双光
充達はリゾートマンションへとたどり着いていた。
充が考える事は一つ。リンダ達の安否だ。
だが、その心配は杞憂に終わる。既にリンダ達は駐車場へと移動していた。
心がバンをリンダ達の近くに止めれば合流は果たされた。
「大丈夫ですか?」
「……あーいいから集中しろ、まだ終わってねえ」
こちらの言葉にリンダが視線を向けずに答える。一二三達もなんとか、と返す。
「状況は?」
「……レネゲイトウィルスを活性化させた結果とりこまれしまったようですね。暴走状態にあるものと考えられる増す」
碌の問いかけに心が素早く応じた。
「暴走ってそれじゃあ、どうなるの?」
「そのまま本能のままシスを狙ってくるのだろうな」
千恵が構えた、それに合わせて皆が体勢を整える。
千恵を前衛に残りはシスを囲むように動いた。
リゾートマンションの玄関を砕いて出てくるのは黒の巨躯だ。霧を纏い、獣の頭に複眼、足は領域の地面と同化し幾重もの触手が生えていた、それはまさしくジャームと呼ばれる怪物だ。
ジャームから咆哮が上がった。
レネゲイトによる衝動、それがジャームによって呼び起こされていく。
充の抱える衝動、闘争の衝動がその身を蝕もうとするが不意にそれが薄らいでいく。
「今の私なら――」
シスの力が発動する。
領域内のレネゲイトウィルスを鎮静化させることで衝動を抑えていく。おかげで衝動に乱される事はなく冷静さを保てる。
先手必勝。何かをされる前に潰す。
前へと動くのは二人、碌と一二三だ。
白いガスが一二三を包み、一二三の構えた指鉄砲から光の奔流が走った。
自分と同等、それ以上の一撃だった。
しかし、その一撃を”フィンガーオブロード”だったジャームは文字通りに喰らった。口を広げ取り込んだのだ。
「なっ!? 嘘だろ!?」
それ以上の黒い光がジャームの指鉄砲から放たれた、同時に黒い霧がジャームを包みその姿を歪ませる。
「こちらの攻撃を喰って真似るってわけだね……」
ジャームが咆哮をあげたのと同時、胸部から黒い泥の塊を放つ。
泥の塊は炎を纏った巨大な刃へと形をなして襲いかかってくる。
「ここは、私が!!」
千恵が魔眼を握りしめて空間を叩くと、ジャームの攻撃は霧散した。
「牽制を…!!」
心が領域を展開した地面からの赤い弾丸による弾幕をはり敵の動きを制限しようと試みる。
充は躊躇わず、弓を構えて側面へと回りこんだ。
これから行う攻撃でリゾートマンションを吹き飛ばさないための動作だ。
それに合わせてリンダとシスが領域を展開。
体が軽くなると共に弓が光を帯び、巨大な矢が顕現された。
「これで!!」
ジャームを抉る程の巨大な光の矢を放った。
正確に捉えジャームを吹き飛ばす、その筈だった。光の矢がジャームと充の間に突如現れた魔眼によって遮られた。
「シ、スター……」
低い呻きと共に魔眼から発せられる重力の波にその場にいた全員が叩き伏せられる。
骨がきしみ、内臓が潰されて呻き声が漏れた。
即興でとはいえ連携による連撃。その全てを相手は凌いで見せた。
――勝てるの、か?
そんな弱気な思考を振りはらって立ち上がる。
俺が、俺達がシスを守る。
あの時逃がしてくれた心に報いるためにも、果たすべき役割がここににあった。
思考の切り替えをする。
――どうすれば勝てる?
見たところ、普通の攻撃は潰される。
必要なのは普通でない攻撃。それを放つためには何をすべきかが分からない。
戦線を維持するために攻撃を防ぐが、徐々に攻撃を学習されて圧され始める。
「一分、時間を稼いで。それでどうにか勝てる方法を割り出してみるから」
声が響く、碌のものだ。
傭兵であるスマイルギフト、彼は多くの戦闘をこなしてきた経験。そこから勝ち筋を見出す、そのための時間が必要と言う事だろう。
「分かった」
充の言葉より早く動くのはリンダだ、展開された領域の地面がめくり上がりジャームを囲む。
直接的な攻撃ではなく、時間を稼ぐための技だ。さらに、碌の黒いガスがジャームの周囲を包む。
ジャームが暴れ、囲む壁を砕き。狙いを碌へと向けて雷撃を放てば心の従者がそれを受け止めた。
流れるような展開だ、一瞬でも気を抜けば置いていかれる早さ。
それでもジャームは攻撃を受けながらもシスとの距離を縮めようとしている。
それを見て、シスが悔しそうに表情を歪めた。
シスの力さえコントロールできればこの状況を打開する返す事が出来る。それほどまでにレネゲイトウィルスを鎮静化させる力と言うのは強力だ。
だが、それを頼る訳にはいかない。
シスはただ、今、攻撃をあえてしかけてジャームの目を引いている。
懸命だ、と充は思う。
一番弱くて、一番重い立場であるシスのそんな姿を見せられたのであれば皆はそれを応えようと動く。
渾身の一撃が通らずとも、致命の一撃を受けようとも何度でも攻撃を繰り返し、何度でも立ち上がる。
充もまたジャームの触手で心臓を抉られる。激痛という表現では生ぬるい程の痛みが走る。それでも――
「諦める、もんか……!!」
口内の血を吐き捨て、その身を再生させて矢を放って返す。
決死の一分間が過ぎた。
「良く耐えたね、皆。 これで終わりにしよう」
碌から伝えられた作戦、また辛い内容だ。
――無茶言ってくれるな―もう!
一二三は心中でため息をついた。
だがやらざるを得ない、平和を取り戻すために。何よりも。
――夏休みと美少女達の笑顔のためにな!
各々が目配せをして頷き、動いた。
最初にシスが大きく距離を取った、それはジャームから距離を取るためではないこれから放たれる一撃に備えての動きだ。
その前に立つのは千恵、シスへと追撃をかけようとする相手の領域から飛び出すに槍による攻撃を弾き落としていく。
「させんよ。全力で守らせて貰う」
千恵が魔眼を握った拳で味方に向かってくる攻撃を阻むと大きく息を吸って両の拳を地面へと叩きこむ。
「彼らの攻める時を守りきる!!」
コンクリートにヒビをいれるほどの重力フィンガーオブロードに叩きこみ、その動きを一時的に止めた。
「道を作ります!!」
心が自らの血を媒介にコンクリートの塊を撃ち出して"フィンガーオブロード"の領域を抉る。
「私とてフェイスロード卿の因子を持つ"複製体"。貴方の"浸食"、使わせて貰います」
ジャームの持つ領域に心が自らの血液を飛ばすと泥の領域が徐々にもとのコンクリートへと戻っていく。"フィンガーオブロード"の技術を以て領域を奪い取ったのだ。
ジャームの前に立ちふさがるのはリンダと碌だ。リンダがジャームを中心として灰色の領域を展開、ジャームを沼に沈め、そこへ碌が黒の霧の見せる幻覚で動きを鈍らせ勢いを削いでいく。
さらにシスがレネゲイトビーイングとしての本来の姿を見せた。変化は一瞬だ、光りに包まれたと思えば一回り小さくなりカソックを纏ったシスの姿がある。
そのシスの姿を見るや否やジャームは沼に沈みながらもシスを狙って一直線に動く。
その隙に一二三と充は左右から挟み込むように動く。
碌が分析した、ジャームの動き、それはシスを手に入れるのを第一にした動きをするジャームは欲望のままに動くがこのジャームは顕著であるこということだ。
シスが目の前にいればそれを取り込もうとし、邪魔ものがいればそれを排除しようと反射的に相手と同じか、それ以上の攻撃を繰り出すというものだ。
故に、やるべきはまずは敵の動きの阻害と制限。
碌を中心としてリンダとシス、千恵の手によってそれらは叶えられた。 後は相手の反応以上の一撃を放ち消滅させる、それは一二三達の手に託されている。
「一発で終わらせてやるさ……」
光の鞭を振るい、五指をジャームへと向けた。
それに合わせるように碌の白い霧が一二三に纏わりつき、その力をさらに引き出す。
「頼んだよ」
碌の言葉に頷いて、抑え込んだ力を解放する。
「目ん玉かっぽじって見やがれ!!」
幻覚の光を交えた五つの光が走る。 ジャームの巨躯を抉らんとする一撃必殺の技だ。
完全に捉えた。
その瞬間、ジャームはにやりと嗤ってみせた。
光が到達すると同時にジャームはその身を液状化して地面へと逃れる事で一二三の放った光を全て避けてみせた。
そして、その光は対面の充へと飛んだ。
――おいおい、まじかよ。
「碌さん、流石すぎだろ!」
相棒の計算通りの動きだ。
充は弓を構えた。正面からは一二三の放った光が来る。
――そう、あのジャームを倒すのであれば奇襲。
それが碌の考えだった。リンダ達のエフェクトで行動を制限すると共に、畳みかけるような攻撃に思考すらも制限して見せた。
エンジェルハイロゥのシンドロームは光を操る、それは無論、他のエンジェルハイロゥの光であっても例外ではない。波長さえ合わせれば操作できる。
右腕を前に突き出して一二三の光を受け止めれば身を裂いていく。
――重いな。
物理的な重さだけではない。
この一撃に皆の思いがつまっている。
倒れそうになる身をかろうじて支えて
「先輩! シス、お願いします!!」
皆を助けるために助けを求めれば即座に動きがある。
充の足元に黄金の領域が展開された、温かい。リンダとシスの作る領域だ。
領域から伸びる光が構成されていく弓を補助する。
弾け飛びそうになる腕の痛みを堪えて、光の波長を合わせる。溢れ出る光を矢の形へ、そしてそれに耐えうるだけの長弓を作り出そう、そこから伸びる光が弓を包んでいく。
狙うべき相手は地面へと逃れた。本能的な恐怖からだろう。
――その地面ごと吹き飛ばす!!
迷いはなく、既に狙いをついている。
全てを終わらせる。
「いっけぇぇぇぇ!!」
跳躍と同時、弦が切れるギリギリまで絞った一射が放たれる、その反動でリゾートマンションの壁面へと背中から叩きつけられる。
巨木にも似た矢は地面へと突き刺さり眩いばかりの光を放った。
突風と響く轟音、そして響くジャームの断末魔の叫びに上がる土埃。
それらが収まる頃には駐車場には大きなクレーターが出来ていた。刺すようなワーディングの気配もなくなっていた。
――勝利だ。
血を吐きながら、リンダ達へと視線を向ける、自分の攻撃の余波を皆、受けてはいたが、大きな怪我はないその事に安心しながら立ち上がろうとすると倒れる。
すぐに、シスがこちらへと駆けより倒れそうになる身を支えてくれる。
「……ありがとう」
「ううん、大丈夫だよ」
重い体を何とか起こす。大量の出血に裂傷、多分、骨が折れている、そして胸中にうずまく闘争の衝動が強くなって今もなお、力を行使しようとその身を蝕む。
――だけど。負けない。
決して表情には出さない。
痛みはオーヴァードによる力で治せる。衝動を抑えるには心の強さだ。持つべき確かな未来。
ジャームには決してならない。
リンダとシスとの未来。
その二つだけじゃなくて人との支えを得た、十分に、自分は"人"でいられる。
――皆を安心させないと。
穏やかな表情を浮かべてリンダの元へと向かう。
リンダはいつも通りの無表情を浮かべるだけだ。
「先輩、やりました。皆を守りました」
「ん、上出来じゃねーの?」
適当な返しだ。いつも通りのリンダだ。
一二三が口を出そうとするが"銀色の守護者"がそれを制して視線を心へと向けた。
「これで、任務完了か? "アートオブハート"」
「ええ、ジャームの反応は確かに消えています……事後処理はこちらで請け負います。後は任せてください」
千恵の言葉に頷き以て応じた心の言葉が充の耳に入れば緊張の糸が切れて、膝から倒れて、手をついた。
「ちょっと、気をはり過ぎたかな」
疲労感に睡魔が頭を支配していく中、一二三達が目に入る。
――後の事は、任せて大丈夫だよね。
意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます