〈超能力者×兄=神田阿久斗〉

 ビルの隙間から覗く空は、台風一過のように水色に染まっている。

「ふむぅ」

 隣町のゴミ置き場。

 カラスよけネットを突き破ってゴミまみれになった仮面の男は、悩ましげに唸った。

「危うく消し飛ぶところだった……」

 魔法少女に隣町まで吹き飛ばされたものの、五体満足で生還している。大きな怪我もない。

 しかしながら作戦は失敗に終わった。

「ふむぅ」

 ゴミを払いながら、再び唸る。

「見事にやられたなぁ!! がははははっ!!」

 大柄な男が、耳が痛くなるほどの笑い声を上げながら近づいてくる。

 毛深い顎髭に筋骨隆々な体躯。100kgを越えているだろう大男は、硬そうな頬の筋肉を動かして、満面の笑みを作った。

「父さん、静かに」

 悪の超能力者の正体がバレてはいけない。

 そのことは先代アクダークである父親は充分に理解しているはずなのだが、彼の豪快な笑いが抑えられることはなかった。

「がははははっ!! 阿久斗あくとはビビリだなぁ!! アレがある限り、問題ないぞぉ!!」

 道路に止めてある軽トラを指さす。使い古された軽トラの荷台には、ドラム缶に歪な機械が取り付けられた装置が載せてあった。

 初代アクダークの発明品第67号『きづけません』。特定の人物が周囲の人々から認識されなくなる、奇々怪々なマシーンだ。

 少年――阿久斗は発明品を完全に信用できていない。

 だが、実際に『きづけません』は不備なく作動していた。父親の玄麻くろまの騒音(笑い声)を気に留める通行人は一人も居ない。

 阿久斗はアクダークの姿のまま、軽トラの助手席に乗り込んだ。

「……美鈴みすず戸崎とさきは?」

「無事逃げられたぞぉ!! 良い逃げっぷりだったなぁ!!」

 玄麻がエンジンをかける。軽トラはガタガタと車体を揺らしながらも力強く走り出した。

 そこでようやく阿久斗は仮面を外す。

 素朴でほっそりとした輪郭、濃すぎず薄すぎない醤油顔。だが父親の筋肉の締まりが表情に遺伝してしまったのか、表情筋は硬い。

 阿久斗はダッシュボードからファイルを取り出す。

「直情的な相手に挑発をして、大業を出させたところまではいいが、あの高火力砲撃を放たれた時点で勝率は低くなる。一番の問題は、僕の反応速度と演技力か。マニュアル通りだったが……ふむぅ、このパターンは僕には向かないな……」

 悪党マニュアルと書かれたファイルをパラパラとめくりながら、独りごつ。

 阿久斗は、超能力の一覧が載るページで手を留めた。

 予知夢・障壁・発火・放電・転移・念話・透視……数え切れないほどの超能力の種類があるが、それらすべてを阿久斗は使える。とある機関に知られれば、即解剖されてしまうことだろう。

 だが、残念なことに数が多すぎて、阿久斗はすべてを使いこなせていない。

 浅いため息を吐き、数ページ送る。

 次のページは、魔法少女チョココロネが使う魔法『お星さま☆ばーすと』の分析表。

 有効範囲・威力・射程・推定弾数・弾速……現代兵器が逆立ちしても勝てっこない数値が叩き出されていた。ふざけた名前だが、あの魔法少女が本気を出せば、名前通りに星を砕いてしまうかもしれない。

 毎回、あの無差別級超高火力砲撃を防いでいる阿久斗自身、生き残れていることが不思議なくらいだった。

「魔法少女チョココロネ、奴は本当に人間なのか……?」

 憂鬱になる気持ちを切り替えるために、ファイルをダッシュボードに戻す。

「……父さん? 急に黙り込んでどうした?」

 放っておいても勝手に騒ぎ続ける笑い袋が、今は真空状態のように静かだった。

「あのよぉ……阿久斗ぉ……? おまえから説得してくれないかぁ?」

 玄麻の言いたいことは、みなまで聞かずとも理解できた。

「不倫した父さんが悪い」

「だぁからぁ!! あれは違うんだって!! 何度も言わせるなっ!!」

「組織の元同僚と夜道を一緒に歩いていただけなのは、知っている。だが、下心はあったんだろう?」

 実の父親だからこそ高圧な態度で接する。

「うぐっ!! 誤解なんだよぉ!! 父ちゃんは浅深一筋なんだってぇ!! 何で誰も父ちゃんを信じてくれないんだ!! うわぁああああああん!!!」

 大の大人が、雨粒のような涙を流し始めた。

「……ん? 着信か?」

 父親を放置して、携帯電話を取り出す。

 発信元は――神田ころね。妹からの電話だった。

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