかみ合わないが、阿久斗は構わずに炎をチョココロネに向かって放射した。
チョココロネの傍らには新藤カナミがいる。彼女は必ず、防御を選択する。
しかし。
「あんたが焼かれちゃえ! こんがり☆バーナー!」
スウィートステッキから火炎が噴かれる。
その威力は、段違いだった。チョココロネが火炎放射器と例えるなら、阿久斗はライター程度。
炎同士がぶつかると、当然のように阿久斗の炎は呑み込まれた。
阿久斗は背後の存在に気づく。
そこは観覧席。ステージからは段差があるとはいえ、鉄をも溶かす炎が、人を呑み込めば骨さえ残さないだろう。
「この猪突猛進の馬鹿が……!」
阿久斗が防御を選択する。
最大出力の障壁、器を象るように変形させ、炎の逃げ道を確保した。
炎が障壁を焼く。
いかなる物質も遮断するはずの障壁だったが、汗が吹き出るほどの熱が伝わってくる。
背後では人々の悲鳴が上がった。
轟々と燃えさかる炎。
呼吸する酸素さえ奪われながらも阿久斗は耐え切った。
「っ! 貴様ぁ! 民衆の被害を考えろ! 私が防がなかったら、死者が出たぞ!?」
「大丈夫よ! ちゃんとそこらへんは魔法が何とかしてくれるし! というか、悪党のあんたに説教される筋合いはないんだけど!」
なんとアバウトな正義の味方なのだろうか。
これなら、まだプリティだんべるを相手にしていた方がマシに思えてきた。
「今日こそ、貴様を倒さねばならん!」
いつかこの魔法少女はウッカリ人を殺してしまうだろう。そのために、いま阿久斗が正さなければならない。
「食らうが良い、我が最強の念動力の極致【破刹滅禍撃(テレキス・ブロウ)】を!」
「ダサッ!」
ネーミングセンスは、阿久斗の数少ない特技の一つでもある。チョココロネには理解されていないようだが、一向に構わない。
「肉は千切れ、鮮血が舞い散るぞ! 小さなお子さまや心臓の悪い方は目を背けろ!」
念動力を最大出力でチョココロネにぶつける。
「死ぬが良い! 【破刹滅禍撃(テレキス・ブロウ)】!!」
刹那、チョココロネに一つの現象が起こった。
ふわぁ。
そよ風に靡かれるようにチョココロネのスカートがめくれる。
「今日はライトグリーンか……」
カシャッとシャッター音が響いた。
「きゃあ! 油断させて、することがスカートめくりぃ!? あんたって本当に小悪党ね!」
「……ふっ、ふは、は……だ、だまされる方が悪い」
ドラム缶を一瞬にしてパチンコ玉サイズにまで圧縮できるほどの圧力を加えたはずなのだが、チョココロネはピンピンしている。
阿久斗の超能力が失敗したわけではない。
すべての原因は、魔法少女が持つ『加護』によるものだった。
魔法によって加護されたチョココロネには、鉄を溶かす炎を放っても衣の一枚も焼けず、雷に匹敵する雷撃をぶつけても通じない。
チョココロネは常に完全無敵の状態を維持している。
対して、こちらを守る手段は障壁のみ。両腕を縛られた状態でボクシングをしているようなものだ。
「ふん! 今日は、このくらいにしておいてやろう! さらば――ん?」
足に衝撃。その後、視界がグルリと回った。
気づいたときには、阿久斗は床に倒れ、空を見上げている。
視界には、空と――妙に陰影の強いプリティだんべる。
ここでようやく阿久斗はプリティだんべるから足払いを食らわされたことに気づいた。
「嫁入り前の娘に、なんてことを……! なんてことを!!」
何か呟いているが、阿久斗に聞き取るほどの余裕はなかった。
ズドドドドドドドドドドドドドド!!
ストンピングの大雨が降り注ぐ。
「やめろぉ! ほぶっ! へぶっ! あぶんっ!!」
十発以上も食らい、グロッキー状態になりつつも、阿久斗は一瞬の隙を突いて逃げ出した。
転移、ステージに飾られたアーチの上へ。
「がはっ……きょ、今日のところは見逃してやる……!」
血と一緒に、捨て台詞も吐く。
「だがな! 次こそは――」
しかし最後まで言い切れない。
「食らえぇ! お星さま☆バースト!」
殺到する閃光を前に、阿久斗は度肝を抜かれた。
「貴様ぁ! 逃げる相手に追い打ちをかけるなど、正義の味方のする事では――ぬわああああ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます