反撃の矢
右手を上げて親指と人差し指を立てて銃の形したそれは一二三の得意とする攻撃の体勢だ。
自分のシンドロームはエンジェルハイロゥのピュアブリード、光線や幻像を操る力。"光使い"とも称される程の使い手らしいが詳しい事は知らない。
――理屈なんてどうでも良かった。
シスがオーヴァードを救う可能性だとか、レネゲイトビーイングであるとか、そんなことは一二三にとってはさしたる問題はない。
問題はもっとシンプルなものだ。
「女の子を化物扱いすんじゃねえよ」
一二三から見れば、シスはそれこそ魅力的な女子でしかなかった。
少し話しただけだが。優しく、強く、傍にいる相手を大事に出来る人だと思う。
さらに将来有望、器量良し、純粋そうと鉄板属性の宝庫。
故にそれを悪く言われるのが気に食わない。
「て、てめえ。"シスター"を犠牲にすれば多くのオーヴァードが救え――」
「女の子一人を犠牲にして救える世界なんているかよ!!」
視界に捉える、構える、撃つと決める。
それだけの動作を以て大きな光線が自らの指から放たれた。
放たれた光線は蜘蛛男の左腕を吹き飛ばした。蜘蛛男の表情が怯えを含んだものに変わる。
理性ではない、本能でこちらが危険であると理解したのだろう。
「な、何をしている。見てないで私を助けろ!!」
一二三達を取り囲む蜘蛛男の配下達が動いた。
手早く叩く。
だから狙うは一人だ。頭く。
逃げようとする蜘蛛男の胴体に光の矢が突き刺さる。充のものだ。
「……ありがとう、一二三」
「気にすんな、可愛い女の子は守らなきゃな」
「雑魚は私とシスで引き受ける。あの三下をさっさと倒してくれ」
襲ってくる配下を一蹴の下に蹴り伏せた千恵に頷いて応えれば指を鳴らす。
「ちゃちゃっと終わらせてやるぜ」
戦闘がはじまる、だがそれは戦闘と呼べるほどのものではない。蹂躙、駆除、そういった言葉が相応しい程の力の差があった。
相手は一介のオーヴァード。そしてここにいるのは一二三も含めて幾度となく死線を潜り抜け超えてきたのだ。
加えて最初のやりとりで相手側が完全に委縮してしまい、戦意がなくなっていた。
一二三と充の射撃がリーダーである蜘蛛男を抉り、シスと千恵の領域が敵の攻撃を阻む。
圧倒的な力量の差を以て、制圧し、体勢を整えていた。
「……問題はここからだ」
「だよね」
大本の敵である"フィンガーオブロード"を倒す手立ては未だにない。
そして、他にも敵がやってくる可能性もある。
正直、一二三としては逃げ出したい気持ちで一杯だ、一杯だが。
「あ、あの……一二三」
おずおずと声をかけてくるシスに一二三は爽やかな笑顔を以て応じた。
「ん、どうかしたのかな? シスちゃん」
「その、さっきは、ありがとう。怒ってくれて。その暁達以外にも私に味方してくれる人がいて、嬉しかった」
「いやいや、あんな事言われたら怒るの当たり前だし……ちょっと、惚れた?」
「……惚れてはいないかな」
だめかーと笑って一二三は話しながら思う。大分、緊張が取れたかのか自然にシスが話しているように感じられた。
――こんな可愛い子をほっとけるかっての。
「すぐに戻ろう。その、先輩も心配だから」
「そうだね。大丈夫だとは思うけど」
充の言葉にシスは同意して頷いている。目に見えて充には焦りが見える、それを察しているだろうがシスはそれを追求することない。
充はこの状況をなんとかしなくちゃいけない、そのためにどうしたらいいか。考えている結果、動きが遅れていた。
戦いの経験の浅い自分が見ても分かるほどだ。
――どうすりゃいいかな。
これが女子であるならばスキンシップを取るなど手はあるが男の事は知らん。しかし、シスの好感度を稼ぎたい一二三としてもどうにかしたいことではあった。
考えても見るがそうそういい考えが出てくる訳もなく再びコテージへと戻ることになった。
リンダの容体は変わる事はない、まだ何とか拮抗出来ているようだ。
そして、来客がいた。
「おかえりなさい。無事のようでなによりです」
「心ちゃん!」
コードネーム"アートオブハート"、心が居間の椅子に腰かけて待っていた。
3ヶ月に加えて恋心というのはすごいものだなーと一二三は感心していた。
やや自分たちよりも幼いと感じていた姿も今はパンツルックの黒スーツに身を包み、くすんだ金髪はストレートに伸ばされ、相貌からは化粧の効果か幼さが大分なくなった。まだまだ背伸びはしているがちょっと小柄な新社会人といえば通りそうだ。
こほん、と心は咳払いをして。
「"黒の王子"、雑談は後です……この身は仮初の物ですが及ばずながら加勢に来たのと情報をいくつか。本体はもう少し遅れてきますので」
「冷たいなー」
一二三の言葉を無視して心は情報をまとめたノートPCの画面を皆に見せた。
そこに示されていたのは地図、現状の敵の状態が光点で示されていた。
未だ"フィンガーオブロード"は充達が使っていたリゾートマンションを拠点としているとのことだ。
こちらの戦力を消耗させようと送られたFHエージェント達も心の情報操作によって撤退を開始したようだ。
状況だけ見ればこちらが有利に見える。が。
「”フィンガーオブロード”を倒す方法は?」
結局のところはそこだ。それが見つからなければ勝機はない。
シスの質問に心は瞳を伏せて首を横に振った。
「それはまだ調査中。彼の能力は分かってはいるけども、せめて一度、交戦出来れば」
「いずれにせよ、あちらの状況を詳細に調べるためにも一度偵察に出る必要があるわね」
「だったら、中を知っている俺が行くよ」
充が挙手する、シスや千恵が心配そうに視線を向けていた。
――まあ、そりゃあそうだよな。
家族と呼べる人間が傷ついて大分、苦しんでいた。そんな人間が偵察が出来るのか、そして家族を傷つけた敵を前にして冷静でいられるのか?
そんな皆の不安を代弁するようにシスが口を開く。
「暁は大丈夫なの?」
「……大丈夫だよ」
シスの言葉に充は静かに返した。
それが言葉だけでないといいけど、と一二三は思う。
「私と心、それと充。かしらね……シスと一二三は残って休むってことで――」
話している途中で千恵はスマートフォンを手に取る。
「私よ。……思ったより早かったわね、合流しましょう。位置は分かっているわね?」
じゃあ、と千恵はスマートフォンの通話を切った。
「今言った、メンバーでいくわよ」
充、心、千恵が出て行こうとすると千恵が振り返って。指をさされる。
「シスに妙な事をしないように」
「しないよ。レディには優しいんだよ? 俺」
「ただの女好きでしょ、シスも気をつけてね」
「大丈夫。一二三は好みじゃないから」
シスのさらりとした言葉に一二三はがっくりと肩を落とした。
偵察に向かう皆を見送って一二三とシスが取り残される。
沈黙が包む中、充は頭をかいて。
「あー、とりあえずお茶でも用意しようか」
「あ、私がやるから大丈夫」
奇妙な雰囲気だ。まだお互い良く知らないという事もある上にいつ戦闘になるか分からないという状況。
場を和ませたほうがいいのだろうか、とりあえずシスにお茶の用意を任せて椅子に腰かけて時計を眺めていると午後の六時を指している。スマートフォンが振るえた。
送信主は殿森陽菜と書かれている。
――やべえ、どうしよう。
横浜での戦い以後の殿森陽菜との関係は事件の記憶を消したにも関わらず、普通の女友達よりも何故か近い位置にいる。性格はごくごく平凡な可愛いタイプの女子。だが一二三の所属する支部長の孫でもある。俗に言うその筋の人の孫ということもあってどこか圧を感じている。
僅かに迷う間があって一二三は通話に応じた。
『もしもし……樫吏?』
「お、おー、どうしたんだよ、殿森、急に電話なんて」
『その、声が聞きたくなって。今何しているの?」
「今は、なんつーか。……小旅行中?」
嘘は言っていない。
『……女の子と?』
陽菜の声が一段と低くなった気がするがその事を指摘する事はしない。後が怖い。
「一応そうかな、あ、男子もいるからそーいう旅行じゃないから。あ、そ、その殿森は今何してんの?」
何故、悪いことしていないのに言い訳しているのだろうと思いつつ話す。
なんかぐしゃっと潰すような音が聞こえるのがまた怖い。
「ん、ブルーベリーたくさんいただいちゃったからジャムでも作ろうかなって」
心なしか電話越しに圧を感じていて冷や汗が流れた。どうコメントしたものかと迷っていると陽菜が吐息を一つ、ついて
『とりあえずは信じるけど……ハメを外しすぎて怪我はしないでね。あまり旅行の邪魔しちゃ悪いし、切るね?」
「あ、ああ、またな」
通話が切られれば安堵の吐息をもらした。それを不思議そうにシスは見て。
「誰から?」
「学校の友達からだよ、可愛いんだけどちょっとおっかないんだ、これが」
「色んな女の子に声かけてるからじゃない?」
――否定は出来ない。
不思議そうにシスは首をかしげて
「少し、疑問だったんだけど。これまでどんな戦いをして、どんな人たちと一二三は関わってきたの? 自分で言うのもおかしいけど、私を守りに来るならそれなりに訳ありでないと寄越されないと思うんだけど?」
「あー確かに人よりは修羅場をくぐっているかもしれない」
プライベートと仕事、両方で。
「その話、聞かせてもらえる?」
色々と公では話せないこともあるが、シスなら大丈夫だろうと話す事を決めて。
「じゃあ、ちょっと長くなるし、信じられないような話だけどもしようか――」
一二三はこれまでの戦いの事を話した。殿森陽菜のこと、王女カリアとその配下クリス、傭兵の須賀井碌との出会い。そしてそこから、はじまった横浜を中心とした戦いの話。
辛いこともあった。理解されないこともあった。それでも一二三は戦い抜いた事を話す。もちろん時折、女性について詳細な事を話すのも忘れない。
シスはその一つ一つ頷いて聞いて、時折質問を返し、女性についての話は半目を向けていた。一通り話を聞けば納得したようで。
「しっかりと訳ありだね。いくら人に危害を加えないとはいえFH側の人間、それもとんでもない大物とつながっている。実力は折り紙つきってわけだね、加えて、女子に弱いからその辺も買われたのかも」
「シスちゃん、ほめてるの? けなしてるの?」
「さあ、どっちでしょう?」
そう言ってシスは顔を背けた。
――これはこれでなんかいいなー
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