第42話 新たなる戦いの準備
大魔王様ビッグワンの引退。
そのニュースは魔王業界を大きく揺るがした。
良きにしろ悪しきにしろ、多くの魔王達が影響を受ける。
「大魔王様の後継者か。くくく、この私に相応しい地位じゃないか……だが」
チャンスだと喜ぶ者。
「ビッグワン様が引退だなんて、一体これからどうなるんだろう……こんな時」
不安に怯える者。
「どうせ俺の売上げじゃあ一年以内にトップなんて無理だよな……けど」
自分には無理だと諦める者。
だが彼等は皆一様に同じ人物の事を考えた。
「あの男は邪魔だな」
「彼ならどうするんだろう」
「アイツならやっちまうかもな」
「「「魔王ラズル」」」
◆
当のラズルは朝からダンジョンコアをいじっていた。
「一体何をなさっているんですかラズル様? 珍しく食事も取らずに」
朝から夢中で作業をしているラズルに、サンドイッチの盛られた皿を差し出すライナ。
「ああ、すまない。ちょっとダンジョンコアの新機能をいじっていてさ」
「新機能ですか?」
ライナがダンジョンコアの操作画面を眺める。
「魔王の能力強化設定?」
「ああ、魔王はランクが上がると欲望エネルギーを自分の強化の為に使える様になるんだ。正しくは本来大魔王ビッグワン様に捧げる筈の欲望エネルギーを、魔貨で買い戻すってのが正確な所だけどな」
「ダンジョンコアにその様な機能があったのですか」
ライナはダンジョン運営の為に創られた使い魔である為、魔王であるラズルの能力を底上げする為の機能については知らなかった。
「ああ、元々欲望エネルギーってのは雑多な想念エネルギーの事なんだが、コイツを純化すると誰にでも使える純粋な魔力になるんだ。一般的な使用法としては魔法の杖を発動させる為の魔力結晶だな。けどダンジョンコアを通して欲望エネルギーを純化させると、その魔力で魔族の肉体を飛躍的に強化する事が出来る様になる」
「それは……危険ではないのですか? ダンジョンコアで自身を強化出来るのなら、多くの魔族が魔王業を開業して自分を強化すると思うのですが。そしてその中の心無い者達は力を貯め大魔王様に逆らうのでは無いでしょうか?」
ライナの危惧は正しい。実を言えば過去にそういった案件が既にあったからだ。
「ああ、そりゃ無理だよ。ダンジョンコアは大魔王様ビッグワン様が作ったものだから、もし逆らえば即座に破壊される。回収した欲望エネルギーもダンジョンコアを通して回収するシステムだから数字のごまかしも効かない。ダンジョンコアを解析しようとした連中も居たらしいけど、解体しようとした瞬間にドカーンだったって話だ」
つまり、セキュリティは万全と言う事である。
「そもそも、大魔王ビッグワン様自体が相当強いからな。上位魔王様達が徒党を組んで挑んでも大魔王ビッグワン様には勝てないらしいぞ」
「ソレほどまでに強いのですか」
ラズル以外の魔王を知らないライナであったが、それでも魔王がどれだけいるのかは知っているし、ダンジョン内で暴れまわっているモンスターよりも強いとは聞いていた。
モニター越しに見る探索者とモンスターの戦いを見れば、下層のモンスターの強さも認識できる。
そんなモンスターよりも上位魔王は強いとラズルは言うのだ。
そして大魔王ビッグワンはそれよりも更に強い。
それは比喩でもなんでもなく大魔王ビッグワンこそが最強の魔王という意味であった。
「で、その大魔王ビッグワン様が引退を表明したからさぁ大変。今魔王業界では大魔王ビッグワン様の後継者になる為、魔王同士のぶつかり合いが始まろうとしているんだなコレが」
「……っ!? それって大変な事では無いですか!?」
一瞬、余りにとんでもない内容過ぎてラズルの言葉を理解できなかったライナだったが、即座にその意味を理解して表情をこわばらせた。
「ああ、これからは人間の探索者だけじゃなく、同じ魔王が敵に廻る可能性が出てきた訳だ」
可能性ではなく、間違いなく攻撃されるだろうとライナは冷静に分析する。
そして即座にラズルを守る為の対策を練り始めた。
「だからダンジョンコアを使って俺自身の力を強化する必要が出来た訳だ。で、その所為でダンジョン運営の予算が減る事になる。すまないが頑張ってくれ」
ラズルは手を合わせてライナにお願いした。
「っ!?」
ラズルの頼みにライナは大興奮した。
主が自分を頼ってくれている事に。
ライナは主の役に立つ為に生まれてきた使い魔だ。
更に言えばライナの忠誠心パラメーターはカンストしている。
ライナのヤル気スイッチはとっくの昔にオンだ。
「お任せ下さいラズル様! ダンジョンの運営は私とリリルにお任せを。ラズル様は御自身の強化に全力を尽くしてください!」
「ああ、頼む」
ラズルはライナにダンジョン運営を任せると、余剰予算を使って身体強化の為の操作を行う。
「上昇させたい能力は色々あるけど、まずは防御力と生命力を上げるべきか。予算も足りないし、暫く攻撃力はダンジョンのモンスターに任せるとするか。あと、素早さとかもアップしたいけど、今は生き残る事が先決だな」
ラズルはダンジョンコアの魔王強化パラメータの設定を終え、再度確認を行う。
そして、設定に問題が無い事を確認したラズルは、自らの強化を開始した。
「そんじゃ、強化開始!」
ダンジョンコアが赤く光始める。
そして使い魔を創造する時の様に、光がダンジョンコアの上部へと集まっていく。
光の輝きが頂点に達し、ダンジョンコアの前に居たラズルを覆っていく。
「ラズル様!?」
初めての行いに心配になったライナが声を上げる。
「大丈夫だ」
ラズルを覆っていた光は次第に眩くなり、ついにはラズルの全身を多い尽くした。
そして、光は目を開けていられないほど眩しくなったかと思うと。一瞬でその輝きを消し去る。
「これは……?」
突然光が無くなった事にライナが訝しがる。
「これで能力が上がったのかな?」
ラズルが声を上げる。
だがその声は気の所為か、少し高い様な気がした。
「ラズル様?」
何故かライナがキョトンとした顔でラズルを見る。
「ああ、そうだが。どうかしたかライナ?」
ラズルはライナの反応を不思議に思いながら肯定する。
「む、なんか動き難いな?」
ラズルが自分の体を見ると、何故か先ほどまで着ていた服が床に落ちていた。
「あれ? 何だこりゃ?」
困惑するラズルは自分の体に服の上着がまとわり付いている事に気付く。
「コレの所為で動き難かったのか」
ラズルの上着が何故か大きくなっていた。
否、大きくなっていたのは上着だけではない。
床に落ちたズボンもだ。
「服が大きくなった? 強化の影響で服まで強化しちまったのか?」
「あの、ラズル様……」
ライナがラズルに近づいてくる。
「どうした……って、何かお前大きくないか!?」
ライナは大きくなっていた。
今のライナはラズルよりも圧倒的に背が高い。
まるで大人と子供だ。
「逆ですラズル様。私が大きくなったのではなく……」
ライナはラズルを持ち上げながら言った。
「ラズル様が小さくなられてしまったのです」
「……へ?」
そう、ラズルの体は子供の姿になっていたのだった。
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