集う力

 曇天の空の下、充たちは自分達の住むリゾートマンションの駐車場までたどり着いていた。そしてそこには先客がいた。

 「笑顔を届けに参りました……まあ、貴女達には不要な言葉かもしれませんが」

 整った短髪に黒のスーツ、軽薄そうな笑みを浮かべたどこにでもいそうな20代程の長身痩躯の男だ。片手にはタブレットPCを持っている。

 「正直、今回の依頼受けてもらえると思わなかったわ"スマイルギフト"」

 「ちょっとした、気まぐれですよ。そこの彼は?」

 「彼はUGNのちょっと訳ありのチルドレン、暁充。一二三に勝るとも劣らないオーヴァードだ」

 その言葉に"スマイルギフト"は怪訝そうに充を見る。"銀色の守護者"となった千恵が充と"スマイルギフト"の間に入って。

 「彼は”スマイルギフト”。傭兵だ、実力は私と心が保証しよう」

 「……その、よろしくお願いします」

 「ええ、よろしく」

 充としては胡散臭い男とも思うが今はそうは言っていられない。目の前には敵がいるのだ。気をかけている余裕もない。

 “スマイルギフト”もそれは同様で特に反応示さない。

 充は目の前に見える自らの住処を見る。割れたガラスに銃痕、最初の襲撃の跡が痛々しく残っており冷気の様なワーディングに包まれた空間。

 ――取り戻さないと。

 否が応でもそんな気持ちにさせる。

 はやる気持ちに反して、姿をさらしているのにも関わらず敵は動きを見せない。

 「"シスター"以外には興味がない、ということかもしれませんね」

 「それならそれで好都合……外から得られる情報を取ろう、イオ」

 “スマイルギフト”がタブレットPCを操作すると応じるような声が響いた。

 A.Iかなにか仕込んでいるのだろうかと思うが意識の外へと置いた。

 「監視カメラの映像データを集めてルートを集めておくから」

 「私は周辺を見てくる」

 「俺は中に行くよ、外いてもやれることないから」

 「――では私が同行します、アマテラスの能力は探索向きではありませんし」

 各々動きを決めれば無線を起動して耳にイヤホンを詰めて動きだした。別れる間際、心は"スマイルギフト"を一瞥し背を向けて。

 「外はお願いします」

 「ええ、お気をつけて」

 "スマイルギフト"に見送られて充は心と共にリゾートマンションの正面玄関に踏み込んだ。

 交戦の跡が残る玄関ロビー。破砕の跡は様々だ、砕かれた床、焼け焦げた壁面、大きく裂かれた天井。激しい戦闘があったことが分かる。

 ここにいたエージェントは無事なのだろうかとそんな事を思いながら歩を進める。

 冷気の様なワーディングが一層強くなれば闘争衝動を抑えるように充は弓を作り出す。心は大きく深呼吸して気を落ち着けてる、衝動を抑え込んでいるのだろう。

 「すでにマンションの中は奴の領域ですね。私の領域の展開も上手くいきません」

 「大丈夫、フォローするよ」

 「くれぐれも無理だけはしないでくださいね?」

 「……」

 心の言葉に応えずにいるとイヤホンにノイズが走った。

 『聞こえるかい? "アマテラス"』

 「はい、聞こえます」

 イヤホンに手を当てて、"スマイルギフト"からの通信を聞く。領域内での電波を用いた通信は可能らしい。

 『監視カメラを見てみたけどどの階層にも誰もいないように見えるね。偽装されていないようだしちょっと気になるところだ』

 「……とりあえず一階を回ってみます」

 『十分に注意して、ただのジャームではないようだから』

 「はい」

 答えて改めて辺りを見回す、戦闘の形跡以外で変化はないように見えた。

 「どうです? "アマテラス"、何か気になる事はありますか?」

 「今のところは特に、雰囲気だけかな」

 「とりあえず歩いて調査を――」

 そこで充は廊下に人影が視界にとらえた。咄嗟に弓を構えたが人影は奥へと逃げるように動いた。

 そこでよりワーディングが強まり、闘争衝動がその身を蝕む。

 ――完全に飲まれる前に動かないと。

 「追いかける!!」

 「”アマテラス”、危険です!!」

 心が制止しようとするが構わず人影を追っていく遅れてついていく足音が背後から響く。

 廊下を駆けて向かう先はゲストルーム、自分達が住んでいる家とも呼べる場所だ。

 人影はゲストルームへと入りこむ、充達もそれに続いた。

 「動くな!」

 充が声を上げて弓を構えれば人影は足を止めた。視界に映る人影の姿は異様なものだった。

 白の仮面を張りつけた全身は黒に包まれた泥人形のようだった。

 居間へと充は踏み込んだ。

 「単純でいいな、暁充。君は分かりやすい……敵わないと知りつつも、皆を守ろうと前に出る」

 「今度は仕留める」

 弓を構え、矢をつがえ放った。光の矢が黒の人形を射抜けばばらばらの泥となる、それらが再び集まって形を成していく。

 「私は"シスター"さえ手に入るのであれば危害を加えない。君らの能力は既に私の知識以上の域を出ない……そんなものに興味はない。"シスター"さえ手に入ればそれで良いというのに」

 居場所を穢されている。煩わしい、だから戦って終わりにする。

 「そんなこと、できるわけないだろ!!」

 「”アマテラス”! 落ちついてください」

 「けど!!」

 心が充の腕を取った。その様子に人形は仮面の奥でくつくつと笑うと黒い泥の様な領域が広がりそこから同じような黒の人形が作られている。

 「どうあっても邪魔をするのであればここで消えてもらうとしようか」

 “フィンガーオブロード”の静かな声と共に。同じような泥人形が作られ、構えた。

 「我が体内にて果てろ」

 ――皆を守らなきゃいけない。

 戦闘だ。

 自分に託されたものがある。そして自分にはその力がある。

 だが、相手の力は、自分よりはるかな上であることも分かっている。

 それでも挑む。

 今、敵は、自分の居場所を穢している、それを許すわけにはいかない。

 光の矢を束ねて放つ。広い範囲をまとめて射抜くが、そこから”フィンガーオブロード”は再生していく。千切れたか体から黒い泥が繋がり元の体へと戻っていくのだ。

 充は自らの身を犠牲にしてでも相手を討つ、そのつもりで戦おうと決意したところで心が前に出る。

 「逃げてください、"アマテラス"。偵察が目的です……私が囮になりますからその隙に」

 「けどここで俺があいつを倒せば――」

 「お忘れですか? ここにいる私はエフェクトによる仮初のもの、もともと使い捨てるつもりです……それぞれ役割があります。ここで、貴方は十分に役割を果たしました」

 「けど――」

 「シスとリンダはどうするのです? あなたの守りたいものはなんですか? するべきことはなんですか?」

 すぐにリンダとシスが思い浮かぶ。

 大事な人達との日常。それが望みだ。

 でも、そのために心を犠牲にすることに躊躇う、従者といえども恐怖の記憶は刻まれる。 

 その沈黙で心は、こちらのことを察して笑みを浮かべた。

 「本当に優しいんですね……しかし、一番に守りたいものを優先してください」

 心の言っている事は、正しい。引き際が肝心だ。

 ここで戦えば、消耗は避けられない。千恵や”スマイルギフト”にも被害が及びかねない。

 「ごめん、俺が強ければここで倒せたのに」

 「謝らないでください、私の見通しの甘さが原因です。私としてはこうして誰かの日常を守る力となれて幸いですから……また後ほど」

 そこまで言うと、”フィンガーオブロード”から、あくびの声が聞こえる。

 「下らん話は終わったか……では、終わらせよう」

 「十分にデータをとらせてもらいます」

 心がカッターナイフで指を切る。そのまま腕を振るえば散弾銃のように血液の弾丸が泥人形に炸裂した、それが合図となった。

 心の能力は血液を媒介とするブラム=ストーカーに加え、その血液を含んだ場所に領域を展開するオルクスの使い手の様だ。

 充が背を向ければ逃がすまいと泥人形が襲いかかってくるのに対し、力の限りに光の矢を放つ、進路上の敵を吹き飛ばし廊下の壁に大穴をあけた。

 振り返らず充は駆け抜ければ外へと至った。異変に気付いた千恵と”スマイルギフト”が近くに来ていた。

 「心さんが中に――」

 「……従者のようですから捨て置いて下がりましょう」

 「それでも、負担がない訳ではないでしょう? それに皆で戦えばもしかしたら勝てるかもしれません」

 こちらの言葉に”スマイルギフト”はいや、と首を横に振った。

 「勝ち目のない勝負をするつもりはないよ、下がろう……彼女もそれを望んでいるようだしね」

 黒いガスが”スマイルギフト”の手から発せられ、充を追う敵へとまとわりつき動きを鈍らせる。ソラリスによる幻覚。それを得意としているようだった。

 勝ち目がないのは分かっている。それでも尚、どうにかできないのかそう思っていたのだ。

 ――だが現実は非情だ。

 救える者には限りがある。

 悔しさをこらえて、その場からの撤退を決めた。

 さらに千恵が力場を叩きこんで泥人形の動きを封じて撤退へと加わる。

 「なんで、そう、割り切れるんですか」

 「傭兵は割り切らなければ死ぬ状況なんていくらでもあるからね。お金以上の仕事をするつもりはないよ」

 問いにさらりと答えて”スマイルギフト”と共に充足りはリゾートマンションを後にした。

 充は胸中に釈然としない思いを抱きながら皆に続いた。バンを使ってある程度離れれば追撃の手は止まる。

 銀色の守護者からただの千恵へと戻った。

 「逃げ切れたようね……情報はどう?」

 「十分でしょう。"アートオブハート"も良く働いてくれた」

 従者とはいえ、心が苦しい思いをしているのにそれをなかったかのように話しているこの状況が充には、居心地が悪い空気の中。ただ充は黙り続けた。

 アジトへとたどり着けば"スマイルギフト"はいち早くコテージへと向かっていく。千恵も続こうとするが動かない充を見て動きを止めた。

 「暁、しっかりして」

 「……浅見も。心さんのこと、何とも思わないの?」

 この判断が正しい事は分かっているが、聞かずにはいられなかった。

 千恵は苦虫噛み潰したような顔をして。

 「何とも思わないことはないし。それは"スマイルギフト"も同じだと思うわ。というより私たち以上に悔しいかもね。あの人、そういうの表に出さないから」

 「どういうこと? 心さんと"スマイルギフト"にも繋がりがあるの?」

 「以前、心……まあ、その時は心なんて名前なかったんだけどね。命がけで彼女を助けて、名前を与えたのが”スマイルギフト”よ」

 名前を与える。その重みを自分は知っている。一人の人として見る、ということで。

 理由は分からないが命を駆けてまで救った相手、その言葉に自然と目を丸くして

 「それなら、なんで――」

 犠牲にするようなことを、続く言葉を千恵が掌て口を抑えられる。

 「心の気持ちを考えてのこともあるでしょうけど、やっぱり覚悟じゃない?」

 「覚悟?」

 「自らの夢や欲望を叶える覚悟。そのために必要な選択を取れる、そういうものがあの人の強さなのかもしれないわねっと。ほら、早く降りないと、"スマイルギフト"にリンダさんを助けてもらわないとね」

 「……うん」

 充もバンから降りた。

 自分にはその覚悟が、できるのか?

 ――夢や欲望を叶える覚悟。 

 そんな自問を充はして次いで脳裏をよぎるのは心とのやりとり

 ――あなたの守りたいものなんですか? するべきことはなんですか?

 答えは出ていた。

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