日常への回帰
――死んでないよな?
一二三の目の前で穏やかな表情を浮かべて倒れた充を見る。僅かに浅く呼吸しているところからして死んではいないようだ。
とりあえずシスが咄嗟に膝枕しているのを見て、物凄く羨ましい、自分をやってもらおうと周囲の女子を一二三を見た。
千恵、頼んだらぐーによる一撃が飛ぶ。
心、碌さんの前では罪悪感があるし頼んだところで冷ややか一言が飛ぶだろう。
結果として諦めることになる。
――うん、無理だよね。知ってた!!
「えっと、とりあえずどうしよっか?」
問いの言葉を発すると"銀色の守護者"から体を返された千恵がそうね、と思案するように口元に手をもっていき。
「任務完了ね……名残惜しいけど手早く帰らないと」
「えー、この後勝利を祝って皆と騒いだりとか、は?」
「あまり長く留まるのは好ましくないのだけどね……支部長に連絡してみるわ」
そういって千恵はスマートフォンを片手に通話をはじめた。
立場的に難しいのは、頭の足らない自分でも分かっている。ただそれでも、出来ればワイワイ騒いでそんな時間も大事じゃないかと思う。
――俺らガキだしな。
オーヴァードである以前にそんな若者だ。だからもっと遊んでいたい。
千恵が通話を切ってこちらへと視線を向ける。そして笑顔で親指と一指し指で丸を作る。許可が下りたということだ。その事を理解すればぐっと拳を握った。
「じゃあ、とりま。色々準備しないとな……あ、もちろん。碌さんも心ちゃんも!」
視線を向ければ心と碌は顔を見合わせて、やがて碌の方が首を横に振った。
「僕は遠慮するよ」
「え? どうして?」
首をかしげていると碌が近くへと来て。
「先日も言いましたが立場上。元々FHですからさっさとたちのくべきでしょう」
囁かれた、リンダが無表情でこちらを見ているが多分聞いていないだろう。
「大丈夫っす、黙ってれば平気。それに仮にばれたとしてもそんな悪いようにしないと思います」
「いや、君。でなくて組織的な立場の問題の話でね。さっきも話しただろう?」
「それに関しては大丈夫でしょう」
心が静かに横から入る。タブレットを操作している、その様は、まるで碌のようにも見えて微笑ましく見えた。そんな中、心が言葉を続ける。
「偽装工作はしっかりやっておきます。この場では何もなかった。全部は無理でしょうがほぼ我々がいた痕跡は残らないでしょう」
「アートオブハート……」
碌が諦めたように肩をすくめて。
「一晩だけです、早朝には帰らせて貰います」
「そうこなくっちゃ。早いところ準備しなくっちゃ」
「よくもまあ元気な事で」
「このために頑張ったからね」
心が半ば呆れた表情をしているが、そういう心こそ、碌といたいがために偽装工作頑張ったのだろう。
そうしている間にシスとリンダが充を運ぼうと動いている。
「とりあえず、私達は、充を部屋に運ぶね?」
「いやいや、俺がやるから女の子は休みなって」
「じゃあ遠慮なく」
「いや、リンダさんは手伝ってくれないかなーって……」
呼び止めようとするがリンダはリゾートマンション内へとゆらゆらと行く。
「ちょっと、リンダちゃんと手伝わないと――」
そんなこんなでいつも通りの日常を、取り戻した。
――やっぱり平和が一番だよな。
充が目を覚ませば見慣れた天井が視界に入った。リゾートマンションの一室の和室。布団を敷かれて寝かされていたようだ
「……っ。ここは」
上半身だけ起こす、体に痛みはなく、闘争の衝動も収まっている。問題なく体は動く事を確認すれば傍らに正座で座る女性に目を向けた。
一言で言うのであれば凛々しい。心と良く似た華奢な体だが黒のナイトドレスと女性らしい体躯とあいまって大人びて見える女性だ。姉妹だろうかと思う。
「目が醒めたようだな、体調はどうだ?」
「えっと、あなたは? 皆はどうしてますか?」
問えば女性は落ちついてくれ、と言って向き直り三つ指をついて頭を下げ、顔をあげた。
「はじめまして、私はカリア=フェイスロード。アートオブハート達の主だ。まずは、状況の説明をしなくてはいけないな」
カリアと名乗った女性はゆっくりと今までにあった事を説明してくれる。
"フィンガーオブロード"を倒した事、その後、無事なリゾートマンションの一室に移された事。誰一人欠けることなく、現在治療しつつささやかな宴をしているとのことだ。
ちなみにカリアは気になって組織を壊滅させたうえでマッハで来たそうだ。
世の中すごい人もいるものだなあと思いつつ名乗ってない事を思い出せば。
「えっと、あ、暁充です。その力を貸してくれてありがとうございました」
「そう構えなくていい、年も変わらないのだからな……それにこの一件、私の過失だ」
再び、カリアが頭を深々と下げた。
「今回の件、済まなかった。私が早くに気付いて対応していれば君達の日常を乱すこともなかった」
「それは――大丈夫です。その結果的ですけど色々気付けたこともありましたから」
「そう言ってもらえるとありがたいが、このままでは私の方も気が済まない――」
言ってカリアは立ち上がり。
「今後は我々も君達の保護に力を貸そう」
「えっと、その、それは――」
「何も生活を乱そうとするつもりはない、UGNと同じで何かあった時、君達を守る。そういうことだ……迷惑、だろうか?」
不安そうに、カリアは尋ねる。
自分達の力だけでは足りないこともある、その事を知っている。
「……先輩とシスは何て言っていますか?」
「先輩と言うのはリンダ、ことか……うん、君に任せる、だそうだよ」
信頼されている、ということかもしくか面倒だ、ってことなんだろうな。
後者だと思いながらカリアと名乗った女性を見る、真面目な人という印象だ。
「お願い、します」
「うむ、任された……安心したよ」
その言葉に首をかしげるとカリアは微笑して。
「断られたら密かに守る、そんなつもりでいたが、それは私の望むところではなかったからな」
「シスの力が危険なものだから、ですか?」
「違う」
カリアは即答して続けた。
「友人を守りたいと思うのは普通だろう?」
さも当然のように話す姿を見て納得する。
おそらくは既にシスと話はしたのだろう。
「……そういうことですか。そのシスがお世話になったようで」
そういうとカリアは声を出して笑った。笑う姿は年相応の少女に見える。
「本当にシスが言っていたように保護者のようだな。君は」
「まあ、俺がやらなきゃなんで」
「その姿勢は私も見習わなければな、さて、邪魔者はそろそろ行くとしよう」
カリアは立ち上がった。
「忘れるな、君は決して独りではないよ」
それだけ言い残して襖をあけるとシスが倒れ込んでくるのを支えて。
「シス、大丈夫だ。心配せずとも充に手は出さない」
「そういうわけじゃ……」
それではな、とシスの肩を叩いてカリアはその場を去っていった。
入れ替わりにシスが入ってくる。
心配そうにこちらを見つめて。
「その、もう大丈夫?」
「うん、話は終わったし、平気、起きれるよ。先輩達は向こう?」
襖のは居間に繋がっている、そこから料理の匂いと賑やかな声が聞こえてくる。宴会だろう。
シスは頷いて応えれば充は立ち上がって向かおうとする。
「後悔、してない? 私を、守ることになって」
足を止めて、振りかえり、シスの頭に手を置いて屈んで目を合わせた。
「してないよ。いや、むしろ感謝してるぐらいだよ」
皆に会えたおかげで自分の目標も定まった。
「――やりたいこと、見つけられたからね」
ただ、自分で居場所を守るだけじゃなく、現実から逃げるのではなく。
必要なのは来るべき現実に備えて戦う事だ。
――ずっとこのままではいられないんだ。
また、今回の様な戦いが起こることもある。
シスもこのまま外の世界を知らずにいるわけにもいかない。
自分達の力が他の場所で必要となることもありえる。
そして守り続けるためには力も必要だろう。
けど今やることは。
「洗い物とか、片付けしないとね」
「こう言う時ぐらいゆっくりしなよ」
今は、取り戻した日常のありがたみを知ろう。
ミックスキャスト 三河怜 @akamati1080
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