〈正義の魔法少女×悪の超能力者=日常風景〉
昼下がりの休日。
人通りの激しい駅前には、黒山の人集りが出来ていた。
群衆の瞳は、不可思議な格好をした一人の男を映す。
目元と鼻を隠す鉄仮面に、黒衣と同色の外套。子供向けアニメに出てくる悪の親玉のような風貌である。
「休日を楽しむ、民衆よ! 悪の超能力者アクダークである私が、貴様らにプレゼントを言い渡しに来たぞ!」
男――アクダークは、演技がかった仕草でマントを翻す。
悪党のプレゼントが良いものであるはずがない。
はた迷惑な悪党から逃れるように、人々はアクダークから離れていった。
「なっ!? 逃げるではない! 少しだけ! 少しだけでいいから立ち止まれ! 絶対に損はしない! 旨い話があるのだ!」
焦ったアクダークは、キャッチセールスのような台詞で人々を呼び止める。
「本日の○○競馬の第三レースは『8―2―10』を買うが良い! 確実に当たるぞ!」
その言葉を聞いた途端、人々はアクダークを取り囲む。
『世界滅亡をもくろむ小悪党のくせに、たまには良いことするのね!』
『アクダークやるぅ!』
『でも、本当に当たるの……?』
群衆から、困惑と喜びを混じらせる声が湧く。
「フゥハハハハ! 私の超能力をもってすれば、賭事で勝つことなど容易いのだ!」
自称超能力者が高々と宣言すると、群衆は携帯電話などでメモを取り始め、行動の早い者はネットから馬券を購入し始めた。
群衆の反応にアクダークはほくそ笑み、次なるレースの勝ち馬を宣言していく。
今のところ、馬券予想もとい馬券予言は確実に当たるだろう。だが、最後のレース結果だけは、わざと嘘の情報を伝える。
悪者が善行をするはずがない。
期待を大きく膨らませた群衆は、最後の最後で絶望を抱くだろう。
もし競走自体が中止になったとしても、それはそれで構わない。アクダークの目的は、人々に絶望を与えることだけだ。
「絶望を与えるのならば、まず希望を与えればいい……簡単な法則だ」
クツクツと笑いながら最終レースの結果を伝えようとした、その矢先。
「――そこまでよ、アクダーク!」
甲高い声音は、頭上から聞こえてきた。
アクダークを始めとして群衆が空を仰ぐ。
箒に跨がった少女が、空に滞空していた。
ピンクと白を中心としたフリル満載の洋服に、くるくると巻き貝のように螺旋を描くとんがり帽子、腰にはハート柄が散りばめられたステッキ。
女児向けアニメに出てくるような魔法少女そのものである。
「今日の下着は赤か……」
誰かが呟く。
ちょうど見上げる姿勢のため、下着がノーガードで見えてしまう。魔法少女自身はそんなことに全く気付いていない様子だった。
魔法少女は降下し、アクダークの前に着地する。
途端、群衆は蜘蛛の子を散らした。
「アクダーク! 予知夢で見た競馬の結果を言いふらすのは、やめなさい!」
「来たな……年齢詐称の魔法少女チョココロネ!!」
「なっ!? わたしは歳を、ごまかしたりしてないもん!」
魔法少女チョココロネの言い分に、アクダークはせせら笑う。
「何十年も魔法『少女』をやっている脳味噌メルヘンババアが何を言っても無駄だ!」
「ち・が・う! わたし、まだ中学生だし!」
「競馬が分かる女子中学生がいるか? おい、民衆よ! この
フゥハハハハ! と高らかに笑うアクダーク。
一方のチョココロネは肩を震わせ、腰に提げてある魔法のステッキに手を伸ばす。
周囲にいる人々が、血相を変えてチョココロネの『射線上』から退避した。
ステッキの穂先は、アクダークを捉える。
「はははは……ハッ!?」
悪鬼羅刹の如き憤怒の表情をしたチョココロネ。
「死ねぇええええ!」
よもや正義の味方とは思えないような言葉が引き金となり、ステッキの装飾が光り輝く。
「お星さま☆ばーすとぉおおおお!」
穂先から放たれる光の奔流は、大量殺戮兵器と大差のない威力でアクダークに迫り来る。
溶けるコンクリート、塵と化す木々、焼ける空気――触れれば即死は免れない。
とっさにアクダークは、超能力で一番得意とする防護障壁を展開する。
目映い光が障壁に衝突した。
光線を防げた――ように見えたが、障壁は防弾チョッキのようなものだった。
被弾はせずとも、耐衝撃性能は低い。
アクダークの体は虚空へと弾き飛ばされる。
「次こそは、貴様の実年齢を公表してやるぞぉおおおお!」
その叫びは、彼の影が豆粒サイズとなるまで続いた。
「はっ、ザコが」
嘲笑を漏らしつつ、チョココロネはステッキを一振り。
銃火器よりも恐ろしい兵器を振り回されて、周囲の人々はビクッと体を震わせた。
しかし、正義の魔法少女である彼女は無害な人々を傷つけるわけではない。
「くるくるちょこちょこ、甘くてカワイイ女の子! 魔法少女チョココロネ!」
魔法少女チョココロネは決め台詞と共に勝利のポーズを決める。
「正義の魔法はちょっぴり苦いの!」
乾いた拍手が響く。
同時、魔法の射線上にあった廃墟ビルが、倒壊した。
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