〈元魔法少女×母=強し〉
ステージ上、アクダークこと阿久斗は頭に詰まっている台詞のストックを確認しながらメタボーンと向き合った。
「き、キサマはアクダーク!? こ、この肥満怪人メタボーン様のワンマンステージに何の用だボーン!?」
意外にも、メタボーンの発言は自分の役を貫いていたものであった。
阿久斗は予め用意していた台詞を口にする。
「ほほぅ、その役者魂、誉めてやろう」
次の台詞は決まっていた。
「だが! 貴様に用はない! とっとと失せろ、不細工怪人め!」
「ボーン!?」
念動力でメタボーンを吹き飛ばし、ステージ外に退場させる。無論、怪我のないように細心の注意を払って。
「ほ、本物だ……」
新藤カナミが顔を青白くさせている。
「ふはははは! お人形ごっことは違うのだよ、新藤カナミ18歳・特技は三重飛び!」
段取りは順調。阿久斗は安堵の表情を表に出さないように気を付けつつ、次なるステップを踏む。
次の段取りは、観衆に対して誘拐の宣言をする。
阿久斗が高らかに宣言しようとしたとき、幼い声が飛び込んできた。
「あーっ! にゃんこ連れてきたおじさんだー!」
「ふむぅ?」
見知らぬ子供が、阿久斗を指さして言う。
「ほんとだー! にゃんこおじさんだ!」「にゃんこおじさん、きょうは猫ちゃんいないのー?」「ねこ、かわいかったよー! またつれてきてー!」
次々に子供たちの声が湧いてくる。
アクダークが『にゃんこおじさん』と銘々された瞬間、子供たちから好意の視線が集中した。
親の制止を振り切った子供がステージ近くまで寄ってくる。
「ねーねー! にゃんこおじさーん! ちょーのーりょく、ぼくもつかいたい!」「ねこ、ミケって名前で、おうちで飼ってるよ!」「にゃんこおじさんって、いけめんなのー?」
羨望の眼差しに、阿久斗は内心で戸惑う。
なにせ、子供に人気が出る状況なんて想像外の不祥事だった。
「にゃんにゃん、いないのー?」
「ええい! にゃんにゃんはおらん! 離れろ、小童どもが!」
とっさに否定するも、子供の言葉に釣られてしまう。
「コワッパってなーに?」「にゃんにゃんだってー! かわいいー!」「えー、つまんなーい! ねこねこねこねこぉ!」
子供たちは図々しくステージ前に居座る。
親は何をしているのかと阿久斗は確認するが、混乱を防ごうと必死に親を止めている警備員の姿が見えた。
中途半端に優秀な警備員に絶望した。
阿久斗は咳払いし、気持ちを切り替える。
――子供は無視しよう。
「今日、私が現れたのは『にゃんこおじさん! なにしにきたのー!?』を『うるさーい! にゃんこおじさん話してるでしょ、ばか!』ためにきたのだ! 『ばかってなんだよ! ばかっていったやつがばかなんだよ!』欲しければ『かみのけ、ひっぱらないでぇ!』こい! さもなければ『ままー!』がどうなっても知らんぞ!」
もう、勘弁してほしい。
子供の大声が、スピーカーから拡張された声を塗り潰す。ステージの下では、子供たちの喧嘩が始めてしまった。
これには阿久斗も頭を抱えてしまう。
「ええい! 今日は子供に用はない! 今回は見逃してやるぞ、小童どもよ! だから、親御さんはお子さんの安全を確保しろぉ!」
軽くテンパりながらも阿久斗は叫んだ。
同時、機転を利かせた戸崎が、警備員の足を引っかけて転がす。
一斉に親たちは子供の体を持ち上げ、抱えて会場から逃げていった。
「これで邪魔者は消えた。さて、新藤カナミ、私と共に来てもらおうか」
新藤カナミは、腰を抜かして立てずにいる。
「私をどうするつもりですか?!」
「決まっている! これから貴様を『あーっ! プリティだんべるだぁ!』」
頭が痛くなってきた。
阿久斗が振り返ると、ステージ脇からのそのそと歩いてくる着ぐるみに目が止まった。
ずんぐりむっくりとした五等身は、非常にバランスが悪く、歩くだけでも大変に見える。ダンベルが付けられた手甲から察するに、彼女(?)がプリティだんべるなのだろう。
場違いな乱入者の対処を考える。
緩慢な動きゆえに、念動力で退場を願おう。
『阿久斗殿! 気をつけるでござる! 彼のものの、足運び……! あれはなにかしらの武道に精通しているでござるよ!』
美鈴の声が、通信機越しに聞こえた。
小さい頃から多くの格闘技を仕込まれてきた美鈴が、声を荒らげて注意を促してくる。事態の深刻さを加味して、阿久斗は再度プリティだんべるの動きに注視した。
ぽてぽてぽて……ガッ!
プリティだんべるは、ステージのわずかな出っ張りに足を躓かせて、バランスを崩しかけている。
「ふむぅ。そうには見えないが……?」
バランスを保とうと、ぱたぱたと腕を回す仕草も武道に精通している動きなのだろうか。
『しっかりと見るでござるよ!』
「ふむぅ、やはり違うのではないか? …………倒れたぞ?」
頭が重すぎるのか、ひっくり返った亀のように中々立ち上がれない。四苦八苦してようやく起き上がれたら、ぎゅっぎゅっと頭との接続を気にし始めた。
『なんと、あれは……っ!? 愛らしいでござるなぁ!』
「そうか」
今日は美鈴を頼らない、と阿久斗は心中で決めた。
「そこのプリティだんべる! よもや私の邪魔をしにきたのではあるまいな?」
問いの返答をするように、プリティだんべるは短い手足を交互に突き出す。パンチやキックのつもりらしい。
好戦的な姿勢ではあったが、不格好すぎる。
阿久斗は、念動力でステージ外に突き飛ばそうと手を出した。
「時間の無駄――っ!?」
突如、プリティだんべるの動きが変わった。
膝を折り、全身をバネのように収縮させ、一気に解き放つ。先ほどまでの亀のようなスピードではない。ケダモノのような捕食者の動きだった。
右の拳打。
反応は出来たが、防御は遅れる。
障壁は間に合わず、ダンベル手甲の右ストレートを生身でガードした。
左腕に激痛が走る。
冗談みたいな体から、冗談では済まされないほどの威力が放たれた。
美鈴の言葉は本当だった。
阿久斗は、手のひらをプリティだんべるに向ける。
念動力・斥力
五等身の体躯を吹き飛ばした。メタボーンの時とは比にならないほどの威力であったのも関わらず、彼女は床を二転してから四肢でブレーキをかける。
ステージから退場せず、プリティだんべるは立ち上がった。
「な、なかなか……やるではないか」
なかなかレベルではない。肉弾戦(インファイト)を苦手とする阿久斗には悪夢のような相手だった。
プリティだんべるが構えを作る。
すると、一斉に歓声が湧いた。
「いいぞぉ、だんべるぅ! 親御やスポーツジムなどの各所から『ダンベルで敵を殴るな』とクレームを受けてから、謎の仲良しオーラで解決するマンネリパターンしか出来ない脳タリンアニメの主人公かと思ってたが、今日は放送初期を彷彿とさせる動きだぁ! 見直したぜー!」
妙に解説チックな応援があったが、相当なファンなのだろう。
正面、プリティだんべるだけに集中する。
百戦錬磨の武人のような威圧感を有するアニメ主人公。
阿久斗は合点が行った。
「これが皆を魅了するアニメのキャラクターの神髄か」
本格派戦闘系主人公こそ、プリティだんべるの真の姿。
「プリティだんべる……、おそるべし!」
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