〈作戦会議×標的=プリティだんべる〉
「おはござ! おはござでござる!」
昼休みが始まると同時に、本日の主役がクラスの扉を荒々しく開いて登場した。
阿久斗が立ち上がるよりも早く、他のクラスメイトたちが磁力で引かれる砂鉄のように美鈴の周りを囲い、様々な質問をぶつける。
怪我の具合を心配する者、朝の出来事を聞き返す者、冷やかす者……多種多様な言葉を投げかけられ、美鈴はパニックを起こしつつも誠実に答えていく。
「なぁ、阿久斗……おはござって、なんだ?」
遠巻きに見ていた阿久斗の隣で、戸崎が素朴な疑問を抱く。
「おはようでござる、の略だ。先週あたりから使い始めている」
美鈴を取り囲むクラスメイトの何人かがノリで「おはござ」を、言い返していた。
「阿久斗殿、戸崎殿! おはござ!」
美鈴が「おはござ」を連呼しつつ、クラスメイトの群から逃げ出してくる。
「おはよう……とは言ってもすでに昼だぞ、美鈴」
「むむっ、そうでござったな! 拙者としたことが、保健室で爆睡してしまって、ボケていたでござるよ!」
「服部、おめぇ体は大丈夫なのかよ?」
「それは阿久斗殿のおか……か! 阿久斗殿のおかか! ふぅ! 危なかったでござる! セーフ! セーフでござるな!?」
「ぎりぎりセーフだ」
阿久斗はサムズアップで答える。
「ぎりぎりアウトだっての」
悩ましげに言うのは、戸崎だった。
「しかし……阿久斗殿の助太刀は、助かったでござるよ。クノイチ見習いの拙者でも、さすがにあの姿勢で受け身を取るのは至難の業でござった」
美鈴は声量を下げて、囁きかける。
「ふむぅ、逆にこちらも助けられてしまったがな」
「家来たる者、主君を守るのは当然の務めでござる」
意気揚々と美鈴は豊満な胸に拳を打ち付ける。
「仕えさせた覚えはない」
きっぱりと言い切るが、美鈴はかぶりを振る。
「それでいいでござる。拙者が勝手に仕えているだけでござる」
満足げな笑みを浮かべた後、何かを思い出したのか唐突に阿久斗と戸崎の腕を取った。
「美鈴忍法【シークレット・トーク】でござる……!」
二人の腕を引っ張り、教室の外――人気のない空き教室まで――移動する。
空き教室に人が居ないことを確かめた後、扉を締めた。
「なんだよ、服部。めんどくせぇことなら放課後にでも――」
「拙者、先週末は姫路城を見に行っていたでござる!」
無類の城好きである美鈴が姫路城に行っていたことは、阿久斗と戸崎には一ヶ月前から知らされている。
SNSにて、姫路城の賛美と蘊蓄を十万文字以上のコメントで投稿していたことは、阿久斗の記憶に新しい。
「故に! 先週末の『計画』を、すっかり忘れていたでござるよ! 阿久斗殿、『ショッピングモール猛虎放流計画』の案配はいかがでござったか!?」
あまりにも大きい声量に、阿久斗と戸崎は肝を冷やした。
阿久斗は空き教室の外を窺うが、美鈴の声に気付くほどの距離に人影はない。
安堵の吐息を一つ。
「あのよぉ、服部? 学校でアクダークの話はしねぇって約束だよな? 馬鹿か、てめぇ?」
「し、しかしでござる! 阿久斗殿にとっては命よりも大切な悪事活動を、拙者は放棄した身でござる! それを、拙者は今まで忘れていたでござるよ!? 恥ずべきことでござる! 腹を切るしかないでござるよ!」
主君が死ぬ様を目撃した武士のように、美鈴は両手で目を覆い、膝を付く。
「俺は、てめぇに羞恥心があったことに驚きを隠せねぇよ」
どうにかしろとでも言いたげに、戸崎が視線を送ってくる。
「ふむぅ。まずは美鈴、静かにしてくれないか」
「あいわかったでござる!」
熱湯をかけられた形状記憶合金さながら、一声で綺麗な正座の姿勢を取る美鈴。
もの言いたげな戸崎は後回しにして、阿久斗は悪事活動の報告を優先させた。
「例の計画は、おおむね成功だ。最後はヤツの邪魔が入ったが、ショッピングモールにいた民衆は、猛虎の餌食となった」
「おお! さすがでござる! これで悪党連盟も阿久斗殿のアクダークを見直してくれるでござるよ!」
阿久斗が悪事を働くには理由がある。
初代アクダークである祖父は、数十年前までは名前を口にすることさえ畏れられる大悪党だった。
悪逆非道の限りを尽くした悪のカリスマは、巨大な組織を作り、恐怖の象徴と化した。
しかし繁栄の後に残された道は衰退のみ。
祖父の後釜に、阿久斗の父である玄麻が名乗り上げたものの、巨悪とまで呼ばれた組織は、坂道を下る泥団子のように崩壊していった。
アクダークの座が阿久斗に回ってきたときには、すでに組織の主権は他者に奪われ、悪事の活動範囲は地元に限られていた。
阿久斗に引き継がれたもの。それは片手で収まる数の部下と、両手でかき集められないほどの借金だけ。
悪の労働組合『悪党連盟』への借金を返済するために、連盟から仕事を請負い、悪事を働いている。
つまるところ、悪の道を進む理由は借金返済でしかなかった。
それ故か、どうも悪党になりきれず、その手を人の血で染めたことはない。
猛虎計画(略称)も、亡き祖父が過去に発明した『ねこあつめ』で、ショッピングモールに大量の猫をかき集め、営業妨害をしただけのこと。
「猛虎(猫)に骨抜きにされた民衆は、買い物どころではなかったな」
「やんや、やんやー!」
パチパチと美鈴は手を叩く。
「だが……今月あたりにも、もう一仕事しなければならない」
悪党連盟からの仕事をこなすだけでは、借金は増える一方だ。自発的に悪事活動を行い、アクダークとして株を上げておけば金払いの良い仕事が舞い込む。
「んなら、今週末に魔法少女チョココロネがパン屋とコラボするらしいぜ? 仕掛けるか?」
戸崎がスマホの画面を見せつける。
魔法少女チョココロネをイメージしたというチョココロネ(どうみても普通のチョココロネ)が、通常の倍近い値段で販売されるらしい。
正義の象徴に喧嘩を売るのも売名行為としては申し分なかった。連敗していることを除けば。
「縫い針とかパンの中に仕込めば、かなり効果的じゃねぇの?」
パンに異物が混入しているとなれば、売り物は全て回収された上、店の信用は完全に失墜するだろう。
しかし――
「駄目だ」
阿久斗は強く否定する。
「一般人が怪我をする」
「あ? それがどうしたんだよ?」
キョトンとする戸崎を見て、阿久斗は確信した。やはり分かっていない。
「戸崎っ! おまえは、子供が口から血を流しながら泣き叫ぶ姿を見ても、心が痛まないのか!? おまえは……人としての心がないのか!?」
「悪党なんだから、そこは喜ぶところだろ?」
「戸崎殿……!? さすがに外道すぎるでござるよ!?」
「はぁ!? 俺が間違ってんのかよ!?」
「戸崎の考えは悪党としては間違っていない。だが、人として、間違っている!」
「なら、間違ってねぇだろうが! てめぇら、いい加減にしろよ!」
「ふむぅ?」
何が間違ったのだろうか。
美鈴に助けを求めるが、美鈴も頭上に「?」を浮かべている。
「はぁ……。てめぇらに期待した俺が馬鹿だった……」
頭を抱え、疲弊する戸崎。
「戸崎、大丈夫か? 疲れているのなら無理はしない方がいいぞ?」
「てめぇらのせいだよ……」
胡乱な瞳を向けられるが、阿久斗には戸崎の気持ちを理解することは出来なかった。
「チョココロネの原価表を入手し、チョココロネを買いに来た客人たちにビラとして配るのはどうでござるか!?」
妙案を思いついたように美鈴が声を張り上げる。
「あー、それでいいんじゃね? 実際、どこの飲食店でも原価を知ったら金払いは悪くなるんだしよ」
「ふむぅ、その線で行くか」
細かな計画を練る前に、阿久斗は携帯電話で情報収集を始める。
しかし、パン屋の店舗名を見たところで阿久斗の動きは止まった。
「すまない、二人とも……。この件は白紙にしてくれ」
「今度は何だよ?」
阿久斗には、どうしても賛同できない理由があった。
「ここは僕の母が経営しているパン屋だ」
最初は訝しげな表情だった戸崎と美鈴だったが、合点が行ったようにうなずく。
「そうでござったか! では、この計画はご破算でござるな!」
「てめぇんところだったら……まあ、仕方ねぇか……。んなら、小せぇけど、デパートの屋上で声優のアニメイベントがあっから、ここを襲おうぜ」
「声優のイベント……?」
阿久斗にはアニメを嗜む趣味はないため、声優のイベントと言われてもピンと来なかった。
「人気のアニメの声優が着ぐるみショーで営業に来てんだよ」
「ふむぅ。調べてみるか」
戸崎が噛み砕いて説明をしてくれたが、どうも知識外のことには弱い。
「ところで、アニメの名前は?」
「『プリティだんべる』だな。イベントに来る声優は、新藤カナミ」
「ふむぅ」
阿久斗が悩ましげに唸ると同時に、昼休みが終わるチャイムが鳴った。
「プリティだんべる、か」
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