第41話 後継者


『栄えある今期1位の魔王は、なんと今期に開業したばかりの魔王ラズル様です! 2位の魔王ウオウオー様の魔貨7217枚を超えた22151枚がラズル様の売上げとなります』


 まさかの結果に会場内が騒然とする。

 魔王の期毎の売上げ順位が変わる事は珍しい事では無い。

 市場の動きを見計らって需要のあるアイテムを配置し、魔物の強さを調整する事でダンジョンの売上げは大きく変わる。

 人間同士の戦争が近い時期に、魔法の武具を多めに宝箱に仕込んだり、疫病が流行っている時期に魔法薬を仕込めば、それを求めて人間達がダンジョンにやって来る。

 そうした潮目を読む事に長けた魔王ならば、上位魔王を一時的に追い抜く事は十分にありえた。

 だが大事なのはその後だ。

 ソレが経営行為である以上、継続した収入こそが重要なのである。

 たまたま運が良かった程度の読みではいずれ収入が落ちて順位は転落する。

 上位及び中堅以上の魔王の強みは、安定した収入を得られる事なのだから。


 だがラズルのそれは、偶然と考えても異常だった。

 魔王を始めたばかりの新人魔族が一年経たない内に売上げ一位をたたき出したのだ。

 通常売上げ一位をたたき出すのは、ある程度地盤が整いそれなりに資金も溜まった魔王である。

 魔王が利益を得る方法は欲望エネルギーを魔貨に換金する事だ。

 その為、人間に欲望を抱かせる為のエサが必要となる。

 ただ魔王を討ち取る栄光だけではそれほど大量の人間は呼び込めないし、欲望エネルギーを得る事も出来ない。

 宝というエサが無いと欲深い人間はやってこないのだ。

 そしてその宝を仕込む為には金がいる。

 新人魔王はダンジョンを作る事で初期費用の大半を使い果たしてしまう事が多い。

 ダンジョンコアが破壊されてしまったら何の意味も無いからだ。

 稀に一個だけ高価な宝を用意して人を誘い込む新人も居るが、大抵の場合は宝に金をかけすぎてダンジョンの質が低くなる事が多い。

 そういったダンジョンは、人間達にとってカモダンジョンと呼ばれていた。


 以上の事から、新人魔王がいきなりランキングトップに立つのは事実上不可能とされていた。

 にも関わらずラズルは一躍トップに踊り出た。

 それも2位に3倍近い差をつけてだ。


「一体どうやってウオウオー殿を越える売上げを……」


「やはりリオレオン様の関係者だけあるか」


 魔王達がラズルに注目する。


(参ったな。売れる内に売り切ろうとしたのが裏目に出たか)


 期せずして目立ってしまったラズルはため息を吐く。

 その後も、司会は上位の魔王達を紹介していく。


『4位は魔王ムシンセクト様で2675枚……』


(期毎の売上げは結構ムラがあるんだな)


 ラズルは司会が告げる上位陣の売上げを聞きながら一般的な平均値を割り出してゆく。


(本来の最上位ランクが7000台、そしてさっき受付で騒いでいた連中が100枚前後。恐らく新人の初年度の売上げは本来500にも満たないのが普通なんだろう)


『それでは、今期1位となった魔王ラズル様には、その経営方法を説明していただく事と致しましょう』


「え?」


 予想だにしていなかった事を言われ、驚くラズル。

 だがそれはラズルだけではなく、後方に居る新人魔王達もそうであった。


『ラズル様達新人魔王様にはご存知ない方もいらっしゃるようですので、ご説明させて頂きます。魔王会の期毎の売上げにおいて1位を獲得された魔王様は、その経営方法を公開する義務がございます。これは大魔王ビッグワン様がお決めになられた事で、一部の魔王だけで富を独占しない用にする為のルールなのです。大魔王様が求められるのは、人間達の大量の欲望エネルギー。故に魔王様方には1魔貨分でも多く欲望エネルギーを回収して頂く為このルールが制定されました』


(あー、そういえばリオレオン様がそんな事言っていた様な気も。あの頃は新人の俺には関係ないと思ってあんまマジメに聞いてなかったのが災いしたか) 


『では魔王ラズル様どうぞ』



 司会に呼ばれては行かない訳には行かない。

 ラズルは内心の緊張を隠しながら壇上へと上がっていく。

 司会に促され、壇上の中心へ行くと、会場の端まで声を届かせる為の魔法ロッドを渡される。


「えー、どうも初めまして。新人魔王ラズルです。私のような若輩者が1位を獲ってしまい少々困惑しております」


 軽い挨拶から入るラズル。


(コレだけ初対面の人が多いと緊張するが、前列の魔王は大半が知り合いなのが幸いしたな。もしこれが完全な初対面だったら上位魔王の視線に緊張して挨拶どころじゃなかったぞ)


「では私の経営方法について簡単ながら説明させて頂きます」


 ラズルは、自分の課金ダンジョンについて説明していく。

 ガチャによるランダムでのアイテム配布。

 宝箱を開けずとも、地下1階に宝箱と同じ効果のガチャを用意する事で、身体能力に劣る者でもダンジョンに来る事が出来る事。

 時期によって土地に合わせたイベントを開いて新しいアイテムを解放する事。

 そして食用モンスターの育成販売についても説明していく。


 だがスマホを手に入れた事で異世界人相手の商売を思いついた事などまでは言わない。

 それは経営方法ではなく、店に来る顧客の種類だからだ。

 また食用モンスターの販売は、立地が良く知恵の廻る魔王なら誰でもやっている事なので普通に話しても問題は無い。

 調べれば誰にでも分かる事は教え、それ以外のガチャダンジョンがうまくいく為の立地や流行、現地の人間の生活水準については巧みに隠し通す。


「以上が私の課金ダンジョンの経営手法です」


 ラズルがダンジョン経営の方法を伝え終えると、魔王達から拍手が上がる。


『魔王ラズル様。ありがとうございました』


 司会に促され壇上から降りて自分の席に戻っていくラズル。


「宝箱の中身をランダムにする術式とは、なかなか思い切った事をする」


「だが確かに人間からすれば我々の仕込んだ宝箱の中身は分からない。上層でも貴重なアイテムが手に入るかも知れないと分かればそれだけ人が呼び込めるな」


「実力の低い人間でも良質の欲望エネルギーを生み出してくれる訳か」


「さすがは魔王リオレオン様の関係者だな」


「私のダンジョンでも一部実験的に試してみるか」


「ああ、私もやってみよう。その部屋だけ特別な装飾を施しておけば、あとは宝箱を開けた探索者達が勝手に宣伝してくれるだろう」


 魔王達が新しいダンジョン運営について議論を交わし始める。


(けど、こっちの世界でそこまで上手く行くかは責任持たないからな)


 ラズルは心の中で付け加えた。


 ◆


『それでは宴もたけなわになってまいりましたが、そろそろ終わりの時間でございます。最後に大魔王ビッグワン様からシメのお言葉を頂きますので、皆さんご静粛に』


 大魔王ビッグワンの言葉と聞いて、ダンジョン運営について熱くなっていた魔王達が静かになる。


 会場が薄暗くなり、物寂しい音楽と共に壇上の床がから光が洩れる。

 光と共に地面から黄金の甲冑を纏った雄々しき魔族がせり上ってきた。

 鎧の銅には絵のような模様の1が描かれ、顔はマスクで覆われてその素顔は見えない。


「余がビッグワンである」


 再び強いプレッシャーが飛んで来るが、流石に二度も失神する様な魔王は居ない。

 

「部下からそれはないだろうと言われたので仕方なく鎧を纏ってきた。カッコイイかのう?」


 非常に答え難い事を聞かれて魔王達が困惑する。


「今期はなかなか面白い新人が入った様で余は嬉しいぞ」


 仮面でその表情こそ見えないものの、大魔王ビッグワンの声音は楽しそうであった。


「さて、この場を借りて皆に伝えたい事がある」


 前方の上位魔王達の気配に緊張が混じる。


(なんだ?)


「余は近く大魔王を引退しようと思う」


 会場に今日最大級のどよめきが走った。

 困惑する魔王達であったが、大魔王が手をかざすとすぐに静かになる。

 

「余ももう良い年だ。そこで優秀な魔王に大魔王の座を譲りたいと思う。具体的には、来年の魔王会までに最も高い総合売上げを記録した魔王に余の跡継ぎの座を譲りたいと思う」


 会場が緊張に包まれた。

 それは、上位魔王達の放つ感情の発露が故に。

 彼等の放つ圧倒的な喜の感情にすべての者が圧倒されたのだ。


「稼げ若者達よ。我が後継者となるのはお前達の誰かだ!」


 会場全ての魔王達の顔が引き締まる。

 頑張れば新人のお前達でも勝ち目があるぞと言っているのだ。

 そして、会場中の魔王達の視線がラズルに向かう。

 本当に新人でも勝ち目を得られるかもしれない、生きた可能性の姿に全員が注目する。


「なんだったら、後継者には儂の孫娘を嫁にやっても良いぞ」


「「「「「それは遠慮致します」」」」」


 上位魔王の全員が即座に辞退した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る