最終決戦
日が昇るより早く、充達はキャンプ場の駐車場へと集まっていた。
空は再び曇ってきていた。
そんな中、あくびをかみ殺す者、深呼吸して気を落ちつける者、まったく動じない者、人それぞれだ。
そんな皆の中、充は一歩前に出ると視線が自然と集まった。
「あの、どうしても戦いに行く前に一つ言っておきたい事があって」
自然と緊張するが、息をはいて気を落ちつける。
「すみません、俺達の事情に巻き込んで。そして……日常を取り戻す、手伝いお願いします」
頭を下げた。
どうしても伝えたかった。気持ちだ。
自分達がいなければ巻き込む事はない、だけどもそれを解決するには未熟だ、だからこうして関係の内皆に手伝ってもらっている。
それを任務、として充は割りきれなかった。
しばらく、沈黙が流れた。
「何言ってんだよ。手伝うって……シスちゃんのためにな」
笑って返すのは一二三だ。
「他人事ではないので」
「しっかりと前金を頂いていますから」
静かに返すのは心と、碌。
「ありがとう、ございます」
顔を上げた。
自分の中でのしこりはとれた。
後は終わらせるだけだ。
「……気は済んだ?」
「うん、大丈夫。戦えるよ」
――迷いはない。
「いくぞ」
「はい!」
バンに乗るようにリンダに促されれば充は元気良く返事をした。
充が今回組む相手は碌と心、リンダを欠いての戦いは訓練以来である。
リンダといないことで不安はある。
――だけど、やれる。
充達が目指すのはリゾートマンションの麓にある駐車場かつてリンダが充をかばって負傷した場所だ。
「いやな空気だ」
碌は呟きながら白いガスを展開すると僅かに気持ちが和らいでいくのを感じる。
ソラリスの能力による薬品分泌の効果によるもの。
「……一応味方だからこちらの手の内を明かしておかないとね。これが僕の能力」
「薬品を操る能力ですか?」
「そう、典型的なソラリスだよ。幻覚を見せたり、潜在能力を一時的に引き出したり……あとはタブレットの中にレネゲイトビーイングがいてサポートしてくれてる」
「そうなんですか、俺の能力は――」
充自身能力を教えようとするが碌が大丈夫、と手を出して制止した。
「既に教えてもらってるから大丈夫……。気負わずにとは言わないけど前みたいに突っ走らないようにだけお願いするよ」
「はい……あの時はすいません」
頭を下げると間にシスが入ってくる。
「その、なんでそこまで気にかけてくれるんですか?」
割ってはいたシスは碌に質問した。
碌はシスへと視線を向ければ不思議そうに首をかしげて。
「お金をもらったから、だけど? それ以上の理由はないよ」
「傭兵、って言うからには仕事を選ぶと思うんですけど? 少なくともこんな危険な仕事を受けようとは思いません、仮に知り合いだったとしても危険なのは変わりありません、割の合わない仕事ということも分かりそうですが」
成程、と”スマイルギフト”は感心したようにシスを見て。
「単なるお姫様ってわけではなさそうだね、良く傭兵の事を勉強をしているようだ」
「答えてください」
シスを制止するべきか充が迷っている内に碌は応じ。
「信用してくれるかどうか分からないけど、私怨と……ケジメだね。内容は話すつもりはないけども。それがあってこの場にいる」
この場のシス達を納得させるだけの嘘かも知れないだが。
シスは分かりましたと返して。
「信じます」
「……いいのかい?」
「嘘を言っているようには見えませんでしたから」
「そうかい。それならこちらも信頼の証というわけではないけど改めて名のるよ。須賀井碌、よろしく二人とも」
一先ずは大丈夫、だろうかと思って口を開く。
「その、失礼しました」
「いえ、当然の不安でしょうから」
頭を下げると碌は笑んで返した。
そうこうしている内に目的の場所へとたどり着いた。
僅かな外灯で照らされた別荘地。一見、何もないように見えるが充は悪寒を感じていた。
体内のレネゲイトが本能的には反応しているのだろう。確実に倒すべき敵がいることを教えてくれる。
「……わざわざ、"シスター"を届けに来たと。そういうわけでもなさそうだが?」
声が、響いた。
コンクリートの地面が解けて人の形をなした。泥人形のそれはくつくつと笑った。
"フィンガーオブロード"の一部だ。
充は冷静に深呼吸をして気持ちを落ちつけて相手を見据える。
「お前を倒しにきた」
充が告げた言葉に"フィンガーオブロード"は高笑いをした。それ一つから二つ、三つへとなっていく。
人形が増えて行くのだ。
充達の目の前には五人の"フィンガーオブロード"がいた。
充が弓を構え、碌が白いガスを展開した。
心は後ろに控えて領域を展開していく。
「思い通りにはさせない」
「勇ましい事だな。たかだか一日で何が変わると言うのだ? さすがにそろそろ目障りになってきたな」
シスを庇うように碌が前に出る。
「お前が、”フィンガーオブロード”か……あいつに比べれば大したことなさそうだね」
「お前は――"スマイルギフト"か。 あいつとは私の主のことか」
どうやら碌と何やら因縁があるようだと感じるが充はその思考を隅に置いた。
「……所詮は雑兵よ。どうやら包囲を作って挑みかかっているようだが――」
作戦通り他の地点でも進行がはじまっている。
「――蟻が群れを成したところで結果は見えていよう」
ふっと碌は鼻で笑った。
「蟻かどうか、試してみるかい? 」
黒いガスが碌から挑発を示す笑みと共に発した。
「今度は、負けない」
充も光の矢を番えた。
それが戦闘開始の合図になった。
光の矢が周囲を照らし、白と黒の霧が包む中で対抗するように黒い泥がばらまかれる。それらが炎や刃へと形を変えて襲いかかってくる。
急所を外して充はそれらを受けながら前へ出る。
痛みに飛びそうになる意識をかろうじて保ちながら目の前の相手に一心不乱に矢を放つ。
「”アマテラス”、下がってください! シスターと私が前に出ます!」
後の動きのために全力で戦う事は出来ない。そのため、守るべきシスを含めて前衛、後衛を交代しながらの攻撃をもって戦線を維持した。
バックステップ、同時に心とシスが前に出れば敵の攻撃を阻む。
だがそれでも、圧倒的物量に徐々に押され始める。
「敵わないと知りつつ、挑んでくるか。思いだけで勝てると、本気でそう思っているのか?」
「さて、ね。けど、そろそろ引き時かな」
フィンガーオブロードの言葉に襟を正しながら碌は後方へさがると同時に懐から拳銃を取り出し空へと向けて発すると赤い煙が立ち上る。信号弾だ。
それを見て、充も牽制の矢を"フィンガーオブロード"へと放って続いた。
「ふん、では、大人しく。"シスター"を置いて逃げればいいものを、手間を取らせてくれるな」
勝ち誇ったように"フィンガーオブロード"は高笑いをした。自らの勝ちを疑わずシへと近づこうとその身を近づけようとする。
作戦通りとはいえ自然と心臓は高鳴る。本当にうまくいくのだろうか、と。
「……所詮は三下だね、やはり」
嘲るように碌が言って下がりはじめると泥人形の一体が霧散していく。
「貴様ら、一体何を――」
「敵に教えるとでも?」
それだけ言い残して、充は碌と共に霧の中の雑木林へと滑りこむ。
心の立てた作戦通りだ、”フィンガーオブロード”は大量の従者を展開する事で消耗させる。そしてさらに自分達が交戦することで外へと意識を向ける。
そして撤収の際には信号弾を放ち、支援砲撃を行う。
その手応えを充は感じていた。
"フィンガーオブロード"は自信にこそあふれているが、発せられる圧もどこか薄らいでいる上にリゾートマンションを襲ったような大規模な攻撃もなかった。
そして、追撃もない。こちらを警戒したということだ。
ある程度離れれば、荒れた呼吸を整えて汗を拭った。
「大丈夫?」
「……はい、ありがとうございます」
碌に声かけられれば充は足を止めて、木に寄り掛かる。ワーディングの気配は遠い。
「心さんは平気? 従者をたくさん操っているのに」
「無理な人数ではありませんから。部下もいますしね……休める時間は十分といったところですか。その頃には彼らが決着をつけに行くでしょう」
心がリゾートマンションの方へと視線を向けるのを見れば皆、それに続いた。
「後は頼みます、先輩」
届く事のない呟きをもらした。
一二三はため息をついた。
今、共にいるのはリンダに千恵だ。
――出来れば心ちゃんとシスちゃん、あー碌さんでも良かったよなぁ。
今、一二三達がいるのはリゾートマンションのロビーだ。交戦の跡が色濃く残っており、ところどころに弾痕や割れた窓ガラスなどの破壊の跡が見えた。
一二三として見れば充と自分が入れ替わった方がいいのではないかと思うが心曰く。
「パートナー同士組み合わせるといざ、一人が欠けた時の精神的ダメージを考えての事。そして充の精神状態は不安定。それよりは迷いのないあなたが行くべきでしょう……不本意ですが」
そう、言われては文句を言う事も出来ず、こうしてこの場にいる。
リンダは気だるそうに足踏みをすると徐々にロビーの床が灰色に染まっていく。
「あ、あのなんか緊張するっすねー」
「……」
返事はない、空気が重い。なんか今回、こんなんばっかだなと、思いながら胸中でぼやく。
何気なく周辺へと目を向ける。
――きっと平和だったんだろうな。
それこそこにはシス達の日常があって、それが踏みにじられた。
「怒ってるんっすか?」
「……」
一二三の質問に長い間を以てリンダは口を開いた。
「……家壊されて怒らねえやつはいねえだろ」
ぼそっと返された言葉にああ、そりゃそうだよなと納得する。そして、この人なりに怒っているのだ。
一気に温度が下がったかのような錯覚を一二三達は得る、ワーディングだ。
「喋っている時間もない、と言う事か」
千恵の言葉に応じるように一際強いワーディング。その主がロビーの奥から姿を現した。
銀髪碧眼の青年、前に言われた特徴と一致する敵の姿だ。こちらを荒れた呼吸で見ている事から無理をしていることは一二三でも見て取れた。
「言葉はもはや不要、貴様らを倒せば。この戦いも終わりだ」
「へん、やせ我慢しないで大人しく倒れろってんだ」
指を構えて銃の形をつくる、既に狙いはついていた。
"フィンガーオブロード"もまた、周囲の領域を歪めた。
決戦がはじまった。
"フィンガーオブロード"が腕を振るえばそれに応じて領域から炎弾が飛んでくる。
それら全てを灰色の壁が遮る、リンダのオルクスの能力、"超血統"と呼ばれるそれは攻撃を防ぐそれに特化したものだ。その力を示すように飛んでくる攻撃の全てを阻んだ。
「すげえ……」
「さっさとやれよ」
驚いていれば、リンダに攻撃を促された。 すうっと呼吸をすると指に光が集まる。
充達と違い、自分達は力を温存する必要はない。最初から全力だ。
――単純でいい。
「くたばれ、女の敵っ!」
指鉄砲から放たれた光線が周囲を照らし、”フィンガーオブロード”を捉え、肩を抉った、それに続くように千恵が続いた。
怯んだ一瞬の隙をついて、重力を纏った拳を叩きこみ"フィンガーオブロード"をロビーの受付へと叩きこんだ。
「どうした、"フィンガーオブロード"、その程度じゃ、ないだろう……っ!?」
そう言っている千恵が弾き飛ばされて壁へと叩きつけられる。
何らかのエフェクトということしか分からないが。決してなめてかかってはいけない相手だと意識した。
「なに、まだ、準備運動さ」
肩を鳴らしながら"フィンガーオブロード"は身を起こした。ダメージはないように見える。
「準備運動で終わらせる」
パンと、リンダが手を叩くと灰色の領域が光り出して広がっていく。
「ピュアブリードはやはり強いな……加えて超血統、か」
フィンガーオロードが指を鳴らすとリンダの領域を塗りつぶして足元から槍が飛び出る。
「なっ!?」
不意の攻撃に動きが取れず一二三の全身を貫かれた。
致命の一撃だ。
……だが、こんなやつに命をくれてやるつもりはねえ!
すぐさま槍を力づくで引き抜く出血するよりも早くその傷口を再生させて前へと踏み出す。
脳裏に浮かぶのはシスの笑顔だ。
目の前のこいつが消えればまた見られるのだろうな、そんな事を思えば自然と集う光はさらに輝きを増した。さらにリンダの領域がさらに力が送りこまれるのを感じる。
「俺が、取り戻してやるさ……!」
牽制の光線が幾重にも放たれる。それらには実体はない。
「消えろ!! 女の敵!!」
その言葉をトリガーにして、最大級の光線、否、光砲と呼ばれるそれが放たれた。
室内を埋める程のその一撃がフィンガーオブロードを包み轟音が響いた。
後には静寂だけが残り、しばらくしてぱらぱらと瓦礫が落ちる。
「やっべーやりすぎたかな?」
思いもよらない威力に冷や汗を流すが弁償の費用はUGNが持ってくれるだろうと思って気にしない事にした。
「……気ぃ抜くなよ」
リンダの言葉の意味は分かる。
まだ、フィンガーオブロードのワーディングは解かれていない、それどころか。
「ますます強く……いや、変質していっているのか? これは」
千恵の言葉通りにワーディングの質が氷のようなものから周囲から見られているような視線を感じるものになった。
まるで、肉食獣が群をなして今か今かと襲いかかろうとしている様だ。
「……どうする? リンダ」
千恵の問いにリンダは目を閉じる、しばらくして頭をかいて。
「いったん、外出るぞ。暁達と合流だ」
「追撃、かけなくていいっすか?」
今なら倒せるんじゃないか、そう思うが。リンダは首を横に振った。
「突っ込んで痛い目会うのはこりごりだ」
リンダが領域を展開しながら出入り口へと向かえばそれに続き、千恵が殿を務めた。
「勘弁してくれよな」
――こっちとしてはさっさと帰りたいんだっての
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