〈相談×相手=引きこもり〉

 弱々しい足取りで自室に向かうころねを、阿久斗は呼び止められなかった。

「危なかった……」

 阿久斗は安堵する。

 アクダークの正体がバレる、という最悪の状況は何とか免れた。

 もしころねにプリティだんべるのことを言及され、アクダークの正体が発露した場合、神田一家は離ればなれになってしまう。

 しかしこの一件。間抜け、としか言いようがなかった。

 自室のパソコンの調子が悪かったために、居間にある共有のノートパソコンを使用すると決めた。そのとき、なぜころねの帰宅を予期していなかったのか。最善策としては学校かネットカフェで調べていれば問題は起きなかった。

「それにしても……ふむぅ」

 ころねの反応が気になる。

 普段のころねならば帰ってくると、嬉々として学校での出来事を話してくるのだが、今日は出会い頭に白目を剥き、いつもの元気を失っていた。

 超能力で、ころねの心の中を覗くことは容易いが、家族には絶対に使わないという制約を阿久斗は決めている。

「ふむぅ」

 不意に阿久斗はノートパソコンを一瞥した。

 兄のアニメ好きを知ったから、元気を無くした――ということはないだろう。自分を過大評価しすぎる考えは、即座に切り捨てた。

 ならば何が原因なのか。

「わふぅ」

 ため息のような鳴き声に思考を中断させられる。

 鳴き声の主はサンド・ウィッチだった。

 平常時の犬の表情など見抜けるわけではないではないが、なぜか阿久斗には薄ら笑っているように思えた。

 上機嫌に尻尾を振りながら、サンド・ウィッチは家の奥に消えていく。

 サンド・ウィッチの行動に集中力をかき乱され、阿久斗はころねについて考え直す余裕を失った。

「小森に聞いてみるか」

 同い年の妹を持つ、仲間に聞く。アニメが大好きな23歳の無職引きこもりだが、インターネットなどの知識は組織の誰よりも詳しいので頼りになる。

 早速、電話をかけてみると3コール目で小森・シュタイナー・レオの声が出迎えた。

『にゃんにゃん、にゃんでございますか、ご主人様ぁ』

 アニメ大好き23歳無職引きこもり♂(体重100kg)が発する太いヴォイス。聞く人が聞けば、卒倒するかもしれない。

「レオ、一つ聞きたいことがある」

『にゃんにゃん、ご主人様のためならば、小森・シュタイナー・レオはするにゃあ』

「助かる」

『おいおい、そこは「ん? なんでも?」だろ?』

「……ふむぅ?」

 レオに素のテンションで責められたが、阿久斗にはイマイチ何が悪かったのか分からない。

『にゃーん、ご主人様に期待したレオにゃんがおバカさんでしたにゃあ』

「期待に応えられず、すまない。質問しても構わないか?」

 猫真似の鳴き声を一つ。肯定なのか否定なのか、明確な返事ではないが、構わず阿久斗は言葉を続けた。

「妹が帰ってきてから酷く元気がなかったのだが、レオにはそういう経験があるか?」

『レオにゃんの願望から考察するに、帰り道に裸族でも目撃したかにゃ?』

「変なことは言わないでくれ」

『冗談にゃ。ロリに手を出す輩はぶっ殺すにゃあ。ロリコンの風上にも置けないクズは粛正してやるにゃあ』

 先日、実妹にコスプレ衣装を着込ませて欲情していた仲間がいたような気がするが、阿久斗は深く考えないことにした。

『学校で、何かあったんじゃにゃいかにゃあ……?』

「ふむぅ、そうなると直接聞くしかないか……」

『それはやめとくにゃあ。お年頃のおんにゃの子は万華鏡。下手に触れると、どんな風に豹変するか分からにゃいにゃあ』

 考えれば考えるほど、深い森の奥に進んでいるような気持ちになる。

 参考程度にレオの予想を聞こうと思った矢先、

『にゃーん! レオの天使が帰ってきたにゃー!』

 レオが何よりも優先させるべき妹イベントが起こってしまった。

『ご主人様、次の作戦だけ教えてくださいにゃー! ネット配信するにゃー!』

 アクダークの活動をインターネットで配信している。知名度アップを狙ってのことなのだが、いまのところ進捗は芳しくない。

「プリティだんべるのイベントを襲撃する。以上だ」

『は? ぶち殺――』

 レオの言葉は最後まで続かなかった。

 携帯電話を確認すると、バッテリー切れを訴えている。

 妹帰宅イベントを迎えたレオに再度連絡しても無視されるだけだと判断して、阿久斗は今後の予定を考えた。

 まず優先するべきは、ノートパソコンから検索履歴などを消す。次にケータイを充電している間に、ころねの好物を買いに出かける。

 頭の中で順路を決め、阿久斗はノートパソコンを開いた。

 デスクトップに設けられたネットニュースの欄には『隕石墜落の可能性、1%を上回るとNASAが新たに発表』と載っている。

 阿久斗は記事に目を通すことはなく、パソコンの電源を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る