第53話 双子の魔技
「早く戦わせてくれよ旦那-」
「マスターの敵を即時全滅させる」
ラズルによって創造された双子の使い魔は、生まれたばかりだというのにもう戦いを欲していた。
「分かってるって。けど本命と戦う間にこのダンジョンのルールを覚えてもらい、その後に実戦形式で訓練をしてもらう」
ラズルの言葉にイリアが面倒そうに眉を顰める。
「面倒、敵は全部抹殺すれば良い」
「こらこら、このダンジョンじゃあ全滅させちゃいけないんだよ。ちゃんと聞かないと戦わせてやらないぞ」
「ぶー」
「分かったからさっさと説明をしてくれよマスター」
駄々をこねるイリアに対し、粗暴そうな口調のジルは意外にも前向きに説明を求めてきた。
「ああ、まずこのダンジョンの基本方針だが……」
◆
「以上で説明を終了する。ちゃんと理解したか?」
説明を終えると、今まで静かに聞いていたジルが大きく伸びをする。
「よっし、説明終わりー!! さ、戦わせてくれよ!」
ちゃんと理解したのか不安になるラズルであったが、一応は説明中に質問もしてきたので信じる事にする。
「イリアも分かったか?」
説明中ずっと無言でいたイリアに声をかけるラズル。
「ぐー」
眠っていた。
「……」
「起きなさい」
パシンと頭を叩くライナ。
「ご主人様自らの説明を居眠りするとは良い度胸ですね」
怒りにどす黒いオーラを放つライナ。
「まぁまぁ、妹にはアタシから言っておくからさ」
「命は奪わないように注意しろよ」
「おっけーおっけー。んじゃ行ってくる!」
寝ぼけ眼のイリアを押しながらジルがダンジョンコアルームから出て行こうとする。
しかし部屋を出る直前でピタリと止まった。
「どうした?」
「ところで姉さん」
ジルはライナに語りかける。
「アタシ達が旦那の言う事を聞かなかったらどうするつもりなんだい? アタシ等は戦闘用なんだぜ?」
ゆらりと殺気を放つジル。
「おいジ……」
ジルをたしなめようとしたラズルをライナが制する。
「確かに私は戦闘用ではありません。私はダンジョン運営の為に生み出された事務使い魔。ですが……貴方達のおこずかいの金額は私が左右するという事を忘れないように」
「……ぷっ! あはははははははっ!」
心底愉快そうに笑うジル。
「おーけーおーけー。肝に銘じておくよ姉さん。旦那の希望通りの、小遣いに見合った戦いを見せてやるよ」
ジルはニヤリと笑いイリアと共に元気よくダンジョンへと向かっていった。
「……ふぅ」
ジル達の姿が見えなくなった後で、ライナが椅子の背もたれにもたれかかりながらため息を吐く。
「またタンカを切ったもんだなぁ」
2人の口論ともいえない口論に内心肝を冷やしていたラズルは、茶化すようにライナに声をかける。
「上下関係は最初に理解させないといけません。私が長女で格上であると認めさせなければ、ああいった手合いはこちらの指示を無視して好き勝手動きますから」
どうやらライナ的に思うところがあってジル達には高圧的に接していたようだ。
(それとも、使い魔としての本能か?)
「ともあれ、2人の手際を見せてもらうとするか」
ラズルはダンジョンを駆け上がってゆく2人の姿をモニター越しに眺めるのであった。
◆
「いいかイリア、人間は旦那が許可した連中しか殺しちゃいけない。そんで同じ魔族のアイーナって女は殺さずに捕獲するんだ」
「めんどい」
ジルがイリアに眠っていた間の説明を噛み砕いて教える。
しかしジルは言う事を聞く気がなさそうだ。
「言う事聞かないと財布の紐を握ってる姉さんがこずかいくれないぞ」
「無理やり奪う。私達戦闘型」
イリアはどうも好戦的な性格の様である。
「ダメだ、身内でやり合ったら旦那に嫌われるぞ」
「……マスターに嫌われるのは嫌」
「おーけー。それが分かってれば十分だ。殺さないように手加減、ソレさえ覚えていれば問題ない」
「千切っても良い?」
「あー千切るのも無しな」
「めんどい」
嫌そうに呟くイリアであったが、先ほどまでの拒絶のめんどいとはニュアンスが違った。
「まぁ今は尻尾振っといていずれはアタシ等が旦那の一番のお気に入りになれば良いのさ」
「わかった」
なにやら不穏な会話ではあるが、それでも2人の共通認識として、ラズルへの忠誠が基本骨子に刻まれていた。
「お、人間が近づいてきたぞ。この先の二つめの十字路を右に4人だ」
ジルは探索者の姿を見る事無くその存在を察知した。
ジルは後方からの魔法攻撃を主体とする使い魔である。
その為、支援能力として索敵性能にも優れていたのだ。
「ん、瞬殺」
「殺すなよ」
イリアが駆け出す。
利き足に力を入れた瞬間、ダンジョンの床に亀裂が入る。
そして尻尾と足をバネ代わりにして床を弾き、弾丸のような速度で前方に跳躍しながら駆け出す。
一度の跳躍で10mを移動する圧倒的な跳躍力。
更にもう一度跳躍して最初の十字路を飛び越える。
着地と同時に腕の鱗鎧から太い鉤爪が生え戦闘体制に入る。
三度目の跳躍をして前方に飛んでいる最中で探索者が通路から顔を出す。
即座に首を狩ろうとしたイリアだったが、ジルから殺すなと言われた事を思い出して鉤爪を引っ込める。
そして拳を振り上げて、そっとやさしく探索者の胸鎧にパンチした。
出会い頭に襲われた探索者が吹き飛ぶ。
そのまま水切りの石の様に通路の向こうへと跳ねながら飛んで行く。
(凄い軽い)
ただ軽く、トンと当てた程度の攻撃、攻撃ともいえない攻撃にも関わらず、探索者が気持ち良いくらいにあっさりと吹き飛んだ事で寧ろイリアの方が驚いた。
(人間ってこんなに弱いんだ)
イリアの考えは正しくもあり間違ってもいた。
そもそもこの世界の人間は一部の軍人と特殊な技術を習得した者達以外は基本的に弱い。
便利な機械に頼る事に慣れきった日本人は異世界の一般人よりも弱いからだ。
そんな彼等がダンジョンに潜れるのはラズルが与えるガチャアイテムの力であり、ダンジョンのモンスターがこの世界の人間でも対応できる程度の強さでしかなかったからだ。
更に言えば、イリア達は戦闘能力をカンストさせた最強の使い魔。
只の一般人と闘わせる事自体が間違いなのである。
『イリア、そいつ等は全員復活アイテムを持っているらしいから殺しても良いぞ』
ジルから通信魔法で指示が入る。
『復活アイテム?』
『ああ、死んでもダンジョンの一番上の階に戻れるんだと。トラウマにならない程度の優しい殺し方をしてやれってさ』
『優しい殺し方って変なの』
戦う為にやって来た筈なのに何故こんな面倒な闘い方をしなければいけないのかとイリアは不満に思う。だが、それが自分のマスターの命令であれば従うしかないともイリアは思い、我慢して優しく殺す事にする。
「優しく殺してあげる」
(でもどうやって殺したら優しいんだろう?)
良く分からなかったので、とりあえず近くに居た探索者を抱きしめるイリア。
ベアハッグである。
一見すると美少女が優しく抱きしめているようではあるが、実際には万力以上の力で全身の骨を砕かれ内蔵を潰される恐ろしい殺し方であった。
探索者の顔が苦痛に歪む。
(あれ? なんでこんなに嬉しそうなんだろう?)
探索者の顔は苦痛に歪んでいた。だが、それと同時に何故か恍惚とした表情も浮かべているのである。
「えい」
ゴキュッっという音と共に探索者が事切れ、直後光に包まれて死体が消滅した。
フリーフロアに転送されたのだ。
「次」
こうしてイリアは次々と探索者達をベアハッグで圧殺して回ったのであった。
後に、下層の幸せ殺しと呼ばれる謎の美少女モンスターの抱擁事件である。
「アタシも闘ったんだけどな」
なお、イリアのインパクトが強すぎてジルの戦いは誰の記憶にも残っていなかった。
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