〈魔法少女×妹=神田ころね〉
「あー! 魔法少女とかマジめんどくせぇ!」
国道を走る軽自動車。その助手席に座る少女、
気の強さを象徴するように目つきが鋭い。しかし幼い顔立ちのせいか、その気の強さは猫のような愛嬌として受け止められる。笑顔を作れば、男女隔てなく彼女を愛らしく感じるだろう。
だが、持ち前の愛嬌など唾棄するように、ころねの仕草は荒々しい。短いスカート丈を気にせず、車のダッシュボードの上に足を乗せ、好物の『辛揚げナゲット』をパクつく。
「わたしは、中学生だっつうの! 死ねよ、あのクソ脳味噌腐食アクダーク! つうか、次は絶対ぶっ殺す! あーもーイライラするぅ!」
気持ちを落ち着かせるためにお気に入りのハンカチを取り出す。
鼻先に当て、深呼吸。
「あー、キくぅ……!」
目をトロンとさせる様は、重度のジャンキーにしか見えなかった。
「ころね……さすがに、違法な薬は駄目よ?」
車を運転する母親が怪訝顔で言う。
ショートヘアの美女。鋭い目は娘との血の繋がりを証明しているが、凛とした美貌は子持ちの母とは思えないほど若々しい。
「らいじょうぶ、らいじょうぶ……。これ、おにーちゃんの匂いを嗅いでるらけらからぁ」
「そう、なら安心したわ」
「それよりも、お母さーん。いい加減、あのアクダークとかいう恥ずかしいゴミ、放っておいてもいい?」
「ダメよ、ころね」
母親は火の付いたタバコを一口。窓を開けて紫煙を吐き出した。
「魔法少女チョココロネが、アクダークと戦わなきゃ誰が丘市を守るの?」
「むーっ」
言い返すことが出来ず、ころねは口を尖らせる。
再び、辛揚げナゲットに手を伸ばすが、容器の底に指先が到着してしまった。空っぽの容器を握り潰す。
心のさざ波が、次第に強くなる。
「お母さん、何か食べるものない?」
「魔法少女コラボで売れ残ったチョココロネがあるわよ?」
苦々しい顔になる、ころね。
「……甘いの苦手だからいい……」
母親が作るパンは文句なしに美味しいのだが、チョココロネだけは同じ名前であることも相まって、好きになれない。
渋々ころねは後部座席に顔を向けた。
「おい、クソ犬ー! 魔法で辛揚げナゲット出せ!」
後部座席には、体を丸めているミニチュアダックスフントがいるだけだった――が、
「ならんわ! 先ほどから、うだうだと喧しい! 魔法は私利私欲で使うものではないと何度言わせれば気が済むんじゃあ!」
返答したのは、そのミニチュアダックスフントだった。
「ちっ、使えない魔女……」
犬の姿をした魔女サンド・ウィッチが犬歯を剥き出しにする。
「このバカ娘が、生意気な口を利きよって! おい、
ころねの母親である浅深は、薄く笑う。
「そうかしら? 元気に育ってくれて、私としては嬉しい限りよ」
「親バカかっ! あぁ! 嘆かわしい! 貴様が若い頃は、素晴らしい魔法少女じゃったというのに……あっづぅ!?!?」
浅深が爪弾きしたタバコは、魔弾のようにサンド・ウィッチの鼻先を焼く。
「まだまだ若いわよ」
「失言じゃったわい。……そうじゃ、ころね。これを読んでくれるのならば、何か出してやらんでもないぞ」
タバコの火を消すことに悪戦苦闘しつつ、サンド・ウィッチはどこからともなくA5サイズの封筒を取り出した。
「なにこれ?」
封筒の中に入っている一枚の紙を取り出し、ころねは問う。
「いいから、声に出して読むんじゃ」
サンド・ウィッチの言葉に従い、紙に書かれた文字を目で追いながら口にした。
わたし、魔法少女チョココロネ! みんなの笑顔とあまーいチョココロネが大好きな正義の魔法少女だよ!
でも、本当の姿は
私がチョココロネということを知っているのは、魔法少女にしてくれた魔女のサンド・ウィッチと先代チョココロネのお母さんだけ。他の人に知られちゃうと、なんとわたしはダックスフントになっちゃうの! だから、みんなには内緒だよ!
大好きなお兄ちゃんと、丘市のみんなを守るため、今日も悪の超能力者アクダークと戦うの!
くるくるちょこちょこ、甘くてカワイイ女の子! 魔法少女チョココロネ! 正義の魔法はちょっぴり苦いの!
「うざってぇモノローグだな」
「録音完了っと……。先月の活躍で、貴様は魔法界でも有名になったからのぅ。その宣伝用じゃ。正義の味方が慈善活動なのは、とうの昔に廃れておるからの」
「こんなん、魔法界で流して魔法少女の正体が、わたしだってバレたら、どうすんだよ」
「安心せい、パソコンで加工すれば身元は割れん」
「魔女のくせに機械頼りかよ……?」
サンド・ウィッチの正気を疑ったが、あいにく犬の表情は分かり難い。しかし傍らにあるレコーダーから察するに、正気はナチュラルに狂っていた。
「……ん? 裏にも何か書いてあんのか?」
不意に、ころねは紙の裏面に企画書が載っていることに気付く。
企画書の題目は『魔法少女チョココロネ☆全世界進出計画(仮)』と銘打たれた。
「ころね。この後は、丘市の市長との会合じゃぞ。明日は、魔法界でファッションショーのゲストで呼ばれておる。今まで以上に忙しくなるぞ」
「お母さん、ライター借りるねー」
シュボッ。
「ぬわあああああ! 何をしとるんじゃ、このバカ娘! ――あっづぅい!! あづぅ! 燃えた紙を投げる馬鹿がどこにおるのだぁあっづぃ!」
燃え始めた紙をサンド・ウィッチに放る。
「死ね、クソ犬」
キャンキャン騒ぐ犬を無視して、ころねは気持ちを紛らわせるために空を眺めた。
魔法少女なんてどうでもいい。世界の平和なんてどうでもいい。
神田ころねの心中には、一人しかいなかった。
「よしっ、お兄ちゃんに電話しちゃおっ!」
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