〈魔法少女×変身=バンク〉

「お母さん、つええええ!」

 イベント会場の隅に姿を隠しながら、ころねは観戦していた。

 急拵えの魔法で保護された衣装で戦う浅深は、アクダークを相手取っても引けを取らない。むしろ圧倒しているのではないかと思うほどだ。

『舐めるでないぞ。浅深は、十年以上も第一線で戦っていた魔法少女じゃぞ、貴様とは年期が違うわ』

 キーホルダー越しではあるが、サンド・ウィッチの満足げにしていることが分かる。

「でもさ、お父さんの影響でジムとか道場に通ってたけど、あれほど強いのってヤバくね? ぶっちゃけ、あのヘッポコダーク倒すのに魔法とか要らなくね?」

『…………』

 浅深の強さは、さすがのサンド・ウィッチも舌を巻いているらしく、言葉が返ってこない。

 ――ぶっちゃけ、わたし要らなくない?

 ころねは喉元まで上がってきた想いを呑み込んだ。

『ほら、スウィートコンパクトが届くぞ。浅深に戦わせてはならぬのだろう?』

 サンド・ウィッチに促され、ころねは肯定する。

 浅深に負荷をかけていたのは、ほかの誰でもないころねなのだ。母が倒れる直前まで、ころねは浅深に頼り切りで母の心労に気づけなかった。

 仕事と魔法少女、それに家庭から重荷を背負いながら、様々なものと戦い続け、そして彼女には癒せない傷だけが残された。

 本当なら戦うどころか、激しい運動さえも避けるべきなのだ。

 今回コンパクトを忘れてしまったことは、ころねに強い後悔として残されている。

「わたしが魔法少女になれば、お母さんの負担は軽くなる。だから、わたしがやらなきゃいけないんだよ」

 アクダークと戦う浅深の姿を目で追いながら、ころねは力強く言い放った。

「おい、クソ犬。コンパクトはまだかよ?」

「ほらよ、配達品だ」

 返答はサンド・ウィッチではなく、中年男性の声だった。

 とっさに周りを見回すが、人の影はない。

「こっちだよ、こっち」

 声は足下から聞こえてくる。

 足下――携帯電話サイズの小さいオッサンがコンパクトを掲げていた。

 小人と呼ばれる魔法界の住民だ。ミニマムなサイズさえ違わなければ、そこらへんに歩いていそうな禿げたオッサンと変わらない。

「ほらよ、さっさと受け取れってんだ。こっちは急いできてやったんだぞ?」

「あ、うん」

「はっ、現界の若モンはありがとうも言えないのか。なってねぇなぁ」

 コンパクトを受け取った後、ころねは好奇の視線を送り続ける。喋る犬は家にいるが、禿げたオッサン小人とは初めての邂逅だった。

「なに見てんだよ、メスガキ。パンツの色、大声で叫ぶぞ――グシャア!」

 小さいくせに上から目線の発言が、最高に苛ついた。

『ん? ころね、そっちで何かが潰れたか?』

「ゴミが潰れただけだよ」

 スウィートコンパクトを開き、ころねは気合いを入れる。

「よっしゃ! いくか!」

 コンパクトの中は、ビーズなどでデコレーションされた古めかしい少女趣味全開のデザインとなっていた。

 ころねがコンパクトを嫌う理由の一つが、このデザインの悪趣味さだったりする。

 コンパクトを開くと、中央にハートの形をしたボタンがある。

 ボタンと押す。

 すると、コロネの形をしたチョコレートが淡い光を放ちながら、ころねの鼻先に現れた。

 手を使わずに一口サイズのチョコをパクリ。

 途端、コンパクトから目を開けられないほど強い光が溢れた。

 コンパクトが光の泡となって消え、ころねの服が帯状に寸断されるように解かれていく。帯状となった服はピンク色の光を発しながら、ころねを包み、魔法少女チョココロネの衣装を象る。

 衣装の完成間近、ころねは手をかざす。ポヤンと気の抜けた音と共に、どこからともなくスウィートステッキが出現した。

 スウィートステッキを振りかざすと、衣装のディティールが出来上がった。

 ころねは、誰に向けるわけでもなくウィンクを一つ。

「くるくるちょこちょこ! 甘くて可愛い女の子! 魔法少女チョココロネ!」

 誰かに見られることは絶対にないのだが、ころねはポーズを決めた。

「正義の魔法はちょっぴり苦いの!」

『…………』

 数秒の静寂。

「あー、恥ずかし。行ってくるわ」

 背を丸めつつ、ころねはステージへと向かった。

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