邂逅

一二三達はキャンプ場のコテージにいた。雨の日という事もあって利用者はまばらだ。ここもまたUGNの管理する拠点の一つ、そこへと身をひそめる事になった。

 ――空気が重い。

 到着と同時にリンダが倒れた、その影響だ。

 リンダの状態は発熱が酷く傷口も治らないのだ。

 通常、オーヴァードであれば自らの傷を癒す事が出来るが、今のリンダはそれが出来ない。

 治療スタッフが処置してくれたが状況は芳しくない。

 そんな中、リンダを除く一同は一階の居間へと集まる、そして、千恵の掌の叩く音が響いた。

 「こんな状況だけど私達はどうにかしなければいけないわ」

 「そう、だね。敵の正体それとリンダを治さないと」 

 千恵とシスが状況を確認しつつ情報を整理していく。

 こんな時も女性は強いなーと一二三は思う。というかなんで自分の関わる女性はこうメンタルが強いのだろうかと思いつつ視線を充へと移す。

 彼は心ここにあらずという感じでただ、佇んでいた。

 ――何やってんだよ。

 一二三は充との面識はない。しかし道すがら千恵から彼らの話は聞いた。

 家族のようで、シスにとってのよりどころだと。

 ――ならここでお前がしっかりしなきゃだろ。

 そう思いはするが一二三は口には出さないいらだちを隠すだけだ。

 そうしているとシスが一二三へと視線を向ける。

 「えっと、ところで浅見、あの人は……?」

 「ああ、忘れていたわ。あれは"黒の王子"樫吏一二三。協力してくれる人、以上」

 「ちょっ雑! 紹介雑すぎるよ!! 千恵ちゃん!」

 「うっさいわね。今はそれどころじゃないの」

 「いや、そーだけどもうちょっとなんかさー」

 眉を寄せて頭をかいているとシスがこちらへと視線を向けている。警戒をもった視線だと感じながらもシスを観察する。いたって、優しい男子といった顔をつくる事は忘れない。

 シスの年は大体12-14ぐらいだろうか。体や顔つきは幼さが目立つがそれもまたいい。一二三からしてみれば十分射程距離だ。今後の成長に期待をもてる。心の中で親指を立てる。

 時がくればちょっと遊びに行かないと声をかけたいところだが。今はその時ではないことぐらいは分かっているため今後の楽しみとした。

 「えっと、そのよろしく。シスちゃん?」

 「こちらこそ……浅見」

 挨拶を交わせばシスは何やら千恵に耳打ちしている。うんうんと千恵は頷いて。

 「大丈夫、女に関して特に一二三は甘いから。信用していいわ」

 「……千恵ちゃん、わざわざ聞こえるように言わなくても」

 肩を落とすが女性陣はお構いなしで話を進めている。まだまだ女性陣からの信頼は得られていない。

 とりあえず一二三も出された情報に目を通した。その結果をまとめる。

 

 ・敵は"フィンガーオブロード"、現在、シス達のいたリゾートマンションを占領して領域を展開している。シンドロームはウロボロスと思われるが不明な部分がある。

 ・リンダの受けた攻撃は毒のようなもので現在、オルクスの領域を自らに展開することで浸食を留めている。

 

 「……こんなところね」

 「情報が殆どないね」

 「とりあえず、シスちゃんを保護した支部長? から応援呼べないかな―とか思うけども……」

 控えめに一二三は意見をいうが千恵は難しい表情で首を横に振る。

 「連絡はしたけども期待はしないでくれ、って言われているわね」

 「ばれるとやばい存在だしなー……」

 普段のオーヴァード絡みの事件と言えば、他のUGN支部との連携を取って事に当たる、情報収集や戦力や物資の補給そういった援助を受けた上で事件に臨む事が出来る。

 だが、今回は特殊な条件だ。シスの持つ特殊な能力を巡っての戦いを防ぐために存在を秘匿している。迂闊に助けを呼べばその存在が明らかにされてしまうという状況だ。

 シスが原因でUGN内からも狙われ、戦闘したこともあるという。

 ――面倒だよな。 

 ふと、前の戦いを思い出す。自分もそうだったから分かるが味方がいないという状況はきついあの時は――

 「「あっ」」

 一二三と千恵の声が揃う。

 「……いるわね」

 「そうだね」

 「二人とも味方に心当たり、あるの?」

 一二三と千恵が頷いた。

 そう、味方になってくれる可能性がある者達がいる。

 カリア=フェイスロードらに須賀井碌だ。彼らはFH出身のものだが状況によってはFHでもUGNでも戦ってくれる。

 特にカリアの率いるのはオーヴァードが安心して住める国を作るための組織でありその力も強大、オーヴァードの保護に力を入れている。

 「あるわ、とても強いし、あの人達ならリンダに回っている毒もどうにかできるかもしれない……来れればね。ちょっと連絡を取ってみるわ。待っていれば他にも情報がくるかもしれないししばらくは戦いに備えて体を休めてて」

 スマートフォンを片手に千恵はコテージの外へと出て行った。

 それに合わせるようにゆらゆらと充がコテージ二階、リンダが寝かされているベッドへと向かう。

 それを一二三とシスは見送れば自然と二人で残る事になる。

 「シスちゃんはいかなくていいの?」

 「私は大丈夫です、お気にせず」

 「その、暁さんとか励まさなくて平気?」

 「暁は……ちょっと弱いところあるけどきっと大丈夫です。リンダがいるから」

 「リンダさんって聞いた話だとすごいぐーたら、じゃない……その、ものすごくのんびりしている人って聞いたけども」

 一二三がぐうたらでひもと千恵に言われていたのを思い出し、言葉を選べば、シスは苦笑して。

 「そうだけども。いざという時は皆を助けてくれます。ただ、不器用なんですリンダは」

 ダメな男に引っかかる可愛い子の図が過ぎるがそれは言えない。

 「信用してるんだね」

 「はい……あ、その、樫吏さんも信用しています!」

 ものすごく気を使われているなーと感じながらも一二三は笑みを作って。

 「ありがと。一二三でいいよ。シスちゃん、今後よろしく」

 


 充はリンダの眠る二階へと上がる。そこで目に入るのは苦しげに呼吸しているリンダの姿だ。

 ――また、足を引っ張っている。

 頭を過ぎるのは過去の記憶だ、いつだって自分が足を引っ張って傷つくのはリンダだ。

 ――俺がいなければ。

 結果は動く事はない。だがそれでも振り払う事の出来ない思考だ。

 あの時こうしていれば、こうしていれば。そんな後悔をして、かろうじて泣かないではいる、そんな状態だ。

 「すいません、先輩」

 「……うるせえよ、さっさと戻れよ、すぐ追いつく」

 「けど、先輩を置いておくわけには――」

 「……早く行け」

 冷たく突き放された。

 "フィンガーオブロード"との戦闘の際、リンダの判断は実際、正しかった。リンダの能力は高いが決定的な火力に欠ける。それならば何があっても充を生かし、撤退させてから敵を排除するべきだ。

 頭でも分かっていても充はどうしてもそのことを頭では理解できていても、心の底では分からないでいた。

 ――あの時、倒せたのであれば。

 いつまでも自らの拳を固く握り、俯いて動かない充にリンダは大きくため息をついて。

 「助けろ」

 「え?」

 「俺とシス、両方助けろよ。出来んだろ?」

 「は、はい!! やります!!」

 「じゃあ、寝てるから早くしてくれよ」

 いつもの、まるで食事でも頼むかのような気軽さ、だが。

 ――託されたんだ。

 なら、立ち止まる事は許されない。

 表情が自然と引き締まったものになる。

 「……分かりました、先輩。少し苦しいでしょうが待っててください」

 「おう」

 その場を後にして居間へと戻る。 

 「立ち直った?」

 「うん、ごめん。シス。心配かけたね……それと、よろしく、樫吏一二三君?」

 「一二三で大丈夫だよ暁、年もあまり変わらないし。よろしく……これからどうするかも全然決めてないけどなんとかなるでしょ!」

 少しずつ状況が変わりつつある、そんな空気を感じているとスマートフォンが着信を告げた。手を取ってみれば知らない番号だ、躊躇いながら充は通話に応じた。

 『……"アマテラス"ですか?』

 「あなたは?」

 聞こえるのは女性の声のものだが聞き覚えはないものだ。

 『私は"アートオブハーツ"……"黒の王子"樫吏一二三はいますか? 彼を通した方が話が早いと思いますので』

 「ちょっと待って……」

 知っている名前が出ればスマートフォンを操作してスピーカーモードへと切り替えてテーブルへと置く。

 「どうぞ」

 『聞こえていますか? 樫吏』

 "アートオブハート"を名乗る者の声が一二三の耳に届けば目を丸くして。 

 「その声は心ちゃん? どうしてここが分かったの?」

 『アートオブハートです。 前回の横浜の騒乱以後フィンガーオブロードの関係者について調べてここにいきつきました』

 「ふーん 須賀井さんとは仲良くしてる? 心ちゃん」

 『アートオブハートです。真面目に聞いてください』

 アートオブハートの声に険の色が混ざる。

 「えっと、一二三。この人は一体……」

 困惑する表情を浮かべたシスに一二三は笑顔で応じて。

 「俺達の味方だよ。心ちゃん……えと、"アートオブハート"の名前を持ってて小さく可愛い感じで――」

 『とにかく、味方というのは分かっていただけたでしょうか?』

 一二三の説明を"アートオブハート"は遮った。

 とりあえず、気の置けない人という認識をした。

 「あ、うん……その用件は?」

 『支援をするという話です。今回の一件はこちらの不始末ですから』

 「それは一体……?」

 『私達が早急始末するべき対象でした。発見が遅れてしまいこういった事態を招いてしまいました……申し訳ありません』

 シスの疑問の声に心が申し訳なさそうに語った。

 『償いになるとは思いませんが、この戦い以降も、私達はあなたを守るための協力は惜しみません』

 この人達が、対応が早ければ、戦う事はなかったのだ。それを責めたい気持ちはあったが。

 ――それは、違うよな。

 絶対に安全に場所などない。オーヴァードであれば尚更だ。原因は彼女たちにあるとしても守れなかったのは自分の力量のなさだ。

 「協力、お願いします」

 今、やるべきは過ちを責める事ではなく、前へと進む事だ。そうすることでシスもリンダも救えると充は考えた。

 『"フィンガーオブロード"。マスターエージェント並の実力を持つFHエージェントです。かつてマスターオブリビングデッドと呼ばれるオーヴァードの細胞を用いてその身を強化。シンドロームはウロボロスにオルクス、彼のレネゲイトウィルスの特性は浸食。彼は自らの領域に触れたモノを取り込み我がものとします』

 「うえー面倒そうなやつ」

 「今はどうしているかは分かる?」

 『彼の目的は"シスター"です。おそらくはマスターオブリビングデッドのデータベースから情報を得た、そして彼は"シスター"を得るために入念な準備と下調べをしているでしょう……次の行動は私達をあぶり出すために一般人に手を出すかと』

 「え? やばくない、助けないと――」

 一二三の言葉に充とシスは沈黙する。

 雨音が響く。

 重い空気が戻ってくる。

 一般人に手を出すとしたらどうするべきか?

 彼らを助ければこちらの不利は否めない、だが。

 ――シスを確実に救うためには、一般人を捨てるのが得策。

 「助けよう」

 「……そうだね」

 シスの言葉に充は頷く

 それでいいのか? とは尋ねない、そんな選択はない。誰もそんな事は望んでいない筈だ。

 小さく笑むような声がスマートフォンから聞こえて。

 『失礼しました……では、不利を顧みない方向でいくんですね? ダミーの情報を流して時間稼ぎますので早めに片をつけてください、こちらも現地の情報を集めて連絡します』

 そこで心から通話は途絶えた。同時に玄関のドアが開く音が聞こえた。

 「彼と連絡は取れたわ……それと悪い報告よ」

 「もしかしてFHの連中が街に?」

 「その通りよ、誰かから聞いたの?」

 「えっとアートオブハートって人から」

 シスの言葉に千恵は驚きの表情を浮かべて。

 「心から……ってことはあちらでもこの一件重く見てるみたいね。聞くまでもない事だと思うけどここで私達が出れば、シスを危険にさらすことになる訳だけど――」

 「「出る!!」」

 充と一二三の答えが重なれば千恵は笑みを浮かべて。

 「幸い、知ってる町だから銀色の守護者の力、近くまで行けば一気にいけるわ。シスは――」

 「私も行く。私がいけば、敵はこちらに集中するし……ここに残って見つかればリンダも危険だから」

 「シスちゃんの守りは任せてよ!」

 「さあいくわよ」

 気合を入れる一二三を置いて、千恵はさっさと出発する。一瞬の間があってシスが続く。

 「ちょっ、無視しないでよ!」

 さらに一二三が続いて、充は残される。

 「いってきます、先輩」

 それだけ言って、その場を後にした。

 千恵がバンを借りて現地近くのパーキングに停めればそこから"銀色の守護者"となった千恵が目的地へのゲートを作る。キャンプ場から30分とかからず目的の町へと充たちは辿り着いた。

 町は観光名所と呼ばれるようなところではない、小さな商店街や住宅と畑のある田舎町といったところだ。

 本来であればのどかな風景だろうが、そこは蹂躙されていた。

 じめっとした湿気を感じるようなワーディング。

 巨大な蜘蛛の巣が町には張り巡らされていた。

 「……むごいことをする」

 千恵が呟いた。

 彼女は元々はたた人間だが、レネゲイトビーイングの宿る銀色の懐中時計を使う事で時空を操るオーヴァード"銀色の守護者"となる。

 "銀色の守護者"となれば性格は一変し、たちまちあらゆる攻撃を、魔眼を握りしめた拳で阻む武人となる。

 千恵がワーディングを展開する。こちらの位置を知らせて被害を食い止めるためだ。

 充は周囲を警戒する。だがそうするまでもなく建物の影から充達を取り囲むように敵が現れた。

 「来たか、来たか、情報通りだな」

 それらを率いるのは下半身を蛛のものに変えたオールバックの男だ。顔面は赤の複眼。既に正気ではないという事が分かる。自然と皆、身構えるがいやいやと蜘蛛男は手を振った。

 「大人しく下がってくれれば危害を加えるつもりはねーよ。お前達にも、町のやつにもな……ただ"シスター"をよこしてくれればな」

 「そういわれて渡すとでも思っているんですか?」

 即座に充は弓を作り出して意識を戦闘へと向けた。

 「"シスター"、その力を明け渡すことでどれだけの人間が救えるか。隠しおけばジャームの被害は増える一方だ。分かっているのだろう? お前達は他のオーヴァードを、それも救えるかもしれないオーヴァードを犠牲にして日常を過ごしてんだぜ?」

 蜘蛛男の指摘に充は攻撃の矢を射る手を止める。

 その指摘は正しい。

 充達は日常を得る代償とし保護してくれた支部長の浦部を通してUGNに協力していることで生活を成り立たせている。だがもし、シスの力を表に出す事が出来れば。救える人がいるのであれば。考えなかった訳ではない、否。

 ――考えないようにしていた。

 「気付けよ。化物……ここはお前が生きる世界じゃないのだよ"シスター"」

 敵の言葉に充は躊躇わずに矢を作り出した。その瞳に宿るのは怒りの感情だ。

 視界に映るシスはただ俯いて噛みしめている。心を抉られている痛みだ。

 ――許すわけにはいかない。

 矢を放とうとした瞬間、それよりはやく突風が吹き、光線が蜘蛛男の肩を抉った。

 突風の主は、怒りの表情に顔を歪めた樫吏一二三だった。

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