決戦前

 充達は目の前にいる"敵"と対峙していた。

 “スマイルギフト”が調合した薬を投与した途端、リンダの体から逃げるように黒い泥が黒い人の形を成したのだ。

 充の行動は早かった。

 流れるような動作でシスの前に立ち、弓を構え光の矢を放った。一撃は寸分たがわず人の形をした敵を射抜きコテージの壁を貫通した。

 黒い泥の一部が同様に矢の形となって充の心臓を抉った。

 倒れそうになる身を気力で無理やり起こし、傷を治すときっと敵を睨んだ。

 散り散りになった黒い泥が再び人の形を成した。

 「ふふ……そこいらにいる有象無象のオーヴァード如きにこの私が負けるとでも?」

 その言葉に反するように充は光の矢を放つが同じように黒い泥人形が掌から同様の光を発して相殺した。

 「……俺一人じゃ無理だよ」

 ――諦めた。俺では皆を守る事が出来ない。だから。

 「皆で守るから。出来るよ」

 充の言葉に応じるように何人かが動いた。

 一人は"銀色の守護者"へと体を渡した千恵だ、皆を庇うように前へ出て泥人形から投じられた短剣の弾幕をバロールの魔眼が発する力場で下へと落としに床へと叩き落とした。

 もう一人は――

 手を叩く音が響いた。

 「いちいち面倒くせえな、本当」

 面倒くさそうな声と同時に灰色の領域が展開されて黒い泥の動きが鈍っていく。

 リンダの得意とする沼の領域。

 リンダは灰色の領域を展開するとこちらの肩を叩いて。

 「おちおち寝てもいられねえ……やっちまえ」

 「はい!」

 再び放たれる光の矢が、黒い泥を飛ばすのではなく消滅させた。

 「どうやら消滅したようだね……お見事」

 あざやかな手際に碌は感心していると、一二三と心が駆けあがってくる。

 「無事のようですね」

 「なんとかね」

 心の言葉に充は力を抜いた。



 崩れたコテージの中でミーティングするわけにもいかないだろうということで別のコテージへと充達は移動した。

 先ほどの戦闘での負傷とコテージの修理を頼む連絡、及び、届けられた補充物資を確認が終われば。

 「トラブルはありましたがこれで揃いましたね」

 心の一言でミーティングが始まった。

 リンダが復活し、この場に集ったオーヴァード達。

 "アマテラス"暁充、

 "ドブネズミのリンダ"根津沼鈴太郎

 "シスター"シス 

 "銀色の守護者"浅見千恵

 "黒の王子"樫吏一二三

 "笑う悪夢"須賀井碌

 "アートオブハーツ"心

 心強い、素直に充はそう思った。

 全員が揃えば居間へと集まる。皆揃ったこともあり、少し狭い。

 「得た情報と今後の動きについて。お話します」

 心が見回してゆっくりと話しはじめた。

 「"フィンガーオブロード"。彼の持つオルクスとウロボロスの能力は浸食しその能力を食らうことに特化したものです、喰らったオーヴァードの能力やその特性を自らのものとします。現在はリゾートマンションを中心として半径5kmほどの領域を展開して動きを止めています」

 リンダが侵された毒が形をなして襲いかかったのも喰らったオーヴァードの特性ということだろう。ここまでの情報は大体、皆知っている事だ。

 その事を確認すれば心は言葉を続けた。

 「彼は強大な力を持っていますが、弱点があります。戦闘していて分かったのですが、まず、幅広い力が持ってはいますがそれらを完璧に扱う事が出来ていない」

 「つまり……どういうこと?」

 「玉はたくさんもてるけれども一度に投げられる数は決まっているって考えればいいのかな?」

 一二三が首をかしげていると碌が目を細くして捕捉に心が頷いた。

 「そう、です。複数のシンドロームの特性を備えてはいますが使える数は普通のオーヴァードのそれを変わらない。範囲を広げれば広げる程、制限されていく、その根拠としてはあのマンションの中の変化の無さに加え、電気設備、監視カメラの類が手つかずな上に容易に外敵の侵入を許してしまっている上に偵察時、"スマイルギフト"、"銀色の守護者"には手を出さなかった」

 「こちらを誘っている、と言う事はないの?」

 千恵の疑問の声に、いえ、と心は首を横に振って。

 「それでも最低限、監視カメラの機能を奪い取ってダミーの映像を流すなり不意打ちに利用した方が有意義でしょうし 監視カメラを壊すどころか生かしたまま手つかずにする意図が分かりません、さらに情報を持ちかえらせても不利になるだけです」

 「見た目に反して小物ってわけね……」

 「加えて彼自身として行動出来る時間に限りがあります。おおよその計算で30分、といったところでしょうか。焦っているように思えました」

 「それを過ぎると、どうなる?」

 「おそらく、自分で力の制御が出来ず暴走した力がそのまま周囲を浸食していくでしょう、放っておけばここら一帯を滅ぼすのは容易な力があります。持久戦は無理ということですね」

 「そうなると30分以内にあいつを倒さなきゃいけない、か。面倒な事ね」

 「やる事はいつも通りだろ? 会ってすぐ倒せばいい。作戦どうすんだ?」

 苛立たしげに言うリンダに一息置いて心は口を開いた。

 「まともに正面から戦うのではなく、分散して奴の領域で戦います。領域の内側と外側、多勢でかかることで相手の負荷を増やします」

 「パソコンに一杯窓を出して処理落ちさせるってこと、かな?」

 「解釈としてはそれであっています」

 碌との心のやりとりの中、おずおずとシスが挙手をした、心はそれを見やって。どうぞ、と発言を促した。

 「その、人数それほどいないのに、分散してもそれほど相手の負担にならないんじゃないかな?」

 「その点は問題ありません。増援が来ますし、リゾートマンションにいた、無事なエージェント達を回収、さらにここに来る前にこの地区を統括しているUGN支部長浦部からの協力もありますし」

 「支部長も協力してくれるんだ」

 ――支部長浦部。

 充の所属している支部の長、見た目こそ特徴のないどこにでもいそうな中年の男だが、その実力は確かなものだ。

 充達を守るために充達の存在を死んだものにしたのも彼だ。

 見えない所でも助けられているという実感を得ながら心の話しを聞く。

 「チームの振りわけですが――」

 その後もミーティングは続き、作戦についての確認が終われば解散となった。

 決行は明朝、日が明ける頃に攻め入る。

 ミーティングが終われば充、リンダ、シスはウッドデッキへと出た。空は朝の雨が嘘のように雲一つなく、星空が広がっていた。

 自然と三人は外に出て無言でいたが、充がぐっと伸びをして。

 「……長い一日でしたね、先輩」

 「かったりい」

 あくび混じりのリンダの言葉に充は苦笑した。

 「リンダ。暁も私も頑張ったんだからなんかもうちょっと言葉あると思うけど?」

 「ん、お疲れ」

 「ありがとうございます」

 「そうなんだけど、あーなんかイライラするなあもう……」

 一人悶々とするシスを充は微笑する。

 ――先輩は不器用だからなあ。

 リンダは言葉も足りず、表情も乏しい。それでも充もシスも伝わる繋がりが確かにあった。だからシスはそれ以上責めず、充は笑っていられる。

 「あの人達、信用していいんだよね?」

 シスの不安そうな言葉に思い浮かぶのは一二三達の面々だ、千恵経由で来たならば信用は出来ると思いたいがシスの不安は理解できた。

 シスの持つレネゲイトウィルスを鎮める力の価値は末端の充ですら分かる。加えて、シスの人との関わりは限定的なものであの中にその力を利用しようとする人がいたらと思うと気が気でないだろう。

 缶コーヒーを一口飲んでリンダは首を鳴らした。

 「信用するしかないだろ、なんかあったらその時に考えればいい」

 「ですね……俺もあの人たち皆、悪い人とは思えないです」

 「……うん、一二三はちょっとえっちそうだけど」

 後で何を話したかは保護者として問い詰めるとして、今は信用すべき相手だ。割り切ろうと充は決めて。

 「この戦い終わったら、どうしましょうか? 先輩」

 「どうもしねえよ」

 「まあ、そうだよね、リンダは」

 やれやれとシスはため息交じりに言って。

 「シスはしたいことあるの?」

 「ん、私は――もう少し、外の世界の人と話したくなった、かな。結局、私の知ってる世界ってH市とあのリゾートマンションの近くの事しか知らないから」

 それは難しい願いだ。だが、シスをこのまま閉じ込めておく事が正しい事とも充は思えず、何も言えなくなってリンダへと視線を向けた。

 リンダは再び缶コーヒーをあおってやがて面倒そうに口を開いて

 「……まあ、そのうち出来る事もあるだろ」

 リンダの返答、シスにとってはそれが嬉しかったようでうん、と笑顔で頷いた。

 「じゃあ、それを叶えるためにも。明日に備えて休まないとね」

 ――大丈夫、きっと何とかなる筈だ。

 そう自らに言い聞かせて充はコテージに戻っていった。


  一二三は充たちとは別のコテージを借りて居間でその身を休めていた。

 居間には心がノートPCのキーボードをタイプする音が響いていた。

 「心ちゃんも休まないと明日保てないよ?」 

 「少しでも成功の確率をあげたいので」

 一二三は心の向かい側に座る、碌に視線へと移した。彼はスマートフォンを弄っているようだ。

 「碌さんからもなんか言ってよ」

 眉を寄せながら碌は唸って。

 「休むのも仕事だよ」

 「そういうことなら……」

 碌に言われれば素直に心はノートPCをしまいだした。そこに釈然としない物を感じつつも、まあ気になる男に言われればそれもそうだよなと納得して。

 タイプ音がなくなれば後は鈴虫の鳴き声が残った

 気になる男女に余計な男が一人。

 ――うん、これは俺が空気を読んで外へ行くべき。

 「お邪魔するわよー」

 と思ったところで千恵が入ってくる。うわぁという視線を向けるが千恵にきょとんと首をかしげられれば。

 「な、なんでもないよ。何の用?」

 「"スマイルギフト"と"アートオブハート"にお願いがあってね」

 コードネームで呼ぶと言う事は仕事がらみの真面目の話、ということだろう。

 「シスターの件でしょうか?」

 心の言葉に、そう、と千恵は頷いた。

 一二三は何の事か分からず首をかしげる。

 「銀色の守護者は僕たちがシスターのことを口外すると警戒している訳だ、他の組織に売り飛ばせば少なくはないお金になるだろうね」

 「無いとは思ってはいるけどね」

 「言われずとも口外する気はないよ。面倒事はもうごめんだからね」

 「私も同じく、それは私個人としても望むところではありませんし姉さんの思いにも反する」

 心と碌の返答に一二三がほっとしているとスマートフォンの着信を告げる音が響いた。

 「失礼」

 その主は心だ。スマートフォンを取り出して通話に応じた。

 「……ああ、姉さん。問題ありません」

 不意に、悪寒が走った。

 ぎぎ、と壊れたブリキの人形のように体を動かしてコテージの外へと出ようとするが肩を良い笑顔を浮かべた千恵にがっしりと掴まれることで失敗に終わる。

 「ああ、そういえば今、"黒の王子"と一緒に仕事をしていまして……そうせがまなくても代わりますよ」

 心が一二三へと視線を向ければ、スマートフォンを放り、それを受け取った。

 「も、もしもし?」

 『おお、一二三。三カ月ぶりだな、こうしてまた会えるとは僥倖だ』

 恐る恐る声をかければいつも通りに仰々しい口調でカリアは話す。

 難しい言葉使うなよなーぎょうこーってなんだ、と思いつつ。

 「そ、その元気?」

 『今話して、元気になった! そちらもどうやら大変な状況のようだな』

 「まあ、元気だよ」

 『――私の手は必要か?』

 その言葉に返答を一瞬、躊躇った。

 カリアの手を借りれば恐らく、ほぼ確実にこの事件、片が付けられる。それだけの実力がカリアにはある、一国の姫は伊達じゃない。けど――

 ――いや、そりゃ、かっこ悪いだろ。

 「大丈夫。ありがとな」

 『そうか、お前がそういうならばこちらはこちらの仕事に専念しよう』

 「その、そっちも気をつけろよ?」

 『ありがとう、そちらも良い結果が出せる事を祈っている……』

 「そっちもな」

 苦笑して返す。ビルを一人で切り崩すような女子に対して祈って意味があるのかもと思うが。 

 『そちらの時間だと、おやすみか。いずれまた』

 「ああ、おやすみ」

 電話が切られれば、緊張を吐き出すように大きく息を吐いた。それを見て心は分析するようにじーっとしばらく見て。

 「なんというか姉さんと殿森陽菜相手に対してはへたれますね」

 「いや、そりゃあ、ほら、色々立場とかあるし?」

 どちらも怒らせると怖いというのは伏せた。言えばさらなる敵を増やしかねない。

 「まったく、決戦前だというのに、ここは呑気な事だね」

 「いや、これでも緊張してるんっすけどね」

 呆れたような碌の言葉に一二三はソファーから立ちあがる。

 「けどまあ、やることは行ってぶっとばすだけですから、そしてあわよくば、皆でいちゃこらして帰る!」

 千恵と心が半目を向けてくるが気にしない。

 こちらとして見れば貴重な夏休みを浪費した上に出張だ、もう少しくらい良い目を見てもいいのではないか、と思う。

 「片がつけば少しくらいはゆっくりできる時間は取れると思うわ。シスも外の人間との関わりも必要でしょうし」

 「お、千恵ちゃん、話が分かるー碌さんもぜひぜひ」

 「残業はしない主義なので、それに長居してUGN側でFHとの接触を疑われても面倒でしょう?」

 「ちょっとくらいは平気だって……平気だよね? 千恵ちゃん」

 笑顔で背後の千恵へと振り返る。千恵は渋い表情を浮かべて。

 「二人に関しては何ともいえないわね。今回の一件、今のところ上手く隠してはいるけども、ただでさえ私のボスは怪しまれているしここぞとばかりに踏み込んでくる奴がいる可能性もある」

 「そう、なんだ」

 残念と、一二三は肩を落とした。視界に入る心も気を落としているように見えた。

 碌は席を立って。

 「生きていれば、また、そういう機会もあるでしょう」

 「そう、ですね! とりあえずそれで」

 オーヴァードの生活は常に命がけだ。傭兵なら尚更の事だ。

 だが、一二三は"そういう機会"が絶対に来ると信じて疑わなかった。

 それから話しは終わり、明日に備えて皆、休むことになった。

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